“近所の自転車屋さん”が本当に少なくなった。個人の自転車販売店は15年前に比べて半減、業界がまったくの“衰退産業銘柄”に指定されるなか、まさに一人勝ちを続けるのが株式会社あさひだ。零細自転車店から230店舗の全国チェーンへ。下田進社長(63)のマネジメントは、他店とどこが違ったのか…。

プロフィール
しもだ・すすむ●1948(昭和23)年1月、大阪府生まれ。家業の玩具店を継ぐも構造不況の荒波に飲まれ、自転車店に業種替え。34歳の時にプロショップ「サイクルベースあさひ千里店」オープン。その後、一般ユーザーに焦点を絞った店舗を開発、多店舗化に乗り出す。2004年8月株式店頭登録、2007年10月東証一部上場。2009、2010年には『フォーブス』にアジアの注目企業として取り上げられた。

――自転車小売店としては、世界で唯一の上場企業だとか。

下田 ご承知の通り、街の自転車店というのは、極めて家業的なビジネスです。その一方で、90年代あたりからGMSやホームセンターなどで、中国産の格安自転車が大量に売られるようになり、我々の業界は急速に斜陽化、衰退産業になってしまいました。考えてみればそんなところに、前途有望な若い人たちが入ってくるはずもありませんよね。私は、別に上場すること自体が目的だったのではなく、若い人たちがこの業界に入ってくるようなビジネスや「場」をつくりたかった。そのための有力な手段の一つが株式の上場だったわけです。

本当の「顧客第一主義」へ

――“街の自転車屋さん”が、全国に230店舗を展開する大企業になり、いまや10人に1人は「あさひ」から自転車を買っているといわれています。

あさひ社長 下田進氏

下田進 氏

下田 よく「凄いですね」と言われるのですが、私としては、正直“普通にやってきた”だけなんですよ。あえていえば、お客様が何を望まれているかを考え、それを一つひとつ叶えていく努力をしてきた、ということでしょうか。私は、仕事とはそういうものだと考えていますし、それが当社が支持いただけている理由のすべてかもしれません。

――“顧客第一”の姿勢ですね。

下田 巷で「お客様第一」というスローガンを頻繁に見かけますが、よくよく観察してみると、それを言葉通りに実践している企業はあまりないのでは…。ですから当社では、「仕事をする上で“自分たちが第一”になっていないか」「自分たちの都合で物ごとを進めていないか」を日常的にチェックし続け、本当の意味での顧客第一を追求しているつもりです。
 たとえば、床も自転車もピカピカに磨き上げる「店舗のクリンネス」、また、丁寧かつ分かりやすい社員の接客対応、パンク修理のクイックサービス(原則10分以内)、購入後の無料点検もそうだし、もちろん価格設定やプライベートブランド(PB)製品のデザインもそうです。すべて顧客の声を拾い上げて、着実に形にしてきたサービスなのです。

――とくにパンク修理が原則10分以内というのはすごいですね。

下田 従来型の自転車屋さんだと「夕方までにやっておくから」といわれて終わり…。でも、お客様は大抵の場合、「今」乗りたいわけです。通勤・通学にしろ買いものにしろね。その場で、しかも10分で修理できれば、こんなにいいことはない。だから、必死で人を育てましたよ。

丁寧かつ迅速なサービス

――人材の育成はどのように行われていますか。

下田 新人研修や店長会議など、ことあるごとに当社の理念や方向性を伝え、そして“お客様第一”を徹底させます。その上でOJTによって知識を集積し、あらゆる意味での技術を磨いていくわけです。さらに「自転車技士」「自転車安全整備士」の専門資格を積極的に取得させ、迅速なメンテナンス、的確なアドバイスができる“プロ”を育てていく。「売りっぱなし」ではなく、他の量販店では得られない“安心・安全”という高い付加価値を提供するのが当社の店舗の最大の差別化要因だと考えています。

――1店舗の人員構成は?

下田 スタンダードな店舗で、店長、サブ店長、スタッフの正社員3名、それにアルバイト2名の計5名構成となります。ここがOJTの場となるのですが、たとえば、1日に10件以上のパンク修理をこなす店舗もあるし、また、休日などはお客様が続々とやってきます。丁寧かつスピーディーな接客が必要になる。店長が実務にかまけて教育をないがしろにしてしまうとお店を回すことができなくなるのです。

――駐車場のあるロードサイド型の大型店舗が多い理由は?

下田 それも、煎じ詰めればお客様の声なんです。当社では、敷地は300~350坪、売り場が150~200坪、駐車場15台程度を確保することを、一応の出店の目安としています。
 大型の店舗に1000台を超えるような色とりどりの商品を揃えることで、お客様にとって選択の幅が圧倒的に広がりますし、店舗自体に楽しさも出る。パーツやアクセサリーもふんだんに展示できるし、メンテナンスのピットも無理なく設置することができます。これもお客様のため。
 あるいは、駐車場もそう。駐車場を設置せず、お客様の駐車違反が前提の店舗は、とても顧客第一とはいえませんよね。

――最近では、年間40店舗程度を出店されていますが、スクラップされる店舗はほとんどないと聞いています。

下田 出店戦略は明確にしています。たとえば、当社のビジネスは13~15万人以上の商圏がないと成り立ちません。そこがまあ、ある意味ネックでもあるのですが、少なくとも、この商圏人口の法則を守れば確実に利益が出るということですね。競合があろうとなかろうと関係ありません。

――すると、出店数には今後、限界が出てくるということですか。

下田 もちろんです。通常店舗だけだと500店舗くらいが上限かもしれませんね。
 でも、この上限を突破する手だてはあります。たとえば、ホームセンターの成り立つ商圏人口は6万人くらい。なので、ホームセンター、あるいはGMSなど大型の量販店で、売り場づくりと商品供給を担当する「サプライ&マネージメント・サポート(SMS)」というスタイルでのビジネスも展開中です。これを広げていけば、地方の小都市でもビジネスが可能になります。地域の人たちの“サイクルライフ”の充実に貢献できるのなら、なにも当社の店舗にこだわる必要はありません。他社のお手伝いをしながら、WINWINの関係を築ければいいわけです。

SPA方式で需要に応える

――下田社長の経営者としてのそもそものスタートは、「おもちゃ屋」だったそうですね。

下田 22歳の時に、家業のおもちゃ店を任されたのですが、1日の売上が1000円という日もあるほど、閑散としていました。“お客がこない”ということがこんなにも辛いことだとは思わなかったですね。
 その後、子供用の自転車を扱っていたこともあって、自転車店に転換。ところが、今度はGMSなどのセルフ販売の店にお客を持っていかれてしまった。中国から大量に仕入れ、大量に販売されると、街の自転車屋さんは価格的に対抗できない。やむなく、今度はスポーツタイプの「プロショップ」に業態を転換、これが成功しました。ロードレーサーやトライアスロン、マウンテンバイク、BMXのサイクルチームをつくりながら、プロユーザーのネットワークを広げていきました。

――一般客相手から、マニア向け店舗に転換されたわけですね。

下田 ええ。とはいっても、GMSやホームセンターなどの軒下で、自転車が格安にセルフ販売されている状況を目にしたりすると、どうもすっきりしませんでした。「私だったらこうするのになあ」という気持ちがムクムクとわき上がってくる。そうこうするうちに、プロショップで経験した“喜び”を、多くの人たちと分かち合いたくなったのです。要するに、マニア以外の一般顧客に対して、品質の良い自転車を質の高いサービスで提供する。そんな業態をやってみたいと…。

――実際に出された店は?

下田 100坪ほどの比較的大型の店舗でした。いまの店舗の原型ですね。このアンテナ的なショップが思いのほか好調な売上を示したことを受けて、チェーン化を決定したわけです。

――あさひさんといえば、プライベートブランド(PB)商品にも定評があります。

下田 いまや、PBの売上が全体の半分を超え、製販一体の状況ができてきたと思います。現在、当社では開発に4名、品質管理に4名の優秀なスタッフを割き、ネジ1本まで指定しながら中国の協力工場で生産しています。中国での生産といっても、価格が安いだけがウリのいい加減な自転車はつくりたくない。品質が高く、お客様に満足してもらえるものづくりを徹底しています。
 そのため、機能面でも絶えず工夫を重ねてきました。たとえば、カゴを大きくして鞄が無理なく入るようにしたサラリーマン向け自転車『オフィス・プレス』、あるいは、ギアが外れにくい子供用マウンテンバイク(MTB)などは、顧客の声に基づいて開発に取り組み、大ヒット商品となりました。最近では、サッカーボールがちょうどすっぽりと収まる形態のカゴをとりつけた子供用MTBが好評です。サッカーをする子供が増えましたからね。
 いずれにせよ、当社は、販売店でお客様とダイレクトにつながっているので、末端の声が常に聞こえてくる。ここが単なるメーカーにないSPAとしての強みではないでしょうか。

――まさに、自転車業界のユニクロですね。

下田 とはいえ、当社の基本はやはり小売業だと思っています。なので、PBで売り場すべてを埋め尽くそうとは考えていません。世界中の様々なブランドを品揃えして消費者に多彩な選択肢を提供する。その選択肢のなかに当社のPBがある…という位置づけを変えるつもりはありません。単一ブランドの売り場は面白みに欠けますからね。

――シティサイクルや子供用だけでなく、クロスバイクの“プレシジョン”や“レクティル”ブランドなど、スポーツタイプの高付加価値製品の開発にも力を入れておられるようですね。

下田 近年のサイクリングブームで、スポーツタイプの街乗り用自転車がよく売れるようになりましたが、海外ブランドを購入するためにはエントリータイプでも5万円程度はする。これを、当社のPBブランドでは2~3万円台と格安の価格で提供しています。部品も世界の一流メーカーのものと見劣りしないので、性能はもちろん、耐久性にも自信があります。今後は、より付加価値の高いロードバイクの開発も手がけていきたいと考えています。

「自転車は21世紀の乗り物」

――自転車という乗り物の可能性をどう見ていますか。

下田 自転車ブームは、過去、定期的に繰り返されてきましたが、自転車を単に「足」として捉えるのではなく、スポーツ・文化として捉える傾向がどんどん強くなってきているのは確かです。日本をはじめ先進国ではとくにそう。途上国でも、生活レベルが上がれば、同じ道筋を辿るでしょう。自らの足で漕ぎ、汗をかき、達成感を感じることができて健康にも良い。加えて、地球環境にも優しい。少し大げさかもしれませんが、自転車は、マズローの「段階欲求説」でいえば、一番上の「自己実現欲求」を担う、21世紀の乗り物だといえるかもしれません。
 その意味では、今後、自転車という商材をめぐって、国内だけでなく世界中でビジネスチャンスを見いだすことができるようになるでしょう。ちなみに、当社でもすでに、中国・北京に常時800台を展示する大型店をオープンしています。当社のような専門の大型店は中国にはないので大いに期待しています。

――下田社長ご自身の今後は?

下田 あと2年半、65歳での引退を予定しています。人材も育ってきたし、もうそろそろ潮時かなと…(笑)。それまでになんとか直近の目標である「320店舗体制」を構築できればいいですね。

(インタビュー・構成/本誌・高根文隆)

掲載:『戦略経営者』2011年3月号