1000年に1度といわれる今回の東北地方太平洋沖地震。被災者の皆様には謹んでお見舞いを申し上げます。

 当然のことながら、国民の命と財産を守ることが国の最大の使命です。政府は、すべての「蔵」を開き、あらゆる可能な施策を実行していただきたい。なかでも、職を失った被災者の雇用の確保は最優先課題だと思います。人は生活の糧さえ確保できれば、気力、体力ともになんとかなるはずです。まずは、この方面の施策をとくに手厚く展開する必要があるでしょう。

希望と責任感が未来をつくる

 さて、かの二宮尊徳は、日本はもともと「豊葦原の国」(葦の生い茂った野原)であり、それを住民がコツコツと耕すことで「瑞穂の国」となったと記しています。また、日本という国は、天災や戦争で過去何度も壊滅的なダメージを受けながらも、そのつど不死鳥のように蘇りました。今回の震災においても、様々な報道に触れるうち、私は“日本人の辛抱強さ、不撓不屈の精神”をあらためて実感しました。

 あれほどの絶望的な事態に遭遇しながら、とり乱すことなく整然と行動し、略奪や暴動は一切起こらなかったことは、海外メディアが絶賛する通りです。誇るべき日本人の美徳でしょう。

 この美徳は何によって構成されているのでしょうか。私は「未来への希望」と「未来の人への責任感」だと思います。希望と責任感こそが、厳しい現状を受け入れ、次の一歩を踏み出す原動力となるのです。

 日本の中小企業にもこの美徳は確実に息づいています。先日、あるTV番組で、津波に流された金型メーカーの社屋跡を、自宅も被災した役員・従業員が懸命に探索し、金型図面を見つけ出す場面がありました。私は、その時「絶対にこの企業は復興する」と直感しました。そこには希望と責任感が確かに表れていました。

我々は環境に生かされている

 いま、切実に求められているのは、価値観の大転換だと思います。この不幸な災害を、マネー至上主義によって過酷な競争の渦中にあった我々の目から曇りを取り去るきっかけと捉えるべきです。相手を蹴散らし、競り落とすのではなく、共存し、つながり、絆を深める方向性を目指すのです。

 歴史を紐解いてみると、たとえば、鎌倉大地震から40年で鎌倉幕府が滅亡、安政江戸大地震から14年で江戸幕府滅亡・明治維新、関東大震災から22年で太平洋戦争終結・戦後スタートなど、しばしば自然災害を契機に価値観がひっくり返り、大規模な体制変革が起こっています。今回は100年に1度のリーマンショックの直後に1000年に1度の大災害が起こりました。不謹慎の誹りを恐れずにいうと、これほどの大転換の機会は空前絶後なのかもしれません。

 すでに、いままで当たり前だと思って享受していたことが、実は当たり前ではなかったことに多くの人が気づかされています。食料しかり、電力しかり。その意味でも、我々は環境に生かされている…という当たり前の感覚を取り戻し、人生の意味、ひいては企業活動の意味を本質的に探求し、行動に結びつける方向性を加速させるべきです。

日本人は本気で祈っているか

 再び歴史に材を採ります。

 江戸の元禄時代が終焉を迎え、8代将軍・徳川吉宗が例の「享保の改革」で緊縮財政を打ち出した頃、江戸の街は極度のデフレ不況に苛まれていました。これによって商店の7~8割が閉店したと、石田梅岩は著書に記しています。しかし、そんなどん底から復活した商人ももちろんたくさんいました。彼らは生き残るために何を考え、何を実践したのでしょうか。

 それは、厳しい倫理規定に彩られた「家訓」を策定することでした。質素堅実を旨とし、利益を我がものにする吝嗇ではなく、世の中に貢献する利他の精神を家人に求めたのです。これも、一見華やかで軽佻浮薄な世の中によって曇ってしまった人々の視界をクリアにする試みだったといえるでしょう。結果、この時代にしっかりと商売を根付かせた商人は、末代まで続く堅固な組織を築きました。

 翻って現代。我々は、大量に物資やエネルギーを消費し、その悪影響など省みない生活を続けてきました。地球環境が悪化し、にっちもさっちも行かなくなって慌てて各国が施策を打ち始めましたが、思ったほどの効果は上がっていないことはご承知の通りです。理由は、我々の自然環境に対する傲慢、あるいは将来に対する想像力の欠如であることは明らかでしょう。また、グローバルスタンダードの名のもとに、拝金主義が蔓延し、人心が荒廃、うつ病など精神に不調をきたす人が加速度的に増加しました。

 もちろん、それらのことと震災の因果関係を云々するつもりはありません。がしかし、中国の古典にもあるように、“(世の中の)気の乱れが災害をもたらす”との発想は、我々を引き締める効用があるという意味では、ナンセンスとばかりは言い切れないのではないでしょうか。

 先般、外国の人たちが日本のために祈る姿がTVで放映されていました。一方、我々日本人は本気で祈っているか…と自ら問いかけてみるべきなのかもしれません。祈りが“気の集中”を生み、日本人全体の行動を変えてくれるかもしれないと、私は本気で思っています。

事業拡大意欲が被災地を助ける

 「企業」など組織も、そういった“気”の影響から無縁ではいられません。私の経験からいっても、社内の雰囲気の良し悪しは、多くの場合、その会社の業績に明確に連動しています。では、良い雰囲気づくりには何が必要なのでしょうか。

 企業はその活動によって社会にかかわり、得た利益を社員に分配して生活を支えています。もちろん利益は事業の継続のために必要不可欠ですが、社会に貢献しつつ個々人の幸せをつくることが、企業の最大の役割であることを、全社的に確認しておくべきだと思います。

 だとすれば、いま、被災地以外の企業は、世間のマインドに引きずられて活動を自粛・停滞させるべきではありません。いまこそ、人、モノ、金を社会に回し、事業拡大に邁進すべきです。ひいてはそれが、被災地を早期に立ち直らせることにつながるのです。

 もちろん、“守り”として、災害時の避難訓練や社員教育、あるいは取引先を拡散させるなどのリスクマネジメントは非常に大切です。場合によっては、中小企業庁から運用指針が公表されているBCP(事業継続計画)の策定も検討すべきでしょう。しかし、あくまでもベースには、上記のような“自利利他”のマインドが企業にとって必要不可欠なのだと思います。心が行動を導くのです。

 これまで我々は、「便利」や「快適」のみを追求してきました。電力を効率的に供給できるという意味では、いま危機に瀕している「原子力発電所」もその一つの象徴でしょう。しかし、もうそろそろ、「命」や「心」を第一義にしながら社会を創り上げていく時が来ているのではないでしょうか。

 いずれにせよ、今回の大震災で不幸にも払わなければならなかった犠牲を決して無駄にしないよう、我々個人が、あるいは企業、組織が、手を携えながら頑張っていかなければなりません。

 日本人の底力を見せましょう。

(インタビュー・構成/本誌・高根文隆)

掲載:『戦略経営者』2011年5月号