温泉とスキー場で著名な新潟県南魚沼郡湯沢町。その越後湯沢駅構内に、ユニークな店舗群を展開している株式会社駅の中の温泉。20年前の半分以下と観光客が激減するなか、安定した経営を続ける同社の中村昭則社長(52)に店舗マネジメントのコツと財務管理の重要性について聞いた。

酒、温泉、米をテーマに魅力的な品ぞろえを実現

駅の中の温泉:中村社長(中央)

駅の中の温泉:中村社長(中央)

――とてもユニークな社名ですね。成り立ちは?

中村 JRさんが運営されていた越後湯沢駅構内の天然温泉施設を1995年に引き継ぎ、役員4名の共同経営というスタイルでスタートしました。いわゆる“駅ナカ”のはしりです。施設全体でいえば「ぽんしゅ館」が中心で、土産物店や飲食店を併設しながら、“酒どころ・米どころ新潟”をアピールするつくりにしています。

――駅ナカ温泉は珍しいのでは?

中村 はい。年間3万人の入浴客がある日帰り温泉『湯の沢』は、当然、当館のウリの一つになっていますが、その最大の特徴は日本酒の入った“酒風呂”であること。地元の酒蔵にわざわざ浴用酒をつくってもらって入れ込んでいます。漬かるとぽかぽかと血行が良くなりお肌もツルツルになると高い評価をいただいています。また、利き酒コーナーには、新潟県下のすべて(現在95蔵)の酒蔵の日本酒が用意されています。

――すべての酒蔵というのはすごい。

中村 一つ残らずですからね。実は、駅構内で新潟県のすべての地酒を提供するというのは高村専務の長年あたためてきたアイデアでした。当初は「味が変わってしまう」と参加を渋る酒蔵もありましたが、足繁く通って説得したという経緯があります。カウンターには専門家である利き酒師を配置し、品質管理にも万全を期すことで全酒蔵(当初108蔵)に了解をいただきました。

――ほかに目玉は?

中村 新潟の名産といえば、温泉とお酒のほかにお米があります。とくに魚沼産コシヒカリは全国的にも非常に評価が高く、それをアピールするべく開発したのが「爆弾おにぎり」です。『雪ん洞』という飲食店で提供しているもので、1合の米を使った大玉のおにぎりに漬け物と味噌汁がついて400円から。鮭、梅など10種類から選べる具もお客様が驚かれるほど大量に入っています。これが大好評となり、利き酒や温泉とともに、色んなメディアにも取り上げてもらいました。

――土産物の品ぞろえにもこだわっておられるとか。

中村 他の店舗と品ぞろえが重ならないように、全国共通で名前だけその土地のものに付け替える箱菓子や小物のような土産物は極力販売しないようにしています。代わりに、越後湯沢でないと食べられない佃煮や山菜魚介類、あるいは当社がオリジナルで開発したお酒の入ったお菓子類などを置くことで、お客様への訴求力を高めています。

――湯沢町への観光客数がじり貧傾向のなか、創業以来右肩上がりを続けておられます。理由は。

中村 1つは、お酒、温泉、お米をキーワードに普通の土産物店とは違う“ここでしか味わえない”的な特徴づくりをしてきたこと。それから、2つ目は社員教育や福利厚生の分野に比較的頑張って投資してきたことでしょうか。
 当社では毎年、全国の評判の宿や店舗をスタッフで見て回ったり、専門家を呼んで勉強会を催したりしながらおもてなしの心を育てる努力をしてきました。その結果、スタッフ一人ひとりに自覚が芽生え、それが接客スキルや業務効率向上にも現れて売り上げや利益に結びついてきた部分はあると思います。社員の成長をサポートすることが、ひいては会社のためにもなるということですね。

青木美智夫顧問税理士 それから、部門別の実績数値を検証しながら、臨機応変に売り場レベルのスクラップ&ビルドを実践されてきたことも、良い業績を続けてこられた理由だと思います。たとえば、以前は観光地に定番のゲームコーナーがありましたが、ぱっとしない実績を見てきっぱりと廃止されました。

売り場別の損益管理を徹底し利益体質に転換

――青木先生が関与されたのは?

青木 平成7年の創業当初からで、最初は手書きの伝票会計でした。『FX2』を導入したのが平成10年。以来、各売り場ごとの部門別管理を行っています。

――どのような部門分けをされていますか。

中村 飲食(『雪ん洞』)、風呂(『湯の沢』)、利き酒、酒販、物販、それから最近オープンした『魚沼の畑』という飲食店、計6部門で管理しています。
 それぞれの『変動損益計算書』を見ることができるので、その事業が伸びているのかダメなのかが一目瞭然です。ゲームコーナーの廃止も、このような数字の裏付けのもとに実施しました。

――とくに注目されている指標はありますか。

中村 限界利益(粗利益)と労働分配率です。当社の飲食部門は、限界利益率が低いと常々、青木事務所の井口(孝子監査担当)さんに指摘され続けていました。BAST(TKC経営指標)で見る業界平均で60%~70%の粗利率が、50%程度だったのです。また、労働分配率(人件費÷限界利益×100)も60%くらいに跳ね上がっていた時期もあったようです。これも青木先生からは40%以下でないといけないと…。

――なぜそのような数値が?

中村 実は限界利益が低いのは致し方ない部分もあるんです。食材にとことんこだわった上に価格を抑えましたからね。爆弾おにぎりなどはその最たるもので、当社の目玉なので、利益は出なくても集客力という意味合いはあると考えていました。しかし、それがあまりにもひどくなり、全体の足を引っ張るようになった。

――どうされましたか。

中村 スタッフを集めて実績を見せ、意見を聞きながら、数字の意味を理解してもらうことからはじめました。結果として、一人ひとりが利益率を意識して行動するようになった。たとえば、食材にしても極力無駄のないように仕入れ、無駄のないように使用する。あるいは、漫然と採用していたアルバイトを、きっちりスケジューリングしながら使うようにもなりました。

――成果は?

中村 労働分配率でいえば現在10~15ポイントくらいは改善しています。すごい成果だと思いますよ。

――業績の進捗管理は?

中村 月1回の役員会では4名の役員が集まり業績検討を含めたさまざまな事案について議論します。節目節目には青木先生にご参加願って、数字の説明をしていただくこともあります。それから、決算月(6月)の前月(5月)くらいに井口さんと検討会を開いて納税予測や来期の投資可能額などを確認します。

井口 例年でいえば、翌7月には単年度予算を中村社長と話し合いながら作成し、『継続MAS』でブラッシュアップした上でその数字を『FX2』に落とし込みます。また、期中にも1、2度、『継続MAS』のデータを見ながら業績の進捗状況を確認する簡単な業績検討会を行っています。

――そういえば、昨年『FX2』をドットネット(.NET)版にバージョンアップされたそうですが、使い勝手はいかがですか。

中村 とてもいいですよ。どこにいてもパソコンさえあれば「社長メニュー」から、実績を見ることができるようになりましたからね。常に会社の現状を把握できているという安心感は大きいと思います。

――今後はいかがでしょう。

中村 今回の震災で湯沢町への観光客は激減し、ゴールデンウイークでもまだ8割程度にしか戻っていません。また、近い将来、駅構内の大規模改装工事も予定されており、設備投資を含めてその対応もしなければならない。懸案は山積みですが、全社一丸となって何とか乗り越えていきたいと思っています。

青木 外から見ていて、この会社が4人の合議制で順調に成長してこれたのは、各人のすぐれた能力や主張をまとめる中村社長の調整能力があってこそだと思います。その意味でも、今後の激動を切り抜けるキーパーソンも中村社長といえるのではないでしょうか。

中村 それは褒めすぎだと思いますよ(笑)。

(本誌・高根文隆)

会社概要
名称 駅の中の温泉
業種 土産物店、温泉施設、食堂
代表者 中村昭則
設立 1994(平成6)年12月
所在地 新潟県南魚沼郡湯沢町湯沢2427-3
TEL 025-784-3758
売上高 約6億円
社員数 25名
URL http://www.ponshukan.com/

CONSULTANT´S EYE
経営陣の真摯な姿勢が会社の成長を支える
監査担当 井口孝子
青木美智夫税理士事務所
新潟県南魚沼市浦佐1434-2 電話025-777-4474
URL:http://www.tkcnf.com/aokikaikei/pc/

 駅の中の温泉さんを担当させていただいたのは10年以上前のことですが、中村社長がとても真摯な方だというのが第一印象でした。癒し系でおごったところがまったくないせいか、その下で働く社員の方々にも同じような真摯な雰囲気を感じます。一方、高村秀夫専務はどんどん攻める営業タイプ。お二人は気の置けない同級生であり、経営上も攻めと守りのバランスの良いコンビネーションを発揮されています。

 会社自体は温泉や日本酒、お米をテーマにした店舗展開で、テレビや雑誌などのマスコミにも度々紹介されるほどその独創性は高い評価を受けおり、業績は創業以来右肩上がりを続けています。

 また、中村社長をはじめ役員の方々は財務管理においても非常に明るく、当事務所の度重なる提案を常に前向きに受け入れていただいています。『FX2』『PX2』『継続MAS』とフルラインアップで活用されていますし、昨年は『FX2.NET版』もいち早く導入。企業防衛という課題も真剣に受け止め、保険にも加入いただきました。勝手ながら、当事務所にとって、TKC会計事務所の理想型を最初に実現する場が同社だといえるかもしれません。

 『FX2』と『継続MAS』によるPDCAサイクルもほぼ理想的に確立できています。前月の実績が確定し、巡回監査を行うのが翌月の10日~15日。部門別の損益管理はもちろん『継続MAS』で作成した単年度計画に基づいた予実管理もきっちり行われていますから、常にリアルタイムの実績を知ることができ、経営の舵取りの迅速化に役立っています。さらに『FX2』を「.NET版」にバージョンアップされたことで、いつでもどこでも最新の業績を見ることができるようになりました。

 さて、今後ですが、先の大震災による売り上げ・利益減を取り戻すためにも、財務管理面でのより有効なサポートを提供していきたいと考えています。

掲載:『戦略経営者』2011年6月号