斬新なアイデアも、実は「どこかにあったものの組み合わせでしかない」ということがよく言われている。この“借りてきて組み合わせる力”が「アナロジー思考」である。今なぜ、この発想法がビジネスパーソンに求められているのか、どうすればそれを身につけることができるのかを、『アナロジー思考』を著した細谷功さんに聞いた。

プロフィール
ほそや・いさお●1964(昭和39)年神奈川県生まれ。東京大学工学部卒業。東芝を経てアーストン&ヤング・コンサルティング(株式会社クニエの前身)に入社。製造業を中心とした製品開発やマーケティングなどに関するコンサルティングに従事。著書に『地頭力を鍛える』(東洋経済新報社)など。

一見誰も気がつかない「遠い先」から借りてくるのがコツ

ビジネスコンサルタント クニエ マネージングディレクター 細谷 功氏

細谷 功 氏

――細谷功さんといえば、ベストセラー『地頭力を鍛える』(2008年出版)の著者として有名ですが、あれから3年経って今回『アナロジー思考』を著しましたが、その執筆の動機は……。

細谷 前著との関係でいえば、「地頭力」とは、仮説思考力、フレームワーク思考力、抽象化思考力のことで、この3つが地頭力を鍛える上で重要であると指摘したわけですが、このうち3番目の仮説思考力を掘り下げてまとめたのが、今回の『アナロジー思考』です。
 アナロジーとは、日本語でいえば「類推」のこと。つまり、もともと知っている領域(ベース)をもとにして、類似の関係にある対象領域(ターゲット)に関する知見を推論するということです。アナロジーをイメージ化すると、図表1(『戦略経営者』2011年10月号73頁参照)のようになり、そのメカニズムを示したのが図表2(同)です。既知の領域から「欠けている部分を埋める」ことが、アナロジー思考にほかなりません。

――では、なぜ今アナロジー思考が日本企業(経営者)に求められているのですか。

細谷 日本(企業)の置かれている状況が構造的な変化を迎えており、その色彩がどんどん強まっているからです。それまで日本の典型的な勝ちパターンは欧米の先進的なものをまねて、それをいかに早く安く作るかでしたが、それが新興国の激しい追い上げで、だんだん色あせてきています。つまり今までの延長線で物事(新製品・新事業開発)を考えるのではなく、違う発想を取り入れて不連続な変化(イノベーション)を起こさなければ、どの企業も成長が難しくなってきたということであり、その際の有効な発想法がアナロジーなわけです。というのも、新しいアイデアと言われるものも、実はすでにどこかにあったものの組み合わせでしかないからです。

――ベースがアイデアの借りるもとで、貸し先がターゲットになるわけですが、その借りるもとが近すぎると「パクリ」になるので、一見誰も気がつかないような「遠い先」から借りてくるのが望ましいと。

細谷 そうです。見た目ですぐ気がつくのが「表面的類似」で、一見気がつかない遠い先が「構造的類似」です。例えば、ライバル企業のヒット商品をまねして発売するのは表面的類似であり、目には見えない何らかの関係性を見抜き、それを応用するのが構造的類似です。
 図表3(『戦略経営者』2011年10月号74頁参照)は、属性レベルと関係/構造レベルの組み合わせでマトリックスにし、アナロジーとの関係を示したものです。属性とは見た目や音、味など人間の五感で感じられるもののことで、パクリとは左下の「誰でも気づく」という領域に位置します。一方、左上の「属性レベルでは似ているが、関係/構造レベルでは似ていない」のが表面的類似の領域で、その代表例が「おやじギャグ」です。例えば「そんな壊れた時計はほっとけい!」とか「このイルカの携帯ストラップをほしい人はいるか?」などのように、単に言葉の「音」(属性レベル)だけを捉えたものであり、関係/構造レベルでは何の共通点もありません。それに対し、右下の「属性レベルでは似ていないが、関係/構造レベルでは似ている」のが構造的類似であり、ここにアナロジー思考の宝が眠っているわけです。

――例えばA社はアパレル業者、B社は建設機械販売業者だったとします。取扱商品や業界がまったく違うため、何のつながりもないように見えますが、仮にどちらもメーン顧客を「リピート客」としているとすれば、関係/構造レベルでは似ているわけですね。

細谷 そうです。したがって、仮にA社が「顧客との関係をより密接にしたい」とか「業界の常識を覆すような新製品を開発したい」と考えるならアパレル業界より、業界の異なる、遠く離れた建設機械販売業者(B社)からアイデアを借りてきたほうがよいかもしれないということです。

――本書では、そうしたアナロジー思考で成功した一例として、回転寿司を日本で初めて事業化した元禄寿司のケースを取り上げています。

細谷 元禄産業の創業者である故・白石義明さんが、ビール工場の製造に使われているベルトコンベヤーにヒントを得て回転寿司を開発したといわれています(元禄産業のホームページ参照)。これは違う業界かつ用途も異なるという2つの軸で「遠くから」借りてきたものといえます。従来、寿司屋といえばカウンターとテーブル席(座席)からなり、注文を聞いてから寿司を提供していましたが、それを、ベルトコンベヤーを使って見込み生産方式で寿司を提供するスタイルに変えたわけです。表面的な同業者の動きだけをみていたら、これほどすごいイノベーションを起こすことはできなかったのではないでしょうか。

――遠くからアイデアを借りてきて、成功した一例にJR西日本の「新型新幹線500系」があると思います。これを開発する上で、ネックになっていたのが「騒音」だったわけですが、同社では「ふくろうの羽根」の原理をパンタグラフに取り入れて解決したそうです。生物に学ぶというのも、アナロジー思考の一パターンですね。

細谷 ええ。商品開発や技術開発を行うとき、昆虫や鳥類の生態からヒントを得るというのは昔からよくある話です。
 別な世界から借りてくる他の例としてリアルな世界にあるものをまねて、ネットの世界に持ち込んで成功した「買い物カゴ」があると思います。別にネットの世界ですから、カゴはなくてもいいのに、なぜ作ったのか。
 例えばスーパーで買い物をするとき、商品を選ぶ、カゴに入れる(気に入らなければ棚に戻す)、レジでお金を支払うというスリーステップからなります。これをネットの世界で行おうとすればステップごとにその使い方などを、あらかじめ詳しくユーザーに説明しなければなりませんが、買い物カゴという言葉を使えばいちいちそんなことを言わなくても、一言で済みます。つまり買い物カゴはただの入れ物ではなく、買い物そのものの仕組み(構造)を言い表しているわけです。それは作ったほうも使っているほうも、ほとんど意識していないのかもしれませんが、目に見えないところで、暗黙のうちにそれが共有化されているところがアナロジーなわけです。

抽象化能力を磨き目に見えない「構造」を見抜く

――それでは、このアナロジー思考を身につけるにはどうすればいいのですか。

細谷 端的にいえば、冒頭に申し上げた「抽象化能力」を磨くことです。理由は、構造的類似を探り当てる能力こそが抽象化能力だからです。抽象化とは、一般化(上位の概念に包括)することです。例えば亀→両生類→動物→生物という具合に、上位の分類の言葉に置き換えていくことです。また、抽象化とは、一つ一つの具象を見るのではなく、そのなかから「キーワード」(共通項)を見いだすことです。

――抽象化思考力のある人とは、どんなタイプですか。

細谷 1つは「図解」が得意の人です。先ほどの買い物カゴのケースでいえば、商品を選ぶ、カゴに入れる、レジでお金を支払うというステップを○で囲んだり、矢印を引いたりして、簡単に全体像を図表で示す人です。逆に、抽象化思考の苦手な人ほど文章や口頭で長々と話すきらいがあります。
 2つ目は名言や格言をよく使う人です。名言や格言は基本的にある事象の特徴を抽象化して、本質をうまく捉えた言葉です。したがって、格言を用いるためにはその対象となっている事象を抽象化して本質をつかまなければ、それに適した格言を思い浮かべることはできないはずです。だから格言をうまく活用できる人は、抽象化能力が高いといえます。

――IQパズルはアナロジー思考を鍛えるのに格好のツールとか。

細谷 はい。図表4(『戦略経営者』2011年10月号75頁参照)を見てください。1と2から、3の真ん中の「?」に当てはまる数字は何かを考えるのが、まさに構造を見抜くということです。答えは「(左上6+右下6)÷(左下1+右上3)=3」ですが、こうした関係式を見つけるのがアナロジーなわけです。逆にいえば、アナロジーとは「穴埋め問題」のようなものであり、パズルはそれを鍛えるのにいいツールだと思いますね。

――抽象化能力を身につければ、コアコンピタンスを見抜くこともできるとして、ナガオカのケースを紹介しています。

細谷 ナガオカは、かつてレコード針で圧倒的なシェアを誇っていましたが、急激なデジタル化の進展によって危機に直面します。このとき、同社の取った戦略はレコード針を作りながら、事業の多角化をはかるということでした。要するに、同社の強みを「レコード針」という商品レベルで捉えるのではなく、「硬くて小さいものを加工する」という抽象化(コアコンピタンス)レベルで捉えたことで、事業(精密測定機器用の触針など)の多角化を推し進めることができたわけです〔「日本経済新聞」(09年10月27日付)参照〕。

似ているところだけでなく相違点も押さえることが重要

――とはいえ、アナロジーを用いるに際しては「使用上の注意」があると言っていますが、それは具体的にどういうことを指しているのですか。

細谷 アナロジーは論理的な演繹ではないということです。例えば犯人の当たりをつけるための「状況証拠」にはなり得ても、最終的に犯人を確定させるための「物的証拠」にはなり得ません。A業界でこういうことがうまくいったから、B業界でもそれが当てはまるかといえば、当てはまるかれしれないということです。アイデアを出すうえでは「かもしれない」でもいいわけですが、それがうまくいくにあたっては、条件が2つあります。1つは適切に「共通点」を見いだすこと、もう1つは「相違点」も見いだしておかなければならないことです。そうでなければ、詭弁を弄することになるからです。共通点だけを持ってきて、AとBは同じはずと言っても、その裏側に山のように相違点があるかもしれません。恣意的に似ているところだけを抽出して、それを前面に出すというのは拡大解釈にほかならず、危ないです。

――一面(似ている部分)だけを見て決めつけてはいけないと。

細谷 そうです。例えば、音楽の電子配信と本の電子書籍の関係を見てみると、どちらも媒体が物理的なものから電子媒体に変わったという面(構造)では似ているものの、音楽配信で起こったことがそっくりそのまま電子書籍で起こるかはわかりません。
 音楽配信のメリットの一つは、アルバムを買わなくても1曲ずつバラで買えることですが、単行本でそれと似たようなこと(1章ずつバラで購入)が起こり、一般化するかといえば、たぶん普及しないでしょう。本は、音楽と違って順番通りに読まなければ、意味や面白さなどを理解できないからです。しかし、前後の関係(文脈)を気にしなくていいもの、例えば科学的な論文集などは音楽と同様、バラ売りすることができるかもしれません。このようにアナロジーを適切に用いるにあたっては、共通点と相違点を明確にすることが大事です。
 いずれにしろ、今後、あらゆるビジネスの現場で、このアナロジー思考が共通言語として語られ、新しいアイデアをひねり出す際のツールとして活用されることを切望しています。

(インタビュー・構成/本誌・岩崎敏夫)

掲載:『戦略経営者』2011年10月号