滋賀県甲賀市に本社を置くびわこホームの上田裕康社長(50)には、2つの経営戦略上のこだわりがある。一つは「商圏」を絞ること。もう一つは「客層」を絞ることだ。新築住宅施工における「地域1番店」として君臨し続けているのは、この“絞り込みの戦略”の成果といえる。

 「商圏は滋賀県東南部にあたる、甲賀市、湖南市、東近江市、蒲生郡に限定しています。言い換えれば、本社から車でおよそ30分圏内のエリア。雨漏りや水道管の凍結など、何らかのトラブルが生じた際にすぐに駆け付けられる、『お客さまに安心感を与えられる距離』といえます」

 そして、主な顧客ターゲットとしているのは、「25~35歳のサラリーマンで、年収が300~450万円のはじめてマイホームを購入する層」。そこに明確に絞り込んでいる。

 もちろん商圏や客層を絞り込むというのは、イコールそれ以外のものを切り捨てるということ。ビジネスチャンスを自らせばめているとみることもできる。しかし上田社長は、商圏や客層を絞るからこそ得られるメリットの方を重要視する。

 「『誰に売るか』を絞れば絞るほど、『何を売るべきか』がはっきりと見えてきます。つまり、ターゲットとしたお客さま層が本当に欲しがっている商品を提供できるようになる。商圏についても、充実したアフターサービスによってお客さまの信頼を獲得していこうと思ったら、むやみに営業エリアを広げるのは得策ではありません」

 大企業にくらべて経営資源が乏しい中小企業。いたずらに「あれもこれも」とやるよりも、一点集中主義でライバルとの差別化を図るべき。それが上田社長の持論だ。新築着工件数が8年連続で地域ナンバーワンという輝かしい実績は、ここから生まれた。滋賀県東南部に限っていえば、全国的に名前の知られた大手ハウスメーカーでさえ、びわこホームに勝てずにいるのだ。昨年度の商圏エリア内における上位8社の新築着工数を100%とした場合、2位の大手ハウスメーカーが29%のシェアであるのに対し、びわこホームは37%を占める(同社調べ)。

 また、土地売買業についても断トツの1位で、地域内のシェアは約88%。商圏内で売り買いされている土地の9割ちかくをびわこホームが仲介しているわけだ。同業の不動産会社が営業エリア内に数十社あるにもかかわらずである。いかに地元での評価が高いかわかるだろう。

OB顧客を定期的に全数訪問

 上田社長が実践する絞り込みの戦略を、いわゆる「ランチェスター戦略」の典型例とみる経営の専門家も少なくない。ランチェスター戦略とは要するに、弱者(中小企業)は強者(大企業)に対して全面戦争では勝てないから、重点を置くべきところを決めて、そこに力を集中させるという「一点突破」の戦略理論。しかし上田社長は別段、ランチェスター戦略を意識して、商圏や客層の絞り込みをしてきたわけではないという。「いろいろ考えていくうちに、たまたまそうなった」というのが正直なところだ。

 上田社長がびわこホームを立ち上げ、2人の仲間と一緒に不動産仲介業に乗り出したのは平成2年。本社を甲賀市(旧・水口町)に置き、その周辺を営業エリアとしたのも、どちらかというとネガティブな理由からだった。

 「本来なら土地売買の需要がある地域に出店するのがマーケティングの鉄則です。滋賀県においては、交通の便のよい琵琶湖沿岸地域(大津、草津、栗東、守山など)がそう。しかしそこは当然、競合他社がひしめく激戦地。潤沢な資金もなければ、信用力もまだない私たちが勝負できる場所ではなかった。そこで目を向けたのが、安い土地がたくさんあった甲賀市周辺の地域でした」

 第1~第5水口台、広野台、甲南希望ヶ丘、日野サンライズ、さつき台、椿野台……。滋賀県東南部には、昭和45~50年ごろにかけて大手デベロッパーが開発した大型分譲地がいくつもあった。しかし、どこも草木がぼうぼうに生い茂る荒れ地と化していた。分譲地として開発したはいいが、結局、交通の便が悪いという理由から入居者が集まらなかったのである。「いつかは値が上がる」と期待していた土地オーナーも、買い手がつかないまま、ただほったらかしにしておくしかなかった。

 「大阪近郊に住む土地所有者に電話してみたところ、『売れるならいくらでもいいです。でも、あんなところ本当に買う人がいるんですか?』と、逆に心配されてしまいました」と上田社長は振り返る。

 ここでなら売り地を十分に確保できる。しかし問題は、だれが購入してくれるか、である。それを探しだすために市場分析を行ったところ、近隣には水口工場団地や湖南工場団地などの工業団地がいくつもあり、その周辺には従業員の社宅が建っていることがわかった。ベランダにはオムツや子供服が干していたりと、小さな子どもがいる世帯が多いことは一目瞭然。「この人たちに買ってもらえるのではないか」と、上田社長は直感した。

 まず取りかかったのは、荒れ地となっていた土地を甦生させるための作業。上田社長自身、作業着を着込み、チェーンソーでの草刈りや、外構の清掃に汗を流した。さらにそれと並行しておこなったのが、見込み客の自宅に訪問しての「飛び込み営業」。セールスポイントとしたのは、「土地価格が安い」「自家用車があれば買い物などにそれほど不自由しない」という主に2点だった。

 「やがて熱心な飛び込み営業を続けたかいがあり、土地を購入してくれる人が少しずつ現れてきました。平成4年に不動産業を通じて注文住宅5棟を受注、平成5年には10棟、平成6年には20棟といった具合に、だんだんと取引の数を増やしていきました」

 ただその頃は、住宅の設計・施工に関しては、ちかくの工務店にほぼ丸投げするかたちでいた。しかしそれでは、自分たちの考え方や理念を落とし込んだ商品を提供することは難しい。そう考えて、平成11年から自社オリジナルの規格住宅の販売をスタートした。

 今日では看板商品の『絆』シリーズに加え、和のテイストの『和流』や『響』、太陽光パネルの利用を想定した屋根が特徴の『空』、7つの外観と3つの間取りから選べる『セレクト21』などのラインアップを揃える。

 「デザインには、どれもターゲットである若い子育て世帯の好み・趣向を色濃く反映させています。しかも価格は2000万円前後と、毎月7万円弱(頭金なし、ボーナス支払いなし)の返済でローンを組める金額に設定。『賃貸物件に毎月7万円を支払っているのなら、そのお金でマイホームを購入しよう』と思える値段にしています」

 そして、これらの商品を売りっぱなしにせずに、独自のアフターサービスを通じて、お客さまとの末永いお付き合いを目指していくのがびわこホームの流儀。たとえば、入居後1週間→1カ月→3カ月→6カ月→1年→18カ月→2年→5年→10年……というスパンで実施する無料点検(ハウスドクター制度)や、2カ月に1度ほどの割合で社員が顧客の家を訪ねる「OB顧客訪問制度」などがある。約2300戸のOB宅を全数訪問し、メンテナンス等の必要性を確かめるというのは、ちょっと他に見られないサービスだろう。「こうした密度の濃いアフターサービスを展開していこうと思ったら、やはり必要以上に営業エリアを広げるわけにはいかないのです」と上田社長はいう。

歩合制廃止でチームワーク向上

 従来は、飛び込み営業で新規受注を増やしてきたびわこホームだが、最近は本社ショールーム内での接客営業に重点を置いているという。土日を中心に、毎月80組以上が訪れる。その多くが、友人や知人からびわこホームの評判を聞きつけて足を運んだ人たち。充実したアフターサービスによって生まれたびわこホームに対する信頼感は、新規顧客を増やすうえでも大きく貢献している。その評判を裏切らないように、心を込めた丁寧な対応をしていく。社歴13年の長裕子さんも、ショールームで接客にあたる営業スタッフの1人だ。

 「うちの会社では、全員営業をモットーにしています。自分が担当する以外のお客さまに対しても笑顔であいさつするのはもちろん、小さなお子さま連れの場合には、商談中の面倒を他のスタッフがみたりと、みんなで協力し合っています」(長さん)

 実は、びわこホームでは、不動産・住宅業界ではある意味、常識ともなっている「歩合制」(成果連動型)の賃金制度を3年前に廃止した。かわりに導入したのが、「始業30分前にきて清掃活動をしたか」「顧客と10分以上話しができたか」など、人間力やコミュニケーション能力を評価する、ポイント制の新しい人事評価制度。どれだけ会社に売り上げをもたらしたかという結果よりも、いかに顧客のため、あるいはチーム(会社)のために努力したかというプロセスを重点的に評価する。

 「社員同士がお互いに成功パターンを共有し合うようになるなど、組織の結束力は間違いなく高まりました。当社のコアコンピタンス(競争優位)は『地域への密着度合い』にあります。これをさらに磨き上げるうえで、歩合制をやめて新しい人事制度を導入したのは間違いではなかったと思っています」

 どれだけ地域に深く根ざせるかを追求する、びわこホームの“一点突破作戦”はこれからも続く。

(本誌・吉田茂司)

会社概要
名称 びわこホーム
代表者 上田裕康
所在地 滋賀県甲賀市水口町名坂1033-7
TEL 0748-63-2506
売上高 15億5000万円
社員数 33名
URL http://www.biwakohome.com/

掲載:『戦略経営者』2011年11月号