「いまどこにいる?」――。GPSで得たリアルタイムの位置情報は顧客の囲い込み、業務効率の向上に役立ち全く新しいサービスを生みだす源泉にもなる。その効果的な活用法を取材した。

中小企業にもできるGPS活用術

 GPSなどを活用した位置情報ビジネスにとって最も重要なのは、「リアルタイムで世界中どこにいても位置が分かる」ということだ。場所の座標が分かる→地図を利用すれば周りの状態が分かる→周りにいるほかのものの動きがわかる→次はどうしたらいいか利用者に教える、というのが基本的な形である。

 そしてこのサービスの強みは、ユーザーが現在いる特定の場所に関連したサービスが行われることで、圧倒的な臨場感が出るということにある。たとえば新宿・伊勢丹で特売をしていたとしよう。都心まで2時間かかる自宅でセール情報のメールを受け取るのと、偶然仕事で新宿に行っているときに「本日紳士物が激安」というメールを受信するのでは、インパクトがまったく違う。販促活動やマーケティングの手法としては、人にアクションをとらせる効果が非常に強い部類に入るのである。

 またタクシーやバスの運行管理ツールとしても使用されるようになってきた。たとえばタクシーではどの場所でどのくらい利用客が拾えるかという状況は刻々と変化するが、それをリアルタイムでとらえることができるようになった。仮に中央線や山手線が止まっていて東京駅でタクシーを探している客が増えているとする。その場合は近くを走っている空車は駅に急行させ、遠くでもたもたしているタクシーには直接電話をかけて情報を伝えればよい。京都のMKタクシーは、ダウンロードしたソフトウェアを利用客が携帯電話で操作し、近くを走っているMKタクシーを探すことができるサービスを展開している。流しているタクシーを街頭で拾うような場合にはえり好みできないのがタクシー利用の欠点だが、このサービスを使えばピンポイントで運転手を指名することができる。利用者が特定のタクシー会社の運転手に電話するので、顧客の囲い込みにつながるだけでなく、会社側もコールセンターにかけるコストを抑えることができる。

スマホ普及で導入コストが低下

 さまざまな産業で利用されている位置情報サービスだが、日本ではまず、カーナビゲーション産業で大きく花開いた。このカーナビの基盤となったのがGPS(グローバル・ポジショニング・システム)だが、これはそもそも軍事目的でつくられたものである。自国の航空機や艦艇の居場所がリアルタイムで分からないと作戦が立てられない、ということで米国が考案し実用化にこぎつけたのだ。精密誘導兵器の存在が象徴するように、米国の軍事的優位性はGPS抜きにしては語れない。かれこれ私たちは30年以上にわたりこのシステムを利用してきたが、2010年代の終わりくらいについに第2世代のGPSが登場しはじめる。というのも、新産業の創出という面でも非常にうまくいったこのシステムを自分たちでも作ろうと、中国、EU、ロシアが新しい世代の彼らの「GPS」を構築しようとしているのだ。位置情報サービスをめぐる世界的な環境が大きく変わろうとしているのである。

 このように位置情報ビジネスは宇宙をベースとした世界的なインフラの中で動いているが、実はカーナビの登場に匹敵するような革命的な変化が数年前に起こった。携帯電話にGPSの搭載が義務づけられたのだ。携帯電話で119番通報するとGPS情報が自動発信され、通報者の位置情報を救急隊員はすぐに把握できるようになった。犯罪や事故などの対応を迅速に行うことが当初の目的だったが、GPS機能の産業利用コストが大幅に下がるという効果も生んだ。鉄道の乗り換え案内など携帯電話でできるナビゲーションサービスが爆発的に普及したのだ。

 個人消費者向けのサービスだけでなく、公共交通機関の効率的な運行などにも応用できる。バス、鉄道は定時運行であれば正確な予測が可能だが、地震など異常事態が発生した場合、各車両の所在地が分からなくなってしまう。これでは復帰に大変な時間を要してしまうことになるが、GPSを搭載すればこのような問題も簡単に解決できるのである。鉄道会社はこれまで線路に電気を流し位置を把握するとても高価なシステムを使っていたが、JR北海道のように路線距離が長く、本数も少ないような鉄道会社ではGPSの搭載を本格的に検討している。

 また最近増えているのが農業機械の自動化。日本国内では土地が狭くハードルが高いが、海外では「どのエリアに種や水をまけばよいか」というプログラムに沿ってGPSを通じ自動制御する仕組みがすでに実用化されている。既存の農業機械に小型のアタッチメントを取り付け、ハンドルを直接動かすモーターを接続するだけでよいことから、今後日本でも導入が進むかもしれない。このように、私たちがよく知っているカーナビのほかにも、農業機械や列車の運行管理、建設機械などさまざまな市場で必要不可欠なインフラを形成しつつあるのである。

 カーナビの普及、携帯電話へのGPS機能の搭載に続き、3つ目の大きな波といえるのが、スマートフォンの登場だ。これまでの「ガラパゴス携帯」は中に組み込むソフトウエアをソフト会社が開発して自由に配布することが許されなかったが、それがスマートフォンでは可能になったのだ。ビジネスのGPS利用にとって実に大きな転換点である。今まではナビゲーションという圧倒的に大きなマーケットを中心に「周りにどんなお店があるか」などといった旅行案内的なサービスが派生的に生まれていただけだったが、これからは「何でもあり」の状態になる。細かいニッチな分野で無数の新市場が誕生するだろう。

 オープンソースのソフトウエアが普及することで、GPS機能を利用する側のコストも安くなりつつある。端末機器はスマートフォンがあれば十分で、地図もインターネットを介したASPタイプの安価なものが気軽に利用できる。業務効率化や新たなサービスの展開などでGPSをはじめてみようと検討している企業が下調べをしたらびっくりするはずだ。かなりしっかりしたシステム投資でも100万円もあれば十分スタート可能な世界になっているからである。加えて一般に公開する仕掛けをうまく構築すれば、グーグルマップルなどのネット地図を無料で使うこともできる。スマートフォンの登場とオープンソースのソフトウェアの発達で、それぞれの中小企業の仕事のやり方にぴったり合ったGPS機能の活用がとても身近なものになってきているのである。

工夫次第で「次のグーグル」に

 スマートフォン時代に入り位置情報データそのものの重要性も高まってくるだろう。例えば東京23区内でタクシーの台数を1万台に集約できるとすると、そのタクシーのGPS情報をすべて集めれば、どこの道がどのくらい混んでいるかということが分かる。カーナビのシステム開発会社がこれに目を付け、すでにタクシー会社向けに位置情報データを販売して収益をあげているのだ。

 単に自社が集めた位置情報を自社だけが使うというのではなく、他社が収集したデータをうまく集約して加工、そして2次著作物として展開する、というビジネスモデルである。バスの運行管理情報が交通情報を集めている企業に販売され、その企業はさらに渋滞予測を行う……という具合にビジネスが回ることで、新たな社会的価値を生み出すことができるのだ。

 一昔前に「ユビキタス社会」という構想が盛んに議論され、実際にかなりの公費がつぎ込まれたが、そのうち社会で生き残り実用化に至ったのは、結局GPSを中心とした位置情報サービスしかなかった。また日本は、位置情報ビジネスにかかわる世界的にもユニークな法律「地理空間情報活用推進基本法」を2007年に制定している。官民あげてバックアップ体制を整備しつつある状況を利用しない手はないだろう。

 さらに海外展開の有望市場としての期待も集めている。GPSは世界中で使用可能なうえ、スマートフォンも急速に普及中だ。巨大なインフラやデータセンターの必要性もまったくなく、うまくビジネスモデルをつくれば比較的スモールビジネスでも海外展開が容易に実現できるのである。ヤフーやグーグルなどの検索サービスの登場でインターネットが社会・経済に占める地位は飛躍的に向上したが、位置情報のリアルタイムな提供を通じたサービスも次世代の情報産業基盤のひとつであり、アイデア次第では、実世界に情報を経由して直に働きかける「次のグーグル」を生み出す可能性さえ秘めているのである。

(インタビュー・構成/本誌・植松啓介)

掲載:『戦略経営者』2011年12月号