食品関連産業が構造的な不況要因に悩まされている。少子高齢化で日本全体の胃袋が縮小しつつあるからだ。とはいえニッチな領域で業績を伸ばしている中小企業も多く存在する。需要の変化やグローバル化に対応しつつ食の周辺で活躍する会社を取材した。

食の周辺に商機あり

 わが国産業の最大セクターのひとつである食品関連産業。就業者数全体の約17%にあたる1061万人が働く大きなマーケットである。しかも製造、卸売、小売、外食産業のいずれにおいても中小零細企業比率が占める割合は98~99%。地域に密着した中小規模の事業所が日本の食の多様性を支えている。

 ところが市場の伸びは芳しくない。デフレの影響などで1990年代後半をピークに市場規模が減少傾向にあるのだ(『戦略経営者』2012年8月号9頁図表1参照)。少子高齢化による内需の量的縮小、原発事故にともなう放射能汚染の懸念――マイナス要因を挙げればきりがない。

 それでも日本には、世界から高く評価される豊かな食文化がある。こだわりの素材や製造技術で、大手メーカーや流通企業が手がけないようなニッチ分野でしっかり売り上げを伸ばしている中小企業も珍しくない。そうした成功ケースを調べてみると、ある共通点が浮かび上がってくる。「消費者視点」「地域視点」「グローバル視点」の3つの視点である。

2ケタ成長続く高齢者食市場

 まず「消費者視点」。ライフスタイルの変化に対応して商品やサービスをタイムリーに提供することがこれまで以上に大切になるだろう。たとえば高齢者食や介護食、医療食といった分野はその最たるものといえる。

 お年寄りはかむ力や飲み込む力が衰えるため、素材を柔らかくして食べやすさを重視した高齢者食・介護食の需要拡大が見込まれている。介護シーンなどを想定したそのような加工食品の「食べやすさ」や「使いやすさ」についての統一規格を制定している日本介護食品協議会の藤崎享事務局長はこう語る。

 「やわらか食やとろみ調整食品、流動食、腎臓・糖尿病食など幅広くとらえれば、この分野の市場規模は1000億円を超えるといわれています。一方、消費者における介護食品の認知度はまだ3割程度にすぎません。医療機関や介護施設などプロの方には浸透しつつありますが、自宅で介護をされている方や一般消費者の間でもっと知名度が上がればより大きなマーケットになります」

 同協議会ではこれらの加工食品を、すべての人にとって食べやすいことから「ユニバーサルデザインフード」と名付け、食品の食べやすさに応じ「容易にかめる」「歯ぐきでつぶせる」「舌でつぶせる」「かまなくてよい」の4つに区分している。同協議会に加盟している食品メーカーの商品をみると、ハンバーグや骨なしの焼き魚などの主菜からおかゆや雑炊などの主食、ようかんなどデザート類まで商品ラインアップは実にさまざまで、通常の冷凍食品・加工食品と何らそん色のない品ぞろえである。

 「会員企業が販売するユニバーサルデザインフード商品は800種類を超えました。年間生産金額の合計は2010年で82億円、ここ数年は年率10%を超えて拡大しており、業界全体でも同じような推移で伸びているとみられます」(藤崎事務局長)

 デフレ下のこのご時世に2ケタの成長率は魅力である。藤崎事務局長によると、上場大手メーカーはすでに10年以上前からこの分野に経営資源を振り向けており、近年では「地域の名産品を素材に高齢者向け食品を開発したい」といった問い合わせも増えるなど地方の中小企業の参入が目立つという。ケース1の療食サービスのように地域に根ざした介護食・医療食の事業展開が全国で広がる可能性は高い。

まだまだお宝が眠っている

 次のポイントは「地域視点」。最近では、「厚木シロコロホルモン」(『戦略経営者』2012年8月号18頁参照)など身近な食材を使った地域独特の料理が「B級グルメ」「ご当地グルメ」などとしてマスコミに取り上げられる機会が多くなったが、食ビジネスを通じた地域活性化は今に始まった話ではない。帝京大学の金子弘道教授はこう語る。

 「一口に日本食といっても、南北に長い国土を持つ日本には多様な食文化があります。これまでお宝として眠っていたそんな食の地域資源に住民が気づき、地元のセールスポイントにしていくのは実はやりやすいことなのです」

 高知県馬路村の村民あげてのゆずブランドの展開、中山間地専用の米を旅館に売る戦略が当たった「鳴子の米プロジェクト」(宮城県大崎市)、横浜ラーメン博物館に出店し一躍有名になった高知県須崎市の郷土料理「鍋焼きラーメン」――食のブランド化がうまく地域活性に結びついた事例は事欠かないが、金子教授によると成功したケースにはある共通点があるという。

 一つ目は経営資源の適切な配分をしっかりと行っていること。生鮮食品にまず集中投資し、次の段階で加工製品に取りかかるなど、時間軸を意識しながら予算の分配をどう設計していくかが大切だという。

 「栃木県宇都宮市が優れているのは、餃子による町おこしが成功した後にカクテルにステップアップしたことです。いっぺんにやろうとすると失敗していたかもしれません」(金子教授)

 次は品質管理である。品質の低下はブランド価値の失墜に直結するので、独自の認定基準や生産地の限定、生産技術や原材料の共通化、トレーサビリティーの充実を図ることが有効だという。

 「松坂牛ブランドは肉の出荷時に個体番号をふった肉片を必ず冷凍保存し、いざというときにDNA鑑定が可能なような仕組みを構築しています。また産地の範囲が狭くなればなるほどブランド価値が高まるフランスワインのように、昨今では米も地域を限定して『北海道芦別市JAたきがわきらきら星生産組合ななつぼし高度クリーン米』のようなクレジットを記し差別化を図る例が増えてきました」(金子教授)

 3点目は計画的な販売管理と綿密なマーケティングだ。鳥取県の完熟梨ブランド「美味・熟っと梨」はあらかじめ特定のスーパーマーケットで小売りスペースを確保、中間業者を省略して直接農協から納入する販売ルートを確立した。また市役所に「丹波篠山黒まめ係」が存在する兵庫県篠山市では日本の原風景ともいえる農村景観をめぐる観光プログラムと組み合わせることでブランド価値を高めることに成功している。

中小企業に有利な時代の流れ

 最後は「グローバル視点」である。日本貿易振興機構(ジェトロ)生活文化・サービス産業部サービス産業課の北川浩伸課長によると、外食産業のアジア諸国への進出はとくにここ2~3年急加速しているという(『戦略経営者』2012年8月号10頁図表2参照)。地理的に近接しているうえ、ご飯食やめん類などの食文化に親和性がある日本企業にアドバンテージが生じているのである。

 「なかでもラーメンは多いですね。たとえばタイでは最近、テレビ東京系『テレビチャンピオン』が再放送されています。番組で優勝したラーメンを食べてみたいというニーズをとらえた現地企業が日本の人気ラーメン店を数店招聘し現地にラーメン村をつくったところ、これがヒットしています」

 実はタイはもともと日本風ラーメンの文化が定着しているお国柄。首都バンコクでは十年以上前から進出している8番ラーメン(本社・石川県)がすでに93店舗を展開しており、ラーメンといえば「HACHIBAN」として通用するほど市民権を得た存在になっている。

 「この会社のすごいところは、定番のラーメンが50バーツと完全に現地の物価水準に合わせてきているところ。50バーツといえば大学生が買い食い感覚で支払えるような価格です」

 バンコクではさらに、大手チェーンの進出でトンカツが一大ブームを巻き起こしているうえ、東京などでもめったに見られない「どろ焼き」というオリジナルスタイルのお好み焼き店「喃風」(本社・兵庫県姫路市)が人気だというから驚きである。

 さらに回転寿し店も人気を博している。大手チェーンがすでにこぞってアジア展開に注力するなか、地方の中小企業の奮闘も目立つという。

 「日本では伝統的なお寿司屋さんを経営している熊本県の峰寿司という会社があります。この会社が香港に出店したところこれが大ヒット。職人さんを店内に入れたことも奏功したのか、店の前に黒山の人だかりができるほど大人気になりました。3~40分待ちは覚悟、押すな押すなの大盛況となっています」

 この他すきやきやしゃぶしゃぶ、日本企業によるイタリアン、スイーツ、カフェ店の出店で成功事例が相次いでいる。北川氏はいう。

 「現地の消費意欲はすさまじく、中小企業にとって大チャンスといえるでしょう。アジアのビジネスはいまスピードが大変重要になってきているからです。今はどこも店舗物件がとても不足している状況なのですが、いい立地の物件が出た時に『今日決めてください』と迫られることもあります。会社としての決定まで時間がかかる大企業に比べ、社長による即断即決が可能な中小企業に有利な時代の流れになっていますね」

 人間が生きていくうえで欠くことのできない「食」――。国内外の環境の変化でその食の分野に新たなビジネスチャンスが生まれつつある。未開拓のフィールドで飛躍を遂げる可能性は十分にあるといえるだろう。

(本誌・編集部)

掲載:『戦略経営者』2012年8月号