団塊世代の大量退職がはじまった。60歳を超えた世代が「ご隠居」などとよばれたのは今は昔。停滞する消費の起爆剤となる可能性を秘めた、シニアの心をいかにつかむか。アクティブな大人たちの実像にせまった。

 これまでに“シニア消費ブーム到来”といわれたことが3回ある。

 1回目は2000年に「介護保険制度」が導入されたとき、2回目は07年に団塊世代(47~49年生まれ)が定年(60歳)を迎えたとき、そして3回目はその団塊世代が「高齢者」(65歳以上=世界保健機関の定義)となる今年だ。過去2回のブーム到来はいずれも幻に終わった感があるが、今回はどうだろうか。結論から先にいえば、その可能性は極めて高いとみられる。

シニアの知的好奇心をくすぐる

 まず前回はなぜ不発に終わったのかといえば、60歳でリタイアせず定年延長する団塊世代が予想以上に多かったことによる。つまり、団塊世代が60歳になったからといって、職場の風景も消費市場も、それまでと大きくは変わらなかったということだ。また、一口に「シニア市場」といっても、実はライフスタイルが異なるいろんなタイプの「シニア消費者」がいるのに、あたかも「一つの塊(ニューマーケット)」として捉えたのが幻想を抱いたもとであったように思われる。

 だが、ここにきて様相が変わり始めている。さすがにそれから5年も経てば嘱託などで残っていた団塊世代も職場を去り、完全リタイアする人が増えているからだ。最近、平日の午後、ゲームセンターやカラオケ店等に高齢者が押し寄せているといわれるが、これなどはマーケットが変わり始めていることの証拠とみることができる。

 しかも、この人たちのボリュームはどの世代よりも大きく、六百数十万人いる。仮にその前後を加えた62~66歳を「団塊シニア」と呼べば約1000万人はいるだろう。かつ彼らは資産も持っている。図表1(『戦略経営者』2012年9月号9頁図表1参照)は総務省統計局が09年に2人以上世帯の年齢階級別1世帯当たりの貯蓄・負債額を調べたものだが、当時「60~64」の貯蓄現在高は約2162万円、負債現在高は約318万円で、若い世代に比べてキャッシュを相当持っていることがわかる。

 完全リタイアして時間もお金もある、約1000万人もの団塊シニアを自社に取り込まない手はない。それができるかどうかで、今後、会社の成長は違ってくる。のみならず、団塊シニアに積極的にお金を使ってもらわなければ、国全体のパイ(GDP)を拡大し景気を上向かせることもできないだろう。

 問題はどうやって団塊シニアを取り込めばよいかだ。そのためには、まず相手をよく知ることが肝心。団塊シニアは「欲しがりません勝つまでは」の上の世代と異なり、ビートルズやベンチャーズを聞き、髪を伸ばし、Gパンや「VAN」をかっこよく着こなしてきた高感度消費者の第一世代である。そのセンスのよさは60歳をすぎた今も健在であり、「年を取った若者」なのである。

 そんな彼らを攻略するには、「7つのフリー」(『戦略経営者』2012年9月号10頁図表2参照)と私が呼ぶ基本戦略を実践するとよい。(1)バリアフリー(2)エイジフリー(3)ジェンダーフリー(4)ストレスフリー(5)セットアップフリー(6)メンテナンスフリー(7)チャージフリーだが、なかでも「使い勝手がいい」を追求するユニバーサルデザイン(バリアフリー)による商品開発は、団塊シニア攻略の基本中の基本である。ただし注意しなければならないのは、「この商品はシニア向け仕様として開発した」などとストレートにうたわないこと。団塊シニアに限らず、人間は誰しも年寄り扱いされたくないものだ。

 この基本戦略を押さえたうえで、わが社ならではの“切り口”(発想)を付加して団塊シニアにアプローチするわけである。その第1のポイントは、健康・趣味、知的好奇心などにスポットを当てて団塊シニアを取り込む手法だ。本特集で取り上げた事例でいえば、複合カフェを全国に展開するランシステム(『戦略経営者』2012年9月号17頁)が高齢者向け「健遊空間」を立ち上げたケースが好例。健康マージャン、カラオケ、囲碁、将棋などができるほか、高機能マッサージチェアも備えており、料金は15分100円とリーズナブル。気軽に立ち寄れて仲間と会える“楽しい場”にしたことで、団塊シニアを引きつけている。

 同様の発想と分析できるのが、ぽけかる倶楽部(『戦略経営者』2012年9月号11頁)。従来、旅行会社は「交通手段+宿泊」という形で顧客にツアー提案していたが、同社はその常識を覆し「現地集合・現地解散型」のシニア向けイベントツアーを創り出した。現地集合・現地解散型のほうがシニアにとって、体力的にも経済的にも手軽で利用しやすい。首都圏を中心に毎月約300本の知的好奇心を満たすツアーを企画・運営しており、登録会員数は今や約17万人というからすごい。

 昨年12月、シニア層をターゲットに「スマホの学校」を始めたブレインファーム(『戦略経営者』2012年9月号20頁)も、このタイプ(切り口)に属するだろう。

親子孫三代の発想で取り込む

 団塊シニアを取り込む第2の手法は、「親子2代・親子孫3代」という発想で事業を開発することだ。

 07年12月に東京六本木ヒルズで開催された「ウルトラマン大博覧会」は、世代を越えた特撮ファン、怪獣マニアでごった返した。会場で目についたのは子ども夫婦や小さな孫を引き連れて、まるで授業のように説明して回る50代後半から60歳前後の男性の姿だった。世代は違っても、ウルトラマンや怪獣に対する思いの熱さは変わらず、ファン層が親から子、子から孫へと広がっている。そこにこれまでになかった新しい「シックスポケット」(両親と双方の祖父母の合わせて6個の財布)需要の形がみえてくる。例えば、孫娘の誕生日に「リカちゃん」を祖母がプレゼントするなど、自分(団塊シニア)のコレクションを孫と共有したい、あるいは自分たちが育てきた文化や音楽などを理解し受け継いでもらいたいという思いの現れとみることができよう。

 さらに、その孫との触れ合い方を今風にアレンジすれば従来にないビジネスを創造することができる。ネットベンチャーのウェルスタイル(『戦略経営者』2012年9月号12頁)が運営するファミリー向けSNS「ウェルノート」は、遠くでなかなか会えない実家の両親(団塊シニア)とのメッセージのやりとりや、撮影した写真を家族だけで共有することができるという。要は離れて住む親ともウェルノートでつながれば、可愛い孫の写真をいつでも両親に見せてあげることができるというわけだ。

 第3のポイントは、団塊シニアとの関係づくりは終始べったりというより、相手のライフスタイルを尊重しながら一定の距離感を保つのが鉄則だということ。そのほうが団塊シニアにとって気楽(ストレスフリー)で、息の長いつき合いができる場合が多い。私は長年シニアウオッチングを行っているが、何人かのシニアから聞いて面白いと思ったのは、「行きつけのコンビニで、アルバイトの女性店員とたわいない話をするのが楽しみである」という話だ。そこに関係づくりのヒントがあるような気がする。つまり利便性が売り物のコンビニにさえ、温もりのある“触れ合いサービス”を求めたいと考えているわけである。例えば「いつもの□□商品ありますよ」とか「今日は天気がいいですね」とか。そんな何気ない一言をいえるかどうかが、シニアをロイヤルカスタマーにするうえで重要なのだ。実際、ぽけかる倶楽部では、ツアーガイドの話し方や接し方いかんによってリピート率が全然違うのだそうだ。

 団塊シニアは、競争社会を生き抜いてきた高感度消費者なので、基本的にチェックは厳しく、口コミ力もある。ゆえに、自分の眼鏡にかなった店(店員)には足繁く通うが、そうでなければ一見客で終わるだけでなく、「あそこはダメ」と周囲に吹聴されてしまうかもしれないのだ。

 さらに、もう一つの攻略法はデザインやファッション性を重視して商品開発に当たらなければ必ず失敗するということ。理由は、「年は取ってもセンスは良い」と自負している人が多いからだが、この切り口で成功しているのが日本初のステッキ専門店「チャップリン」を展開するサン・ビーム(『戦略経営者』2012年9月号16頁)。同社の山田澄代社長は「日本では、杖は足が悪くなった人が渋々使う福祉用具になっていますが、ヨーロッパでは昔も今も必携のファッションアイテムです。そんなライフスタイルを日本にも根付かせたい」と話している。

 いずれにしろ、団塊シニアが今後消費市場のリード役を果たすことになるだろうから、そこにアンテナを張って“取り込み作戦”を展開していくことが業績アップにつながる道である。

プロフィール
たかしま・たけお 1956年東京生まれ。早稲田大学政経学部卒業後、日本経済新聞社に入社。編集局産業部、「日経ベンチャー」編集、日経文庫編集長などを経て、99年に独立、フリーランス・ジャーナリストに。専門分野は中小ベンチャー企業経営、高齢者・障害者ビジネス。著書に『R60マーケティング』など。

(インタビュー・構成/本誌・岩崎敏夫)

掲載:『戦略経営者』2012年9月号