返済期限や利息の支払いがない出資による資金調達。投資ファンドからの出資を受け入れる中小企業は欧米などに比べまだ少ないが、公的機関の強力な後押しもありそのメリットは大きい。一方インターネットを通じ小口資金を募る手法も注目を集めるようになった。ファンド形式で資金を集め成長につなげている中小企業を取材した。

中小企業とファンド

 資金調達の手法には大きく分けて融資(デットファイナンス)と出資(エクイティファイナンス)の2つがある。そのうち投資ファンドなどによるエクイティファイナンスは、成長企業やリスクのある新事業展開への資金として適しているとされる。融資の資金調達のように元本の返済義務や利息の支払い義務が生じず、担保や人的保証も通常求められないからだ。資金の出し手がもっとも注目するのは事業の成長性で、担保や保証能力が弱くても将来性のある中小・ベンチャー企業にとっては、本来身近な存在であってもよいはずである(『戦略経営者』2012年12月号9頁図表1参照)。

 しかし現実はそううまくはいかない。中小企業基盤整備機構ファンド事業部ファンド企画課の大穂裕嘉課長代理はその現状についてこう語る。

 「リーマンショックや新興市場の状況もあり、日本の中小・ベンチャー企業向け投資市場は欧米に比べ極めて低い水準です。投資残高は米国の20分の1程度の約1兆円にすぎません。日本でもエンジェル税制など制度面での手当てはだいぶ進みましたが、あまり活用されていないのが現状ではないでしょうか」

 業界団体の統計調査でもこのことは裏付けられている。一般財団法人ベンチャーエンタープライズセンターが10月に発表した「2012年度ベンチャーキャピタル等投資動向調査」によると、11年4月から12年3月までの間に行われたベンチャーキャピタルによる投融資額の合計は、5年前の半分以下となる1240億円だった(『戦略経営者』2012年12月号9頁図表2参照)。1000億円を割り込んだ2009年度に比べれば徐々に数字を伸ばしつつあるように見えるが、同財団法人では「いまだ緩やかな回復途上の状況」にすぎないと分析。期間満了を迎えたファンドに見合った金額が満足に組成されておらず、「一般的にはファンド組成環境は厳しい」のだという。

 ITバブルの崩壊がもたらした負の側面も否定できない。急成長中のIT企業が次々と世をにぎわせた2000年前後、プライベート・エクイティー・ファンドは全盛時代を迎え、競って中小・ベンチャー企業への投資を拡大した。ところがバブルはあえなく終焉。大きな痛手を教訓に残し、見事に市場が縮小してしまったのである。

ネットで出資を募る新手法

 ファンドを通じた中小企業に対するリスクマネーの供給が停滞するなか、ネットを通じたファンド形式の新たな資金調達方法が現れた。たとえば16頁(『戦略経営者』2012年12月号)で紹介したミュージックセキュリティーズ。CDの制作資金や純米酒の生産など、事業者が必要としている資金額を公開し、個人から小口の出資を募るファンド商品を販売している。出資者は売り上げに応じた分配金を受け取ることでリターンを得る仕組みだ。金融庁が2011年11月に金融検査マニュアルの運用を明確化したことで、小口出資ファンドによる匿名組合出資方式の資金提供も資本とみなすことができるようになり、企業側にとっての利便性が高まったのも追い風になった。Kaien(『戦略経営者』2012年12月号12頁)は同社を通じて発達障害者就労支援ファンドを組成、800万円を超える資金を調達することに成功した。

 一部の製造業のなかで注目が集まっているのが、クラウドファンディングというプラットフォーム。(1)何らかの製品やサービスのアイデアを公開し小口の資金提供を呼びかける(2)集めた代金からサイト運営者に手数料を支払い、残った金額を元手として製品やコンテンツ、サービスなどを事業者が開発する(3)当初の取り決めに従って、資金の出し手に完成した製品などを提供する、という方法が一般的だ。ミュージックセキュリティーズのように金融商品として販売するのではなく、枠組みとしては前払いによる共同購入に近いので厳密には出資とは関係ないが、資金力に乏しい中小企業やベンチャー企業が新製品・サービスの開発に取り組む手段として熱視線を集めている。海外では「キックスターター」が有名だが、日本でも「キャンプファイアー」や「レディーフォー」をはじめ続々と有力サイトが立ち上がりはじめている。

 新しい資金調達手法として注目されているクラウドファンディングだが、利用した企業からは「マーケティングで大きな効果がある」との声も挙がっている。アイフォーンケースの開発資金を集めたニットー(『戦略経営者』2012年12月号11頁)では試作品づくりの工程を資金提供者に動画で公開。「ちょっと重たすぎるのでは」「スタンドで使える機能もほしい」──一般消費者、学生、建築家などさまざまな属性のユーザーから寄せられた視点の異なるコメントが、商品化にあたって大いに役立ったというのだ。これまでも私募債の発行など類似した資金調達方法はあったが、クラウドファンディングは「投資家=消費者」参加型のモノづくりが可能になる点で際立っているといえよう。

公的機関からも多額の資金が

 金融機関からの融資とは性質の異なる、ITを利用した資金調達手法をいくつか紹介したが、それでも増資による出資が正攻法であることは間違いない。返済期限もなければ担保も不要なうえ、増資により財務体質が改善されれば融資の際に有利になる「呼び水」効果も生むからだ。運転資金ならまだしも研究開発費など見通しが不確実な使途への融資は金融機関もためらいがちだが、増資による調達資金はそうした積極的な投資にも使える。創業者一族が経営権を掌握し資本政策の必要性のない企業が多いことは確かだが、これだけのメリットがあることもまた事実なのである。

 そうはいっても民間の投資ファンドは自らの利益を追い求めるのが最大の目的。ベンチャーキャピタルでは「××年以内に上場を目指す」「M&Aで高値で売却する」といった出口戦略が大前提にある。こうした姿勢に不安を感じている会社はどうすればよいだろうか。

 そうした場合、公的機関が関与しているファンドにターゲットを絞るという手がある。たとえば中小企業基盤整備機構では現在、165の投資ファンドに総額1952億円を出資しているが、出資先の投資ファンドの名称や連絡先をホームページで公開している。公的機関が審査をして出資しているファンドなので、増資を検討している企業も不安を抱かずに済むのである。

 もう一つ見逃せないのが、株主構成に問題を抱える企業が増資を利用するケースだ。地方自治体や金融機関、大手企業などが出資する東京中小企業投資育成の宇野充良営業統括部次長はその実態についてこう語る。

 「会社設立から長い年月がたち、なかにはもはや会社と何の関係もない人が大株主になっているというケースがあります。そうした人が突然現れ、会社をのっとってしまうというリスクがないわけではありません」

 そうした場合、同社のような公的性格の強い投資会社による出資を受け入れることで、財務基盤の強化と安定株主の確保を同時に実現することができるのである。同社は投資先企業に上場を義務付けることはない。投資先からよせられる経営相談に応じることはあっても経営に干渉することはなく、役員の派遣も行わないという。さらには増資による資金調達やコンサルテーションにより、円滑な経営承継の下地を整えるというメリットも生まれる。

 「同族企業において、後継者が経営を引き継ぐには多くの課題をクリアする必要があります。われわれのような安定株主を入れることで、後継者を支える応援団を確保でき、スムーズに経営を承継することができます」(宇野次長)

 外部資本の受け入れを後継者問題解決の一助とするこの方法は、同時に、同族経営から脱皮し、「開かれた会社」へ第一歩を踏み出すということでもある。強烈なカリスマ性で社員を引っ張っていくことができた初代と同じように、2代目、3代目がカリスマ性を発揮するとは限らない。むしろ会社規模が拡大するにつれ、組織で動く仕組みづくりが必須になってくるのである。外部からの資本が注入されることでこうしたメッセージが社内外に強く発せられ、従業員のモラルアップにつながるケースも多いという。

 従業員のやる気が向上すれば、当然経営成績にも良い効果をもたらす。中小機構ファンド企画課の大穂課長代理によれば、同機構出資ファンドによる投資は投資先企業の成長に着実に貢献しているという。

 「中小機構が出資するベンチャーファンドの投資先企業では、1社当たりの平均売上高が投資時点に比べ2.4倍、雇用人数は約2.7倍に拡大している、という結果が出ています。また2011年度の新興市場のIPO企業31社のうち12社は機構出資ファンドが関与しているものでした」

 戦略的な資本政策の実行で会社規模の拡大に成功している企業も少なくないのである。やはり焦点となるのは、増資による成長を経営者がどのように描いているのか、ということだろう。

(本誌・植松啓介)

掲載:『戦略経営者』2012年12月号