「ファブラボ」と呼ばれる市民工房が全国で続々誕生している。3次元プリンターをはじめとするデジタル工作機械の普及とインターネットを通じた情報の共有で、市民だれもがものづくりの喜びを分かち合える新たな実践が日々行われているという。日本におけるファブラボの仕掛け人である田中浩也慶應義塾大学准教授に、従来型のものづくりのシステムに根本的な変革を迫る「パーソナル・ファブリケーション」の可能性について聞いた。

プロフィール
たなか・ひろや●1975年、北海道札幌市生まれ。京都大学総合人間学部卒業、東京大学大学院工学系研究科博士後期課程修了。博士(工学)。2005年慶應義塾大学環境情報学部専任講師、08年同准教授。2010年米マサチューセッツ工科大学(MIT)建築学科客員研究員。著書に『FabLife デジタルファブリケーションから生まれる「つくりかたの未来」』などがある。

デジタル工作機械の普及が「家内制機械工業」を生む

慶應義塾大学准教授 田中浩也氏

田中浩也 氏

──話題になっている3次元プリンターとはそもそもどのような機械ですか。

田中 普通プリンターというと紙に文字や画像を印刷するものですが、3次元プリンターは立体的なものを出力できるのが特徴です。2次元のプリンターと同じようにコンピューター周辺機器として使用し、パソコンで作成したデータに基づいて物体を出力します。データの取り扱い方やどうやって設計すればよいかという知識はインターネットでほとんど見つけることができますね。材料で一番多いのはアクリルなどの樹脂ですが、木材や紙、皮など金属以外のさまざまな材料にも対応可能です。

──紙をプリントアウトするような感覚で立体物が出力できるというわけですね。

田中 その通りです。3次元プリンターそのものは20年前からすでに存在していて、大手メーカーなどが工業製品の試作を短期間で行う「ラピッド・プロトタイピング」(迅速な試作製作)と呼ばれる手法で用いられてきました。そうした大企業が使用するものは非常に大型で、最低でも数百万円の費用がかかり高価でしたが、技術の進歩にともない最近では小型化したものが5万円程度で買えるようになったのです。

──これまで工場でなければできなかったものづくりが家庭でできるようになると……。

田中 はい。そうしたものづくりのやり方をわれわれは、「パーソナルファブリケーション」(工業の個人化)と呼んでいますが、これはある意味、産業革命以前に時計の針を戻すということでもあります。産業革命以前は各自が家でものをつくる「家内制手工業」でしたが、パーソナルファブリケーションでは、コンピューターや機械の力を借りて使う人自身が使うものをつくる「家内制機械工業」の時代だといえます。

──ファブラボは、そうした動きの先駆けというべきものですね。

田中 3次元プリンターや家庭用の工作機械は、いずれ1家に1台普及するようになるでしょう。それによって人々の生活や社会には大きな変革が訪れると思いますが、それにはまだ時代が少し早い。そこで、そうした機械を共同で所有し、新しいものづくりのムーブメントを実践しようとする「ファブラボ」と呼ばれる市民による工房スペースが、世界約150カ所の地域で続々と生まれるようになりました。そうした動きに私も共鳴し、2011年に日本初となる「ファブラボ鎌倉」を立ち上げたのです。日本では、同時に立ち上がった茨城県つくば市をはじめとして、その後東京・渋谷、大阪にファブラボの拠点ができ、ほかにも6カ所ほどで新規に立ち上げる計画があると聞いています。

──市民参加型の工房というイメージですか。

田中  はい。キーワードは「まちづくり」です。ファブラボ鎌倉では週1回金曜日に、市民の方々に自由にものづくりをしてもらうための工房を開放しており、最近は商店街の店舗で使う看板などを地元の方が自ら作るケースが増えてきていますね。レーザーカッターという機械を使えば木材の板に樹脂で店舗名をプリントしたオリジナルの看板が簡単にできますから。実際には3次元データの作成などある一定のコンピュータースキルは求められますが、鎌倉ではその場でマスターする人が多い。もともとものづくりへの意欲が高い職人気質の人が多い土地柄が影響しているのかもしれません。

──製作物の種類は?

田中  木工、皮製品、電子製品などあらゆるものです。最近では忙しくてあまり時間を割けていませんが、私自身も衣食住に関連するものから、電気製品、家具、ソフトウエアなど本当にたくさんのものをつくりました。最近では自作のリュックサックがお気に入りです。ノートパソコンを入れるリュックがほしかったのですが、どこを探してもぴったりのものがなく、ならば自分で作ってしまおうと。1万円で革を購入しその5分の1程度を使用したので原価は2000円で済みましたが、これと同じようなものを購入しようとすれば2万円は下らないのではないでしょうか。また先日、ニュージーランドを訪れた際に現地のファブラボでスーツケースを作ったことがありました。

──海外でも使えるのですか。

田中  お土産が予定よりも大幅に増えたため、手持ちのトランクだけでは間に合わなくなってしまったのです。日本まで持って帰るのに荷物を詰めるだけなので買うまでもないと思い、現地のファブラボに立ち寄って木製スーツケースを製作しました。ファブラボの面白いところは、世界150カ所のラボがネットワーク化されて、ともに技術や情報を交換しながらものづくりを進めることができること。たとえばオランダに旅行するのに現地で自転車が欲しくなったとします。オランダにもデジタル工作機械を備えたファブラボがあり、そこにあらかじめ日本から自転車をつくるためのデータを送っておけば、現地に私が着く前にその自転車を製作してもらうことも可能なわけです。物体を情報として輸送するとでもいいましょうか。

インドでは小学生が無線アンテナを自作

──そもそもファブラボを始めようと思ったきっかけは?

田中 2008年、インドのあるファブラボを訪れ、デジタル機械を通じて自分たちが使うものを次々と自らの手で作っている人たちがいるのを見て衝撃を受けました。そこはパバルという人口200人余りの小さな村でしたが、犬を寄せ付けないための超音波発生装置や無線アンテナなど、暮らしに直結したものづくりをファブラボで実践していたのです。パソコンと3次元プリンターを操っている中にはなんと小学生の姿も見られました。つまり3Dプリンターや数種類の工作機械とインターネットで調べる意欲さえあれば、今まで工場がなければ不可能だったものづくりが、世界のどの場所でも特別な知識なしにできてしまうのです。そうした場を日本でも作りたいと思ったのが、ファブラボを立ち上げるきっかけになりました。

──まさに世界中のいたるところで「ファブラボ」の実践が広まりつつあるということですね。

田中 一つの町には、たいてい図書館や公民館、美術館など市民のための施設がありますが、ファブラボも同様の位置づけが与えられるようになるでしょう。実際、米国ではオバマ大統領が全米2000カ所にファブラボを設置、すべての小学校に1台ずつ3次元プリンターを配備して教育に役立てようとする政策を推進しています。

──このような動きが全世界で広まっている背景として、どんなことが考えられますか。

田中 過去20年の間、私たちのうちほとんどがものづくりの現場から離れ、みなそろって消費者になってしまいました。そのためさまざまな弊害に直面しています。たとえば何か家庭で使うものが壊れてしまったときに、ほとんどの人が自前で修理できなくなってしまっていますよね。また廃棄物の大量発生による環境問題の深刻化など、大量生産・大量消費に対する反省とどう向き合うかという20世紀から続く大きな課題も残っています。ものを「作る人」と「使う人」との間に横たわる極端な溝ができてしまったのです。

──そこで再び手工業的なものづくりへの回帰運動が起こっていると……。

田中 「自分で作ったほうが愛着がわくし、仕組みも理解できる。だから少々高くても自分でつくりたい」という人がとくに若い層で目立ってきています。たとえば若い女子の間で、手芸用品専門ショップのユザワヤに通い詰める「ユザワラー」と呼ばれている人たちが増えている現象もそうです。ユザワヤがユニクロの隣に出店するという戦略をとって数年経ちますが、これは若い女性の動向を反映させたもの。それはユニクロで買った洋服を家で分解し、ユザワヤで調達した手芸道具で自分なりのオリジナルの服につくりなおす、という自己表現の一形態ですが、こうしたものづくりへの欲求が次第に広まっているのは事実でしょう。

「作りたい」気持を支援するワークショップ的視点を

──産業側からはこの動きをどうとらえればよいでしょうか。

田中 たとえば米国は中産階級の雇用回復をねらう産業政策として積極的にこの動きを取り入れようとしています。米国は世界最先端のITビジネス集積地ですが、実はIT産業は一部の優秀な人だけで会社が成り立ってしまい、中産階級の雇用確保にはあまり貢献していません。そこで雇用回復の有効な手立てとして米国政府が目を付けたのが、デジタル化された新しい工場の推進でした。デジタルファブリケーションによる全く新しい製品の誕生を通じ成長産業を創出することで、雇用回復を実現しようとしているのです。これが、クリス・アンダーソンが書いた『MAKERS』などでいま話題になっている「メーカームーブメント」といわれるものの正体ですが、私はちょっとそれとは違うシナリオを描いています。

──違うシナリオというと?

田中 世にいうメーカームーブメントはあくまで産業政策の話なんですね。ところが私はこの動きによって人間がどう変わるか、ということに興味を持っています。過去15年の間にインターネットを経験したことで、多くの人が「ブログを書いて情報発信をする」「自作の音楽を発表する」「撮影した写真や映像を編集して投稿する」といった「つくる」行為をしはじめましたが、それらの対象はあくまで画面の向こう側でのデジタルコンテンツでしかありませんでした。しかしそれが今度は、このような工作機械の登場でネット世代の人が実際にものを作れるようになった。消費者マインド一辺倒ではなくなるという意識の変化がもたらされるのです。

──人々の考え方の基本的な枠組みが変わるということですね。

田中 はい。しかもものづくりは地に足の着いた総合的な行為なので、分業との戦いがはじまるでしょう。資本主義経済は大量生産・大量消費に合わせるように各分野の専門家を育成し、役割を分け、分業するシステムを完成させましたが、その効率化は行き着くところまで行ってしまいました。むしろ今はその効率化されたやり方では解決できないことの方が多くなっている。一人ひとりが多様な役割を担い自分でできることはすべてやるといったことが求められてくるような気がします。

──旧来型の工場生産の手法に軌道修正が迫られているということでしょうか。

田中 別に大量生産や産業革命を否定しているわけではありません。大量生産システムの背景には一部の王族や金持ちだけでなく、すべての人が良い商品を等しく享受できる社会をつくりたいという理念がありました。フォードによる一般大衆車の販売然り、日本メーカーの白物家電製造もまた然りです。それらの製品は各時代にとっては必要なことでしたが、いまやそういった製品群は一通り行き渡り、当初の目的を達したといえるのではないでしょうか。いま人々は皆と一緒のものではなく自分らしい個性的なものを求めています。企業はユーザーのニーズに合わせようとしてマーケティングを通じた製品開発に懸命ですが、パーソナルファブリケーションはそうしたやり方とは違います。最初からユーザーや市民が自分たちの手で製品を作り出すことを支援することを目的にしているのです。

──大企業というより中小企業の視点に近いですね。

田中 その通りです。従って、市民の「作りたい」という気持ちをうまく支えるようなビジネスが今後注目されるでしょう。たとえば「無印良品」のショップでは最近、布製品などをその場で縫えるミシンコーナーを店舗内に設けるようになったそうです。ただお店で買い物をするだけでなく、ものづくりまで支援するようなワークショップ的な要素を加味した、新たなショッピングの概念を打ち出す企業の姿勢が見え始めています。

──今後の見通しは?

田中 現在の状況はインターネットの黎明期と非常によく似ていて、ネットが導入された初期も「なんだこれは」という混乱状態が5年くらい続きましたが、それと同じようにパーソナルファブリケーションの本当の可能性はまだほとんど理解されていないのが実情です。過去のムーブメントとはまったく異なるので理解できないのも仕方ありませんが、しかしこれは不可逆的なもの。3Dプリンターのような新しい工作機械のツールをいかに社会に浸透させていくかじっくり取り組んでいく必要がありますし、若者の工学離れやものづくり離れという教育問題の解決も図らなければなりません。もちろん産業界も変わっていくとは思いますが。

──田中さん自身の抱負を教えてください。

田中  ファブラボ鎌倉は、今は私の手を離れてメンバーが自律的に活動をはじめています。私自身は、文化のないところに産業はないと思っています。サッカーにしろ音楽にしろ、文化があるからこそ盛り上がることができる。それと同じようにものづくりも、文化がないと育ちません。いくら3次元プリンターや工作機械が製品として存在しても、ものづくりの文化がしっかりと社会に残っていなければそれは発展しないでしょう。こうした目には見えない文化をきちんと日常の中に組み込んで当たり前のものにしていく活動に携わっていきたいですね。

(インタビュー・構成/本誌・植松啓介)

掲載:『戦略経営者』2013年3月号