企業再生」といえどもさまざまなレベルがある。財務の引き締めや業務の見直しだけで済むケースもあれば、リスケジューリングが必要なやや深刻な場合も。今回は、それらよりもさらに抜本的な手法が必要な、債務者区分でいうと「破綻懸念先」以下の再生事例を紹介する。

 企業再生の現場で、私がいつも経営者にお聞きすることがあります。それは再生かそれとも廃業かという究極の選択に追い込まれた社長が、最後に守りたいのは一体何なのかということ。この問いに対し「自分はどうなってもいいが事業や社員、取引先はなんとしても守りたい」という気持ちを持った経営者、いわば「無私」の覚悟がある経営者とでなければ二人三脚で再生にあたることはできません。

 再生の選択をした場合、一番最初にすべきなのは、資金繰りと月次で確実に黒字ができるようにするための「内科治療」です。売り上げを伸ばし、人件費や経費の削減を努力するわけですが、当然のことながらこの内科治療をどんなに進めても、過剰な債務を抱えたままバランスシートの改善が見込めないならば、たとえ償却前営業利益が出ていてもすべて金利払いで終わってしまいかねません。これでは社員教育や設備投資に十分な資金を振り向けることができず、従業員のモチベーションもがた落ちです。そうならないためには、債権カットやM&Aを含めた「外科手術」を検討しなければなりません。

「実態バランスシート」の重要性

 外科手術には大きく分けて、関係者の協議によって再生の枠組みを決める私的再生と、民事再生法や会社更生法等の法律に基づき手続きを進める法的再生がありますが、いずれの場合でもベースとなるのは、会社の「現状分析」です。手術前にあらかじめ血液検査やレントゲンの撮影が必要なのと同じだと考えれば分かりやすいでしょう。私たちは通常、事業デューデリジェンス、財務デューデリジェンスなど会社の実態をひとまとめにした「インフォメーションパッケージ」と呼ばれる資料集を作成し、建物・土地の調査も行います。

 ここで重要なのは、金融機関が通常、中小企業から提出されたバランスシートを独自に修正している「実態バランスシート」と同様のものを作成する必要があるということ。本当の会社の現状をつかむとともに債権者と同じ土俵に立つためですが、修正項目は売掛金、在庫、買掛金・未払費用でほぼ90%を占めます。中小企業会計要領ではこれらの項目について個別引当金を積んだり評価損を立てたりすることを要求しており、ほぼこれに即して作成します。これらの作業は実は税理士の得意分野なので、事業再生に詳しい税理士などに相談してみるのもよいでしょう。

 また事業デューデリジェンスなどを中小企業診断士や専門コンサルタントに依頼するケースもありますが、やや高額です。これも簡易なものであれば会計事務所でも作成可能です。企業情報会社やインターネット、県や市町村機関や同業者団体などの公的団体でライバル企業の情報を入手するだけで、自分の会社の客観的な立ち位置がかなりの部分まで正確に把握できます。そのうえで専門部署にヒアリングをして現状の問題点や改善点をまとめれば、相当程度の事業デューデリジェンスをまとめることができるのです。中小企業のほとんどが、会計事務所が関与したこのような簡易な事業デューデリで金融機関に問題なく実抜計画を提出できるでしょう。

 外科手術ではすでにメーン銀行は、そうした会社が事業継続できるかどうか判断しているケースがほとんどだと思われます。手形貸し付けの書き換えを拒否するなど金融機関が支援打ち切りの引導を渡す前に、当該企業が再生に足りる会社だということをアピールしなければなりません。さらに外科手術では次の2つが必要です。

 まず不良貸し付けについて金融機関は、株主代表訴訟で訴えられたり、あるいは取締役が善管注意義務違反に問われる可能性がある債権放棄に応ずることはできません。そのため、外科手術で債権放棄等の思い切った支援をした方が金融機関にとってもプラスであるという経済合理性のあるスキームがどうしても必要になります。再生を支援した方がこれを放置したときに比べ回収できる金額が多いという合理的な理由がなければならないのです。そこで再生を検討する企業は、その経済合理性について金融機関が判断しやすくするため、会社が破産した場合を前提とした「清算バランスシート」(民事再生では財産評定)も作成します。

 2番目のポイントとして「借りたものを返さない」というモラルハザードを食い止める措置も大切です。最終的に経営者がきっちりけじめをつけた後は、会社の支配権を引き渡すスキームでなければならないということです。企業再生には会社存続型の減資増資スキームと、第二会社方式の会社分割スキーム、事業譲渡スキームのおおよそ3つの手法に分かれますが、いずれの場合にも経営者責任として代表者の辞任が求められることがほとんどでしょう。最後は日本独特の制度である連帯保証責任です。第二会社方式で会社を特別清算した場合には代表者自身の自己破産等もセットになります。ここまでしてはじめて金融機関が債権放棄に応じるのです。

私的再生と法的再生

 現状分析と経営者の覚悟ができたら私的再生か法的再生かを選択するわけですが、それぞれの特徴を説明します。まず法的再生のメリットは、裁判所のもとで債務整理の公平性、透明性、合理性が確保されるため、ほとんどの債権者の同意が得られるということ。一方私的再生は当事者同士の協議によるので恣意性の介入する余地があり、債権者同士の合意はかなり難しいといえるでしょう。

 次は再生が社外に対して与える影響についてです。企業がまず第一に私的再生を検討するのは、再生についての事実が金融機関以外の債権者には知らされず、信用が確保されるため、企業価値が損なわれないからです。いままで通りの売り上げが確保でき、会社の再生を速めることができるのです。これに対して民事再生は信用棄損により通常は2~3割売り上げが減少します。大企業では民事再生企業とは取引しないという契約を結んでいるところも多々あります。

 さて法的再生には民事再生法と会社更生法による2つのパターンがありますが、これらは似て非なるものです。民事再生は現経営者が主導権をとり、スポンサー型であれば少なくともスポンサーの手に渡すまでは経営者が残って再生を進めますが、会社更生法は申し立てたとたんに完全に裁判所の管轄下に入ります。したがって会社更生法の開始決定と終結決定の2回、更生法適用会社として異なった立場の決算を組まなければなりません。どちらかというと民事再生は中小企業で大企業が会社更生法というイメージがありますが、逆の場合もあり固定化されているわけではありません。

 私的、法的の割合でいえば、15年前から企業再生支援を手がけている私の経験からいうと、私的再生が8割、法的再生が2割といったところです。しかし近年は、法的再生の割合が高まる傾向にあります。

主流を占める「第二会社方式」

 私的再生スキームについては、中小企業では圧倒的に第二会社方式と呼ばれる手法が多数を占めています。それは債権カットを要請された金融機関が協議に加わりやすい方式だからです。

 第二会社方式とは、既存の会社を会社分割し事業部分をスポンサーなどが設立した新会社に承継し、借金だけ残ったこれまでの会社を特別清算するというもの。金融機関は通常、債権放棄をする場合は決算書などでその事実について公表する義務を負っていますが、この方式の場合は貸倒損失という勘定科目で処理できるので、情報開示が不要になります。さらに会社のうちの傷みのない部分、いわゆる「グッド」な資産が新会社に移ってくるので、不動産やのれん、運転資産などの明確な実態を金融機関が把握でき、過剰支援という問題は生じにくいというメリットもあります。

 この第二会社方式は一方で、欠点もいくつかあります。まず新会社を設立するため欠損金がなく、会社分割後初年度から税金が発生する可能性が高いということ。またすべての取引がリセットされるので、方法次第では事業にかかわる許認可契約をすべてし直さなければなりません。業歴が1年からスタートするので、建設会社などでは経審(経営事項審査)の点数が下ったり、入札参加できない期間が生じる場合があるのにも注意が必要でしょう。

 企業再生の最近の流れをみると、『借りたカネは返すな!』という本がベストセラーになるなど金融機関に敵対的な指導をするコンサルティングが一時流行しました。結局は社会問題化し、経営者責任もとらない借金逃れだけをアドバイスしていた怪しげなコンサルティングは、現在では消えつつあります。実はこのたび創設された認定支援機関制度は、このようなアウトローの経営コンサルタントを排除して金融機関と二人三脚で企業を支えるコンサルティングを普及させる仕組みにもなっています。企業を支える車の両輪は会計事務所と金融機関であり、この3者による強力なタッグがあってはじめて再生が成功するということをあらためて強調したいと思います。

(インタビュー・構成/本誌・植松啓介)

掲載:『戦略経営者』2013年6月号