2014年4月1日から8%に引き上げられる消費税。駆け込み需要への対応や価格表示の変更方法の検討、会計システムやレジへの投資など企業経営者がなすべきことは山積しているが、とりわけ建築請負工事などに適用される「経過措置」への対応が緊急性を増している。畑中孝介税理士に、経過措置の概要と適用の注意点などについて聞いた。

 消費税法改正の概要についてまず説明してください。

 ご存じのとおり、「消費税改正法」により、消費税が2014年4月1日に8%、1年半後の2015年10月1日に10%へと引き上げられることが決まりました。消費税は平成9年に3%から5%に増税になりましたが、今回は短期間で2度にわたって引き上げを行うという点が大きく異なります。したがって価格表示の方法や独禁法の問題にいかに対処するかという企業経営の根幹にかかわるさまざまな課題が今後見えてくるかもしれません。また今回の改正では新たに、消費税の税金の使途が「年金」「医療」「介護」「少子化」の分野に限定されることが明確化されました。さらに事業者免税点制度と中間申告制度の見直しが盛り込まれ、2010年度ごろの税制改正から継続してきた課税適正化の総仕上げともいえる内容になっています。

 経済情勢によっては見送るという話もありますが……。

 改正法には附則条項がついていて、実質成長率2%が実現しなければ増税を先送りできる道筋を残していますが、おそらくその可能性は低いでしょう。政府もいわゆる「アベノミクス」の一連の経済政策の肝であるデフレ脱却を実現させようと懸命です。価格表示の問題や消費税還元セールの禁止が国会で議論されていますが、これは前回の引き上げ時のように値引きセールを野放しにした場合、消費税だけ本来値上がりする分が値上がりせず、実質的にデフレになってしまうことを極力防ぐためのものだといえます。

 増税後は一時的に消費が冷え込んでしまうかもしれませんね。

 はい。とくに住宅や自動車のような高額物件は消費者にとって増税による負担増は、かなり大きな実感をともなうものになるでしょう。そのため政府は消費税の引き上げで予想される駆け込み需要とその反動による需要減の影響を抑制するため、負担緩和策を打ち出しています。たとえば25年度税制改正で住宅ローン減税を29年度まで4年間延長し、増税分を実質還付されるような手当てがなされたほか、10%の段階で自動車取得税の廃止も行われる予定です。また食料品などについては負担を軽くするいわゆる「軽減税率」を協議することも決まっています。これらは税制改正での対応になりますが、消費税法自体の対応策としてとられているのが、新税率後に資産を引き渡した場合でも旧税率を適用できる「経過措置」といわれているものです。

 その経過措置ですが、過去の消費税引き上げ時にもありましたか。

 電子マネーの取り扱いなどが追加されていますが、平成9年の3%から5%のときとほぼ概要は変わりません。大きく分けて(1)請負契約(2)長期割賦販売(3)リース契約(4)資産の貸し付け(5)サービス提供・水道光熱費・定期代(6)売り上げ返品・貸し倒れ──の6点があげられますが、このうち経営者にとってもっとも関心が高いのは、建設工事が主な対象となる(1)の請負契約でしょう。

10月1日「指定日」がポイント

 では具体的にその内容について教えてください。

 新規住宅の建築にかかる請負契約では、消費税法上は原則として施行日つまり平成26年4月1日以降に購入または引き渡したものを新税率の8%とすることを定めています。ただし、一定の条件を満たした場合については旧税率を適用することができ、これを経過措置といいます。具体的には、施行日の半年前、法律で「指定日」として定められている25年10月1日の前日(9月30日)までに請負契約を締結した場合には、引き渡しが4月1日以降でも旧税率が適用できるのです。もちん指定日以降に契約を締結したものであっても4月1日前に引き渡しが行われれば旧税率を適用することになります。ここで注意が必要なのは、経過措置を受ける場合は、買った側と売った側双方が同時に適用しなければならないということ。旧税率を適用した旨を契約書や請求書など書面に記載しなければなりません。売った側はそのまま5%の経過措置を適用し、仕入れた側が8%を使うという「いいとこどり」はできないということです。

 「いいとこどり」というと?

 そもそも消費税の計算は、課税期間の課税売り上げに対する消費税額から、課税仕入れに含まれる消費税額を引いて納付すべき消費税額を決定します。従って課税仕入れに含まれる消費税額が増えれば増えるほど、あるいは課税売り上げが減れば減るほど納める消費税額が減ることになります。つまり売った側はそのまま低い税率の5%で、買った側は新しい税率の8%で取引をすると消費税額が減ることになりますが、このような整合性のとれないやり方は認められないということです。

 書面で記載するやり方は決められていますか。

 特に決められていません。最低限商品代と消費税額の記載がされていれば十分だと思いますが、後々の税務リスクを低減するためには、契約書や請求書の欄外に「経過措置の適用を受け5%の税額にしています」という内容の意思表示をきっちりすることが望ましいでしょう。

適用の是非は経営判断

 詳細が決まっていなくても、とりあえず9月30日までに契約を済ませておいたほうが得ということでしょうか。

 そうした考えには落とし穴が潜んでいます。この経過措置の適用を受けるために、「適当な契約を結んでおいて、あとで工事の詳細を決めて金額を変更すればいいのではないか」というように考える人もいるかもしれませんが、それはできません。契約後の指定日を過ぎた時点で追加工事が発生して契約金が変動したときには、基本的に当該契約全体が新税率の適用になるからです。たとえば1億円の建設工事契約をとりあえず結んでおいて、その後細部を詰めた結果契約金額が8,000万円になったとします。その場合はまったく新しい契約とみなされるのです。ただし明らかな追加工事の場合は、当初の計画に含まれる金額部分は旧税率の適用を受けられます。新築住宅を5,000万円で契約したが、あとでキッチンの仕様を変更したくなり50万円の追加工事が発生した、という場合などです。この場合は本体部分の5,000万円は旧税率が適用、キッチン部分の追加工事50万円が新税率の適用を受けることになります。

 急いては事をし損じるということですね。

 そもそも消費税の課税事業者は、還付を受ける術のない最終消費者とは異なり、仕入れ税額控除の仕組みで還付が受けられます。したがって対事業者との取引の場合、経過措置を受けるべく駆け込みで契約をすればいいのか、それとも需要が落ち着いたあたりで契約をすればいいのか、それは経営判断になります。先日、年商10億円規模のある顧問先企業の社長から自社ビル建築の契約時期について尋ねられたときには、「消費税の課税事業者で課税売上割合もほぼ100%です。一時的に先払いになりますが、払った分はほとんど還付されますから、経過措置にこだわらずじっくり業者と協議したほうがよいですよ」とアドバイスさせていただきました。

 請負契約は新築工事だけが適用されるのですか。

 いいえ。アパートやビルの大規模修繕、バリアフリーのための改修など個人宅のリフォームも請負工事の対象になっており、指定日前に契約を結んでおけば旧税率が適用となります。またこれは意外と知られていないのですが、新築マンションの購入時にも経過措置が受けられるケースもあります。

 新築マンション購入は請負工事とは異なるのでは?

 マンション購入は、請負工事ではなく資産の売買契約とみなされます。したがって経過措置の適用を受けることは基本的にできません。しかし国税庁が公表しているQ&Aによれば、「建物の内装や外装設備に注文工事が付せられている場合」については請負工事とみなし、経過措置を適用するという方針が明らかにされています。そこで問題なのは注文工事がどのくらいの範囲を指すのかということですが、同じQ&Aではドアノブの交換や外壁の色指定工事などが含まれるとされています。都心部の人気エリアのマンションなどはかなり早くから募集を開始しているところもありますが、指定日前に契約を結んで軽微な注文工事をオプションで入れておけば、4月1日以降の引き渡しでも旧税率でマンションを購入することができます。

 対象となる契約は住宅だけですか。

 住宅に限定しているわけではありません。建築契約以外にも広範囲に適用が可能です。通達などによると、請負契約の範囲は建築請負契約、製造請負契約、測量地質調査・監理設計、映画の制作、ソフトウエアの開発、その他修繕、運送、保管、印刷、広告仲介、情報提供、検査検定等の事務処理、市場調査などかなり広い分野に適用されます。その規準を示す規定は「仕事の完成に長期間を要し、かつ、当該仕事の目的物の引き渡しが一括して行われることとされているもので、契約に係る仕事の内容につき相手方の注文が付されているもの」とかなり広範囲ですが、月極めの警備保障契約やメンテナンス契約、清掃契約など、一括の引き渡しにならないものは適用対象外になります。

割賦販売やリース契約にも

 請負契約以外の経過措置についても教えてください。

 まず法人税や所得税で規定されている「長期割賦販売」にあたる場合は、売り上げの計上時期の税率を適用できることになっています。具体的には、26年3月31日までに行った長期割賦販売については、施行日以降に割賦での売り上げを計上するときでも、旧税率の5%が適用できます。これは商品を引き渡した時点の税率を適用するという課税原則に基づくものです。

 リース契約の場合も同様でしょうか。

 ここは前回の引き上げ時とは少し異なる部分になります。なぜかというとリース会計基準そのものが変わっているからです。リース会計基準の改定以前は賃貸借契約として経過措置が定められていましたが、現状のリース契約は資産売買取引と同じ処理をする税制に変わっています。したがってリース資産を引き渡した段階での税率が適用となり、新税率になったからといって4月1日から税率が上がるということはありません。また消費税の特例で300万円以下の契約について毎月リース料として計上している場合でも、原則どおり引き渡し時点での税率を使うことになります。

 「資産の貸し付け」についてはいかがでしょうか。

 これは不動産賃貸などに関係する項目ですが、ほとんど適用事例が無いケースでしょう。なぜかというと、経過措置は契約を結んで以降一切その内容を変更しないという場合に基本的に適用されるのですが、一般的に賃貸物件の契約では「賃料が経済事情の変動、公租公課の増額、近隣の同種物件の賃料との比較等によって著しく不相当となったときには、協議のうえ、賃料を改訂することができる」などという規定が盛り込まれるのが普通だからです。これでは変更可能な計画となってしまい、経過措置の適用外となってしまいます。資産貸し付けで経過措置を受けられるようにするためには、(1)指定日以前に契約を締結し貸し付けを開始する(2)4月1日以降に引き続き貸し付けを行う(3)貸し付けの期間と対価の額が決められている(4)事業者が対価の額の変更を求めることができないこと(5)契約期間中にいつでも解約の申し入れをすることができる旨の定めがないこと──という要件を満たす必要があります。内容が明らかに決まっていない、あるいはあやふやな契約は対象にならず、長期契約で変更ができないリースバック契約に近いもの以外は適用できないでしょう。ですから不動産賃料については4月1日から一斉に新税率というケースがほとんどだと思われます。

税率の記載を忘れずに

 従業員の定期代などにも影響が出てくるかもしれませんね。

 電車の定期券は販売時の税率が適用されます。たとえば施行日前に購入して使用期間が施行日前後にまたがる場合、厳密にいえば5%と8%の税率が混在するわけですが、一律に旧税率を適用するという規定です。これは回数券も同様の扱いになります。極端な例をあげれば、「3月31日に買ってその日から定期券を使いはじめた場合、本来であれば1日しか旧税率で使用しないにもかかわらず、その後もすべて旧税率が適用される」ということです。これらはIC乗車券や映画の前売り券も同じで、実際に4月に上映するチケットを3月に買った場合も販売時点の税率になるということです。従業員数の多い会社では、通勤定期券をいったんすべて解約して新たに3月末に買い直すというところももしかしたらあるかもしれません。

 施行日をまたいで返品されたものについてはどのような取り扱いになりますか。

 売り上げ返品と貸し倒れの取り扱いですね。基本的には納品時点での税率ですべて判断することになります。消費税5%で納品した商品が、4月1日以降に返品された場合、うっかり8%で処理したくなりますが、5%の課税売り上げとして計上したものについては5%で戻すという処理をすることが必要になります。ですからいつの時点で仕入れたかという記録が非常に重要になり、施行日以降に返品を受けた場合は帳簿にきちんと税率の区分を記載する必要があります。同じように貸し倒れについても3月中に納品したものは消費税を5%しか含んでいません。4月以降にその取引について貸し倒れ処理する場合、納品時点での税率5%で処理します。また売上高5億円以上で95%ルールの適用除外を受けている企業については、返品や値引き、割り戻しなどの対価の返還を受けた場合、全額控除ではなく個別対応方式または一括比例配分方式によって調整計算を行うことになります。少々ややこしくなりますが、このあたりの詳細を含めた改正消費税の内容については7月にTKC出版から発売される『「消費増税」への実務対応』を参考にしてもらえればと思います。

プロフィール
畑中孝介(はたなか・たかゆき) 1974年、北海道長万部町生まれ。96年横浜国立大学経営学部会計情報学科卒業。上場企業の子会社から中小企業・公益法人・独立行政法人・ファンドまで幅広い企業の税務会計顧問業務に従事。連結納税・税効果会計・組織再編税務・戦略的税務等のセミナー多数。著書に『税務に強い会社は成長する!!』(大蔵財務協会)『消費税「95%ルール改正」の実務対応』(TKC出版)など。

(インタビュー・構成/本誌・植松啓介)

掲載:『戦略経営者』2013年7月号