デジタル工作機器でものづくりに挑戦したり自分好みに既製品を改造したりする消費者が増えているという。こうした「手作り」へのこだわりが新たな市場を生み出しつつある。いち早くこの潮流に反応した企業取材を通じ、その可能性を探った。

 独立行政法人都市再生機構(UR都市機構)は2011年9月、決められた範囲内で借り手が自由に内装に手を加えることができる「DIY住宅」を商品化した。賃貸住宅では普通、退去時に部屋の状態を借りた時点での状態に戻す「原状回復義務」が課せられるが、原則的にそのままの状態で良しとする画期的な商品である。

 「もともと内装に手を加えることができる『模様替え制度』がありますが、材料や色に一定の制限があり、原状回復義務が課せられる場合もあることから、利用者から『もっと自由に模様替えをしたい』というニーズが高まっていました。そこで、当機構の住宅に愛着を感じてもらい、さらに長く住んでいただきたいと思いこの商品を企画したのです」(住宅経営部ストック活性化チーム)

 この住宅の対象となっているのは、東京都町田市の「ニュータウン小山田桜台」や千葉県印西市の「千葉ニュータウン内野」、大阪府箕面市の「箕面栗生第3」など11団地の55戸(2013年7月現在)。躯体や共用部分の改修をともなうものや法令に違反するものをのぞき、申請・承認の手続きを経て、入居者は畳のフローリング化や壁紙の張り替えなどを自由に行うことができる。「趣味の絵画や陶芸用で汚れに強い壁紙や床に取り換えたい」「あこがれのカントリー調の内装を実現したい」などかなり自由度の高い模様替えが実現できるという。

賃貸住宅を自分好みに

 はじめからDIYを前提にしているため、契約形態も通常の賃貸住宅とは異なる。内装工事が想定される壁などの部分については未補修のまま貸し出し、その代わり契約後3カ月間の家賃をDIY実施期間として無償に設定。借り手は退去に際し、DIYで改修した部分をそのままにして引っ越すことができる。「赤い壁にした場合、次に借りる方は赤い壁のまま借りることになります。DIYについて柔軟な海外では賃貸住宅をオーナーと借り手が共同で作り上げていくイメージがありますが、日本でもそのような文化が根付けばうれしいですね」(住宅経営部ストック活性化チーム)

 このマーケットに将来性を見いだしたUR都市機構は翌年の2012年、さらなる商品ラインアップ拡充に取り組んだ。入居者が自由に改装できる範囲をより限定した「プチDIY」を大阪、京都、奈良、兵庫の2府2県12団地で7月から導入したのである。本格的なDIYはハードルが高いが、「壁をペンキで塗ってオシャレにしたい」「使いやすい棚をつけたい」などちょっとした模様替えを目指す初心者向けの商品だ。

 「『自分らしい内装を楽しみたいけど何から手を付けてよいかわからない』というお客さまを想定した賃貸住宅です。『キッチンやトイレなどの取り替えはさすがに無理でも、壁を塗り替えるぐらいなら自分でもできそう』と思ってもらえるようなイメージですね」(同チーム)

 本格的なDIY志向を持つユーザーから初心者まで、「手作り」を求める幅広い層の顧客を取り込もうとしたのである。積極的なPR活動にも取り組んでおり、人気ブロガーの久米まりさんがプロデュースした部屋や、女性に人気の通販会社フェリシモとコラボレーションしたモデルルームを公開。今年9月には自由に改装できる部分をリビング・ダイニングの壁のみに限定した「カスタマイズUR」プロジェクト住宅の入居者を募集する予定だ。同プロジェクトでは初心者でも安心して作業に取り組めるよう無料相談窓口を開設、「自分好みの空間づくり」を全面に打ち出した関連商品の充実を図っている。

手作り品マーケットが活況

 粘土、木工、料理……幼いころから毎週教室通いをし、今でも暇さえあれば手作り品の制作に没頭しているという東急ハンズITコマース部EC課の城野佐和子さん。彼女が社内の新規事業コンペに参加し自らの計画をプレゼンしたのは、約2年前のことだった。

 「人事課に在籍していたときに、面接した学生の多くが、私と同じようにものづくりが好きで東急ハンズに入社したい、と考えていたことが分かりました。そこで、ものづくりの大好きな人や手作り品を好んで買う人たちは増えつつあるのではないか、そうであればそうした人の作品を発表する場をもっと提供できないかと考えたのです」

 もともと手芸愛好家やDIYファン御用達ともいえる同社の売り場。しかし彼女が発案したのは、ものづくりをする消費者にただ材料を販売するだけでなく、スペースを貸して自由に作品を販売できる環境を整備することだった。今までにないこのアイデアはコンペで評価され事業化が決定、2012年2月から「ハンズ・ギャラリー マーケット」としてスタートしたのである。その仕組みについて城野さんはこう説明する。

 「作品を発表したい人は、専用のウェブサイトにアクセスすればスペースの空き状況を把握することができ、ネット上で仮予約手続きができます。それから店頭にて契約手続きし、参加者ご本人に搬入や陳列などをしていただきます。さまざまな分野の作品を取り上げたいと考え、スペースの広さや形はあえてバラバラにしました。一番小さな32×32センチメートルは月5,000円、もっとも高い鍵付きガラスケースは1万3,000円の料金で、売り上げの20%を販売代行手数料としていただく仕組みになっています」

 まずはクラフトコーナーを再編成した渋谷店で導入した。売り場はエレベーターを降りてすぐ目の前の一角、絶好のエリアである。さすがに最初の募集で申し込みが殺到するまでにはならなかったが、城野さんが都内のレンタルスペースなどを訪ね歩いてスカウトしたアマチュア作家たちのやる気は十分だった。オープニング時には約70人の作家による商品が8坪の売り場を埋めつくしたのである。男女問わず会社員など本業の合間を縫って製作に励んでいるアマチュア作家が目立つという。

 「びっくりするくらい細部までこだわった革の小物や、もはや芸術品の域に達しているフェルト地のぬいぐるみなど、商品のレベルは本当に高い。数万円もする高価な作品も売れており、すでにファンがいる作家さんもいるほどですよ」(城野さん)

 アクセサリーや日用雑貨、衣類など既製品ではなかなかお目にかかれないオリジナリティーの高い商品が並び、立ち止まってゆっくりと売り場を楽しむ買い物客が目立つ。一つ一つの製品はアマチュア作品とは思えないほど質の高いものばかりで、空きスペースもほとんどない。

 いまでは作家自身がウェブサイトで申し込む仕組みも軌道に乗り、稼働率は常時80~90%程度、月間売上高は100万円前後と高い水準を維持しているという。想定を上回る実績をあげたことから、今年3月には新規オープンした熊本店に進出、さらには8月には大阪・梅田店でも売り場を設ける予定だ。

 手作り製品の作り手と、それを買い求める消費者の接点の場は、実店舗だけに限定されるわけではない。ウェブサイト上で展開する手作り品のショッピングモールがにわかに活況を呈しているのだ。

 たとえば2年前からサイトを立ち上げたtetote(『戦略経営者』2013年8月号34頁参照)は登録商品数が7月で28万点を突破、博報堂などが出資するiichi(神奈川県鎌倉市)も同名のサービスで人気を集めている。東急ハンズも4月に、リアル店舗に続いてインターネット上でも売買ができる「ハンズ・ギャラリー マーケット」をオープン。色や細部の仕上がりについて作家に依頼できる「カスタムオーダー」機能を搭載するなど、「私だけのものが欲しい」というニーズに応え利用者数を順調に伸ばしているという。城野さんは同事業の展開についてこう力をこめる。

 「色が気に入らないけれど形がいいから、などといって若干の妥協が混じるのが普通の買い物ですが、カスタムオーダー機能で作家に依頼すれば、すべてが自分好みの商品を手に入れることができます。そこに手作りの良さがあるのですが、残念ながらこうしたものを気軽に買える場があるということをご存知ない方もまだ多いのも事実。ウェブとリアル店舗の連動イベント、年賀状のデザインコンペなどを通じ、作り手と買い手とのコミュニケーションがより活発になるよう盛り上げていきたいと思っています」(城野さん)

 手芸愛好家による趣味の世界は昔から存在した。しかしインターネットに代表されるコミュニケーション技術の発達が、それを成長性のあるマーケットに変えつつあるのだ。

生活者中心の発想を

 完成品を購入してそのまま使うのではなく、DIY的な要素を加えた手作り品を楽しむ、こうした消費者の傾向は一部のマニア的なものではないのだろうか。博報堂ブランドデザインの岩嵜博論ストラテジックプラニングディレクターは「自らモノづくりする層は確実に増えている」と断言する。その背景にあるのは成熟期を迎えた先進国が抱える共通課題だという。

 「社会の成熟化が進み、効率化や改善化だけではもはや付加価値を生み出せない時代になってきました。その傾向が日本より先行している欧米では、物事をゼロからから創造していく力、いわばクリエーティビティーを活用する問題解決の仕方が盛んに取り入れられてきています。そうした潮流の一つの現れとして、消費者自らがものづくりをはじめる事象が起こってきたのです」

 そこでキーワードになるのが生活者中心発想という考え方だ。モノ発想ではなくあくまでヒト発想で考える生活者自身の手によるものづくりが、いま全世界的なムーブメントになっているのだという。

 「まずは『ファブラボ』。MITのニール・ガーシェンフェルド教授に発祥している市民参加のコミュニティー型ものづくり拠点のことを言います。公民館や図書館にものづくりのスペースが入っていると考えればイメージしやすいでしょう。(1)メーク(作る)(2)シェア(共有する)(3)ラーン(学びを得る)といった原則に従いながら、普通の一般市民がお互いに情報を共有しながら地域に役立つようなものづくりの活動を行っています。それからアメリカを中心に広がりを見せている『ハッカースペース』と呼ばれているスポーツクラブのような会員サービス。パブリックなスペースに工作機械が置いてあり、DIYを得意とするセミプロに近い人々が集まっています」

 ファブラボはすでに世界中に200カ所以上誕生、日本でも東京・渋谷、神奈川県鎌倉、茨城県つくば市を端緒に同種のコミュニティーが全国で続々と産声をあげている。またハッカースペースの代表的なチェーン「テックショップ」もすでに全米で6カ所を超え急拡大中。国内では兵庫県の中小企業、コムネットが9月から同様のサービスを開始する計画を立てている(『戦略経営者』2013年8月号66頁~参照)。

 この全世界的なムーブメントが起きている理由について岩嵜氏は、(1)3Dプリンターなどのデジタル工作機器が安価になりつつある(2)ネットワークの発達で設計データが簡単に共有できるようになった──などの要因が挙げられるという。アナログの工作機械では設計技術者や熟練オペレーターなど専門技術者が介在しなければならなかったが、いまや最新のデジタル工作機械と共有サイトで入手した設計データがあれば素人でも精巧なものづくりが可能な時代なのである。

 個人によるものづくりが盛り上がることは、一見企業にとってマイナスと思われがちだが、岩嵜氏は十分共存が可能だとみている。

 「ウェブのコミュニティーを通じてものづくりのアイデアを公表した個人に、中小製造業が技術支援を行うような事例も出始めています。このように、いままでものづくりをしたことがなかったけれども素晴らしいアイデアを持っている人たちを中小企業がサポートする、というビジネスモデルは大いにあり得るのではないでしょうか。またマスプロダクションの世界に目を転じてみても、カスタマイズ可能で生活者自身の手を入れる余地がある商品のニーズは、今後高まっていくでしょう」

 自分専用のもの、自分好みに手を入れたものを使いたいという消費者の欲求にいかに応えるか。この視点が、個人によるものづくりブームをチャンスにできるかどうかの分かれ目になるのかもしれない。

(本誌・植松啓介)

掲載:『戦略経営者』2013年8月号