わざわざ病院に行かなくても健康についてアドバイスを受けられる──。電話でできるこんな便利な健康医療相談サービスをはじめたのが、ティーペックである。名医のネットワークづくりなど新機軸を次々と打ち出す砂原健市社長にこれまでの歩みや今後の戦略などを聞いた。

プロフィール
すなはら・けんいち●1950年、東京都生まれ。保険代理店経営を経て1989年、24時間無休の電話による健康医療相談サービスを提供するティーペックを設立、営業担当取締役に就任。2004年6月から現職。
砂原健市 ティーペック代表取締役社長

砂原健市 氏

──日本初となる電話による健康相談サービスをはじめた会社として知られています。

砂原 「ハロー健康相談24」は、健康にかかわるお客さまからのご相談について、お電話で内容をお聞きし、適切なアドバイスをするというサービスです。国内4拠点の自社コールセンターで医師や看護師、保健師といった常勤の有資格者330人がカウンセラーとして対応し、お電話は24時間年中無休で受け付けています。1989年のサービス開始以降相談件数は1500万件を突破しました。

──利用者や相談内容の特徴を教えてください。

砂原 健康保険組合や保険商品の付帯サービスとしてお客さまにご利用いただくケースがほとんどですが、電話をかけてくる利用者の方は圧倒的に女性が多く、特に30~40代の方が中心ですね。相談内容については健康、医療、介護、育児、メンタルヘルスの5つの看板を掲げていることもあり、不意のけがの応急処置や服用している薬の副作用、家庭での看護など健康に関するほぼすべての事柄について対応させていただいています。女性の利用が大半を占めていることもあり、やはり一番多いのは育児についてのご相談です。

──コールセンターの質が大切になりますね。

砂原 何と言っても電話での対応力が重要ですので、当社は合計200時間に及ぶ新人トレーニングを行う独自の育成プログラムに沿って徹底的な人材教育を行っています。カウンセラーは臨床経験5年以上の有資格者を採用していますが、そうした医療の専門家に接遇マナーやボイストレーニングの研修を義務づけているのは当社くらいではないでしょうか。

──相談だけでは済まないケースもあると思いますが。

砂原 はい。ご相談された内容からどうしても受診が必要だと判断できる場合は、独自に構築した全国の医療機関データベースの中から、場所が近い病院、あるいは病状にもっともふさわしい診療科目のある病院の情報をご提供しています。このデータベースでは、治療方針の特徴や保有している検査・治療機器の種類、専門医の資格を持った医師の有無などかなり詳細な分類を施していて、「アトピー性皮膚炎の水療法を行っている皮膚科」「女性医師が勤務している産婦人科」などですぐに検索でき、お客さまから高く評価されています。すべては公開していませんが、基本的な情報はウェブサイトに掲載していますので、パソコンや携帯などで一度ご覧になってほしいですね。

「空白の17時間」で起業決意

──ご家族の病気がこの事業を始めるきっかけになったそうですね。

砂原 1982年、自宅で母がくも膜下出血で倒れました。午後4時くらいだったでしょうか、すぐに近くの救急病院に運ばれましたが、結局翌日の10時くらいに院長先生から「うちでは手に負えないので総合病院に転院してください」と言われたのです。転院先の総合病院ではじめてCTを撮り治療を受けることができましたが、結局母は半身まひになりました。その後のリハビリ病院生活から在宅ケアと母の介護を10年経験することになり、「電話でいいから医療の専門家にすぐに相談できたら結果は違っていたかも……」と幾度思ったことか。脳卒中は3~4時間以内に応急処置が必要といわれていますが、母が最初に運び込まれた病院にはなんと脳外科がなく、加えて総合病院に転院するまで17時間もの無駄な時間が経過していましたから。
 また倒れたときだけでなく、母の介護を通じてリハビリ病院を探すときや在宅ケアで福祉サービスを選ぶときなど、いろいろな段階で専門家に聞きたいことがいっぱいあった。そうしたことをすぐ電話で相談できる仕組みの必要性を痛切に感じたのです。

──それでティーペックを設立したのですね。

砂原 当初私は「なぜ17時間も放置したのか」「なぜ脳外科のない病院に運んだのか」という憤りがおさまらず、法的手段をとるための手を尽くそうとしました。ところが調べてみると当時の法制度のもとで、救急隊員や最初の病院の対応をとがめることはできなかった。救急救命士などの資格が創設された今でこそ、救急隊員が患者の容態を観察して搬送先の病院を選択するようになりましたが、当時救急隊員にその水準を求めることは無理だったのです。行政サービスが行き届かないなら、それを補完できる事業を民間企業がはじめるしかないと決心しました。

──創業当初の状況はどうでしたか。

砂原 当初は高齢者を対象とした会員制モデルを考えていましたが、これがものの見事に失敗。老人クラブを営業に回っても、「話は面白いけれど……」で終わってしまい契約はまったくとれず、初年度は254万円の売上高に対し1億円の経費がかかる大赤字の状態でした。そこで2年目から健康保険組合や保険会社などとの契約を目指す方向に軸足を移したところ、徐々に実績が上がりはじめ、売上高も9200万円、1億7000万円と拡大し4年目にはついに単年度黒字を達成できるようになりました。

名医に「第2の意見」を

──もうひとつの事業の柱もご家族の病気がきっかけだそうですね。

砂原 20歳のとき、父方のおじの奥さまが、左腕が上がらないといって街の病院に診てもらったところ、1カ月半で亡くなってしまいました。44歳で肺ガンでした。それから今度は30歳のとき、末期の胃がんを宣告されていた60才代の妻のおじの輸血に協力したのですが、彼はその後80代後半まで長寿をまっとうしたのです。彼は有名医大の付属病院に入院していたので、私は「医者によってガンも治るのか」と名医に診てもらう重要性を痛感しました。そして「ハロー健康相談24」も軌道に乗った2002年、当社事業の第2弾としてセカンドオピニオンをアテンドする形で名医を紹介する「ドクター・オブ・ドクターズ・ネットワーク」事業を開始したのです。

──サービスの概要は?

砂原 医療機関関連情報提供サービスと24時間健康相談サービスにセカンドオピニオンのサービスを加えた商品になります。セカンドオピニオンは、主治医以外の医師に意見を求めることで治療の選択肢を広げることが可能になる一方、「主治医の治療方針で問題ありません」という結果が出た場合でも患者さんとそのご家族にとって安心につながります。こうしたメリットもあり欧米ではすでに一般的となっていますが、日本では主治医の先生への遠慮があるのか、まだ十分に普及しているとはいえません。
 重篤なご病気になられた患者の心理としては少しでも良い先生に診てもらいたいと思うのが当然でしょうが、これまでは日刊紙や週刊誌で情報を得て著名な医師に受診を申し込んでも、「半年待ちです」などと受付で言われあきらめて帰ってくるのが関の山だったでしょう。そこで当社でセカンドオピニオンを提供する「総合相談医」が、電話や面談で患者さまのご相談に乗り、名医にセカンドオピニオンを診てもらえるよう予約・手配をする仕組みをつくったのがこのサービスです。総合相談医は、必要に応じて当社にご協力いただいている全国の「優秀専門臨床医」2928名のなかから適切な医師を決め、正式な紹介状である「診療情報提供書」を発行します。

──どんな病気での相談が多いですか。

砂原 一番多いのは乳がんですね。いま女性の14人に1人が乳がんにかかるといわれていますが、全摘か温存かというのは彼女たちにとって究極の選択になります。そのような重い決断に際し、セカンドオピニオンをご利用いただくケースが非常に増えています。2番目の肺がんに続き意外なのは3番目の椎間板ヘルニア。非常に痛みが激しく、場合によっては動けないこともある病気で、患者の方は神経の近くでリスクをともなう整形外科系の手術をとても心配されているようです。2006年にセカンドオピニオンが保険点数に加算されたことも追い風になり全体の相談件数は年々増加、いまでは対面での相談が800件、電話での相談受付が3000~4000で推移しています。アンケート調査の結果でも満足度が9割を超えるなど利用者の評価も極めて良好です。

──「名医」を選ぶ基準は?

砂原 勝手に私たちが認定するわけではありません。優秀な医師からなる評議員会を地域ごとに定期的に開催して、評議員の先生方が優秀専門臨床医の承認を行うのです。「評議員本人もしくは、家族が入院や手術が必要となった場合に、お願いしたいと思えること」「患者からも医師からも信頼がおける高いレベルの専門性を有すること」など4つの推薦基準を満たし、なおかつ満場一致で承認を得られた医師のみが、優秀専門臨床医の登録ができるという厳格な仕組みを作り上げました。日本でもトップクラスの医師が集う評議員会という組織の存在が、このネットワークの信頼性を高めているのです。

──医者が医者を評価するこのような仕組みが機能しているのはすごいですね。

砂原 当初、セカンドオピニオン紹介サービスの構想を話したとき、知り合った医師の先生方全員から反対を受けました。「日本には20万人以上の医者がいるが、他の先生の診断に異論を唱える先生は皆無に等しい」「株式会社がなぜ名医を選定する基準を決められるのか」というのが主な理由でしたが、健康相談事業をご評価いただいていた聖路加国際メディカルセンターの日野原重明理事長だけが「あなたがやりたいなら協力するよ」と激励してくださいました。
 それだけでなく「欧米では当たり前のセカンドオピニオンは、いずれ日本でも浸透する」と全国の著名な先生を紹介していただいたのです。最初の賛同者が日野原先生だったのがとにかく大きく、ネットワークづくりが成功する大きな要因となりました。

──医療界の著名な先生を次々と説得するのは大変だったでしょう。

砂原 その通りです。1人の先生に「イエス」といってもらえるまで5年かかったケースもあり、最初の関東評議員会ができるのに6年かかりましたからね。結局、この事業をやる気になった1992年からサービス開始する2003年まで10年かかり、一般の保険会社が採用をはじめたのはようやく05年になってからでした。しかしおかげさまで、医学会の重鎮ともいえる11人の特別顧問のそうそうたるメンバーをはじめ、首都圏のみならず北海道から九州まで有名病院の院長が評議員としてずらりと名を連ねている類いまれなる組織をつくることができました。

予防医学ビジネスも展開

──メンタルヘルス関連の仕事も増えているそうですね。

砂原 企業の人事部などから受注し、臨床心理士や精神保健福祉士などの資格を持ったスタッフが電話や面談でカウンセリングを行う事業を行っています。最近は企業の人事労務担当部署から「従業員にメンタル疾患が出てしまったが、それに対し人事担当者や上司がどう対応していいのか分からない」などといった相談が増えており、そうしたケースに応じたコンサルティングや研修プログラムの提供も手がけています。労働安全衛生法の改正でストレスチェックの義務化や医師との面談機会が拡大することが見込まれていることから、今後はEAP(従業員支援プログラム)対策としての役割がより一層大きくなるでしょう。

──今後の事業展開について教えてください。

砂原 医療機関はどうしても対処療法が中心で予防まで手を回すのが難しいことから、当社は予防医学にかかわる事業領域を増やしていきたいと考えています。予防医学には生活習慣の改善などを含む1次予防と健康診断などを行う2次予防がありますが、糖尿病専門医をネットワーク化する事業展開や認知症の早期発見に役立つ軽度認知障害のスクリーニングテスト提供サービスなど、とくに1次予防の商品開発を推進していきたいですね。

(インタビュー・構成/本誌・植松啓介)

掲載:『戦略経営者』2014年4月号