健康診断では血液検査で基準を超え、肩こりや腰痛など体の不調も日常的──。病院にかかる手前のこんな「未病」に関するビジネスが好調だ。周辺産業で続々と新たなマーケットが誕生しており、その可能性は中小企業にも大きく開かれている。

 潜在的な可能性はあるがまだ病気ではない状態を未病状態といい、これに関連する市場の飛躍的な拡大が予想されている。未病状態で健康状態の悪化を食い止めることで、国民医療費の削減に大きく貢献すると考えられているからである。政府は2013年6月に「日本再興戦略」を公表、その大きな柱のひとつとして「健康寿命延伸産業を育成する」というテーマを盛り込んだ。そこでは健康状態による段階を明確化し、▽医療機関で抱えなくてよいケースは民間に任せる▽その先の軽度の治療は診療所が担う▽重度の治療は病院が担当▽高齢者の介護は介護施設で行う──という役割分担を明確化する方針を示した。すでに40兆円を超え、10年以内に100兆円を超えることも懸念されている医療費の伸びを抑制するとともに、健康増進に関わるヘルスケアビジネスを育成することを目的としているが、そのためには国民一人ひとりの健康維持に対する役割・未病に対するケアを重視することがもっとも効果的なことは一目瞭然である。これを日本再興戦略では「セルフメディケーション」と定義し、関連産業の積極的な振興策を通じ2020年には26兆円規模の市場に拡大すると予想している。

 この未病に関連する、ヘルスケア周辺産業の裾野は非常に幅広い。日々の食事を考えれば農業は立派な未病関連産業といえるし、リラクゼーションの観点からは余暇の利用や旅行産業も関係するといえるだろう。もちろん医療ツーリズムという新たな産業分野の前途も有望だ。また精神的な癒しという面でペット産業を未病市場に含めて考える経営者もいるかもしれない。健康維持や健康増進にかかわる領域を「未病」という概念でとらえ直すと、われわれがこれまで認識していた「病院や診療所で薬をもらう」というイメージから産業のあり方が大きく変わるのである。

 周辺産業を医療という観点からとらえ直す動きは、小売りの現場に変革をもたらす可能性が大きい。たとえば今後、スーパーマーケットの中にドラッグストアの売り場を組み込むという戦略が考えられるだろう。ビタミンのサプリメントを買いにドラッグストアに来た消費者が、ビタミンの豊富な果物や野菜を買うために隣のスーパーマーケットについでに寄るという動線ができる可能性があるからである。この現象が顕著なのが米国で、サプリメントや機能性食品ではビタミンやドコサヘキサエン酸(DHA)などの成分ごとに商品が陳列され、加工食品に対しては「グルテンフリー」「オメガスリー」(オメガスリー脂肪酸)などといったキーワードが並ぶなど、消費者が機能で食品を選ぶことを前提にした売り場はもはや珍しくなくない。健康維持に対する機能や効能が優先される傾向が強まっており、場合によっては機能に応じて食品と機能性食品との売り場を一体化する試みも見られる。

 では、中小企業の経営者が注意すべきことは何か。ひとつ目は、自社のサービスや商品だけを販売するビジネスモデルからの脱却を模索すること。たとえばドラッグストア業界では、「地域包括ケアシステム」と呼ばれる構想で、情報提供ステーションとしての小売店を中核に医療機関や介護施設との連携をはかる仕組みを構築しようとしているチェーンも生まれている。そこでは未病状態の顧客に対してはさまざまな民間商品・サービスで対処し、治療が必要なものは医療機関を紹介するといった流れが予想されている。健康維持に関するさまざまなサービスや商品との組み合わせを考慮に入れた事業展開が必要になってくるのである。

 二つ目は、従来にも増して信頼性の担保についての要求が厳しくなるということを自覚すること。私たちは健康や医療に関するサービス・商品を「信頼財」と呼び、お客さまに信頼されてはじめて消費される商品だと考えている。直接問い合わせに応じるのは薬剤師やドラッグストアの登録販売師、各種相談員になるだろうが、商品やサービスについて必要な情報を迅速に伝える体制とそれを可能にするデータベースの構築は欠かせない。

 最後のポイントは継続性だ。未病対策は約40歳からはじまるが、70歳くらいからはさらにロコモティブ症候群対策が必要になる。仮にマイナンバー制度で継続的に個人情報を蓄積する仕組みができるのであれば、薬歴管理や医療機関の受診履歴を活用し、正しい情報をより適切に需要者に届けることが可能になるだろう。その場合、データベースは会社にとって大きな収益の源泉になり、それを構築するためには事業の継続性が大前提になるのである。

 健康食品の機能性表示に関する議論の行方や、薬事行為であるか否かといういわゆる「グレーゾーン」の判断の問題など不透明な部分はあるが、「民間でできることは民間でする」という規制緩和の方向性は不変だ。今後積極的に参入を図る企業が増えていくのは間違いない。

プロフィール
かとう・ひろゆき 京都大学大学院経済学研究科修士課程修了。2003年流通経済研究所入所。郊外型ドラッグストアを中心とした消費者購買行動や業態動向を調査。主な著書や論文に『インストア・マーチャンダイジング』(日本経済新聞出版社、共著)、「ヘルスケアビジネスをめぐる行政の動きと流通への影響」(『流通情報』2014年5月)などがある。

(インタビュー・構成/本誌・植松啓介)

掲載:『戦略経営者』2014年10月号