地方だからこそ手に入る静かな環境や人的資源──。それを経営に役立てるとともに、地域活性化にも何らかの形で寄与できれば、まさに一石二鳥。「地方創生」を実現する中心的な存在になり得るのは、もしかしたら中小企業なのかもしれない。

地方を活かす経営術

 東京から電車で約1時間の場所にある古都・鎌倉。外国人観光客も数多く訪れる風光明媚なまちだ。ここに近年、新しい働き方を求めてITベンチャーが数多く集まってきている。

 eコマース(電子商取引)サイトの構築などを得意とする「村式」もその1社だ。システムエンジニア(SE)たちがふだん開発に従事しているのは、鶴岡八幡宮の参道(若宮大路)に面したビルのなかにある「鎌倉オフィス」だが、それとは別に築75年を超える古民家を利用した「本社」がJR北鎌倉駅の近くにある。こちらは、主に社内の会議や、顧客へのプレゼンテーションの場として活用している。

 大手印刷会社でICカード関連のシステム開発をしていた住吉ユウ社長(37)が、同僚5人で創業したのは2006年6月のこと。その1年半後に、東京・目白から鎌倉にオフィスも住まいも移転してしまう。なぜ鎌倉だったのか。

「正直に言うと、直感です。訪れてみて、すごく雰囲気がいいなと思いました」

 時代の先端をいくITベンチャーがこぞって集まる場所といえば、六本木や渋谷が思い浮かぶだろう。経済合理性だけを考えたら、たしかに都心にオフィスを置いた方が何かと都合がよい。だが住吉社長はそれよりも、「心の平和」のようなものを感じられる場所であることを優先したという。

「海や山が近くにあって、空気感がまるで違う。そして一歩オフィスを出れば、歴史的な神社・仏閣がいたるところにある。うちはパソコンのモニターと一日中にらめっこしているような商売。心が癒やされますね」

 鎌倉に移転して何が変わったかというと、一番は「社員が元気になったこと」だという。長時間、満員電車に揺られるストレスからも解放。都会の喧噪から離れているぶん、静かに集中できる環境も手に入れた。ウェブコンテンツ制作の企画アイデアが出やすくなったのも、〝鎌倉効果〟だった。

「村式は、日本的な『和』を大事にしている会社。ITは効率化やスピードを実現するのが特徴ですが、そのなかに日本的な価値観や文化など、日本的なものを融合させていきたいという思いがあります。そんな私たちにとって、鎌倉は魅力的なまちなんです」

 村式がIT業界にその名をとどろかせたのは、手仕事作家のハンドメイド品を専門に取り扱う手仕事マーケットプレイス「iichi」の成功によってだった。ハンドメイドのアクセサリー、雑貨、食器、衣類などの手仕事品が販売・購入できるインターネット上の市場である。以前は、手仕事作家の品物はクオリティーが高いものの、一般消費者にとってはなかなか出会える場所がなかった。そこで、手仕事品に特化したeマーケットプレイスを新たに作り出そうと、博報堂DYグループと組んではじめた事業だった。今では30万点以上の作品が出品されるほどの人気サイトに成長している。

「こうしたユニークな事業は、都会のど真ん中では生まれなかったと思います」

鎌倉をよくするプロジェクト

 鎌倉に拠点を移したことで住吉社長は、周囲のIT企業との交流を重ねるようになった。グループの中心にいたのは、02年から鎌倉に本社を置くカヤックの柳澤大輔社長(41)。ユニークなウェブサイトやアプリの開発で知られるカヤックこそが、鎌倉に拠点を置くIT企業の先駆けだった。

 やがてそれらの人的交流が発展していくなかで生まれたのが、鎌倉の地域活性化を図る協同プロジェクトチーム「カマコンバレー」だった。13年春にカヤックや村式など7社で、カマコンバレー有限責任事業組合(LLP)を発足。以来、地元住民を巻き込んで鎌倉を盛り上げていくための活動に本格的に取り組みだした。

「カマコンバレーの目的は、ITの知識やツールを武器に鎌倉をよりよくしたいとする人を応援することにあります」と柳澤社長は話す。会員企業は今年6月時点で31社、個人会員は97人に達した。

 カマコンバレーでどんなプロジェクトに取り組むかは、月に1回の定例会で決まる。会場には毎回100人前後が集まるというから、かなりの規模だ。

「定例会では毎回5人ほどが、新規プロジェクトのプレゼンを行います(1人あたり約5分)。それを聞いたあと、興味のあるプレゼンターのもとに集まって、その企画内容をもっと良くするためのブレーンストーミング(ブレスト)をします。そこでみんながうまくいきそうだと判断すれば、プロジェクト化されるのが、定例会のスキームです」(柳澤社長)

 プレゼンターとして名乗りを挙げるのは、NPO(市民活動団体)や個人事業主、学生など。鎌倉は、NPO発祥の地ともいわれており、多くの市民団体が活動している。要は、まちをよくしていきたいとの「思い」を持つ人が多い土地柄なのだ。そうした人たちをITでバックアップするのが、カマコンバレーの役割である。

「当初はブレストの仕組みを根付かせるために、社内の企画会議でブレストに慣れている社員にも参加してもらいました」(同)

 これまでに実現したプロジェクトには、たとえば「子どもたちのために放射線を測定したいプロジェクト」や鎌倉市内で行われるイベントのチラシをまとめたサイト「鎌倉チラミー」を立ち上げるプロジェクトなどがある。

 また、津波の防災意識を高める「津波が来たら高いところへ逃げるプロジェクト」も代表的な成功事例のひとつ。防災イベントの開催にあわせて、鎌倉生涯学習センターの外壁に津波が来たらどうなるかを視覚的に訴えるビジュアルシートを貼ったり、安全な場所に避難するための所要時間を記した「逃げ地図」を作ったりもした。

ネットで資金提供者を募る

 これらのプロジェクトを成功させるには、もちろんお金が要る。そのための資金については、クラウドファンディングで提供者を募っているという。クラウドファンディングとは、インターネット経由で小口資金を集める手法のこと。カマコンバレーの場合、自分たちで運営する鎌倉市限定クラウドファンディング「iikuni」を通じて資金を集めている。窓口となるサイトの制作を手がけたのは、村式だった。

「当時、『COWNTDOWN』というクラウドファンディングを共同運営していたこともあり、サイト制作・運営のノウハウを持っていたんです」(住吉社長)

 今年3月、鎌倉の同じ場所を撮影した今と昔の写真を介して、お年寄りと若者が仲良くなるイベントが開かれた。発起人は、かつて人気テレビ番組「電波少年」を手がけた〝Tプロデューサー〟こと土屋敏男さん。この「鎌倉今昔写真プロジェクト」もiikuniで資金を集めた。「今の写真」と「古い写真」を簡単に見比べられるスマートフォンアプリの制作はカヤックが担当した。

「カマコンバレーのスキームを『カマコン方式』の名前で、全国の他の地域に広めていきたいとも考えています。先日、岩手で出張定例会を開いたのはその一環です」(柳澤社長)

 カマコンバレーの合い言葉は、「ぜんぶジブンゴト化」。損得勘定ぬきに「自分の問題」として鎌倉のまちをよくするために取り組むべきだという意識を会員同士で共有している。鎌倉に拠点を置くことのメリットをただ享受するだけでなく、地域活性化のために貢献する。そんな経営者たちの姿が鎌倉にはある。

(本誌・吉田茂司)

会社概要
名称 村式
設立 2006年6月
所在地 神奈川県鎌倉市小町2-14-7 かまくら春秋スクエア3F
URL http://ville.jp/
会社概要
名称 株式会社カヤック
設立 1998年8月
所在地 神奈川県鎌倉市小町2-14-7 かまくら春秋スクエア2階(鎌倉本社)
URL http://www.kayac.com/

掲載:『戦略経営者』2015年8月号