グーグル、フェイスブック、P&Gなどで社員教育のプログラムとして採用され、注目度が高まっている「マインドフルネス」。かのスティーブ・ジョブズも禅の愛好者だったことが知られているが、経営者にこそマインドフルネスは有効だと荻野淳也氏は説く。

プロフィール
おぎの・じゅんや●大手住宅メーカー、外資系コンサルティング会社、ベンチャー企業役員を経て独立。ミッションマネジメント、マインドフル・リーダーシップ、マインドフル・コーチングを軸に、リーダーや組織の課題に焦点をあて、その変容を支援している。2013年に一般社団法人マインドフルリーダーシップインスティテュート(MiLI)を設立した。
荻野淳也

荻野淳也 氏

──「マインドフルネス」の意味するところを教えてください。

荻野 マサチューセッツ大学医学大学院のジョン・カバット・ジン博士は「意図を持って今の瞬間に評価や判断を手放して注意を払うことからわき上がる気づき」と定義しています。簡単にいうと、今に集中しているときの頭の中がクリアかつ、リラックスした状態をいいます。

──過去や未来ではなく、現在に集中するのが大切だということですね。マインドフルな状態になるための方法は?

荻野 われわれが主宰している企業経営者、ビジネスパーソンを対象とした講座ではトレーニング方法として①自分の呼吸に注意を向ける②雑念がわいて注意がそれる③注意がそれたことに気づく④雑念を手放すという4つのプロセスを説明しています。
 ポイントは雑念がわいても自分を責めず、浮かんだ雑念をいったんわきに置いておくことです。「いま自分はトレーニングの最中だから呼吸に戻そう」と意識を呼吸に振り向けるようにします。イスに座り、まずは10分間、いま述べた手順でマインドフルネス瞑想(めいそう)を試してみてください。

──マインドフルネス瞑想を行うと、ふだん自分の呼吸が浅いことに気づきます。

荻野 マインドフルな状態は瞑想している時にかぎらず、職場で仕事をしているときや道を歩いているとき、あるいは自宅に帰り家族と会話しているときなど、いつ何時でも実現できます。マインドフルネス瞑想はマインドフルな状態をつくり出すための素振りのようなもの。素振り練習を積み重ねれば、頭とこころがクリアな状態に一歩ずつ近づくことができます。

──近年、脳科学の世界でマインドフルネス瞑想のもたらす効果が立証されはじめているのも興味深い話題です。

荻野 一例を紹介すると、仏教の僧侶は日常的に瞑想を行っていますが、チベット仏教の僧侶であるマチュー・リカールという人物は〝世界一幸せな男〟と呼ばれています。2004年、1万時間以上の瞑想経験を持つリカールをはじめとしたチベット僧と瞑想経験のない学生の間で、脳の構造にどのような違いがあるのか実験が行われました。その結果、瞑想経験者は脳の特定の機能がより活性化し、島皮質という部分の厚みも増していることがわかったのです。

──具体的には?

荻野 人は前頭前野の左側の活動が右側よりも活発であるほど幸せを感じるといわれており、「レフト・ティルト(左への傾き)」と呼ばれる現象が起こっていました。リカールは驚異的なレフト・ティルトの脳の持ち主で、誰よりも幸福感を持っていると推測されます。島皮質はこめかみの内側に入り込んだ部分などを指し、直感を感じ取る能力や他人の立場になって物事を感じる能力をつかさどっているとされています。

いまの自分に気づく

──企業経営者がマインドフルネスを実践する効用は?

荻野 経済同友会の代表を務めた長谷川閑史氏は重要な意思決定を行う前には必ず瞑想をしているといいます。経営者はまわりの人の話を聞いて考えれば考えるほど、迷いが生じてしまうものです。いろいろな情報をインプットしても、最終的な判断は本人の価値観次第です。価値観を明確にして意思決定するうえで、マインドフルネスは欠かせません。
 それから、日ごろのセルフマネジメントにも有効です。最近、こころを病んでしまう経営者が増えていて、私のまわりにもうつ状態に陥り休職している経営者がいます。経営者の典型的なセルフマネジメント方法というと、お酒を飲みに行ってストレスを発散させることでしょう。ただ、それはストレスが常にあるという前提に他ならないわけです。日常生活でマインドフルネスを習慣化できていれば、ストレスから解放され、余分な交際費が減るというメリットもあります(笑)。

──経営者の中にもメンタルを損ねてしまう人がいると……。

荻野 従業員だけでなく、感情をダウンして休職状態にある経営者は少なくありません。マインドフルネスを行うと自己認識力が高まります。「セルフ・アウェアネス」といいますが、いま自分に起きていることに気づく能力を指します。つまり、自分の思考や感情、他者に与えている影響、価値観などに十分に気づいている状態をいいます。
 自己認識力はビジネスを率いる人物がリーダーシップを発揮する上で、いま最も大事なスキルであるといわれています。脳の島皮質は自己認識と他者への共感を促す部位であると述べました。脳科学から見ても自分を深く知ることなしに、他者を十分に理解することはできないのです。例えば部下にパワハラやセクハラを行う人は自己認識力に欠けているといえます。

スマホを手の届かない所に

──マインドフルネスとの出会いをお聞かせください。

荻野 マインドフルネス瞑想と出会ったのは2004年で、当時私はベンチャー企業の役員として新規株式公開業務に携わっていました。仕事に忙殺され1日20時間近く働く毎日がつづき、肉体的にも精神的にもつらい状態にありました。上場という大きな目標を果たした途端、いわゆる燃え尽き症候群になってしまったのです。
 そんなときに友人に誘われヨガのレッスンに参加、最後に30分ほど瞑想の時間があり、頭とこころが一気にリフレッシュされたことに衝撃を受けました。この体験がきっかけとなりヨガスタジオに転職し、マインドフルネスを普及するべく組織を立ち上げました。

──10年以上マインドフルネスを実践されてどんな点が変わりましたか。

荻野 タスクに追われイライラしているときも客観的に気づいて、瞑想をしてみたりマインドフルな状態に戻る努力をするようになりましたね。マインドフルネスを知る以前は、心身共につらい状態が永遠に続くと感じられたものですが、本来そのようなことはありません。「いま自分はマイナスの状態にあるけどプラスに転化できる」と気づけるようになったのが大きいと思います。
 経営者から「自分の感情をコントロールできず、つい余計なひと言を部下に言ってしまう」という相談をよくいただきます。ちまたではアンガーマネジメントやレジリエンスといった言葉がはやっていますが、マインドフルな状態がベースにあってこそ達成できる事柄です。
 マインドフルネス瞑想はこころと脳の筋トレです。起床直後や寝る前、スマートフォンを手の届かない場所に置き、10分間でもいいのでマインドフルネス瞑想を行ってみてください。ミーティング前などに出席者と行うのもおすすめです。

(インタビュー・構成/本誌・小林淳一)

掲載:『戦略経営者』2016年12月号