プロフィール
かたおか・あきお●中小企業金融公庫(現・日本政策金融公庫)勤務後、平成19年に独立。経営計画の策定、債務者区分ランクアップ、アメーバ経営による後継者・管理職育成などに通じる。中小企業診断士、ITコーディネーターの肩書を持ち、経営、会計、ITの3方向から企業を語ることができるコンサルタントとして活躍中。
自立する下請け

 中小企業が、いわゆる〝下請け根性〟を廃し自立するためには「顧客志向」が必要となる。エンドユーザーの立場でいかにものを考えられるかがポイントだ。こう言うと「そんなことは分かっている」と切り返されてしまいそうだが、「頭では理解できても具体策は思いつかない」というのが中小企業経営者の現状ではないだろうか。

 キーワードは〝「販売代理人」から「購買代理人」へのパラダイムシフト──〟。

 ものづくりの分野を例にすれば、元請けメーカーがピラミッドの頂点に立ち、その意向に沿う形で販売代理人を通じてものを売るのが、従来型の発想である。つまり、中小企業は販売代理人であり、それゆえ全体的な商流の「しがらみ」に絡め取られている。一方、購買代理人は、自らの標的顧客の立場に立って、ニーズを探り、製品開発などに応用していく。要するに「しがらみ」からの脱却だ。

顧客のニーズを吸い上げる

 事例をもとに解説してみよう。

 鋼材問屋A社は、自社の業績のよしあしを決める要因に「加工能力」が大きく関わっていることに着目した。全国には鋼材問屋が点在しており、その多くは、次の工程で要求されるサイズに切断(シャースリット加工)するためのシャーリング設備を有している。しかし、そこに甘んじていては、付加価値を生み出せず、同業者同士の競合に埋没してしまう。そこでA社では、その次の加工、さらに次の次の加工を行うべく設備投資を行った。ワンストップで加工できれば、顧客のメーカーにとって面倒な材料の歩留り管理を行うことなく製品化できるので、生産リードタイムが短く、そして管理も楽になる。メーカーとしては大歓迎。さらにA社では、工作機械まで導入して、汎用(はんよう)の機能性部品をつくり、受注加工だった業態を見込み生産に転換した。つまり、川上に支配される業態から、川下からのニーズに応える業態へと進化したのだ。ここまでいくともはや物流業者ではなく、メーカーである。現在、A社は超高収益企業として業績を拡大中だ。

 B社は大田区の零細町工場である。リーマンショックの後、売り上げが8割方ダウン。若い後継者が駆け込んだ大田区のNPO法人を通じて私のところに相談が来た。その後継社長は会社を継続する意欲はあるが、精神的にうつ状態にあった。うつは悲観を生み出す。社長の精神状態を立て直すために、まずは、再建計画をつくり、金融機関に提示。元本棚上げの条件変更を引き出して、会社存続のベースをつくった。その上で、社長に得意先を回ることを提案。ところが「自分は営業に向いていない」と拒否された。元請けの言う通りに動いていれば飯が食えた時代の下請け企業の典型である。私は、訪問営業の神髄は相手の話に耳を傾けることであると説得。かたわらにいた母親の「それならできるね」の一言で、社長の重い腰が上がった。

 さらに、顧客の関心は品質・コスト・納期(QCD)にある、その3点についての回答を用意しておくことを助言。おそるおそる出かけた1社目で大歓迎され、2社目、3社目も順調にこなしていく。社長の〝恐れ〟はまったく的外れだったのである。営業体制の確立で顧客ニーズを的確に吸い上げることができるようになり、精密加工の分野で高い技術力を持つB社は、それを生かすフィールドづくりに成功。数年で高収益企業になった。

 A、B社とも、販売代理人から購買代理人への転換を果たした好例である。

「伝聞」にもとづく事業は危険

 次に、販売代理人からの脱却に失敗した事例を見てみよう。

 中規模文具卸のC社は、アスクルなど通販業社がシェアを拡大するなか、売り上げの減少傾向が続き、赤字に陥っていた。メーカーから1次卸、2次卸、小売店という従来型流通ルートはやせ細っており、D社は2次卸。文具小売業者の激減は、そのまま売り上げの減少に直結する。相談を受けた私は、すでにC社には存立基盤がないと判断。そのため、小売店に変わる新しい直販先を探しながら、ニーズをくみ上げた商品化計画を進めていくべきだと進言した。ところが、経営権を譲り受けた専務は、メーカーが提供してくる新商品の販売先を机上で考えるばかり。それではメーカーの販売代理人である。たとえば、蒔絵(まきえ)を商材とする企業のセールストークを受けて、湯飲みに蒔絵をくっつけて、「これで付加価値が上がる」と悦に入る。しかし、それは順序が逆である。神社に参拝する人たちに売りたいのなら、まず現場に行って参拝者のニーズを吸い上げるべき。その情報をもとにして、必要なものを仕入れて提供する体制をつくらないと成功はおぼつかない。つまりパラダイムが逆なのだ。最後まで購買代理人的な動きができなかったC社は半年後に倒産した。

 小規模な町工場を営むD社。親会社から部品の加工を受注していた。先代から経営権を譲り受け若社長はネット広告などを積極的に活用しながら得意先を増やしていく。脱下請けで社内がまとまり、新製品をOEMや自社製品として販売したりと、元気の良い会社だった。ところがある日、大手工作機械メーカーから新開発した工作機械の購入を持ちかけられた。1億近い買いものである。海外企業からの受注が約束されており心配ないと……。D社は、大学院出の新人を担当にすえ、新工場までつくってこのプロジェクトを推進した。ところが、半年もたたないうちに受注が激減。結局、設備が遊休化して赤字に陥る。私はメーカーのペースで進む話はマーケティングのセオリーに反しているので絶対に成功しないと忠告した。が、そのときにはすでに後にひけない状態だった。D社はエンドユーザーとは接点がない。メーカー側からの伝聞だけで動いてしまったのが失敗の主因。エンドユーザーのニーズをしっかり把握せずに巨額投資を行うことは自殺行為である。つまり、D社の社長も従来型下請け企業の気質から抜け切れていなかったのである。

市場直結型の組織づくり

 ケーススタディとして4例挙げてみたが、彼らはなぜ成功し、あるいは失敗したのか。よりミクロなレベルで検証してみよう。

 通常、中小企業では、売上高、粗利益などを製品別、営業員別に把握しているケースは見受けられるが、業態別、顧客別の計数管理は意外なほど行われていない。顧客を業態別にセグメント化し、売り上げ、利益などの管理に取り組めば、ターゲットを絞り込んだ、より集中的なマーケティングが可能になる。

 また、多くの企業はいまだに職能組織(製造業だと工程別組織)となっているが、これでは脱下請けは難しい。職能組織を戦略組織に転換することが必要だ。つまり、顧客の業態に合わせて組織の再編成を行うこと。京セラ創業者の稲盛和夫氏も市場直結型の組織を推奨している。組織と顧客(の業態)を直結させ、社内に競争原理を導入する。そうすれば、経営者も従業員も常に市場を見ている体制ができる。

 製品化計画の欠如も致命的な欠陥だ。前述のD社のように、エンドユーザーを見ることなく元請けや中間業者、仕入れ業者からの伝聞をもとに受注、顧客開拓するケースはほぼ失敗する。設備を持てば受注がついてくるという発想はまったくの逆。顧客のニーズを吸い上げるマーケットインの思想が必要になってくる。

 さらに、PDCAサイクルの確立が叫ばれているが、まず「C」から始めるべきである。経営の可視化を行い、現状を分析した上でPDCAサイクルに着手しないことには、うまくまわらないからだ。スピードメーターや燃料計などの計器がない自動車を運転するとしたら、危なくて仕方がない。私は、企業の内実を計数管理を中心とした管理と戦略に分けたときに管理が80~90%、戦略は10~20%の重要度だと考えている。そのためには、まずは財務を自計化し、管理会計を行うこと。これが最低条件だ。

 マーケティングの最終的なあるべき姿は、製造小売業によるワンツーワンマーケティングである。ユニクロのファーストリテイリングは、POS管理をきっちりやって、計数データを商品開発に生かしている。自動車メーカーなども、ベースの車体は限られているが最終的には各購入者のニーズによってオプションを組み込む。このワンツーワンマーケティングは、大企業よりも顧客数や種類が限られる中小企業の方が実践しやすい。ところが、中小企業経営者は、マーケティングを軽視しがちである。もったいない。

 マーケティングの基本は、コトラーの言うSTP(セグメンテーション・ターゲティング・ポジショニング)である。セグメンテーションは、自社の得意分野を生かすために、大手とバッティングしないニッチ市場を探す作業。また、ターゲティングでは、そのセグメント情報からターゲット市場を選定する。ちなみに、究極のターゲットは「個人」である。さらに、ポジショニングでは、ターゲット市場におけるライバル企業と自社との特徴を比較し、独自性が発揮できるマーケティングミックスを策定するための基礎情報を得る。マーケティングミックスとは①製品化計画②価格戦略③販路開拓・販促活動の3つ。製品化計画では現状分析を行った上で、たとえば、製造業では、加工業から機能性部品製造、OEM製品の受注、自社製品の開発と進化していくことがひとつの目標となろう。価格戦略では、中小企業の間接コストの低さを生かすことができるかもしれない。販路開拓・販促活動では、ウエブを活用したネット直販が有効である。

経済再生の主役は中小企業

 さて、上記の施策を実践したとしてもなお、重い課題として残るのが「営業力」「企画・設計力」「品質管理」の3つである。

 まず営業力についてだが、ひたすら「電話待ち」の中小企業が目につく。事例のB社にも見られた通り、営業のポイントは「傾聴」。顧客の言葉の深層には何があるのか。会話からニーズを探るのである。また、見積もりのレスポンスタイムをできるだけ早くすることも、営業を成功に導くためには極めて重要。訪問したときにすばやく回答できれば、大きな差別化につながるからだ。そのためには日頃の生産管理を緻密に行っておく必要がある。計算式は材料費+外注費+Σ(工程別工数×工程別標準加工賃)。ここに、最新の管理データを当てはめれば、即座に見積もりができあがるし、安く見積もって後に赤字が判明するといったようなミスも防げる。

 企画・設計力は、最終的にはCADの導入が必要になるが、元請けから図面をもらう場合にも、デザイン力やVA(価値分析)によってコストパフォーマンスの最大化を実践すべきである。VAとは、製品の機能を向上させ、原価を下げる、つまり簡単に言うと「安くて良いもの」をつくること。そのためには設計や材料の仕様、製造方法などをきちんと把握し、顧客のニーズに応じて臨機応変に変更する体制が整っていなければならない。

 品質管理も、下請けは親会社に任せきりというところが少なくない。自ら管理を行う強い意志を持ち、ISO認証などを取得しながら検査体制を整備していかないと、下請け脱却など夢のまた夢である。

 資金調達も、中小企業にとって頭の痛い課題である。国の補助金や金融機関の融資は、すでに販路を持っている下請け企業等に有利であり、販路が不確定なベンチャー的要素を持った事業には不利に働くので、結果的には下請け構造の固定化につながっている。一方、少額投資を多数から集めるクラウドファンディングは、販促・販路開拓等のマーケティング機能を内蔵しており、ベンチャー企業にとってこれまでにない資金調達手法として期待できる。

 さて、中小企業庁の調査によると、日本の中小企業の労働生産性(従業員一人当たりの粗付加価値額)は大企業の半分以下と、欧米に比べて格差が大きい。現在の格差を半分に縮めることができれば、約100兆円が新たに生み出されることになる。実は、日本経済再生の主役は中小企業であり、自立した中小企業こそがアベノミクスの第3の矢の主役を果たすべきなのである。

(インタビュー・構成/本誌・高根文隆)

掲載:『戦略経営者』2017年12月号