今後10年間で70歳を超える中小企業・小規模事業者経営者の約半数(127万人)が後継者未定だという(中小企業庁調べ)。なかには好業績企業も含まれており、優れたノウハウや技術の損失が懸念されている。円滑な事業承継を実現するために必要な準備や心構えは何か。事業承継税制見直しの最新事情やM&A・従業員承継の実例、政府の施策の概要などについてまとめた。

特集2

 引退平均年齢の70歳以上になる中小企業・小規模事業経営者は、今後10年間で245万人に達すると見込まれているが、そのうち半数(日本企業全体の3分の1)は後継者が決まっていない。もちろん経済活動に新陳代謝は避けられないが、問題は廃業する企業の約半数が黒字だということだ。マクロデータの分析では廃業企業の約5割が同業種と比較して生産性が高いことが分かっており、日本経済全体にとっては明らかにマイナスである。

 また地方経済への影響も懸念される。地域の中核企業はもちろん、飲食店やガソリンスタンドなど住民にとって不可欠なインフラを形成している企業が廃業するとなれば、住民生活に大きな影響を及ぼすだろう。さらに製造業では、部品を生産している企業が廃業することで、自動車産業を代表とするサプライチェーン全体が崩壊してしまう可能性もある。事業承継問題というと身の回りの小さな問題だと思われがちだが、地域経済やサプライチェーン全体を毀損(きそん)しかねない大きな脅威となっているのである。

今後10年を集中対応期間に

 この危機感は政府や与党でも共有されており、11月の参院本会議では公明党の代表質問に対し安倍晋三首相が「中小企業・小規模事業者の経営者の高齢化は日本経営の屋台骨を揺るがしかねない待ったなしの課題」とその重要性について言及。いまや事業承継問題は、首相が国会で「待ったなし」と答弁する大問題なのである。

 こうした背景から国は、今後10年間を事業承継についての「集中対応期間」としてさまざまな制度の拡充を打ち出すことにした。まず12月まで議論を行っていた2018年度税制改正ではこれまでにない破格の見直しが実現した。①中小企業の人手不足を考慮し、「5年平均で雇用を8割維持する」という雇用確保要件の撤廃②「発行済み議決権株式総数の3分の2」が対象とされていた納税猶予制度の基準を「全株式」に③「課税価額の80%」とされていた相続税の納税猶予額の割合を「100%」に拡大――などである。これら事業承継税制の抜本的な見直しは、主に親族内承継を検討している中小企業にとって大きなインパクトをもたらすだろう。

 親族内で承継者がいない場合は、親族外の承継を検討することになる。しかし「家族の機微な問題も含むので他人に相談しにくい」「融資がストップするのが怖くてメインバンクに言えない」「廃業になるらしいとうわさが立つのが嫌だ」などという理由から、経営者はなかなか外部に相談しづらいのが現状だ。もちろん、経営者にとって身近な相談者である顧問税理士や金融機関に相談するケースも多いと思うが、国でも事業承継について身近に相談できる機関を全国的に充実させるため、従業員への承継やM&Aについての相談・アドバイス、譲受企業のマッチングなどを行っている事業引継ぎ支援センターを通じた支援を強化している。

 同センターの認知度は徐々に高まっており、累計の引き継ぎ実績は2014年度152件、15年度361件、16年度430件(見込み)と前年比2倍以上の大幅な伸びを続けており、平成29年度には単年度で700件を超える見込みだ。しかし今後10年で127万の中小企業が後継者難などによる廃業の危機にあることを考えれば、まだまだ焼け石に水である。商工会や商工会議所、金融機関、税理士などの士業から構成される「事業承継ネットワーク」を全都道府県で構築し、地域ネットワーク全体で事業承継を後押しできるような体制づくりを目指したい。

切れ目のない支援パッケージ

 親族内承継、親族外承継についてここまで述べてきたが、そもそも引き継ぐ事業に将来性があるかどうか、企業の財務内容が健全かどうか、経営内容が悪い場合でも少なくとも事業の立て直しが見通せるかどうか、あるいは承継をきっかけとした経営改善、経営革新、事業転換が果たせるかどうか、ということも重要な問題である。特に事業承継の入り口では経営の「見える化」が重要であり、そこでは正確な財務管理やそれに基づく経営計画の立案、その後のモニタリングを通じて「磨き上げ」をしていくことが必要になる。しかしながら、中小企業ではそういったことを自前でできるケースは少ないため、税理士をはじめとした支援機関による継続的な指導、助言が求められる。

 まず事業承継「前」の段階では、中小企業に経営についての気付きの機会を提供することを目的にした「プレ支援」事業を平成29年度の当初予算で実施。これは金融機関や税理士などの専門家が経営者に働きかけ、「事業承継診断」などを通じたプッシュ型支援を行うというもの。事業承継「後」の支援については、経営革新(ベンチャー型事業承継)または事業転換に挑戦する中小企業に対し、設備投資・販路拡大・既存事業の廃棄などに必要な経費に対する支援策である「事業承継補助金」を平成29年度に創設した。今後はこれらを大きく拡充していきたい。事業承継前から税制・マッチング、事業承継後までをカバーした切れ目のない事業承継パッケージを推進することによって、将来性のある中小企業が後継者不足によって廃業するケースをできる限り減らしていきたい。

(構成/本誌・植松啓介)

掲載:『戦略経営者』2018年1月号