インターネットやSNSによるデジタルマーケティングに取り組む中小企業が増えている。双方向性や即時性といった特性を生かしてどのように「売れる仕組み」をつくればよいのか。専門家による解説や導入事例をレポートする。

プロフィール
にしい・としやす●1975年5月福井県生まれ。株式会社シンクロ代表取締役兼オイシックスドット大地株式会社執行役員CMT(チーフマーケティングテクノロジスト)。2年半かけた世界一周旅行の様子を記録したウェブサイトが大人気となったことをきっかけに、デジタルマーケティングの世界に入る。著書に『デジタルマーケティングで売上の壁を超える方法』(翔泳社)がある。
デジタルマーケティング入門

 多くの経営者が、デジタル時代に対応したマーケティングを〝行うべきだ〟と考えているだろう。特にオフライン市場でビジネスを展開してきた企業では、オンラインへのシフトがうまくいかないジレンマを抱えているところが少なくない。ITに疎い経営者が取り組もうとしても、社内で詳しい人間に命令するか、広告代理店などに丸投げするかどちらかになる。しかしデジタルマーケティングの基礎を理解していなければ、いくらきれいなウェブサイトをつくっても成果は望めない。まずはデジタルマーケティングの仕組みを知り、自社ビジネスの現状を整理することから始める必要がある(『戦略経営者』2018年7月号11頁・図表1参照)。

「売れる」と「売る」の違い

 そうはいっても、「マーケティングなんかうちには関係ないよ」と言う経営者は意外と多い。マーケティングは市場調査や商品開発、広告やプロモーションなど幅広い対象を含む概念で、会社によってそのとらえ方が微妙に変わってくるからである。特に市場調査と同義だと考えている経営者は、自社と無関係だと誤解しやすい。しかしよくよく聞いてみると、そうした会社もちゃんとオフラインでマーケティングをやっているからこそ事業の存続が可能になっている。なぜならマーケティングとは本来、それら機能を含む「売れる仕組みづくり」のことをいうからである。

 ここで注意したいのは、「売れる」と「売る」の違いだ。「売れる」は顧客が買いたいという気持ちにならなければ実現しない。つまりこの「買いたい」という気持ちを生み出す施策はすべてマーケティングといっていいのである。なぜ人々はアマゾンを何度も使ってしまうのかといえば、その大きな要因の一つは配送のスピードにあるだろう。同社は決してテレビCMを頻繁に行っているわけではないが、「配送が早い」と思わせることに成功している。これは立派なマーケティングの成果である。

 マーケティングを「売れる仕組みづくり」と定義できた。次に、デジタルの本質的な三つの特徴を理解する必要がある。それはインターネット検索で情報にアクセスできる「検索性」、企業からの一方的な情報発信だけでなく消費者からの多様な声を届けられる「双方向性」、リアルタイムなコミュニケーションを可能にする「即時性」の三つである(同11頁・図表2参照)。この三つを意識しないと、オフラインをオンラインに転換しようとしてもうまくいかない。例えばよくある間違いの一つに、紙媒体の雑誌をそのまま丸ごとオンライン化してしまうことがあげられる。検索の利便性も悪く、読者がコメントをつける機能もない。ましてや月刊誌ともなればリアルタイムの即時性とはほど遠い世界だ。

 私はデジタルがアナログに比べ全て優れていると主張しているわけではない。紙の雑誌にも多くの利点がある。オフラインとオンラインの違いを理解し、例えばオフラインの雑誌でマーケティングが必要な場合であれば、「5年後読んでも通用するようなコンテンツにする」などの編集方針をきっちりと定めるなど特性に応じた施策を実行することが大切である。

 次は自社の売り上げ構造の分析だ。すなわち今まで接点を持っていなかった顧客が購入に至った「新規顧客」と、「継続顧客」による売り上げを区別して考えるのである。

 ここで重要なのは、1年目の新規顧客が2年目も継続しているかどうかという「継続率」に注意すること。2年目、3年目と継続する顧客を少しでも増やすことができれば、地層のように顧客の層が深くなり、より強固な売り上げ構造になるからだ。毎年大量に新規顧客を獲得しなければ成立しないビジネスモデルは、ざるに入れた水がそのまま落ちてしまうような苦しい経営になってしまう。

 図表3(同12頁・図表3参照)をみてほしい。これは私が実際に関わってデジタルマーケティングの手法を導入し、業績が大きく伸びた会社の売り上げの推移をあらわしたグラフである。5年目くらいまでの成長率は緩やかだが、その後大きく売上高を伸ばしている。その内訳を見るとほとんどが継続顧客で、リピート客の重要性を物語っているが、新規顧客が初回購入だけで離脱してしまうのを防止したり、継続顧客が他社製品に浮気をしたりしないようなさまざまな打ち手を講じた結果として継続率が向上したのだ。中小企業の経営者から「お金がないから広告費を捻出できない」と相談を受けることも多いが、この認識は論点がずれている。継続顧客の割合が少なく、広告を出しても利益が出ないビジネスモデルに問題があるのである。

「F2転換率」向上を目指せ

 例えば化粧品のマーケティングでサンプルの無償配布とテレビCMの放送を行うとしよう。サンプルの製造コストが1個1000円、CMの費用が1人あたり1万円かかるとする。合計で1人当たり1万1000円のコストだ。サンプル使用後に購入に至った顧客が毎月3000円の化粧品を購入し、その都度1000円の利益が出るとすると、11カ月目には広告費は回収できる計算になる。しかし11カ月続けて買う顧客が10人に1人しかいなければ当然この計算は成り立たず、回収までの期間はより長くなってしまう。従って、よく言われる「広告費は売り上げの10%」などといった単純な基準で決めるのは間違いで、まず取り組むべきは、新規顧客の平均継続期間を延ばすための工夫なのである。

 またリピート客は2回、3回、4回……と購買経験を重ねるが、このうち最も重要なのは2回目の購入体験である。1回目の購入者が2回目の購入に至る割合は5%から30%程度までかなりの幅があるが、3回目以降は60~70%と割合の幅があまりないからだ。つまり2回目の購入者の割合を高めれば全体の継続率を上げることができるのである。私はこの2回目の購入体験のことを、フリークエンシー(頻度)のFをとって「F2転換」と呼んでいる。経験値でいうと、2年目の継続率は50%を目指したいところだ。

 では初めての顧客に次も買いたいと思わせるために重要なポイントは何か。それは「商品」「タイミング」「コミュニケーション」の三つである。

「商品」について言えば、はじめて試す価値のある「入り口商品」を戦略的に決定することが大切である。大抵の場合入り口商品は、リピート率の高い商品になる。ユニクロでいえば、コマーシャルで頻繁に流している「ヒートテック」やフリース商品がそうだ。ユニクロ初体験をそれらの商品に誘導することで、ユニクロ=機能的というイメージを抱かせ、「次も買ってみようかな」という気持ちにさせているのである。

 飲食店でも同様のことが言える。みそラーメンがおいしい店は、しょう油や豚骨など他のラーメンを同列でメニューに掲載してはいけない。「初めての人はみそラーメンをお試しください」「みそがうちのベースです」と積極的に看板商品をアピールし、新規顧客を自信のある入り口商品に誘導するのである。はじめて食べたラーメンで「おいしかった」という感動が生まれれば、F2転換の割合が高まり、そのうちきっと他のラーメンも食べたくなるはずだ。

 次はリピートが期待できる顧客とコミュニーションをとるタイミングである。これはインターネットの特性をフルに生かしたい。SNSやメールを使うことによって、従来は「DMで商品発送1週間後」など会社側の都合で一方的に情報を発信していたのが、商品が届いた瞬間にメールで「届きましたか」と確認したり、使用後を見計らって「いかがでしたか」といったフォローメールを送ったりなど、顧客が買いたいと思ったタイミングや疑問に思ったタイミングでコミュニケーションをとることが可能になっている。

 例えばソフトウエアをユーザーに1カ月間無料で提供する場合、提供サイドは体験者の使用実績をオンラインで詳しく分析できる。顧客がソフトのどの機能に注目しているのかを把握できれば、体験中の使い方に応じたさらなる効果的な使用方法をアドバイスすることもできるだろう。データを有効活用できない従来型のマーケティングでは、営業スタッフが1週間後に「いかがでしたか」と訪問するのが関の山だったが、繁忙期などではかえって迷惑になる。両者のどちらが購入につながる可能性が高いかは明白だ。

 ウェブサイトの訪問者数が多い企業はマーケティングオートメーション(MA)を活用すればより高い効果が得られるだろう。MAを使えば、商品の使用動画をホームページで公開し、それを最後まで閲覧した人に限って新商品の案内メールを配信するといった手法が可能になるからだ。BtoB企業でも、はじめての取引では必ず企業サイトを確認する時代。MAを活用したデジタルマーケティングの事例が、あらゆる業種、規模の会社で増えてくるはずである。

まずはSEMとアフィリエイト

 さて最後にいよいよ広告の説明に入ろう。ここまで自社の売り上げ構造の分析、適切な入り口商品の設定、F2転換を重視した継続顧客を生み出す仕組みづくりなどの重要性を説明してきたが、これらを理解してはじめて広告の話ができる。なぜなら前述した通り、一定水準の継続顧客が存在することによって、はじめて適切な広告費の算出が可能になるからである。

 デジタル広告の手法は多岐にわたり、時代とともに変化しているが、SEM(リスティング広告)とアフィリエイト広告は最低限取り組んでおくべきである(同13頁・図表4参照)。SEMは検索エンジンの利用者がキーワード検索をした結果の表示ページに掲載される広告で、出稿者は「金沢」「ホームページ制作」などといった広告を表示させたいキーワードの組み合わせをあらかじめ指定することができる。1クリック当たり数十円から高くても数百円と費用がそれほどかからないのが利点だ。

 一方アフィリエイトはブログなどで商品やサービスを紹介したり、購入できるページへのリンクを張り、そこから購入や申し込みがあったりした場合に広告費を支払う成功報酬型広告の仕組みで、BtoC企業に適している。すでにおなじみとなっている広告手法だが、中小企業でこの二つをやりきっている会社はまだ少ない。本腰を入れて取り組めば大きな改善が見込めるはずである。

 ただこの二つの広告は、あくまで商品やサービスを能動的に検索で探している人向けなので、その広告効果には限界がある。自社商品を知らない人や、検索で探すまでには至らない人向けに広告を届けるためには、膨大なデータを持つグーグルやヤフーが展開する「GDN(Googleディスプレイネットワーク)」「YDN(Yahoo!ディスプレイアドネットワーク)」のようなディスプレイネットワーク広告に挑戦してみるとよいだろう。両者は他社が運営するサイトと提携し、「30代で東京に住んでいて頻繁に出張している男性」「東南アジアへの旅行が大好きな40代女性」など人の属性や趣味、ライフスタイルなどをかなり細かく設定したターゲティングによる広告配信ネットワークを構築している。この分野の進化は近年著しく、各社が次々に新しい機能を開発しているので、最新動向をキャッチアップしておくべきだろう。

(インタビュー・構成/本誌・植松啓介)

掲載:『戦略経営者』2018年7月号