日本を訪れる外国人観光客の数は右肩上がりに増えており、2017年には2800万人を超えた。中小企業がインバウンド需要を取り込んでいくためには何が必要か。その方策を探る。

プロフィール
たけうち・えいじ●東京大学経済学部卒。1982年国民金融公庫(現・日本政策金融公庫)入庫。2005年より現職。中小企業の経営問題、ソーシャルビジネスの動向、新規開業企業の調査等を担当。著書(共著)に『インバウンドでチャンスをつかめ』(経団連出版、2018年7月)等がある。
つかめ!インバウンド

 今年5月、日本政策金融公庫総合研究所の竹内英二さんは、「どうすれば中小企業はインバウンドの増加を経営に生かせるか」というタイトルの論文を発表した。日本のインバウンド(外国人観光客)は、近年急増しており、昨年の数字では2800万人を超えている。このチャンスを中小企業はきちんと生かせているのか。それが、この論文の一番のテーマだ。

「旅行は、宿泊、飲食、移動、ショッピングといった行動から成り立つもの。それらのサービスを提供する中小企業にとって、インバウンドの増加は売り上げを伸ばすチャンスです。しかし、このチャンスを生かしている中小企業はまだまだ少ないのが現状です」

 竹内さんは論文を執筆するにあたって、小売業、飲食店、宿泊業、運輸業に携わる中小企業1万362社にアンケートを実施。顧客のなかにインバウンドがいると回答した企業は47.0%を占めているが、そのうちの7割は1カ月当たりのインバウンド数が19人以下であり、売り上げに占める割合も1%未満にとどまっていることが分かった。

「ただし、1カ月当たり100人以上という企業が10.3%、売り上げに占める割合が11%以上という企業も7.7%あります(『戦略経営者』2018年8月号27頁・図1、2参照)。インバウンドの受け入れ状況は、企業によって大きな差があるといえます」

SNSでの情報拡散を狙う

 また、インバウンドと業績の関係をみると、当然のことだが1カ月当たりの数が多いほど、売上高が増加傾向にあり、黒字を計上している企業の割合も多くなっている。この傾向は50人以上になると顕著になるそうだ。

 では、1カ月当たりの数が50人以上である企業の特徴は何だろうか。竹内さんはアンケート結果をもとに、つぎの五つを挙げる。

 ①インターネットを使った情報発信に積極的である
 ②英語をはじめとした外国語に対応している
 ③他の企業や団体と連携してインバウンド誘致に取り組んでいる
 ④外国人に評価される日本的な商品・サービスがある
 ⑤キャッシュレス決済に対応している

 つまり、これらの要件を多く満たしている企業ほど、たくさんの外国人観光客を呼び込むことができるのだ。

「インターネットを使った情報発信」が重要なのは、近年、旅行会社のパッケージ商品を利用せずに、自分で宿泊先や航空機のチケットを予約したり、旅行先でのプランを立てたりする個人旅行が増えていることと関係している。その際に「どの町に行くか」「どこで飲食するか」「どこで買うか」を決めるうえで活用されているのがインターネットなのだ。

「インバウンドの集客を増やしたいなら、インターネットを使った情報発信は欠かせません。最低でも英語に対応したウェブサイトは用意しておきたいところです」

 だからといって、いまある日本語のサイトを単純に英語などの外国語に翻訳するだけでは、思うような成果は得られないだろう。あくまで外国人向けに作ったものを用意したほうがベストといえる。

「例えば、旅館。日本人にとって旅館は特別なものではないかもしれませんが、外国人にしてみれば食事がセットになっていることや、温泉の入り方、浴衣の着方など、分からないことだらけ。日本人には説明不要であっても、外国人には必要な情報です。これらを意識した外国人向けのサイトを一から作ったほうがよいでしょう」

 さらに、自社独自のウェブサイトだけでなく、日本の観光情報を海外に発信する外部サイトの利用も考えるべきだ。世界最大の旅行クチコミサイト「トリップアドバイザー」などに、自分たちの商品・サービスを利用した外国人観光客にコメントを投稿してもらえるようにお願いするといったことが効果的な策となる。

 だが、それをいきなり狙うのは少しハードルが高いかもしれない。たとえば訪日外国人旅行者向けウェブマガジン『MATCHA(マッチャ)』など、日本の企業が運営しているものもあるので、日本人ライターに依頼(有料)するなどして、そこに自社の情報を書き込んでもらうのも手である。

「また、費用をかけることなく自社の情報を広く発信したいのであれば、フェイスブックやツイッター、インスタグラムといったSNS(ソーシャルメディア)をうまく活用することもお勧めです」

 奈良県のすし製造販売「梅守本店」では、すし作りが体験できる「うめもり寿司(すし)学校」を2013年からスタート。多い日で1日400人の外国人観光客が訪れている。これだけの集客を得られたのは、多言語に対応したウェブサイトを開設しているほか、フェイスブックをうまく活用していることも理由の一つだ。すし作りを体験した外国人観光客にフェイスブックの「いいね!」を押してくれるように頼むなどして、ネット上のクチコミの拡散に努めている。

「外国人の方が自身のSNSに投稿する際に、ハッシュタグ(♯)を付けてほしいキーワード(店舗名、商品名など)を書いたポップを店内に貼っているお店も最近は増えています」

中国で進むモバイル決済

 ただ、個々の中小企業が単独で努力するだけでは、多くのインバウンドを呼び込むことは難しい。「他の企業や団体との連携」も必要になってくるのは確かだ。東京や大阪のようにすでに多くのインバウンドが訪れている地域ならともかく、そうではない地方都市の場合は特に、連携が不可欠となってくる。

「海外の旅行博に出展する場合はもちろん、旅行情報サイトに掲載を依頼する場合も地域としてアピールしたほうが、さまざまな面で効果的です」

 例えば、石川県金沢市の中心部にある五つの商店街(片町商店街や香林坊商店街など)は、兼六園などの観光名所にやってくる外国人観光客を対象に、免税手続き一括カウンターを設置したり、中国語と英語の商店街マップを作成したりしている。こうした協力体制が今後ますます重要になってくるだろう。

 そして、「日本的な商品・サービス」を提供しているかどうかも重要なポイントだ。日本料理や日本のブランド品といった商品に加えて、「せんべいの手焼き」「寿司の握り体験」「浴衣の着付け」などの体験型サービス(=コト消費)も外国人観光客から高く支持されている。

「近くの呉服店と連携して、浴衣・着物のレンタルサービスを始めているホテル・旅館や、甲冑(かつちゆう)に身を包んだ外国人を記念撮影するフォトスタジオなどもあります。日本文化を体験してみたいというニーズは間違いなくあるので、自社でできることを考えてみてはどうでしょうか」

 ほかにも、「キャッシュレス決済への対応」もインバウンドの集客力を高めるうえで見落としてはならない要素の一つ。日本のキャッシュレス決済の比率は19%にとどまっているのに対し、韓国は54%、中国は55%、米国は41%となっている(2016年経済産業省・調査)。現金を持ち歩く習慣がない人にしてみれば、キャッシュレス決済に対応しているかどうかも、飲食店や小売店を選ぶうえでの判断材料になるのだ。

「韓国の場合は、クレジットカードやプリペイド型のICカード(日本でのスイカ等)が広く利用されていますが、中国ではアリペイ(支付宝)やウィーチャットペイ(微信支付)というスマートフォンを使ったモバイル決済が都市部を中心に普及しています」

 アリペイもウィーチャットペイも、スマホでQRコードを読み取って決済をする。少し前までは、デビットカードの一種である銀聯(ぎんれん)カードが中国人の主な決済手段だったが、今やこちらの方が主流となりつつある。

「ターゲットの設定」も重要

 いまは世界的に海外旅行ブームであり、日本にやって来る外国人観光客が増えているのも、その流れが後押ししているからだ。航空運賃が安くなったほか、インターネットでホテルを探すことも簡単にできるようになったため、海外旅行がより身近になっているのである。

 ただ、一口にインバウンドと言っても、旅の目的や好みはそれぞれ違う。自分たちが狙うべき外国人旅行者は、「友だち数名でやってくるアジアの若者たち」なのか、「家族連れでやって来る欧米の人たち」なのかといった具合に、ターゲットを明確に設定しておく必要があるだろう。

「アジア人と欧米人とでは、求めているものが多少違います。アジア人は、ファッションでも飲食でも〝日本のいまが好き〟で、『現代日本を消費したい』という気持ちが旺盛です。一方で、欧米の人は、『日本でしか味わえないもの』を求めている傾向が強い。どちらを狙っていくかで、取り組みの方向性が変わってきます」

 そしてもちろん、外国人観光客とのふれ合い(コミュニケーション)を大切にすることも忘れてはならない。気持ちのよい接客が商売の基本になることは、日本人であろうと外国人であろうと何ら変わらないのだ。

(本誌・吉田茂司)

掲載:『戦略経営者』2018年8月号