国主導の〝働き方改革〟に、中小企業は右往左往。長時間労働の是正、女性や高齢者の活用、テレワークなど個別メニューに幻惑され、何から手を付けていいのやら分からぬ始末。2000年設立以来、飛ぶ鳥を落とす勢いで成長を続けるリンクアンドモチベーションの小笹芳央会長が、働き方改革への正しい向き合い方を示す。

プロフィール
おざさ・よしひさ●1961年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。株式会社リクルート入社。組織人事コンサルティング室長、ワークス研究所主幹研究員などを経て、2000年株式会社リンクアンドモチベーション設立、同社代表取締役社長就任。「モチベーション」を切り口に企業の人材採用・人材育成・風土変革・制度設計のコンサルティングを手掛ける。2008年東京証券取引所1部上場。2013年代表取締役会長就任。

──〝働き方改革〟の目的はどこにあるのでしょうか。

小笹芳央 氏

小笹芳央 氏

小笹 今後、急速に進むであろう労働人口の減少をカバーするため、労働生産性を引き上げるとともに、女性や高齢者、外国人を労働市場に取り込むような流れをつくり出すことが目的です。現在、個別の企業が、その流れに乗りながら、労働時間の削減や、テレワーク、ダイバーシティーなどといった、いわゆる働き方改革にまつわる「メニュー」を導入しつつあるという状況です。

──ただし、小笹さんは、それら個別の「メニュー」にはあまり意味がないと主張されています。

小笹 いくら休日を増やし残業を削減したとしても、単に余暇時間が増えるだけなら、ゆとり教育ならぬ「ゆとり労働」で終わってしまいます。例えば、女性の管理職比率がよく話題に上りますが、これもナンセンスです。女性の比率を高めた方が良いとは思えない業種・業務はたくさんあります。
 以前、テレビニュースで、消防士の女性比率を引き上げる試みが紹介されていて啞然(あぜん)としたことがありました。もちろん、性別を理由に門戸を閉ざすべきではありませんが、それを数値目標に落とし込むことには意味を感じません。当社の例をみても、マネジメントラインに乗ることを希望せず、専門職を望む女性社員が多いという現実があることも事実です。世間で取り沙汰されるような外形的なものさしを真に受けると、逆に男性への逆差別になってしまう危険性が出てきます。

──ちなみにリンクアンドモチベーションの女性管理職比率は?

小笹 20%程度ではないでしょうか。しかし、この数字が小さいとは思っていません。形だけ女性管理職比率を引き上げて、果たして生産性が上がるでしょうか。当社は約半数が女性社員であり、また、女性社員と会社との「エンゲージメント」は高い状態にあるので、〝女性活躍推進を実践できている〟と自負しています。ここが本質の部分です。数値は表層に過ぎません。

「One For All, All For One」

──「エンゲージメント」とは何ですか。

小笹 平たく言うと、会社と従業員との「相互理解・相思相愛度合い」のことであり、会社の実態に対していかに従業員が期待し、満足しているかの指標でもあります。女性に限らず、いまの時代、求人倍率は高く転職が容易なので、エンゲージメントを高めておかないと従業員は定着しません。また、当社と慶応義塾大学の共同研究によってエンゲージメントの度合いと労働生産性、営業利益率は関連していることが分かっています。詳細については、近著『モチベーション・ドリブン』(KADOKAWA)を参考にしてください。

──エンゲージメントが高い状況とは?

小笹 「One For All, All For One」(個人は組織のために、組織は個人のために)、つまり、従業員の欲求充足と企業の成果極大化が同時実現している状況のことです。これは企業経営の普遍的なテーマであり、経営者は常にそこを目指すべきだと思っています。高度成長時代は、「One For All」だけで企業は回っていました。しかしいまはまったく違います。個人が会社を選ぶ時代となり、「All For One」にも目を向けなければならなくなったのです。

──「One For All」と「All For One」を両立することが必要な時代になったと……。

小笹 私が創業当時から繰り返して使用してきた言葉に「アイカンパニー」があります。“ICompany”つまり「自分株式会社」という意味ですね。これからの時代、ひとりひとりが「自分株式会社」を経営し、優良企業にしていくことで、〝寄らば大樹の陰〟的な思考を脱し、自らのキャリアを主体的・自律的にみがき、切り開いていくべきだという提案です。これが「All For One」の部分です。しかし、この部分だけでは組織は壊れます。個性あふれる「アイカンパニー」を、ミッションやビジョンを駆使しながら束ねるのが経営者の役目であり、それが「One For All」へとつながるのです。

──分化・多様化するばかりではダメでバランスが大切だということですね。

小笹 もちろん今後は、社会的な流れからも企業は「分化」「多様化」を進めざるを得なくなります。そうしないと今後予想される労働力人口の急激な減少に耐えられません。しかし、その一方で、それと同じ力を使って「統合」することもまた必要となります。そうしないとどちらかに引っ張られて組織が崩壊してしまいます。統合こそが〝マネジメント〟なのですが、中小企業はここが弱いと思います。マネジメントが効いていない会社は、すぐに人が辞めていきます。入社・退職が繰り返されますから会社としてのナレッジがまったく積み上がりません。そういう会社は例外なく生産性も低い。

経営者の思いを言語化する

──「統合」を実践するには、具体的には何から始めればよいのでしょうか。

小笹 大手企業だろうが中小企業だろうが、まず経営者の思いを言語化することから始めてください。どんなミッション、ビジョンを持って会社を発展させていくつもりなのか、あるいは、社会のなかでどんな役割を果たしたいのか、などですね。

──その言語化したものを従業員に浸透させるには?

小笹 毎朝毎夕、トップが語り続けることです。さらにいえば、自分だけではなく従業員にも語ってもらえればより効果的でしょう。その意味で、「浸透」をなし遂げるにはミドル(中間管理職)の人選がポイントになります。避けたいのは、ビジネススキルの高い人材から順番に登用してしまうといったケースです。仕事ができるからといって必ずしも会社のミッションやビジョンを従業員に伝える良い語り部になれるとは限りません。経営者の掲げるミッションやビジョンへの共感度の高さをミドル登用の条件にすべきです。第一線のプレーヤーでなくても構いません。要するに、人材育成コストを負担してくれる人、会社と従業員の「結節点」となれる人を選ぶべきです。

──ところで、ミッションやビジョンといった抽象的な概念は、果たしていまの若い人に伝わるのでしょうか。

小笹 意外と知られていませんが、若ければ若いほど、どういうミッション、ビジョンのもとで事業が行われているのかを、企業選択の際の重要なものさしにしています。その点は私の若い頃とは異なります。昔は金銭報酬と地位報酬がすべてでした。終身雇用・家族的経営といった温室のなかでは、ミッションやビジョンはことさら必要ではなかったのです。

“感情報酬”を創り出す

──近年、若者が安定志向化しているとの声もありますが。

小笹 私は、それも誤りだと思っています。少なくとも、私が社会人となってからの30年間を概観してみると、若者は圧倒的に〝ベンチャー志向〟に傾いているといえます。

──なぜでしょうか。

小笹 以前と比べて成長欲求の強い人が増えているという感じがします。伸び盛りで新たな時代を創りつつあるような会社の方が活躍の場が多く与えられ、より早く成長できるという認識が浸透してきているのです。昔は、有名な大学を出て大企業や中央官庁に入るというのが常識的な振る舞いでしたが、いまでは、東大生、京大生が平気で当社のようなメガベンチャーに入社してきます(笑)。

──金銭や地位よりも重要なものさしがあると……。

小笹 〝感情報酬〟とわれわれは呼んでいますが、人間には承認欲求や成長欲求、あるいは貢献への実感など、エモーショナルな訴えかけに強く反応する性質があります。ここを重視すれば、それほどコストをかけずに会社の魅力を増すことができる。金銭報酬は、原資が限られており、いわばゼロサムゲームの世界ですが、感情報酬はその気になれば創り出すことが可能だからです。

──なるほど。経営資源の限られた中小企業でも大企業に対抗できるというわけですね。感情報酬を高めるにはどうすれば?

小笹 コミュニケーションの機会を増やし、質を高めることです。ちなみに、当社では年間3億円を「社内コミュニケーション」に費やしています。具体的には、3カ月に一度の表彰イベントの開催、紙、ネット、動画での多彩な社内メディアの発行、グループ各社が集うためのインフラ整備などで、年々、その効果の大きさを実感しています。

──最後に、中小企業へのアドバイスを。

小笹 今後、労働市場の多様化がますます進むとともに、企業は働く人に選ばれる側とそうでない側に二極分化していくことが予想されます。そのような厳しい環境のなか、経営者は、国の施策や世間の風潮に由来する表層的な現象に必要以上にとらわれるべきではありません。働き方改革は諸刃の剣です。もちろん法の順守は大前提となりますが、さまつな〝メニューレベル〟の問題はできるだけやり過ごすようにし、より本質的な部分を見据えながら、「One For All, All For One」を実践することで、働き方改革の波を乗り越えてください。

(インタビュー・構成/本誌・高根文隆)

掲載:『戦略経営者』2019年5月号