プロフィール
もんじ・ゆきお●1984年神奈川県出身。14歳から引っ越し会社でアルバイトを始める。その後、引っ越し会社数社でアルバイトや社員として働く。2006年株式会社アップルを設立、代表取締役に就任。
文字放想 氏

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 当社は業界で初めて、引っ越しの予約から見積もりまでをインターネット上で完結できる「ラクニコス」を展開しています。当サービスでは営業担当者が自宅に訪問して荷物をチェックする工程が基本的にありません。ネットが利用できる環境にあれば、24時間365日、スマートフォンなどを使ってわずか3分で引っ越しの予約ができます。

 同様の他社サービスもあるにはありますが、最終的に電話やメールによるチェックが入ることがほとんど。すべてウェブサイトで完結するのは当社のみです。利用件数はサービス開始以降2万件に達しており、直近では月間2000件がこの自動予約による受注になっています。単純計算ではコールセンターの人員20人分が自動化している計算になります。

 ラクニコスは、住んでいる部屋の間取りや居住者数、荷物についていくつかの質問に答えていくだけで、確定した見積金額を出せるのが大きな特徴です。「実際にスタッフが部屋を見て荷物をチェックしなければ見積もりの精度が出ない」と言う同業者の方は多いですが、私は人がやったほうがかえって誤差が大きくなると思っています。

 そもそも電話で引っ越しの予約をして、荷物の量について正確に答えられる人がいるでしょうか。正確な情報を聞き取ることよりも、間取りのタイプや面積から荷物の量を想像する精度を高めた方が合理的だと考えたのです。これまで手がけた膨大な見積もりデータと、フィードバックによるシステム改善の効果もあり、人の手による見積もりと同水準のレベルを達成しています。

 当社はこのラクニコスを筆頭に、引っ越しというアナログな仕事にITの力を最大限組み合わせた「引越Tech」を掲げています。これは荷物を移動させるという人の手が必要な部分以外のバックオフィスや管理業務をできるだけ簡略化するもの。デジタルマーケティングによる集客からラクニコスによる自動見積もり、アルバイトの登録やシフト調整、リアルタイムの売り上げ集計や稼働率の把握に至るまでトータルで管理できるオリジナル引っ越しERP(統合基幹業務システム)を構築し、徹底的な合理化を図っています。給与計算もこのERPに組み込まれており、スマホで確認する配車表に自分の名前が載っていなければ給与が払われることはありません。

 バックオフィス部門のIT化によるメリットの一つとして、センターコントロールが効くことも挙げられます。大手引っ越し会社などでは支店間競争が一般的に行われていますが、これでは部分最適にしかなりません。それに対し当社が目指しているのは、ITをフル活用し営業や配車などを本部で一元管理することによる全体最適。これによって現場間移動の時間ロスなどを最小化することに成功しています。

25%が再利用&知人の紹介

 私は引っ越しという仕事が大好きです。人のためになるのが本当にうれしいからです。この仕事には感動とドラマがあります。たくさんの重たい荷物を運ぶのは正直体力的につらいこともあります。疲労が出てくる途中からは、「やばい」「時間内に終わらないかも」とネガティブな感情も出てくる。でも荷物が残り少なくなればがぜんやる気が出てくるし、仕事を終えた後に飲み物をごちそうになったり、「本当にありがとう」と声をかけられたりすればこんなにうれしいことはありません。必ずハッピーエンドで終わるのが引っ越しという仕事なのです。

 しかしこんなにいい仕事にもかかわらず、残業代未払いやパワハラなどの問題が明るみに出た会社があったことなどもあり、いま引っ越し業界に従事しようという人は減り続け、市場もシュリンクしています。こうした状況を働く側から変革しようと導入したのがネット・プロモーター・スコア(NPS)経営です。

 NPSは顧客ロイヤルティーや顧客の継続利用意向を知るための指標の一つで、商品やサービスを友人や知人にどれくらいすすめたいかを示します。当社では顧客アンケートをNPSに変換し、点数をすべて社内でオープンにしています。会社からほめられるけど顧客には評価されない、あるいはその逆といった評価のねじれが生じないよう、顧客の評価=スタッフの評価=会社の評価という極めてシンプルな評価の仕組みにしました。

 もちろん従業員の報酬もNPS値を反映させています。各支店の業績ではなく、NPSの評価に報酬を連動させるようにしているのです。実際、NPSが高く雰囲気の良い支店が粗利の水準も高くなる傾向にあります。その結果、「こんなに感謝される引っ越しという仕事は素晴らしい」と思ってくれるスタッフが目に見えて増えてきました。「アップル引っ越しセンターを友だちにもすすめたい」と感じてもらえるように業務に励むので、その姿勢はユーザーにも伝わります。直近では受注件数の4人に1人がリピーターまたは知人からの紹介になっています。この割合は顧客満足度の高さに直結する数字だと思います。

 大手との差別化を図るため、営業エリアは1都3県の都市部に限定し、ターゲットもITリテラシーの高い「おひとりさま」層にしぼってきました。今後もこの方針を継続しながらさらなる顧客満足度や従業員満足度の向上を目指し、2030年に売上高500億円規模の企業に成長させるのを目標としています。

(インタビュー・構成/本誌・植松啓介)

掲載:『戦略経営者』2019年6月号