福島県にあるアポロガスは、新入社員に対して着ぐるみ研修、ラジオDJ研修、テレビCM撮影研修などユニークな研修を実施していると評判の会社で、県内外から見学が殺到している。研修の仕掛け人である篠木雄司会長にユニークな新人研修の全容と、自分で考え、行動することのできる「人づくり」のノウハウについて聞いた。

プロフィール
しのぎ・ゆうじ●福島県生まれ。慶應義塾大学卒業。東邦銀行を経て、1993年にアポロガス入社。2007年に代表取締役社長に就任。現在は株式会社アポロガス会長兼元気エネルギー供給本部長を務めるほか、生き方のインフラ教育研究所所長、福島市教育委員を務める。現在「人生の生き方の実験」を全国47都道府県に伝えることを目標に講演活動を行っている。(連絡先:shinogi@goo.jp)アポロガスは、2013年に経済産業省「おもてなし経営企業選」、2014年には中小企業庁「がんばる中小企業300社」に選ばれるなど表彰多数。社員の教育・育成、社会貢献活動において高い評価を得ており、「日本一の元気エネルギー供給企業」を目指して活動している。

──アポロガスはどのような会社なのでしょうか。

篠木雄司 氏

篠木雄司 氏

篠木 1971年創業のガス販売会社で、主に福島市内を中心にLPガス、灯油、重油などを販売しています。最近ではガスだけにとどまらず、リフォーム・新築住宅事業、水道工事業、太陽光発電システムの販売、再生エネルギー発電事業など、インフラに関わる事業を幅広く展開しています。
 ちなみに、社名の〝アポロ〟は1969年に人類初の月面着陸を成功させた「アポロ計画」にちなんだもので、その「チャレンジ精神」を当社の行動原理にしようという創業者たちの思いが反映されています。

──「元気エネルギー供給企業」を標榜(ひょうぼう)しておられます。

篠木 元気エネルギーとは「人が元気になるようなエネルギー」のことで、ガスや電力といった生活の基盤となるエネルギーだけでなく、お客さまや地域の皆さんを元気にするためのエネルギーの供給も使命に、日々の業務はもちろん、イベントやプロジェクト等を通じて、福島を盛り上げる活動を行っています。

──東日本大震災では福島県も甚大な被害を受けました。

篠木 福島県は地震、津波、福島第一原子力発電所の事故等の影響により、ライフラインは完全にストップしました。原発事故の風評被害もあって、地域の皆さんの心身も日に日に疲弊し、福島は深い〝暗闇〟に包まれてしまったのです。しかし、こんなときこそ「元気エネルギー供給企業」として地域のライフラインを守り抜かねばと思い、強制退去命令が出されない限りは福島に残り、事業を続けることを決めました。

──従業員も篠木会長の意向に賛同したのだとか。

篠木 未曾有の大災害でしたので、従業員に対して、福島に残ることを命令するわけにはいきません。原発事故の翌日、朝礼で私の考えをすべて伝え、残れる人だけで対応していきたいと説明したところ、なんと全員が福島に残る意思を示してくれました。
 私自身、仕事で泣くことはめったにありませんが、このときばかりは感謝の気持ちで涙があふれましたね。

未知なる経験を積む

──新人研修に力を注いでいます。

篠木 人間は初めて経験することや慣れない物事に対して、どうすれば成功するかを考え、行動するという一連のプロセスを繰り返すことで、大きく成長します。たとえ無駄だと思うような経験であっても、その後の人生において何らかの肥やしになっていることもある。そのため、研修プログラムは、新入社員がさまざまな「未知」に触れ、経験を積むような内容となっています。

──2011年度から新卒採用をスタートされました。

篠木 これまで中心となって働いていた従業員が高齢化し、一斉に定年退職を迎えるため、その補充として新卒採用活動を始めました。
 単に人手不足を補うためであれば、新卒社員だけではなく、経験者の採用や配置転換といった手法も考えられますが、私は会社の将来性を見据えたうえで、新卒社員の採用に踏み切ったのです。

──詳しく教えてください。

篠木 2010年8月のニューヨーク・タイムズ誌に「2011年に米国の小学校に入学した子どもの65%が、大学卒業後には今は存在していない職業に就くだろう」という記事が取り上げられました。この記事によると、2011年に小学1年生(7歳)になる子どもたちが大学を卒業する2020年代後半には、65%の学生が今の世の中には無い職業に従事していることになります。あくまでも米国の調査でしたが、この記事を読んで強い危機感を抱いたことを今でも覚えています。
 斜陽産業と呼ばれて久しいガス販売業において、アポロガスがこの先も生き残っていくためには、社会環境やトレンドの変化を素早くビジネスに展開することのできる柔軟な組織づくりが必要であり、そのためには変化対応能力の高い従業員の存在が欠かせません。変化対応能力を育むためには、経験やノウハウが蓄積された中途社員よりも、新卒社員をゼロから教育した方が効果は大きい。そう考え、新卒採用活動に力を入れようになったのです。

──具体的な研修内容を教えてください。

篠木 当社の新入社員は内定直後の10月から翌年5月までの約8カ月間で、20~30の研修を受けます。彼らを最初に待ち受けているのが「着ぐるみ研修」で、毎年秋に開催している感謝祭「せっかくどうも祭」に来場されたお客さまを、着ぐるみ姿でおもてなしするという研修です。
 研修の目的はあらかじめ新入社員に伝えており、研修後にはそのテーマに沿ったA4用紙1枚分の論文・レポート作成を課しています。目的をはっきりと提示することで、新入社員自身が「何を学ぶべきか」を明確に理解したうえで研修に臨むことができます。また論文提出を義務づけることで「勉強になった」「たいへんだった」などの感想ではなく、実際に何を学んだかを論理的に考え、構成する力も養われます。
 ちなみに、「着ぐるみ研修」では「着ぐるみ研修における人財育成の本質とアポロガスの人事戦略について」というテーマの論文作成も課しています。

──「ラジオDJ研修」は『ナニコレ珍百景』(テレビ朝日)にも取り上げられました。

篠木 福島市のコミュニティーFM(FMポコ)で太陽光発電に関する話をしてほしいと、当社の営業社員に番組出演のオファーが来たことがきっかけです。寡黙で決して雄弁とは言えない性格の社員が担当したのですが、ラジオ番組に出演するとあって、原稿の作成や発声練習、時間管理などの事前準備を徹底しました。その結果、私の想定よりもはるかに素晴らしい放送となったのです。
 ラジオDJには、仕事の段取り力やハキハキ話すためのスキル、タイムマネジメント術など、ビジネスパーソンに必須のスキルが詰まっていることが分かった私は、早速FMポコの社長に「若手社員がパーソナリティーを務める番組枠をもらえないか」と交渉したところ快諾してもらえたことで、研修化につなげることができました。11年目の今年も毎週水曜日の13時18分から10分間、新入社員が元気に番組を放送しています。

──放送期間中にファンレターを1人100通もらうというミッションもあります。

篠木 新人研修には「自分の頭で考えて行動できるようになる」という一貫した目標があり、これを習慣化することで変化対応能力が身につくと考えています。
 ファンレターを1人100通もらうという目標を設定したのも、「まったくの素人である自分たちが100通のファンレターをもらうためには何をすべきか」について自分の頭で考え、行動してほしいからで、試行錯誤や創意工夫を繰り返しながら、これまで全員が目標を達成しています。

──地元企業や地域とのコラボレーションで実現した新人研修もあるそうですね。

篠木 日本三大まんじゅうにも選ばれている柏屋の「薄皮饅頭(うすかわまんじゅう)」を用いた新しいメニューを考案する「『薄皮饅頭』の新しい食べ方を考える研修」や、インターンシップで来社した福島大学の学生に対し、会社概要をプレゼンする「福島大学インターンシップでプレゼンする研修」など「学びがあればすべて研修」という考えのもとに、学びにつながると感じたイベントや出来事は、もれなく研修として取り入れています。

──社員の自発的な行動を促すなど研修の効果も出ています。

篠木 ガスや灯油の配送などで高齢者のお宅を訪問したときに、重いものを運んだり、高い場所から物を下ろしたりといった困りごとを無料で請け負う「やさしい外孫ブラザーズ」という活動を若手社員が中心となって行っています。「地域のおじいちゃん、おばあちゃんの困りごとを解決する活動をしたい」と、若手の営業社員が自発的に声を上げたことをきっかけにして始まった活動で、私からは一切指示を出していません。
 地域貢献のために自分たちで何ができるかを考え、行動する姿を見て、研修の効果が表れたことを実感しました。

「人生の生き方の実験®」

──東日本大震災からの復興にも積極的に取り組んでいます。

篠木 「元気エネルギー供給企業」として、福島の復興を支援するために、キャンドルイベントや被災者の方たちによる詩集の販売など、さまざまなイベントやプロジェクトを行ってきました。
 最近では、福島の子どもたちが元気になり、人生を前向きに歩むための考え方を伝える講演会や、勉強会などの活動にも力を注いでいます。

──詳しく教えてください。

篠木 人が前向きに生きていくための心構えを、小さなコップを用いて説明する「人生の生き方の実験®」を福島県内の学校を訪ねて実演しています。これは私が考案したもので、前向きに物事を考えるための大切さを、コップを用いた簡単な実験を通して学ぶという構成になっています。
 震災という大変な境遇にあっても前向きに生きていくことの大切さや、実際に福島の人たちが前向きに生きていることを伝える「生き方のインフラ教育R」としてさまざまな学校で披露してきました。
 8月に上梓(じょうし)した『福島の小さなガス会社がやっていた世界最先端の社員教育』(あさ出版)に実験の詳細を載せていますが、おかげさまで、今では福島県内にとどまらず全国各地の企業や教育機関でも講演する機会が増え、最近はドイツや台湾の学生たちの前でもこの実験を披露しました。

──5月に会長に就任されました。

篠木 現社長には、自分の意思に基づいた経営をするようにと伝えていて、これまで説明した研修プログラムやイベント等についても踏襲する必要はまったくなく、ゼロベースで作り上げるつもりで取り組むように伝えています。
 実際に、毎年恒例のイベントの内容をリニューアルするとのことです。こういった取り組みを踏まえて、新しいアポロガスがこれからどのように成長していくかを、しっかりと見守っていきたいと考えています。

──全国の経営者にメッセージを。

篠木 研修のユニークさが注目されがちですが、これらはすべて、従業員の自律的な行動を促すための仕組みが詰まっています。アポロガスも決して大きな会社とは言えませんが、「人づくり」にあくなき探求心を持って臨んだことで、地域に誇れる人材があふれる会社に成長しました。
 「人づくり」に役立つ要素は、あらゆる業務に潜んでいます。大切なのは、そのきっかけを拾い上げるためのアンテナを高く掲げることにあるでしょう。

(インタビュー・構成/本誌・中井修平)

掲載:『戦略経営者』2019年12月号