緊急事態宣言が解除され、徐々に経済活動が再開されつつある。もちろん、いまだ足もとの資金繰りが最大の懸案事項だが、一方で反転攻勢へのきっかけをつかむべき時期でもある。復活へのキーワードは「経済」「オンライン購買」「リモートワーク」。それぞれの専門家に取材した。

プロフィール
やまだ・ひさし●1987年、京都大学卒業後、住友銀行入行。98年、日本総合研究所調査部主席研究員。その後、経済研究センター所長、マクロ経済研究センター所長、ビジネス戦略研究センター所長、調査部長兼チーフエコノミストなどを経て2019年から現職。15年には京都大学で博士号(経済学)を取得。『同一賃金同一労働の衝撃「働き方改革」のカギを握る新ルール』(日本経済新聞出版社)など著書多数。

 新型コロナ感染症の経済的、社会的影響は3つのフェーズに分けて考えることができます。第1が感染抑止最優先のフェーズ。第2が感染抑止と経済を両立させるフェーズ。そして第3が完全終息後の自由な経済活動が行えるフェーズです。

構造変化に対応せよ

復活への処方箋

 5月に緊急事態宣言が解除されたことで、日本はようやく第2フェーズに入ったと言えますが、このフェーズで留意すべきは「半値戻し経済」を余儀なくされるだろうということです。感染拡大の抑止対策を行いながらの経済活動では、当然、コロナショック前のような制限のない市場経済の復活は難しいでしょう。たとえば壊滅的な影響を受けている外食産業や観光産業などで、足もと9割減の売り上げを半分戻すのがやっとという状況も十分に想定されます。いずれにせよ、コロナの影響を受けた企業は、業種問わず、コロナ以前よりもはるかに低い収益でしのがなければならないということです。経営者はあらためてそのことを認識しておく必要があります。

 しかも第3フェーズに至る先行きはいまだ見えていません。ワクチンの開発・投与などによる集団免疫の獲得が1年後になるのか2年後になるのか。さらに言えば、その「出口」に行きつくには活動制限の再強化と緩和を幾度か繰り返すプロセスも必要になるかもしれません。よほどうまくいったとしても、来年の半ばくらいまでは、感染リスクを意識しながらの市場経済となるでしょう。その際、国民、企業に感染防止へのモチベーションと先行きの見通しを提供するために、行政には「活動制限の緩和、解除、再強化」への手順と客観指標を明らかにすることが求められます。アクセルとブレーキを踏み分ける微妙な制御感覚が成否を分けるかもしれません。

 さらに、「感染リスクを最小化する業務手順」を業種ごとに整備することも必要でしょう。経団連はオフィス向けおよび製造事業場向けのガイドラインを5月14日に提示しましたし、小売りや外食などの業界ではガイドラインを作成する動きがみられます。科学的根拠に基づいた明確な指針が、感染リスクを抑えるカギとなります。

 もうひとつの重要なポイントは、産業構造の変化です。たとえ無事に第3フェーズにたどり着けたとしても、変化してしまった構造的な変化は完全には元に戻りません。たとえばリモートワークもそう。ウェブ会議システムは、この5年くらいで技術的には大きく進展しましたが、組織レベルでの旧来の「習慣」を変えるには至っていませんでした。しかし、今回のコロナ騒動によって、好むと好まざるにかかわらず、リモートワークやオンライン商談などを余儀なくされ、そして、意外に支障なく仕事が行えることを証明しました。この流れは、多少の揺り戻しはあっても将来にわたって続くでしょう。とくに、ポイントとなるのが、「購買」「調達」など、ビジネスの「肝」の部分のオンライン化の進捗(しんちょく)です。ここに対応できない企業は蚊帳の外に置かれてしまいます。現状、政府の支援策などを活用しながら、なんとか自社を存続できたとしても、その間に「構造変化」への対応を怠れば、将来は危ういと認識しておくべきです。

「成長エンジン」の喪失

 さて、日本はなんとか抑え込みに成功したように見える新型コロナ感染症ですが、世界的にみればまだまだ終息にはほど遠い状況です。欧米先進国では、少しずつ経済再開への動きが出始めていますが、気になるのは南米とアフリカです。所得格差が大きい国々、とくにスラムのあるところなどでは、どうしても感染が広がりやすいのです。そのため、北半球でコントロールできたとしても、南半球で感染爆発が起これば、今年の秋から冬にかけてまた北半球に戻ってくる。そんなループに陥る危険性もあります。第1波でトラウマを抱えている人々が、第2波にさらされれば、心理的なインパクトは大きく、経済への打撃はさらに大きくなることが予想されます。

 世界経済をけん引してきた米国と中国ですが、もともと剣呑だった両国の対立はさらに激しくなるでしょう。

 米国は感染者の数がダントツで世界一。低所得者層は感染しやすいという意味で、「所得格差」という弱点があぶりだされてしまいました。また、大規模なレイオフによって4月の失業率が14.7%(前月比10%増)と膨れ上がっていますが、いずれ経済が回復した時に、その雇用がそっくり戻ってくるかは疑問です。4~6月期の実質GDP成長率は前期比年率3割減が予想されています。

 中国は1~3月期のGDPが年率で3割以上低下しましたが、4~6月期は戻しているようです。各地の工場も再開し、4月の工業生産はプラスになっていますが、在庫がたまり雇用も落ち込んでいて予断を許さない状況は変わりません。徐々に戻してはくるでしょうが、コロナ前のような高成長は期待できないかもしれません。また、ここ数年財政が悪化してきている中国が、リーマンショックの時のような大規模公共投資に踏み切るのも難しいでしょう。

 このように世界経済が米国と中国という「成長のエンジン」を失いつつあるなか、欧州などで、域内を優先して経済を回していこうという傾向が強まっています。日本も例外ではありません。とくに、医療、衛生、食料など基礎的な生活保障材の内製率を上げ、リスクを回避する動きが目立ってきました。各国が内向きになれば、グローバル化がスローダウンし、世界の経済成長率はさらに下落します。

 経済の下振れ要素はまだあります。コロナ不況によって行政も企業も莫大(ばくだい)な借金を抱えることになります。当然のことですが、借金はコロナ後に返済しなければなりません。たとえコロナの脅威がなくなっても、貿易がスローダウンする上に、借金返済で投資への余力がなくなり、さらに貿易が細る。この悪循環が懸念されます。

劇的な構造変化に対応する

「半値戻し経済」のなかでは、従来のやり方を踏襲するだけでは経済成長率は下落する一方です。いまある経営資源を最大限有効活用しつつ、解決策を探っていく必要があるでしょう。そのためには、国を挙げた情報の共有化と、産業の枠を超えた連携が求められます。その上で、たとえば①官民共同ファンドや②シェアリング型一時雇用といった施策が有力視されるのではないでしょうか。

 半値戻し経済では、大量に赤字企業が発生するので、融資という間接金融による資金繰り支援には限界があります。また、「借金」は将来的な経済成長を抑制する重大な足かせとなります。そのため、①官民共同ファンドのような公的資金と民間資金を合わせて希望する企業に出資する形をとりながら、アフターコロナの新しい世界に対応する魅力ある企業へと導いていく必要があると思います。2000年代に大きな役割を果たした産業再生機構のようなイメージで、民間のチェック機能が働く公共的な支援の仕組みをつくるべきではないでしょうか。

 また、今後、収益の悪化する企業が急増し、雇用環境が厳しくなることが予想されます。しかし、一方で人手不足が続いている業種もあるので、たとえば、飲食業や旅館・ホテルなどの観光産業などコロナ禍に苦しむ企業の従業員を、宅配業や食品スーパーなど忙しい業界に「レンタル」すれば、労働のミスマッチが解消されます。こうすることで、失職者を抑えることができる上、結果として、財政への負担も軽減されることが期待できます。

 個々の企業レベルでの経営資源のシフトも大切な課題です。コロナ後は産業構造や企業のあり方が変わるとすでに述べましたが、それに対して今から準備しておく必要があります。業務のオンライン化、デジタル化は今後、加速度を増して進展することは確実です。ネット販売がより重視されるであろう小売業では、対面販売(リアル店舗)の役割が見直され、マーケティングや物流も変化します。オフィスワークにおいてもリモート勤務が普及し、会議や営業活動などもオンラインを絡めることで大幅に見直されるでしょう。従業員は自らタイムマネジメントを行わなければならず、業務プロセスが見えにくくなるため、結果が重視されやすくなるかもしれません。また、柔軟な勤務体制がとられることで、女性やシニアの活躍が促されます。これら「変化の要素」を検証し、要所要所に適切な投資を行うべきです。

 とはいえ、留意すべき点もあります。オンライン化、デジタル化によって不可視部分が増えることで、コンプライアンスや評価の公平性にほころびが生じ、さらに日本の企業が得意としてきた人材教育にも支障が出る可能性があります。経営者は、これらのリスクを見極めながら、丁寧に対応する必要があるでしょう。(取材日5月26日)

(インタビュー・構成/本誌・高根文隆)

掲載:『戦略経営者』2020年7月号