コロナ禍が後押ししているものの、いまだに定着が進まない「新しい働き方」。しかし、知恵と工夫を総動員しながらテレワーク、ダブルワーク、変形労働時間制など多彩な働き方を模索する中小企業も増えてきた。

プロフィール
みしろ・けいた●製造業人事部門を経て、三菱UFJリサーチ&コンサルティング入社。人事コンサルタントとして人事制度改定、組織改革・人材育成支援、セミナー・研修講師、労働・人事分野の調査などに幅広く従事。
かとう・えりこ●人事制度設計・導入支援コンサルティングを中心に、人材育成体系の構築やシニア人材活用のための制度導入支援等、東証1部上場企業から中堅・中小企業まで幅広い企業に対するコンサルティングに従事。

──新型コロナ感染症(以下、コロナ)は「オフィスに出勤する」という従来の働き方に一石を投じました。実態はいかがでしょう。

実践 新しい働き方

三城 業種や企業規模に関わらず、多くの企業がオンライン会議を始め、時差出勤やテレワークなどの新しいワークスタイルを取り入れたのは周知のとおりです。ただし、これらの働き方に関するルールを、就業規則などで公式かつ永続的な制度として整備した企業が多かったかどうかは不明です。多くの中小企業では、「コロナを契機に積極的にワークスタイルを改革しよう」というより、「社会情勢を踏まえて急場しのぎで取り組まざるを得なかった」という状況だったのかもしれません。

職種間の不公平さがあらわに

──企業の人事担当者を対象としたアンケート調査「新型コロナウイルス対応への課題とワークスタイルの変化について(※1)」ではどのようなことが読み取れましたか。

加藤 緊急事態宣言期間中におけるテレワークの取り組み状況について尋ねたところ、9割超の企業が「導入している」と回答しました。一方、テレワークの利用割合が8割を超えている企業が全体の約4割に留まっていることから、一部の職種だけが取り入れている企業も多かったと考えられます。実際に6割の企業が「職種間での不公平さ」をテレワークの問題点として挙げていることから、活用状況の職種差は、企業が柔軟な働き方を更に実現するうえでの今後の課題になると考えられます。

──テレワークに適さない職種はどのように対応したのでしょうか。

加藤 例えば、オフィスに一度に出勤する人数を制限した企業がみられます。実際に、コロナに起因して行った施策として、7割の企業が「出社制限・通勤制限」を挙げており、「時差出勤・短時間勤務」「オンライン会議の導入」「テレワーク環境の整備」に次いで4番目に多い回答となりました。そのほか、有給休暇の取得を奨励したり、特別休暇を付与するといった策を講じて、出社人数を調整した企業もあります。

三城 職場の業務を細かく棚卸ししたことで出社比率の調整にうまく対応した例もあります。各人の業務内容を「パソコンを使って自宅でできる業務」と「オフィスに出社しないとできない業務」の2パターンに区分けし、社員を交互にローテーションさせることで、出社とテレワークのバランスを保ちながら業務を進めた企業も多いようです。

※1同アンケートは、2020年7月に三菱UFJ信託銀行株式会社・三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社(MURC)が共同で実施。その結果を基に、20年9月にMURCがコンサルティングレポート「企業人事部門アンケート調査『新型コロナ対応への課題とワークスタイルの変化について』」を発表

「揺り戻し」が起こっている

──予断を許さない状況が続くなか、通常のオフィス勤務に戻す企業も現れ始めています。背景は?

三城 先ほども述べたように、緊急事態宣言期間中のテレワークは急場しのぎの施策であり、将来に向けた制度改定や環境整備に前向きに取り組んでいた例が多かったわけではないと思います。一部の大企業のように在宅メインの働き方にシフトするには、組織体制の整備、課業の「見える化」、人事評価基準の明確化、社員の意識改革など、在宅勤務のルールだけではなく人事制度やマネジメントのあり方を統合的に変えていく必要があります。企業が必ずしも働き方を変える方向に進まないのは、そこまで踏み込む余力がない、あるいは具体的なやり方がわからないことが一因となっているのかもしれません。
 また、経営者や管理職に「社員が出社しないと生産性が上がらない」「部下のマネジメントができない」という思い込みがあるため、社員は柔軟な働き方を望んでいても実現できないケースがあると聞きます。

加藤 実際に経営者の方とお話しする中で、「テレワークは緊急事態宣言が解除されるまでを予定」「コロナの感染状況が収まり次第従来の勤務体制に戻す」といったように、今後は通常のオフィス勤務に戻す予定だというお話しも耳にします。ちなみに、このアンケートは緊急事態宣言が解除され、人の往来が再開し始めた7月下旬に実施したものです。現在は感染者数がさらに増加傾向にありますが、それにもかかわらず、従来のようにオフィス勤務に戻している企業が増えているように感じられます。

──テレワークの実施に向けて、多くの経営者や人事担当者が苦慮していることは何でしょう。

三城 経営者や人事担当者の主な課題としては、社員の意識改革やルール整備の難しさが挙げられます。一方で、インフラ面の問題があるという話もよく聞きました。特に中小企業の場合は、モバイルパソコンが社員全員に配備されていない、自宅から社内のサーバーやネットワークにアクセスする仕組みが構築されていないなど、在宅でストレスなく仕事をする環境が十分に整備されていないケースが多いようです。
 とはいえ、コロナを契機に「出社しなくても仕事ができる」と実感したビジネスパーソンが多いことも事実です。時間はかかるかもしれませんが、「必ずオフィスに出社して仕事をする」というスタイルは徐々に見直されていくのではないかとも考えています。

自社に合った評価の仕組みを

──ワークスタイルの変化によって既存の人事評価制度がうまく機能しなくなると危惧する声もありますが……。

加藤 そうですね。実際に「ウィズコロナ下で検討したい人事施策」について尋ねたところ、5割近くの会社が「ワークスタイルの変化に伴う人事制度・人事評価・処遇の見直し」を挙げていました。やはり、対面でのコミュニケーションが図れなくなることで、部下や同僚の仕事ぶりが見えづらくなり、業務の進捗(しんちょく)状況が把握しにくくなると考える経営者、管理職は多いようです。

──新しい働き方に対応した評価の仕組みとして、「ジョブ型」の人事制度が経営者や人事担当者の口端にのぼっています。特徴を教えてください。

加藤 ジョブ型人事制度(=職務型人事制度)とは「人それぞれの能力ではなく職務・ポジションを軸に人材を評価・処遇する仕組み」です。ジョブ型雇用という場合は「特定の職責や職務に対して人材の採用・配置・育成・処遇を行う雇用形態」を指し、先ほど述べた評価・処遇だけを示す概念ではないことに注意が必要です。ちなみに、ジョブ型雇用とよく比較されるのが、メンバーシップ型雇用(日本型雇用)と呼ばれるもので、いわゆる新卒一括採用、終身雇用、年功序列型賃金に代表されるような雇用形態です。

──ジョブ型が注目されている理由について教えてください。

三城 ワークスタイルの変化に伴い、働く人のミッションや成果の判断根拠を明確にしたいというニーズがあるためだと思います。ジョブ型人事制度では、原則的には企業がポジション別に作成したジョブディスクリプション(職務の内容や目標、権限の範囲、業務遂行上必要な知識やスキル、経験などを記載した書類)を基に人事評価・処遇を行います。きちんと運用すれば、社員のやるべき事項や評価指標が明文化されるため、テレワーク環境下のマネジメントと親和性があると言えます。しかし実効性が高い一方で、ジョブ型人事制度を取り入れるには社員や職種ごとに細かい待遇を決める必要がありますし、職種転換や人事異動といった施策も容易にできなくなります。また、制度改定の規模や変化の大きさに比例して多くの時間とコストが必要となることでしょう。

──ジョブ型の導入もハードルが高そうです。

三城 日本企業でジョブ型を導入する場合は、特定の職種や管理職のみを先行して取り入れるといったように、部分的・段階的に実施するケースもあります。また、ジョブ型のブームに流されず、むしろ既存の人事制度を生かしながら、ワークスタイルの変化に対応した評価体系を構築することも一つの考え方です。組織の活動を「見える化」し、教育により能動型の管理職を増やし、部下社員とのコミュニケーションが綿密になれば、ジョブ型の制度にこだわる必要はありません。
 また、仕組みを大きく変えなくても、新しい働き方に即したマネージャーの期待人材像や評価の基準を会社全体で議論すれば、自社に適した納得度の高い評価運用を実現できると思います。

コンサルティングレポート「企業人事部門アンケート調査『新型コロナ対応への課題とワークスタイルの変化について』」(MURCホームページ掲載)

(インタビュー・構成/本誌・中井修平)

掲載:『戦略経営者』2020年12月号