働き方の変化にともない、広がりつつある「ワークプレイス」見直しの動き。感染防止を図りつつ、チームワークを損ねないオフィスのあり方を探る。

プロフィール
たかばやし・かずき●投資調査第1部研究員。2015年4月明治安田生命保険相互会社に入社。18年11月株式会社三井住友トラスト基礎研究所入社。住宅・オフィス等の調査、分析に従事。
かわむら・やすひと●投資調査第2部副主任研究員。2010年株式会社住信基礎研究所(現三井住友トラスト基礎研究所)入社。不動産市場のリサーチ、不動産私募ファンドのポートフォリオ評価等の業務に従事。

──オフィス市場の足元の動きについて教えてください。

川村 オフィスビルの空室率は東京都内、地方の主要都市ともに上昇しつづけています。
 コロナ禍以前、東京都内オフィスビルの空室率は1%台という異例の低さを記録していました。特に都心5区(千代田区、中央区、港区、渋谷区、新宿区)の人気物件の一部では、不動産仲介会社が募集をかける前に水面下で契約にいたるケースもあったようです。
 空室率上昇の背景として考えられるのが、「2次空室」の増加です。オフィスを移転した企業の移転元フロアが、なかなか埋まらない傾向にあります。新型コロナの感染拡大にともない移転計画を延期、あるいは中止した企業も少なくありません。

──大企業を中心に、オフィス戦略を見直す例も相次いでいるようですが。

川村 例えば富士通は在宅勤務を継続して出社率を25%ほどにコントロールしつつ、全国の支社等の拠点を3年以内に半減する計画を発表しました。地方への移転事例としては、パソナが本社機能を兵庫県淡路島に順次移すことを発表し、話題になりました。このようなオフィス規模の縮小や郊外への移転などのセンセーショナルな事例に目がいきがちですが、他方でオフィスの役割を再定義している企業もあります。例えば、東京・浜松町に本社を移転し注目を集めたソフトバンクは、在宅勤務等の活用により出社率を50%以下に抑制することを目標に掲げると同時に、自宅は集中して業務を行う場として、オフィスはチームビルディングやコラボレーション、イノベーションの創出の場として位置づけています。また、オフィス拡張を予定している企業もあり、オフィス面積の方向性に関しては、各社まだら模様というのが実情です。

在宅勤務の弱点をカバー

──在宅勤務をはじめとするテレワークが拡大しつつあるいま、オフィスにはどのような役割が求められますか。

髙林 主に二つの役割があると捉えており、まず「対面のコミュニケーション機会の創出」が挙げられます。
 コロナの感染拡大を機に、在宅勤務経験者が急増しています。特に首都圏の1都3県では、正社員の在宅勤務率がいずれも30%を上回り、東京都では約50%に達しました。ただ、在宅勤務が拡大しているとはいえ、在宅勤務にも解消しがたいデメリットがあり、多くの企業ではオフィスが不要になることはないと考えています。
 今年6月に内閣府が発表した「新型コロナウイルス感染症の影響下における生活意識・行動の変化に関する調査」を元に、在宅勤務(テレワーク)を実施する際、不便に感じられている点を分析したところ「社内での気軽な相談・報告が困難」、「取引先等とのやりとりが困難(機器、環境の違い等)」など、対面と比べたコミュニケーションの質低下に関連する回答が多いことがわかりました(図表1『戦略経営者』2020年12月号P25参照)。
 オフィスなら、たまたますれ違ったり、トイレなどで顔を合わせたりしたとき、ちょっとした会話ができますが、在宅勤務時にはウェブ会議ソフトであらかじめスケジュールを組んでおかないと、コミュニケーションを取りづらいものです。
 対面のコミュニケーションには、意図せぬ相手と何げない会話ができ、意思疎通がスムーズに行える利点もあります。対面のコミュニケーションを通じて、①チームワークの促進、②人間関係の構築、③技術の指導や文化の伝承等を誘引し、長期的に④イノベーションの創出に寄与できるようなオフィスが、重要視されていくだろうと考えています。

──もうひとつの役割は?

髙林 さきの内閣府による調査で在宅勤務時の不便な点として、他に挙がっていたのが「テレワークできないまたは合わない職種である」とか「機微な情報を扱い難いなどのセキュリティー面の不安」といった、仕事の特性と在宅勤務環境の不一致に起因する項目です。つまりオフィスには「他のワークプレイスに適さない業務を行うための環境の提供」という役割が求められていると言えます。
 そもそも、⑤紙を介した作業の円滑な処理、⑥専門的な設備での業務遂行のように、テレワークには適さない業務が存在します。例えば、文献を大量に参照する必要があったり、実験を行うような場合が挙げられます。また、⑦高度な集中力の維持、⑧機微情報の適切な管理等は、住環境や家族事情によってはテレワークでの遂行が困難となってしまいます。そのため、他のワークプレイスに適さない業務を行うための環境として、オフィスは引き続き必要とされると考えています。
 そして、これらの役割を促進するための土台として「健康性、快適性に優れた環境」の構築をおろそかにしてはなりません。リラックスした環境下でこそ、自由な発想や従業員同士の会話が生まれ、空調や調光が適切に管理された執務空間は、従業員の集中力維持に貢献するでしょう。

フリーアドレスの注意点

──三井住友トラスト基礎研究所でもテレワークを導入しているそうですが、オフィスの役割を見つめなおす機会はありましたか。

髙林 テレワーク制度自体は以前から設けられていて、おもに育児や介護などを抱えている社員が利用していました。その後コロナの感染が拡大し、在宅勤務は全社的に定着しつつあります。
 一番のメリットとして感じているのは通勤時間を削減できるところ。共働きしているため、仕事と家事を両立できるのもありがたいです。また、広めのマンションに引っ越したばかりなので、生活スペースと仕事スペースを分け、データ分析等の作業に集中して取り組めています。その半面、同僚と雑談や相談が気軽にできないというやりづらさも感じています。

川村 同じ部門に配属された新入社員の教育を担当していますが、テレワークだと、こちらの話している内容を理解しているか把握しづらく、対面よりも事前準備に時間がかかる傾向があります。
 それとオフィスで働いていると、まわりの社員同士の会話や電話で話している内容が自然と耳に入ってくるので、社内の出来事をつかみやすい面がありましたが、テレワークでは、情報共有をスムーズに行えない点は否めません。
 そうした弊害をなくすため、テレワーク中にウェブ会議ソフトの音声を常時オンにしている企業もあるようです。いずれにしろ、人材教育や、アイデアを効率的に出しあう場面では、オフィスでの業務に一日の長があるのではないでしょうか。

──近年は固定席を設けない、フリーアドレスを導入する企業も散見されます。

髙林 オフィス内が密にならないようにする対策のひとつとして、有効だと思います。部署を横断してプロジェクト活動を行ったり、社員同士が気軽に情報交換するのにも適しています。もっとも、不特定の人が使用したスペースでそのまま仕事することに対して、抵抗感を覚える社員もいるかもしれません。また、社内でコロナ感染者が発生した場合、濃厚接触者を特定する必要もありますから、例えば自由に座席を選べるのではなく、所属する部門のテーブルの席を使用するよう定めたり、運用を工夫する必要があるでしょう。

業務に応じ使い分ける

──オフィス戦略を検討する際、経営者はどんな点を念頭に置くべきですか。

髙林 まずオフィスの役割を社内で検討し、定義することが重要です。自宅やコワーキングスペースをはじめ多様な業務を行える場所があるなか、オフィスはワークプレイスの選択肢のひとつになりました。したがって、オフィスを構えて社員を出社させる理由は何か、明確にしておかなければなりません。その上で、オフィスで働く意図とメリットを従業員にしっかり伝えるようにしてください。オフィスのあり方を吟味せず、目先のコスト削減効果にとらわれ、規模を安易に縮小するのは避けるべきです。

──中小企業におけるオフィスの今後のあり方をどう占いますか。

髙林 ワークプレイスは大企業だけでなく中小企業においても、中長期的に多様化がいっそう進むと予想しています。すでにテレワークを実施している企業では、コロナ終息後も継続したいと考えている経営者が多く、オフィスや自宅、コワーキングスペース等、業務の性質にあわせて最適な場所を選ぶ働き方が進展していくと見込まれます。ワークプレイスごとのメリットとデメリットを見極め、うまく使い分けることができれば、生産性向上に寄与するはずです。

(インタビュー・構成/本誌・小林淳一)

掲載:『戦略経営者』2020年12月号