昨年、未曽有の感染症が産業界を席捲。中小企業の資金繰りを瀬戸際にまで追い込んだ。国や金融機関の懸命の支援でようやく一息ついた今日この頃だが、いずれやってくる返済への準備をおろそかにすれば、消滅への一本道が待っている。いまこそ財務を整え、経営計画を策定し、資金・本業の両面から“未来をデザイン”しなければならない。

未来をデザインする経営

 コロナ禍以降、飲食業やサービス業を中心に多くの中小企業が資金繰りに窮し、国や地方自治体が主導する緊急融資を受けた。日本政策金融公庫の新型コロナウイルス感染症関連融資の決定件数は2020年10月末時点で約69万件(約11兆8000億円)と膨れ上がり、また、3年間の金利と信用保証料を国や県が負担する民間金融機関による実質無利子無担保融資、いわゆる「ゼロゼロ融資」の実施により、3~9月の信用保証承諾額は25兆円(2019年度約9兆円)を超えた。全国の中小企業の3分の1がコロナ関連融資を受けたとも言われており、これによって、資金繰りが安定し、とりあえず足もとの危機は凌げたといえるのかもしれない。

 しかし、この状況に安心してはいけない。借金は返さなければならない。据え置き期間の後には、返済の重荷がのしかかってくる。しかも、コロナ禍によるビジネス環境の変化は極めて激烈で、現在の状況がたとえ終息したとしても、従来のビジネスモデルがそのまま通用するとは限らない。

営業キャッシュフローの確保

 図表1(『戦略経営者』2021年1月号P11参照)を見ていただきたい。コロナ禍の影響を受けた中小企業を分類してみるとこうなる。借り入れした企業のうち、それが適正な借り入れであれば約定返済の継続でこと足りる。「適正」かそうでないかの判断は、「借入金対月商倍率」(借入金/年商/12)の数値が目安になる。業種によってこの数値は上下するので、できればTKC経営指標(BAST)の業種別数値を参照してほしい。ちなみに、BASTの全産業の黒字企業中位グループでの借入金対月商倍率は、3.7カ月となっている。

 図表1に戻ろう。「借り入れ過多・返済困難」な企業はさらに三つに分類される。まず、長期借り入れに借り換えれば返済可能なケース。これは借り換えを行いながら黒字化への努力を続け、適正範囲の借り入れへと移行するべきだろう。しかし、超長期に借り換えないと返済が困難で、債務の固定化が懸念される企業や事業継続の断念が視野に入ってきている企業にとっては、小手先の対処では間に合わない。抜本的再生のための経営改善・経営革新が必要となってくる。

 とはいえ、効果的な経営改善・経営革新は一朝一夕に実現できるものではない。実現のための視点は三つある。①営業キャッシュフローの確保②信頼性の高い財務諸表③金融機関との信頼関係の構築……である。

 どのように営業キャッシュフローを確保し事業と雇用を継続していくのか。営業キャッシュフローの確保を下支えするには、常日頃の正しい会計に基づく財務情報の整備やそれをベースにした金融機関との関係性構築が条件となる。さらに言えば、企業経営者と金融機関との関係を仲立ちする顧問税理士の存在もクローズアップされてくる。この3者が一体化することで、経営改善・経営革新への取り組みが機動的に実践できるようになるのである。

将来5カ年の成り行き予測

 さらにブレイクダウンして、「据え置き期間中に行うべきこと」を五つのフェーズに分けて具体的に見ていこう(図表2『戦略経営者』2021年1月号P12参照)。

 まず必要なのは「5年後の成り行きを予測する」ことである。既述したように多くの企業が借り入れを行っているが、いまは据置期間で返済不要の状況だ。しかし、据え置き期間が終わり、元金返済が必要となった時、一体何が起こるのか。これをしっかりつかんでおく必要がある。多くの企業は、コロナ前の状況への回復を期待するだろうが、それはかなわないかもしれない。かなわなくとも、返済開始時に大丈夫な状況に持って行くことが求められる。

 5年後、現預金はかなりの割合を返済に充てなければならなくなる。その時に営業キャッシュフロー、つまり稼ぐ力はどうなっているのか。これをある程度正確に把握するためには、売上高・限界利益、減価償却費、借入金返済、売上債権、棚卸資産の将来見込みから、「このままだとこうなる」という将来5カ年の成り行きを予測する必要がある。

 しかし、ここからは、経営者一人で実践するのは荷が重いので、顧問税理士の力を借り、システムを活用しながら算出すべきだろう。ちなみに、TKCでは『継続MASシステム』という経営計画策定ツールがあるので、簡単かつ正確に5年後の姿をあぶりだすことができる。そのあぶりだされた未来の姿が見えた時、普通の経営者なら「このままではまずい」という気づきが生じる。そして、当然ながら、その「まずい状況」を回避するために新たな打ち手が必要になってくる。経営改善・経営革新への取り組みである。

社長の「財務経営力」を強化

 5年後の成り行きをつかんだ後は、経営改善・経営革新へのスタートである。会社を分析し、強みと弱みを整理することから始めたい。これが二つ目だ。

 具体的には、「ビジネスモデル俯瞰図」や「SWOT分析」(図表3『戦略経営者』2021年1月号P13参照)の作成が有効である。SWOT分析は、現状のコロナ禍という外部環境の変化をはめこんで戦略を考える有効なツールとなる。そしてビジネスモデル俯瞰図の作成を通じて、現状のビジネスモデルを見つめなおし、改善すべきところは改善していく。

 三つ目は、業績管理体制の構築・見直しである。

 経営改善・経営革新を進めるには、精緻かつ迅速な業績管理体制はなくてはならないものである。経営者という仕事は意思決定の連続だ。正しい財務情報があれば、より正しい意思決定ができる。業績管理体制構築の方法論はさまざまだが、巡回監査、月次決算、部門別管理、予算実績管理、書面添付、経営計画策定などをワンストップで実践するTKC方式の会計を有効活用することをお勧めする。

 いずれにせよ、経営者の「財務経営力」(信頼性のある基礎財務データを作成し分析結果を経営判断に生かすこと)の強化が、経営改善・革新には欠かせぬファクターとなることは間違いない。

 四つ目は、月次決算体制の構築と同時に、金融機関への情報開示の体制を整えることだ。ここで有効になってくるのが「TKCモニタリング情報サービス」(MIS)である。MISとは、企業の電子決算データが、顧問税理士を通じて金融機関にタイムリーにオンライン送付されるサービスのこと。このサービスには年次決算だけでなく、月次や半期、四半期の決算データを送付する機能もある。既述したゼロゼロ融資で据置期間1年超の場合、金融機関は半年ごとに信用保証協会に貸出先の業況を報告する必要があり、企業は試算表の提供を求められる。MISの月次試算表サービスを導入すれば、都度提出する手間がはぶけるし、金融機関からの評価も上がる。

 それ以前に、金融機関にとって、信頼性の担保された月次のデータが当該月の翌月に入手できるという事実は、とてつもなく大きなものだといえる。というのも、MISの月次決算報告では「比較損益計算書」「比較貸借対照表」「資金実績表(月次、3期分)「取引先別売上高推移表」「部門別売上高推移表」が補足説明付きで自動作成され、これらは金融機関が取引先企業の状況を把握するためには垂涎の情報だからである。これにより、金融機関の理解が深まり、「事業性評価」を可能にし、結果として資金調達力の向上につながるという効果が十分に期待できる。

より広く自由な舞台へ

 五つ目は経営改善・経営革新の打ち手の検討である。

 中小企業基盤整備機構が行った、コロナ禍の影響を受けている中小経営者2000名への最近のウェブアンケートによると、現状「公的支援の活用」や「資金調達」を重視せざるを得ないが、今後の対策としては「新たな商品・サービスの開発」などに取り組みたいとの回答が目立ち、前向きに売り上げと利益を作る努力をしなければ生き残れないという危機感が垣間見えている。

 そのためには具体的な打ち手が必要だが、その前に、自社の資金的なポテンシャルをしっかりと認識しなければならない。具体的な数字がないと具体的な戦略は生まれないからだ。「具体的数字」とは、借入金返済額から逆算された「必要限界利益」と「必要売上高」である。この二つの数字に合致した利益を上げるための方策を考えるのだ。

 利益を上げるには、大きく①売上高を上げる②変動比率を下げる③固定費を削減する――という三つの視点が考えられる。それぞれの視点に正しく向き合えば、たとえば、①②については単価や商品構成の見直し、③は経費のルール化や予算化(交際費等の利用限度額設定)など、いますぐ実践可能な打ち手が見つかるだろう。

 最後に営業戦略。これは、それぞれの業種、企業の特色によってさまざまな対応が考えられるだろうが、アンゾフの「事業拡大マトリクス」(図表4『戦略経営者』2021年1月号P13参照)を利用した戦略策定をお勧めする。自社にとって「既存商品を既存顧客層に売る」「既存商品を新市場で売る」「新商品を開発して既存市場に売る」「新開発商品を新市場に売る」のどれが最も効果の高い選択肢なのかを慎重に考察し、そこに経営資源を投入することで突破口が開けるかもしれない。

 さて、ここまで縷々(るる)述べてきたが、2021年以降の中小企業経営者は、これまでに例のない厳しい環境を生き抜かなければならないことは確かである。先行きは不透明だが、ただ手をこまねいているわけにはいかない。いまこそ、資金繰りに汲々とするばかりの消極姿勢から、より広く自由な経営改善・経営革新という舞台に軸足を移すべきである。

(構成/本誌・高根文隆)

掲載:『戦略経営者』2021年1月号