プロフィール
おの・たいすけ●2社の大企業創業者の血を引くが、14歳の時に父親を亡くし、経営やデザイン手法を独学で身につける。22歳で起業。数々の失敗を経て「デザインの匠」として多数のテレビ番組に出演。2014年、北九州市のガレージで小型ロボット「シナモン」を開発し、ドーナッツロボティクスを創業。
小野泰助 氏

小野泰助 氏

 近未来のマスク、ドラえもんに登場する「ほんやくコンニャク」……。

 スマートマスク「C-FACE」を体験した人たちは、そんな風に評します。市販されているマスクの上に装着し、スマートフォンとブルートゥース(近距離無線通信)で接続。専用アプリを介して、話者の発言内容を文字にしたり、8カ国に翻訳したりします。

 昨年5月に発表したところ、国内外のメディアで取り上げられるなど、予想をこえる反響がありました。とりわけ引き合いの強まっているのが海外の企業です。問い合わせが寄せられたのは、35カ国140社以上。なかには1万台以上の購入を希望する企業もあります。

 10月には、クラウドファンディングで数千枚の予約販売を受け付け、その後上場企業などから9億円の資金を調達。ニーズに確かな手ごたえを感じました。国内でいち早く実用化されているのは医療現場です。というのも、C-FACEには音声を10メートル離れた人のスマホに届ける機能も備わっており、ソーシャルディスタンシングが叫ばれるなか、患者とコミュニケーションをとる際に重宝されています。医療現場は、コロナが去ってもマスクの必要な業界で、カルテや服薬説明の自動記録にも挑戦しています。

1カ月で試作品を仕上げる

 もともと当社では、スマートロボット「シナモン」の開発を手がけていました。シナモンは空港や公共施設、企業の受付窓口で来客対応を担っています。スマートマスクの商品化は、以前から温めていたアイデアでした。もっとも、世界に目を向けるとマスクを着用する習慣のある人は少なく、普及しないだろうと思っていたんです。

 ところが昨年コロナが直撃し、ホテルでの利用を期待していたシナモンの需要が、瞬く間に蒸発してしまいました。これは相当深刻なダメージになる……そう腹をくくり、オフィスの規模をただちに縮小。進行中だったすべてのプロジェクトをいったん中断して、経営資源をスマートマスクの開発に集中投下する戦略をとりました。昨年4月のことです。

 当時在籍していた3名の社員全員が、寸暇を惜しんで製品開発に没頭しました。スマートマスクには、シナモンに備わるような大がかりな電子基板や、駆動パーツは必要ありません。ただ、製品化するにあたり、さまざまな工夫を施しました。特に大変だったのがマイクの設定です。

 市販のマスクの上に装着すると、会話時にマスクとこすれる音が発生するためです。摩擦音を排除しつつ、音声を適切に拾える場所はどこか。マイクの周辺にゴム製の部品を加えたり、ソフトウエアを改良したりして試行錯誤を重ねました。同時に、国内特許を申請(2021年4月に取得)。1カ月足らずでプロトタイプを完成させたときには、驚嘆の声が上がり、ニューヨーク・タイムズ紙などで特集されました。

 いくらすばらしいものをつくっても、伝えなければ無いのと同じ──。スティーブ・ジョブズは、かつてこう語ったといいます。二足歩行ロボットをはじめ、世の中には画期的な技術を採用したデバイスが数多くあります。しかし価格を調べると、とても高額だったりする。研究活動自体を否定するわけではありませんが、ラボ内のみでの開発にとどまっていたら、存在しないのと同じだと思っています。

 C-FACEは「HANEDAショッピングサイト」で販売しているほか、期間限定のポップアップストアを5月31日まで羽田空港内に開設しています。空港を利用する機会がある方は商品を手に取って、機能をぜひ体感ください。

意識を持つロボットを

 スマートマスクの実用化は緒に就いたばかりですが、活用の見込めるのは、医療や接客の現場にとどまりません。たとえば対面での会議や商談時に用いれば、議事録を作成できます。あるいは建設現場で現場監督者がC-FACEを装着し、外国人労働者が母国語に翻訳された指示をスマホ上で確認して作業を行う、といった利用方法も可能です。翻訳APIの活用により、対応言語を100カ国語以上に引き上げる計画もあります。

 一方、シナモンも性能に磨きをかけ、ゆくゆくは本体を希望者にレンタルしたいと考えています。構想しているのは一定の台数を貸し出し、利用する機能に応じて月額料金を支払ってもらうサブスクリプションモデルです。ロボット事業を軌道に乗せるには、ゲーム業界と同じく優れたハードウエアとコンテンツがそろっていなければなりません。初期費用をできるだけ抑え、ユーザーの心理的なハードルを下げ、いち早く普及させたいと思います。

 100年後にもっとも隆盛を極める業界を模索した結果、思い至ったのがロボット事業の展開でした。私たちはロボットを手の届く価格で販売し、2050年には、意識を持ったヒト型ロボットで、世界を変えたいと考えています。

(インタビュー・構成/本誌・小林淳一)

掲載:『戦略経営者』2021年6月号