ワクチンの普及によって、長かったコロナ禍にようやく終焉が訪れる期待が高まってきた。が、その反動として、深刻な人手不足の再来も予想される。企業は人。アフターコロナにスタートダッシュをきかせるには、一歩先を呼んだ採用戦略が必要である。

プロフィール
つねみ・ようへい●札幌市出身。一橋大学商学部卒、同大学大学院社会学研究科修士課程修了。リクルート、バンダイ、コンサルティング会社、フリーランス活動を経て、2015年4月より千葉商科大学国際教養学部専任講師。現准教授、いしかわUIターン応援団長、働き方評論家、社会格闘家。『「就活」と日本社会』(NHKブックス)など著書多数。

──現在の中小企業の採用事情をどう見ておられますか。

成功する中途採用

常見 チャンスとリスクの両方が見て取れます。チャンスということで言うと、「リモート時代」の到来で、決してマジョリティーというわけではありませんが、「自らの人生を見直す人」が現れていることです。これが「働き方」へと波及しつつあり、転職は言うに及ばずUIターン、ふるさと副業など、多彩な選択肢が生まれてきている。大学のキャリアセンターでは「コロナ禍もあるので家族のいる地元に戻って就職したいのですが……」などという学生の相談が明らかに増えています。これは地方の中小企業にとってはプラス材料なので、うまく乗っかるべきでしょう。

門戸を開け続ける

──リスクとは?

常見 一方で、「こういう時代だから転職はやめておこう」などと保身に走る層もいます。リクルートの調査では大手の求人は増えていますが、志望者も増えています。人々は安全安心志向に傾いているということでしょう。
 先日、ある観光産業の専門家にお会いして、お話をうかがったのですが、グローバルに見た観光業界の需要は、2024年に2019年の水準に戻ることが予想されているそうです。そうなれば当然人手不足の再来だし、中堅・中小企業は大手の草刈り場になってしまい、離職率が跳ね上がる可能性があります。

──どうすればよいのでしょうか。

常見 中小企業の多くは、「1人辞めたら1人採る」といった穴埋め型の採用を行っています。しかし、これからは常に採用市場にアンテナを立て、採用活動を行い続ける意気込みが必要だと思います。採りたい人がいたら会ってみて話を聞く。新しいポジションをつくってでも採用するべきでしょう。門戸を開け続ける意思が必要だということです。

──とはいえ、良い人を採るには自社をどうアピールするかという戦略が必要になります。

常見 まずは、多少のお金をかけてでもウェブサイトやSNSでの情報発信を充実させてください。スマホ対応は必須です。BtoBの会社などでは、スマホ対応していないところが思いのほか多い印象があります。そうした会社からは、たいてい「うちは関係ありませんから」という声が聞こえてきますが、いやいや関係大ありですよ。

SNSで採用意欲を表現

──とくに、最近はSNSなどの新しいプラットフォームが採用戦略でも重要視されるようになってきています。

常見 いまの若い人たちは、ツイッター、フェイスブック、インスタグラム、ラインなどのアカウントはもちろん、各プラットフォームのライブ配信、ユーチューブチャンネルなどを巡って情報を探します。どれかにでもアカウントをつくり、コンテンツをあげておくべきです。どこにも情報がなければ、その会社は、いわば「ウェブサイトを持たない」も同然なのです。

──情報の中身はどのようにすれば?

常見 従来の求人情報のように「委細面談」ではダメです。アピールすべき会社の強みを前面に押し出して、採用意欲を大いに表現してください。
 大手のように採用専用のアカウントを立てるのも手ですが、まずは自社を支える技術や人、ビジョンなど、コアな部分をしっかりと伝えることです。また、従業員の人柄や臨場感が伝わるもの、余韻が残るようなビジュアルを描写すると効果があります。それと、マーケティング目的であれ求人目的であれ、不特定多数ではなく、本当に振り向いて欲しい人に伝わるように語り掛けることが大事だと思います。
 あとは「加減」も重要です。かたすぎると誰も読まないしSNSの意味がなくなります。とはいえ、くだけすぎると「何やってんだこの会社」となる。たとえば、スタッフが大勢ではしゃいでいる写真は楽しそうには見えますが、「密でマスクをしていない」と炎上するかもしれません。繊細な「加減」を怠らないでください。

──求職者の心をつかむ具体例を教えていただけますか。

常見 私の古巣である玩具メーカーのバンダイでは、採用面接の際の服装は「自由」となっていますが、それが就活サイトなどで喧々(けんけん)諤々(がくがく)の議論となり、「ワナではないのか」などと就活生の疑心暗鬼を招いた時期がありました。他社の面接をこなした後、わざわざ私服に着替えてくる学生もいて、それはわれわれの本意でなかった。そこで「どう伝えれば良いか悩んでいます」と正直に表明すると、誠実さが伝わったのでしょうか、好感度が上がりました。
 また、懇意にしているすし屋のブログには感心させられています。写真を見ると十分においしそうなネタを「申し訳ないですがおいしくない時期に入ってしまいました」だとか「シーズンですがまだまだ脂の乗りが……マグロの方がおいしいですよ」などと店舗にとってのマイナス情報を顧客ファーストで掲載しているのです。このブログには「プロフェッショナル」や「誠実さ」「優しさ」を感じます。

オンライン面接の留意点

──最近ではオンライン面接が当たり前になってきましたが、留意点は?

常見 今や、最終面接以外はオンラインでという会社も増えました。これは中小企業にとってはチャンスです。たとえば、増え始めているUIターン希望の人にも接触しやすいし、基本的に求職者との接点(機会)が増えるので、当然、採用しやすくなります。その場合ですが、ぜひ注意してもらいたいポイントがあります。オンライン面接には「慣れ」が必要です。少なくとも、練習くらいはしておかないとうまくいかないことを肝に銘じてください。

──「慣れ」とは?

常見 コミュニケーションの作法に習熟することと、起こりうる事態を想定しておくことです。オンラインでは、話そうと思ったら相手が話しはじめて会話が混乱したり、回線接続の状況によっては遅延が起きたりします。その際にも落ち着いて会話をまわさなければなりません。面接担当者が動揺すると求職者もあせります。また、求職者はいきなり話しにくいので、場をほぐすための工夫も必要になるでしょう。やりとりがプレゼンっぽくならないようにしながら、リモートハラスメントにも注意しなければならない。求職者に突然、来訪者がやってくるかもしれません。巷(ちまた)のノウハウ集を参考にする手もありますが、練習を繰り返して問題点をつぶしていく方が実践的だと思います。

リファラル採用の効用

──リファラル採用も中小企業にとって有力な採用戦略のひとつだと主張されています。

常見 リファラル採用は、ここへ来てますます有効になっています。やらないのは損だと思います。とはいえ、ただ単に社員に「知り合いに声をかけてください」では大きな効果は期待できません。社内マーケティングの視点が必要だと思います。

──社内マーケティングとは?

常見 まず、社員の出身校やゼミ、サークル、アルバイト先などをリサーチし、想定される交友関係のなかから狙い撃ちをするのです。たとえば、地方によくある飲食店などの「名物アルバイト先」のバイト仲間にアプローチさせたら、優秀な人材をたくさん採用できたという例があります。あるいは、理系大学出身のエンジニアに「友達に会社をやめそうなエンジニアはいないか」などと声をかけてみるのも手でしょう。ゴキブリ理論ではありませんが、個人の周りには、その人に似た能力を持った人が何人かいるはずです。そうした人たちを掘り起こすのです。

──社内のコミュニケーションも活性化しそうですね。

常見 その通りです。各人の情報が透明化され、風通しが良くなります。ただ、ひとつ気を付けたいのは、あまりに親密な知り合いをひっぱってくると、話がこじれた際に面倒くさいことになるので、「ゼミやサークルで一緒だった」「ビジネス上ちょっと知っている」くらいの距離感の人がちょうどいいかもしれません。

──主婦や高齢者、障がい者、外国人などの活用も有力視されます。

常見 近年、ダイバーシティーが喧伝(けんでん)され、人権的な意味合いで議論されるケースが多いようです。もちろんそのこと自体は否定しませんが、経営者目線ではもう少しズルく考えるくらいでちょうどよいと思います。できる範囲で働いてもらえる状況をつくる。採用してから仕事を割り当てるより、さまざまな働き方を用意して、そこに人を当てはめていく方が今後の採用戦略として正しいのではないでしょうか。もっと言えば、「営業は男子」「エンジニアは理系」「大卒ハイスペックの人材が優秀」などという常識も疑ってかかった方がいい。そうすることで、いろんな分野から優秀な働き手を獲得できる可能性が大きくなります。

──工夫次第では中小企業でも人材戦略を成功に導けそうですね。

常見 ただし、ひとつ注意していただきたい点があります。
 コロナ禍による先行き不透明感は払しょくできていません。生き残りのためにはビジネスの再構築も必須です。だからこそ、経営者は、自社が「今後何で食っていくのか」などのビジョンをきちんと打ち出さないといけない。ビジョンがなければ、いくら細かな戦術を重ねても求職者をひきつけることはできないし、採用もうまくいかないでしょう。

(インタビュー・構成/本誌・高根文隆)

掲載:『戦略経営者』2021年8月号