箱根のクラシックホテルとして知られる、富士屋ホテル創業家の血を引く山口由美氏。創業者一族の家族が暮らしていた住まいを改装し、2019年に民泊施設としてよみがえらせた。コロナの逆風ものかは、非接触型の一軒家貸し切りの民泊として、引きも切らない人気の宿となっている。自ら命名し、実践しているという「リモートホスピタリティ」の取り組みを聞いた。

プロフィール
やまぐち・ゆみ●1962年神奈川県箱根町生まれ。慶応義塾大学法学部卒。海外旅行とホテルの業界誌紙のフリーランス記者を経て作家活動に入る。『アマン伝説 アジアンリゾート誕生秘話』(光文社)、『考える旅人 世界のホテルをめぐって』(産業編集センター)、『昭和の品格クラシックホテルの秘密』(新潮社)、『箱根富士屋ホテル物語』(小学館)ほか著書多数。自身による民泊運営体験をつづった『勝てる民泊』(新潮社)を2021年5月に上梓した。

──運営されている民泊施設の現状を教えてください。

山口由美 氏

山口由美 氏

山口 箱根・大平台に民泊施設「ヤマグチハウスアネックス」を開設し、2年がたちました。施設は箱根登山鉄道の大平台駅そばの、箱根駅伝の見せ場として有名な「大平台のヘアピンカーブ」の先にあります。
 コロナ前にはインバウンドがゲストの7割を占め、在住国は中国、シンガポール、ドイツなど10カ国以上にのぼっていました。現在、インバウンドはゼロになりましたが、在日外国人のゲストもやってきます。特に2軒目の民泊施設「ヴィラ大平荘」は伝統的な日本家屋ということもあり、3割が外国人客です。神奈川という土地柄から、在日米軍のゲストも時おり見かけます。
 2020年春以降、蒸発したインバウンド需要は、東京五輪が無観客開催となった今年も同じでしたが、8月の利用状況は想定を上回りました。今年は連泊される方も多く、5連泊した在日英国人の方もおられました。以前、富士屋ホテルに宿泊されたことがあるようで、創業者一族にゆかりのある施設という背景に興味を持たれたようです。
 私たちの運営する民泊は、家主が住んでいない「家主非居住型」の施設で、チェックインをタブレット端末で行うなど、スタッフとの接触機会がまったくありません。こうした特徴が現下のニーズに合致したのではと感じています。

──企業でワーケーションを導入する動きもありますが、宿泊目的の変化は感じますか。

山口 観光目的で宿泊される方が多いようです。もちろんWi-Fi環境が整備されているので、仕事をこなすこともできます。コロナ禍で印象に残っているのは、2週間滞在したいという問い合わせがあったこと。残念ながら成約しませんでしたが、時節柄、自主隔離が目的だったのかもしれません。

先回りして情報発信

──近刊『勝てる民泊』の中で、民泊施設で提供されているサービスを「リモートホスピタリティ」と名付けておられます。

山口 民泊新法の施行により、オーナーが物件に住んでいなくても、代行会社に依頼し民泊を運営できるようになりました。私たちの民泊施設もこの方式を採用しており、部屋の清掃からゲストへの要望対応まで、代行会社が窓口となっています。もっとも、運営を丸投げしているわけではなく、ラインに2種類のグループを立ち上げ、担当者と緊密に連絡を取りあっています。
 例えば、Airbnb(エアビー&ビー)のサイトから宿泊申し込みがあると「10/1~2、大人〇名、子ども〇名、計〇名の新規リクエストが来ました。予約を受け入れますか」といったメッセージが届きます。その際、ゲストのニーズに想像をめぐらせ、先回りして情報を発信したりします。例えば、ヤマグチハウスアネックスの庭でバーベキューを行う予定があれば、近隣スーパーマーケットの情報を伝えたり、あるいは災害時に道路が通行止めになりそうな場合には迂回(うかい)ルートを案内したりといった具合です。
 コロナ前のインバウンドブームにあやかり民泊に参入した人の中には、民泊を賃貸業の一種とみなすオーナーも少なくありませんでした。そうすると、部屋をただ貸しているだけという意識になってしまう。私は民泊を宿泊業ととらえていますから、ゲストにこまめに情報を発信するべきであると考えています。

──運営代行会社の担当者は、台湾に住んでいるそうですね。

山口 コロナ前、取材のため台湾に行く機会があり、「いま台湾にいます」と伝えたところ「台湾に来ましたか」との返信があったんです。台湾人の女性在宅ワーカーであることは知っていましたが、日本にいると思っていたので、台湾在住と知り驚きました。日本語と英語そして中国語を操る優秀な方ですが、ヤマグチハウスアネックスを訪れたことがありません。そのため、彼女とこまめにコンタクトを取り、施設周辺の最新情報を伝える必要があるのです。
 その際活用しているのが、箱根プロモーションフォーラムという組織の発信する情報です。私たちも入会していますが、箱根の観光施設や行政、交通機関が加盟する団体です。台風や大雨等の自然災害時、ソーシャルメディアで地元の情報がいち早く入手でき、非常に重宝しています。

フレンチシェフの派遣も

──リモートホスピタリティは、足元でどう進化していますか。

山口 コロナ禍で開始した試みのひとつに、シェフの派遣サービスがあります。民泊では食事を提供しないのが一般的です。しかし、大平台エリアには飲食店や商店は少なく、スーパーマーケットもありません。
 以前、カルチャースクールでホテルの講座を持っていたのですが、女性の生徒さんに民泊を敬遠する理由を尋ねたところ、料理したくないからと答える人が多かったんですね。そこで、シェフを施設に派遣してディナーを調理してもらえば心に響くのではと考えました。シェフには地元食材を用いたフレンチを提供してもらっていて、ゲストからのリクエストにも臨機応変に対応しています。
 問題は朝食で、シェフに依頼すると出張費が上乗せされてしまいます。思いついたのが、クーラーボックスに翌朝の朝食を収め、提供するというシステムです。こうしたゲストがより快適に過ごせるシステムづくりも、リモートホスピタリティといえます。

──家主非居住型の民泊では、運営代行会社選びがポイントになりそうです。

山口 民泊の運営代行に必要な「住宅宿泊管理業者登録番号」を取得しているのみの企業や、小規模ながら豊富な運営ノウハウを有している事業者など、実態はさまざまです。まだ歴史の浅い業界ですから、宿泊業を営む知人におすすめの代行業者を尋ねても情報を持っておらず、インターネットで検索し、問い合わせるしかありませんでした。
 切実な課題となったのが、施設の清掃をどうするか。箱根には数多くの宿泊施設があるものの、民泊の清掃を請け負ってくれる清掃会社は少ないのが実情です。というのも、マンションの部屋が一般的な都市型民泊と異なり、箱根エリアでは施設同士が離れているので、清掃会社にとってメリットが少ないのです。おのずと選択肢は限られました。
 さまざまな条件を勘案した結果、女性の在宅ワーカーを活用している東京の企業に依頼することになりました。地元の清掃会社と接点があり、私たちの施設の清掃を請け負ってもらえることに加え、決め手となったのは、問い合わせに対するレスポンスの速さ。施設の開設手続きに関する質問に対して、代表者自ら迅速に対応してもらえた点に好感を持ちました。

マイナス情報も詳らかに

──代行会社との役割分担はどうしていますか。

山口 運営を丸ごとお任せできる会社もありますが、エアビー&ビーなどのポータルサイトに掲載する施設の紹介文や写真、宿泊料金などは自分で設定したかった。第三者に依頼するより、自分ですべてを考えて決定する方が集客効果を測定しやすくなると考えたんです。そのため、文章や写真、価格決定は私たちが行い、代行会社は宿泊申し込みの受付やゲストへの対応、ゲストの書き込んだレビューへの返信などを担当しています。ちなみに、ポータルサイトのホスト欄に掲載されているのは、代行会社の代表の写真です。
 運営にある程度コミットしたいのか、それとも不動産賃貸業のように委任したいのか、考え方に基づいて適した会社を選ぶとよいと思います。

──集客の取り組みを具体的に教えてください。

山口 大半の予約申し込みは、OTA(Online Travel Agent)経由で受け付けています。なかでも民泊選びで圧倒的に高い知名度を持つのがエアビー&ビーで、宿のトップ画面に掲載する写真や文章にとても気をつかいます。例えば、季節ごとに風景写真を変更したり、新たなサービスを開始したら文言をただちに追加したり、こまめに更新しています。
 それと、ゲストにプラスにならない情報もあえて公開するようにしています。ヤマグチハウスアネックスの隣にお寺と墓地があり、当初は告知していませんでした。しかしおととし、夜中に音が聞こえて幽霊が現れたとサイトに書き込んだゲストがいたため、墓地が近くにある旨、記載しました。正体はイノシシだとわかっていたので、情報をオープンにして誤解を払拭(ふっしょく)するようにしたわけです。

──ヤマグチハウスアネックスのサイトも開設されました。

山口 民泊利用に慣れている人は、たいていエアビー&ビーを利用するので、自社サイトを閲覧してもらえるよう努力しています。部屋にオリジナルサイトのQRコードを置いたり、キャンセル受付時の返信メールにサイトURLを記載したりして、誘導するべく工夫しています。オリジナルサイトからの予約申し込みなら、OTAと異なり手数料が発生しませんから。

規模より質で勝負

──施設運営の方向性は?

山口 レベニューマネジメントと呼ばれる変動価格制を採用し、繁閑状況に応じた宿泊料金を設定しています。ただ、価格を引き下げてでも、部屋を満室にしようという発想は持っていません。リモートホスピタリティを通して付加価値を高め、リピート利用してもらえる施設づくりに取り組んでいきます。
 コロナは既存の民泊施設を二分しました。甚大な影響を受けたのは、量と価格で勝負してきた都市型の民泊です。この1年半で、そうした発想のもと運営していたオーナーは、撤退を余儀なくされたのではないでしょうか。私たちの施設では、あくまで質を売りにしてきましたから、インバウンドが蒸発した現在もゲストは途切れなくやってきます。

──宿泊、観光業の未来をどう占いますか。

山口 国内外を問わず業界全体の顕著な傾向として、ビジネストラベルの戻りがあまり芳しくないようです。コロナ禍において多くのビジネスパーソンは、リモート環境でも業務がまわることを知りました。特徴の薄いビジネスホテルが苦戦しているように、ビジネストラベルの市場規模は大幅な縮小が見込まれます。
 その一方、レジャートラベルの需要は、今後も衰えないと見ています。旅行しリフレッシュしたいという思いが根源的なニーズであることを、私たちはコロナをへて知りました。
 取材を通して最近実感するのは、小規模な宿泊施設ほど好調で、とりわけラグジュアリーな雰囲気の一軒家宿や民泊の人気が高まっていることです。スケールメリットを追求するのでなく、個性や付加価値を打ち出さないと、生き残っていくのはむずかしいでしょう。特色ある小規模な宿泊施設へシフトする動きは、今後ますます加速していくはずです。

(インタビュー・構成/本誌・小林淳一)

掲載:『戦略経営者』2021年10月号