労働生産性向上の手段や非接触トレンドへの対応としてロボットの活躍機会が増えている。DXの先に到来するRX(ロボティクストランスフォーメーション)の時代を見据え中小企業が意識すべきポイントとは──。ロボットビジネスの現在地を取材した。

プロフィール
いとう・でいびっど・たくじ●一橋大学大学院卒(MBA)。富士通、富士通インドでITシステムの国内/国際案件に従事。富士通総研、デロイトトーマツコンサルティングファームにてITアドバイザリーとして活躍。その後、経営補佐、ビジネスアドバイザリーに従事。現在は、日本唯一のロボットビジネスアドバイザリーとして、多くのロボット導入・開発プロジェクト案件を手掛ける。
ロボットビジネスの現在地

 日本経済が低迷している最大の原因は、ひとえに生産性の低さにある。統計を見れば一目瞭然で、OECD加盟国のランキングでは35カ国中21位。生産性が低いからデフレ傾向に進み、同じ商品であればより安い価格で販売することになり、これが結局企業の生産性を低下させるという負のスパイラルに陥っている。日本経済が国際競争力を回復するためには生産性を高くしなければならないが、その唯一といっていい方法が、デジタルトランスフォーメーション(DX)の先にあるロボティクストランスフォーメーション(RX)である。

 ロボットがかつてオートマトンと呼ばれていた時代は、自動化機器のことを意味していた。現代のロボットは、これにプラスして自律化という概念が欠かせない。つまりRXは、人間が1を指示すればロボットが10までの仕事を完遂できるようになる変革を指すのである。すべて人間が指示をだすのではなく、かなりの部分をロボットが自律的に判断することではじめて生産性が飛躍的に向上する。機械や装置だけでなく、より広い視野でRXをとらえることが必要であり、その際キーになる言葉が「ロボットビジネス」である。

 ロボットビジネスとは、①ユーザーが価値を感じるロボット②そのロボットの価値を最大限活かすもしくは増大させる付随サービス③すべてのステークホルダーに有益な仕組みを創造した上で、ユーザーに①と②を提供し続けることで③を長期間実施し続ける一連のプロセスのことである。つまりユーザーがかなえたいコトを、ロボットを通して提供することにほかならない。単にロボットを提供するだけではビジネスとは呼ばないのである。このとき重要なのは②「付随サービス」の意味することだが、何も難しく考える必要はない。

 例えばカスタマーサポートを充実させることもこの付随サービスにあたる。使い方の説明をユーチューブで公開する、ユーザーコミュニティーを開いて課題を出し合うといったサービスも十分付随サービスといえるだろう。

 実際の例で分かりやすいのは、掃除ロボット「ルンバ」をコントロールするアプリをスマホで配布しているアイロボットである。アプリが更新されるたびに機能が付加され、より使いやすくなっていく。製品を販売してそれで完結させるのではなく、その後も丹念に付随サービスを提供し続けてはじめてロボットビジネスといえるのである。

中国では無人倉庫が稼働開始

 世界におけるロボットビジネスの現状についてご紹介しよう。ロボット技術の最先端を行き、活用の規模でも世界で最も進んでいるのが米国だ。特にシリコンバレーなどでは、小型犬ほどのレストランが使う配達ロボットが町中で数百台もひっきりなしに動いている。店舗の中にも多くのロボットが活用されており、調理ロボットと配膳ロボットがすべてを行う完全無人化レストランも存在する。サンフランシスコの病院「Benioff Children’s Hospital」では、業務ドキュメントなどを運ぶ多数のロボットが朝と夕方に行きかう光景を毎日見ることができる。

 中国もものすごいスピードでロボティクス化が進んでいる。米国同様ほぼフルロボット化されたレストランが出始めているほか、警察や消防で多くのドローンが使われている。

 また世界中の注目を集めているのがEC大手「京東集団(JD.com)」が進めている物流のフルロボット化だ。今年の初めに公表した計画では、全土に自動化された倉庫「スマート配送センター」を設置し、配送に関する機械、配送車など、物流におけるあらゆる側面でロボット技術を使う。倉庫は無人化し、ピッキングや梱包などもすべて自動化。倉庫から配送センターまで荷物をドローンで飛ばし、そのためのドローン専用エアポートの設置もすすめるという。

 スマート農業ではオランダの状況を紹介したい。一部のビニルハウス内はフルオートメーション化されており、一般市民はそうした営農者、営農企業に勤務する人々はホワイトカラーであると認識している。

 こうした世界の現状と比較し、正直なところ日本は実証実験レベルにとどまるのが現状だ。原因は企業側というより政府の厳しい規制によるところが大きいだろう。とはいえ私有地の中など規制に縛られないエリアではロボットの活用が少しずつ広がりを見せ始めている。

 例えば外食系で使われる調理ロボットや配膳、下膳、掃除ロボット。調理ロボットでは、駅構内の立ち食いそば店を展開する「そばいち」が千葉県のJR海浜幕張駅と東京都の東小金井駅構内の店舗で調理ロボットを設置している。サイゼリアやラーメン幸楽、ブロンコビリー、すかいらーくグループなどの外食チェーンでは配膳ロボットが導入されている。

 なかなか目立たないが、かなり前から大手企業のビル内や大型の病院内の清掃に掃除ロボットが使われている。最近ではエレベーターと連携してビルの縦移動をするロボットが注目されている。実はロボットがエレベーターのボタンを押して目的の階に自由に行くのは意外に難しい。そこでエレベーター会社とロボット会社が共同でよりスムーズにボタンを押してロボットが移動できる仕組みづくりを進めているのだ。これが実現すればビル内でのロボットの移動効率が格段に向上する。

スマート農業分野で活躍

 スマート農業ロボットも各メーカーがしのぎを削っている。例えば米農家向けのカルガモロボット。これはカルガモを田んぼで泳がせ雑草の発生を抑制するカルガモ農法にヒントを得て、田んぼの中を泳ぎ回るロボットである。

 水の温度を調節するため田んぼは頻繁に水門を開閉するが、その開閉を管理するロボット、農地の回りの雑草を除去する草刈りロボット、ビニルハウス内の温度や湿度などのさまざまなデータを集めるデータ収集ロボットなどの利用も全国で始まっている。スマート農業といえば一時期各種センサーを使えば実現できるのではという意見もあったが、多くのセンサーをつけないと定点観測できないという弱点があった。ビニルハウスは日照の入り方などによって場所ごとに育成にばらつきが出るため、結局どのイチゴやトマトが収穫時期なのかは最終的に目視で確認しなければならなかった。ところがロボットを使えば、自動で見回って詳細なデータを収集することができる。

 AIで色を判断して収穫する収穫ロボットも注目だ。正確な色の判定は夜が適しているため、人間が寝ている間に収穫することになる。これは、昼夜交代で勤務するのと同じことになり、大きな生産性向上につながる。

人間と同様に協調型活用を

 自治体での導入も増えている。RobiZyと災害協定を結んだ千葉県睦沢町などでは、災害発生時にさまざまなロボットを使用する計画だ。災害発生後の初動はドローンで情報収集にあたり、救援物資を運ぶ配送ロボットも活用。避難所では、遠隔地から操作できるテレプレゼンスロボットが食事の給仕や物資の配布作業を手伝う。ロボットを使った防災訓練の取り組みも続々とスタートしている。

 介護の現場では、カメラとAIによる見守りロボットはレッドオーシャンとしてかなりの企業が参入しているが、介護ロボットの普及スピードはやや遅いと感じる。これは通路が狭い、段差があるなどロボットの活用が制限される施設が多いことが理由だろう。

 ここ2年くらいで大手建設会社が「建設RX」と称して業界全体でロボティクス化を推進する機運が高まっているのは明るい希望である。現在は自分たちの業務効率改善のため建設現場でのロボット活用を進めている段階だが、次のステージで最初からロボットを使うことを前提にした建物の建設を推進していく予定だ。この流れは当然中小の建設会社にも波及していくだろう。

 では中小企業はロボットビジネスに対しどのように向きあうべきなのだろうか。まず捨て去ってほしいのは、「他の会社が導入したからわれわれも入れる」「ロボット技術が高まってから入れよう」という考えである。

 IT技術は、終わりなき革新である。毎年毎年新しいものが出てくる。この流れを止めることはできない。いつ導入しても必ず次の年には少し古くなり、待っていること自体がリスクになる。つまり先に導入した企業のみが先行者利益を得ることになりかねない。生産性向上が唯一で最大の武器であることを肝に命じて欲しい。大手企業がフルオートメーションで一挙に業務拡大し、あらゆる関連ビジネスを獲得していったあとでは、もはや中小企業が参入する余地はない。これは負け戦である。

 もう1つは、ITのどんなシステムでも、初期段階のままの状態で使うことはないということである。ロボット自体をカスタマイズすることはもちろん、各業務それぞれで動くロボットをどのように協調的に活用するかのマネジメントが重要なポイントになってくるだろう。

 これはよく考えると人間と同じである。会社組織は最初経営者1人だが、そのうち経理、営業、IT技術者などその業務に合わせた能力を持った人を採用していくはず。これはロボットでも同じで、業務の生産性向上/改革のために適したロボットをその都度導入し、カスタマイズし、一方で業務もロボットに合わせて改革したり譲歩したりする必要がある。

 この2つを理解できればあとはコストの問題である。確かにロボットは高い。モーターだけでもかなり高価だ。ただロボットが担う業務を人間が行った場合にどのくらいの人件費が必要か、それが5年、10年続いたときの金額がどのくらいかを考えると、高いとはいえなくなる。

 この話をすると「従業員の働く場所がなくなる」との懸念が必ず寄せられるが、その心配は無用だろう。日本の場合は今後労働人口の減少が見込まれることから、人材不足が継続するからだ。例えロボットを導入しても、当該業務の人員を人手が足りず、かつ人間しかできない業務に配置転換すればよいのである。

(インタビュー・構成/本誌・植松啓介)

掲載:『戦略経営者』2021年11月号