日本経済低迷の最大の原因は高速道路の料金制度にあり──。
昨年12月に初の著書『地域格差の正体高速道路の定額化で日本の「動脈」に血を通わす』(近藤宙時氏との共著)を著したトヨタ自動車元副社長の栗岡完爾氏は、高速道路料金の定額制導入が国内観光産業の活性化と地域格差解消に大きく貢献すると語る。

プロフィール
くりおか・かんじ●1959年、慶應義塾大学経済学部を卒業し、トヨタ自動車工業(現トヨタ自動車)入社。生産管理や購買、営業など幅広い業務を経験したのち、1996年、トヨタ自動車代表取締役副社長。2004年、トヨタ自動車相談役。同年に名古屋商工会議所副会頭に就任し、地元経済界の代表として愛知万博を成功させ、後継事業である異業種交流会「メッセナゴヤ」を立ち上げた。

──本書ではまず、「もはや先進国ではない」日本経済の現実に触れられています。

栗岡完爾 氏

栗岡完爾 氏

栗岡 1995年から2019年までの24年間で、米国のGDPは2.8倍、中国は19倍に増加したのに対し、日本は横ばいにとどまっています(『戦略経営者』2022年3月号P47図表1参照)。このことを説明すると「中国は人口が多いからGDP全体も伸びた」という人もいますが、1人当たりGDPのデータを見ればその指摘はあたりません。OECD諸国の1人当たりGDPを名目ベース米ドル換算で比較すると、1993年にはトップだった日本が2019年には19位まで順位を大幅に下げているのです(『戦略経営者』2022年3月号P47図表2参照)。19年トップのルクセンブルクの11万2,900ドル、2位スイス8万5,300ドルの半分以下で、日本はもはや先進国とはいえない状況にあります。この間日本が成長できなかった原因はどこにあるのか。その大きなボトルネックになっているのが、日本の高速道路料金のあり方にあるというのが私の持論です。遠距離移動にコストがかかるため都市部に近い場所が有利になり地方との格差が生まれ、さらには国内観光業の成長が阻害されてしまっているのです。

──距離に連動して高速道路料金を支払う仕組みのことですね。

栗岡 ドイツと英国などでは高速道路を利用する乗用車は基本的に無料で、その他の国でも圧倒的に無料か定額制のところが多い。一方日本は利用した瞬間にターミナルチャージという名目で150円が徴収され、その後は走った分だけ1キロ当たり約25円の距離料金が加算されていきます。JR東日本の鉄道料金は1キロあたり16.2円なので、鉄道より約5割高いことになります。鉄道は一度乗ってしまえば目的地まで連れて行ってくれますが、高速道路は車両も燃料代も自己負担し自分で運転するのになぜ鉄道よりも料金が高いのでしょうか。日本のオーナードライバーの走行距離数の平均は両国に比べ半分以下ですが、高い高速料金が影響していることは間違いないと思います。

出口を増やせば渋滞が減る

──日本ではなぜ高速道路料金が距離制になったのでしょうか。

栗岡 田中角栄元首相が、自らが生まれ育った日本海側と太平洋側の経済格差を埋めるため、列島改造論をぶち上げて全国に高速道路網を整備したのはまったく正しかった。しかし確かにセメントとコンクリートで全国がつながれましたが、1キロ走るたびにあたかも関所を抜けていかなければならないような、世界でも例を見ない距離制の料金体系が採用されてしまいました。なぜそうなったのかという記録はありませんが、私は次のような理由があるのではないかと考えています。
 私が高校生のときに日本初の高速道路である名神高速道路が兵庫県の西宮ICから滋賀県の栗東IC間で開通し、日本国中がわきました。一方国鉄は当時の金額で30兆円を超える赤字を抱えていました。西宮─栗東間には並行して鉄道も走っています。これ以上国鉄からお客を奪ってはいけないという思惑が働いたのではないでしょうか。新幹線と道路の料金のバランスをまず考えてしまうのは島国の人間性ともいえるでしょうね。

──本書で定額800円乗り放題を提唱されています。この金額の根拠は?

栗岡 NEXCO東日本、中日本、西日本の3社の料金収入、通行料、1台当たりの通行料をまとめたのが図表3(『戦略経営者』2022年3月号P48)です。この総台数には軽自動車もトラックもバスですべて含まれた数字ですが、平均して800円程度にしかすぎません。つまり同じNEXCO管内で入場料800円を徴収して乗り放題にしてもNEXCO各社の料金収入は変わらず、むしろ利用者が増えれば収入は増加するのです。この通行料のなかには、150円のターミナルチャージも含まれているほか、借入金償還の元金と利息分が7割近く含まれています。働き盛りの年代のほとんどが利用することのない2066年という遠い将来の無料化の目標を撤回し、空港や港湾のような公共財と同様永久有料に切り替えれば、定額制料金は約400円まで下げられることが試算で明らかになっています。

──乗り放題が実現すれば渋滞が深刻化するのでは?

栗岡 高速道路が渋滞する一番の理由は、出口が少ないことにあります。少ない出口に多くの自動車が集中するためスピードの減速が起き、それを避けるために追い越し車線も混雑してスピードが落ちて渋滞が発生するのです。出口が少ないのはコストのかかる料金所をたくさんつくることはできないからで、入り口で料金を徴収するだけでよい定額制にすれば、費用をあまりかけずに出口を増設することが可能になります。例えば約2~3キロごとに1カ所出口があり、昨年まで定額制料金だった名古屋高速道路は、1日の1キロ当たり通行量は4,200台で、首都高の3,100台、阪神高速道路の2,700台に比べ平均速度が高く渋滞発生が少ないことが明らかになっています。私に言わせれば走行方向を90度変えなければならないところが数カ所もある首都高は、とても高速道路とはいえません。そのような道路を基準にして高速道路政策を決めるのは間違っていると思います。

国内宿泊数は独英の半分

──定額制高速道路料金は観光産業への起爆剤になるとも主張されています。

栗岡 私はもっと観光の果たす役割の大きさを認識すべきだと思います。日本人は海外旅行を含め観光地へ行くのを、単なる気分転換の一つと考えている人が多い気がします。しかし私は観光が遊びだと思ったら大きな間違いだと思います。歴史遺産を見に行くなら時代を超えて、水平移動するなら生活習慣、産業などあらゆるものを超えて、観光はカルチャーの交流が実現する素晴らしいものです。この素晴らしい行為を日本人は十分にエンジョイできていないのではないでしょうか。日本国内の観光業におけるインバウンドが占める割合は約1割にしかすぎず、8割以上は国内間の旅行なわけで、ここの活性化を図ることで経済のテコ入れを目指すべきだと思います。1割のインバウンドを2倍に増やすよりも、8割の国内需要を1割増やすほうが経済全体に与える影響ははるかに大きいですからね。そういった意味ではGotoキャンペーンの目の付け所はよかったと思いますが、いかんせんフローに補助金をつけて使途に制限を設けてしまったのがよくなかった。補助金によって需要は一時的に増えるかもしれませんが、やめたときにガクンと落ちるのは分かり切ったこと。Gotoキャンペーンの約1.7兆円という予算は都道府県で均等に割っても1県当たり362億円になります。観光客を継続的に呼べる施設づくりに使ったほうがよかったのではないでしょうか。

──国内旅行の伸びしろについてどのように認識していますか。

栗岡 日本と経済規模が似ているドイツ、英国と比べてみると、日本人がいかに国内旅行をしていないかが分かります(『戦略経営者』2022年3月号P49図表4参照)。3カ国の自国民が行う国内旅行における宿泊日数を人口比で指数化してみると、日本を100とした場合にドイツ191、英国243という結果になりました。日本人は両国の半分以下しか国内旅行をしていないのです。国内旅行の消費額もこれに比例しており、ドイツと英国がともに40万円台なのに対し日本はわずか16.2万円と3分の1の水準です。一方「お金があったら何をしたいか、何を買いたいか」と尋ねるアンケート調査では、たいてい1番に旅行が挙がります。日本人は旅行に行きたいと思っているにもかかわらずドイツや英国ほど旅行に行けていない。そのボトルネックの最大の要因が高速道路の料金体系にあると考えています。また日本の観光の最大の魅力は温泉にありますが、有名な温泉地は鉄道からのアクセスがあまりよくないところが多い。高速道路の使い勝手を良くすれば、温泉とその周辺の観光地を自由に動くことができるので、大きな経済効果が見込めると思います。

ドライバーの労働環境改善も

──観光だけでなく物流に対するインパクトもありますね。

栗岡 東京や大阪などへの一極集中が止まらないのは、地方から都市部への物流コストがかかりすぎ、企業が都市部へ集積せざるを得ないからです。国交省の調査によれば、トラックが県境を越える割合は全体の12%にしかすぎず、中部圏から関西圏、中部圏から関東圏など圏域を超えた物流に至ってはわずか1%だといいます。江戸時代の幕藩体制でももっと交流が盛んだったのではないでしょうか。理由は簡単で、遠距離輸送にコストがかかりすぎるから。現状遠距離輸送で利益を出せるのは高価な精密機器を運ぶ場合などに限られますが、定額制を導入すれば全国で輸送コストが平準化されるため、さまざまな業界の制約が解消されることになり、地方活性化に大きく貢献すると思います。またトラック運転手は経費削減のため「下道」を長時間走ったり、割引になる深夜帯を走行したりする過酷な状況にありますが、24時間定額制にすればわざわざそんなことをする必要はなくなり、労働環境の改善も期待できます。

──高速道路の料金制度についてはかつて実証実験が行われました。

栗岡 2009年、「土日、ETCを搭載した乗用車に限る」という条件付きで、上限1,000円で乗り放題となる実証実験が行われたことがあります。その結果、同年度の高速道路通行量は20%増加し、国交省は旅行消費額の押し上げ効果を8,500億円と公表しました。国は公表していませんが、当時ETC搭載車はまだかなり少なかったはずで、しかも土日に限定しただけでこの数字ですから、365日24時間定額にすれば、極めて大きな効果が見込まれると思います。高速道路会社の1,500億円の減収につながったのに加え、渋滞がひどくなりトラック業界やバス業界などから反発の声があがったことから制度として定着するには到りませんでしたが、それは導入しない理由にはなっていないと思います。

──どうしてでしょうか。

栗岡 まず渋滞がひどくなったのは、土日に限定したからでしょう。一般市民は土日が必ず休みという人ばかりではありません。小売業サービス業、工場勤務の人は交代で平日に休むので、24時間365日実施すれば通行量は分散されるはずです。また高速道路会社の1,500億円の減収についても同様で、制限を撤廃してより多くの車両が利用すればそれだけ増収につながります。そもそも経済効果は8,000億円を上回るわけですから、国民全体へのメリットを考えたときにはどちらがよいかは明らかだと思います。いずれにしろこの欠陥だらけの政策でも、上限1,000円で多くの人が利用したという確固たる事実は残っています。

──高速道路にはまだまだ大きな可能性があるということですね。

栗岡 道路を消費財扱いしてはいけません。消費財としてとらえているから、使った分だけ走った分だけいくらという発想が出てくるのです。そうではなくて、道路は生産財としていかに活用するかという観点を持つべきだと思います。工場でいえば渋滞が少ない名古屋高速道路は稼働率が高く、生産性が高いということです。全自動車交通に対する高速道路分担率を、現在欧米の半分程度しかない16%から30%まで高めれば、年間400万キロリットルのガソリンを節約できるという試算もあります。国内での交流を活発化させ、地域間格差の解消を目指すためには、高速道路のより効率的な活用が避けられないと思います。

(インタビュー・構成/本誌・植松啓介)

掲載:『戦略経営者』2022年3月号