1月1日から改正電子帳簿保存法が施行され、電子取引データの電子保存が義務付けられた。2年間の宥恕措置はあるとはいえ、来るべきインボイス制度も考慮すれば情報の電子化はなるべく早く進めておきたい。対応策をTKC会計人の林裕昭税理士に聞いた。

プロフィール
はやし・ひろあき●林会計事務所所長税理士。1970年生まれ。1993年、株式会社TKC入社、会計事務所向けシステムの開発に従事する。会計事務所勤務を経て、2004年に税理士登録。同年林会計事務所開設、所長に就任。
急務!電子取引データの電子保存

 まず①電子帳簿等保存と②スキャナ保存③電子取引の違いをしっかりと区分して理解することが大切です。この3つは非常に混同しやすいので注意してください。これら3つを正確に認識するうえでの大前提は、電子帳簿等保存とスキャナ保存は法的に任意ですが、電子取引は義務であるということ。この違いを最初にしっかり把握しておきましょう。

 電子帳簿等保存は、TKCの自計化システムを利用しているのであれば、とくに経営者が意識する必要はありません。そこでスキャナ保存と電子取引の違いが問題になるわけですが、両方とも最終的に電子媒体で保存することは同じです。もともと手元に来た媒体が紙で、その受領した紙の請求書や領収書等をスキャナで読み込み、電子データで保存するのがスキャナ保存、メールやPDFなどでもともと電子的に受領したものを電子データで保存するのが電子取引です。

 例えば取引先10社から送られてきた請求書が手元にあるとします。そのうち9社が紙での郵送、1社が電子メールにPDFが添付されて送られてきたとします。昨年まではこの1社についてPDFを印刷して他の9社の9枚の請求書を合わせ、10枚をまとめて束にしてバインダーで保存することが可能でした(10枚すべてスキャナで読み込み保存することもできました)。しかし本年からは紙の請求書9社は今まで通りバインダーで、メール送信されたPDFは電子取引としてフォルダやシステム内に保存しなければならなくなったのです。このことは社内で紙と電子データで別々の業務フローが発生することを意味します。まずはここをしっかりと理解し、電子取引で受領したデータを一度書面に出力してスキャナで保存したりしてはいけない、ということを理解してください。

電子インボイスへの対応も必要

 中小企業で電子取引データがどれくらいの割合で存在するかは、経営者の年齢層や業種によってかなり違うという実感を抱いています。キャッシュレス決済に慣れている世代の経営者であれば、この割合はかなり高くなります。ありとあらゆるものがネットで購入できますし、求人広告なども基本的に電子的なやりとりで完結するからです。

 しかしインターネットで購入したことがないという高齢の経営者は交通費なども窓口で購入する可能性が高く、場合によっては電子取引がほぼゼロに近いということもあるでしょう。そのような経営者は、極端に少ない電子取引の保存が義務づけられた結果、電子取引をやめて紙に戻すという選択肢をとることもあるかもしれません。しかし後述するように、今後、紙も含めたすべての取引データを電子保存することが中小企業にも求められてくると思います。

 この制度はすでに今年の1月1日からはじまっていますが、2年間の練習期間/準備期間として「宥恕」措置が設けられています。令和6年1月には確実に運用できるよう準備を進める必要がありますが、2023年10月にはインボイス制度がスタートすることに注意してください。同時に大手企業が「電子インボイス」を発行する可能性があるからです。

 インボイス制度は世界的に普及している制度なので、大企業は続々とこの制度を導入するかもしれません。工場や飲食店など仕入れや販売先に大手企業がある会社は、取引先から電子インボイスを指定されることも考慮に入れる必要があるでしょう。そうなれば「うちは関係ないよ」というスタンスは通用しなくなると思います。電子インボイスは当然電子取引に該当するので、宥恕規定の期間が終わるより前の令和5年10月には、電子取引データの電子保存へ対応できる準備を進めておくべきです。

 このようなスケジュールを考慮に入れると、今年、企業は会計事務所とより一層連携を密にし、両制度への準備を進めておくべきでしょう。この2年間を今まで通りの延長ととらえ「何も対策をしないでいい」と考えてしまった会社と、しっかり準備をして対策を行った会社では、今後の税務調査への対応で違いが出てくる可能性があります。

メール本文もフォルダに保存

 では実際に電子取引の具体的な内容を見ていきましょう。「うちは請求書はすべて紙でもらっているから関係ないよ」という経営者もいるかもしれません。確かに業種によっては電子取引が数えるほどしかないところもあるでしょう。しかし社内の取引の実態をよく見てみれば、全くのゼロという会社は少ないと思います。

 アマゾンや楽天、モノタロウなどのインターネットサイトで買い物をしたものは電子取引に該当しますし、ペイペイやラインペイ等の電子マネーで決済した場合も電子取引にあたります。出張で飛行機や新幹線のeチケットを購入した場合も忘れてはいけません。

 またチェック時に漏れやすいのが、複合機を利用してペーパーレスでファクスを受け取っている場合。先方は紙で送っても、受け取る側で紙に出力していなければ電子取引になります。

 電子取引データは、PDF等のファイル形式だけではないことにも注意が必要です。例えば電子メールの本文に金額等が記載されている場合は、メール本文自体が電子取引データになります。この場合は、メール自体の保存をOutlookなどのメーラーで保存しておくだけではダメで、別の電子取引保存用のフォルダ等に保存しなければなりません。

 受領してから保存するまでの期間は2カ月経過後のおおむね7日までに保存ということになっています。22年1月1日に電子データを受領した場合は3月第1週目までに保存しなければなりません。また保存期間は最長で10年。その間データを壊してしまったり紛失してしまったりしてはいけないので、データの定期的なバックアップやハードディスクの寿命を見越した定期的なPC機器の買い替えが必要になります。

 無料のクラウドサービスを利用して保存することを検討する会社もあると思いますが、無料クラウドサービスが10年後に現在と同様のサービスを展開している保証はまったくありません。便利さはもちろんですが、安全安心に保管できるクラウドサービスを選択したほうが良いでしょう。

スキャナ保存の積極活用を

 保存への対応策としては①専用ソフトウエアを利用する②一定のルールを定め任意のフォルダに保存するという2つの方法があります。まずは後者から解説します。

 ルールで対応する場合には、訂正削除の防止に関する事務処理規程を策定して備え付けなければなりません。国税庁のホームページにサンプルとして「電子取引データの訂正及び削除の防止に関する事務処理規程」が掲載されていますのでこちらを活用いただければと思います。実際の運用については次の2つの方法が例示されています。

 1つは取引データを保存するファイル名に取引等の「取引年月日」、「金額」「取引先名」の3項目を入れ、検索を可能とする方法です。例えばファイル名一つ一つを「20220301株式会社国税商事11万円」などとリネームして保存し、取引の相手先や各月別に任意のフォルダに格納して保存しておきます。

 もう1つは「索引簿」の作成です。保存したファイル名をエクセル等の表で管理し、「取引先名」「金額」「取引年月日」で検索を可能とする方法です。これら2つの方法のメリットは、コストがかからないということです。

 しかしこれらの方法では1請求書ごと1電子取引ごとに処理しなければならないので、担当者本人の性格やITスキルに依存してしまうことが懸念されます。担当者のマンパワーに依存したまま電子取引データの電子保存の業務を継続するのは非常に難しいのではないでしょうか。人間のすることなのでケアレスミスやヒューマンエラーは必ず発生します。保存したと思い込んでいても実際に保存できなかった場合など、誰が管理責任を負うのかというのは中小企業では非常に問題になると思います。「うちは規模が小さいから」と手作業で対応を続けるのは大きなリスクになるでしょう。

 ルールでの対応について懸念される問題を解決する方法として、①の専用ソフトの導入があります。例えばTKCのFXシリーズでは証憑保存機能が標準搭載されているので、メールで受け取った請求書等のPDFファイルなどを読み込めば、要件を満たした電子取引データとして保存できます。電子取引データの保存に加え、スキャナ保存にも対応済みなので、先の請求書10社の例で言えば、紙の郵送と電子メールで送られてきた10枚の書類すべてを自計化システムの標準機能で電子保存することができます。

DXの3つのステップ

 ここまで電子取引を中心に説明してきました。もちろん電子取引も大切ですが、TKCのFXシリーズすべてに証憑保存機能が標準搭載されたということが非常に重要です。今回の改正でスキャナ保存の要件も大幅に改善されています。とりわけ「承認制度」が廃止されたことで利用のハードルがぐっと下がりました。スキャナ保存制度を利用する際にはこれまで、保存開始の3カ月前までに所轄税務署長へ承認申請書を提出し、承認を受けなければなりませんでしたが、1月からはそうした一連の手続きが不要になったのです。このほかタイムスタンプ要件の緩和や相互けん制、定期的な検査および再発防止策の社内規程整備等を必要とした「適正事務処理要件」が廃止となっています。電子も紙もすべての証憑を電子的に保存することが負担なく実行できる環境が整備されつつあります。

 ちなみにDXには3つのステップがあります。

 まずは情報をデジタル化して保存するステップ。たとえば、電子取引データの保存やスキャナ保存への対応、フィンテック機能の活用、レジからのデータ受信、電子インボイスへの対応などがこのフェーズです。

 次に、そのデジタル化した情報を業務プロセスにあわせて一気通貫にするステップ。第1ステップで得たデータをシステムを活用しながら自動的に仕訳計上したり、支払管理機能やインターネットバンキングの活用もここに当たります。

 そして、これらデジタルデータを「経営戦略レベル」に昇華させ自社を「変革」していくステップへと進みます。ここに至ってはじめてDXが完結します。

 インプットのデータは細かければ細かいほど経営に役立つ情報は増えます。しかし細かい入力を人がやるのはかなりの手間と労力が必要です。ステップ1とステップ2をコンピュータにやらせることによって、ステップ3の経営戦略レベルのシステム活用を実現することができるのです。

飲食店で大幅な効率化実現

「法律が改正されたので電子保存に対応しなければならない」という消極的な理由で専用ソフトウエアを使うのは非常にもったいないと思います。先にも述べたようにTKCのFXシリーズでは電子も紙もすべての証憑を証憑保存機能で電子的に保存することができます。さらに仕訳の自動計上機能を活用すれば、紙の領収書や請求書、電子データの領収書や請求書を電子保存すると同時に仕訳計上ができるので、経理業務の大幅な効率化を実現することができます。

 当事務所の場合は、レシートや請求書が多い飲食店を経営している企業から「証憑保存機能で業務が非常に効率化した」という声をいただいています。ただでさえ取引が多い飲食店ですが、加えて軽減税率の8%と10%が混在しているので非常に処理が煩雑です。こうした紙の証憑もスキャナで読み込めば自動で8%と10%に分けて仕訳を起こしてくれるので、これを使わない手はありません。

 たとえ電子取引がない企業でも、紙の書類を電子保存することには、ペーパーレス化という側面から大きなメリットがあります。FXシリーズに搭載されている証憑保存機能では、取引にはあたらない契約書や借入金返済予定表なども保存でき、書類の保管コストを削減することができるからです。これを機に紙も電子データもすべて電子保存する体制を準備されることをおすすめします。

(インタビュー・構成/本誌・植松啓介)

掲載:『戦略経営者』2022年3月号