部下とオンライン上でコミュニケーションをとる機会が増えるなか、注目されているのが「傾聴力」だ。経営者には、どのような聴くスキルが求められるのか。専門家へのインタビューを通してひも解いてみる。

プロフィール
あんざい・ゆうき●東京大学大学院情報学環特任助教。1985年生まれ。東京大学工学部卒、東京大学大学院学際情報学府博士課程修了。博士(学際情報学)。人と組織の創造性を高めるファシリテーションの方法論について探求している。ウェブメディア『CULTIBASE』編集長。『問いかけの作法』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)『問いのデザイン』(共著・学芸出版社)などの著書がある。
リーダーのための“傾聴力”

「チームミーティングが盛り上がらない」「会議中に意見がなかなか出てこない」……こうした悩みを経営者からよく聞くようになりました。とりわけさまざまな問題が露呈しているのがオンライン会議です。会議中はパソコンのカメラ機能をオフにし、ミュートにすると決めている会社では、お通夜のような雰囲気になっているケースもあるようです。

 オンライン会議では、表情をはじめ参加者の状況をつかみづらいため、「仕事をさぼっているのではないか」とか「あいつはやる気がないのでは」などと、お互いが邪推しがちです。マネジャー層はネガティブな思い込みをもとに指導し、部下は意見をますます言いづらくなってしまうという悪循環が、多くの職場で発生していると感じます。

 ただ立ちどまって考えると、会議が盛り上がらないという問題は、コロナ前からありました。オフラインならお互いの顔が見えていたからこそ、意見がそれほど活発に交わされなくても、なんとなく合意形成できていた。もともと存在していた会議にまつわる問題点が、オンライン会議の普及にともない一挙に顕在化したのです。

価値観まで掘り下げる

 そもそも発言内容や表情といった事柄は、その人の本質の一部にすぎません。重要なのは発言の背後にある「価値観」や「観点」であり、氷山に例えるなら水面の下に隠れている部分にあたります。したがって、会議で出席者とコミュニケーションを取る際には、氷山の“水位”をいかに引き下げ、価値観などを可視化できるかがカギになります。もっとも、オンライン会議は得られる情報量が少ないため、水位は非常に高い状態にあるといえます。

 オンライン会議時に水位を下げる方法として試してもらいたいのが、会議の冒頭で出席者全員に数分間発言する機会を与えることです。内容は会議テーマに沿った話や最近あったしんどかった出来事、面白かった本などでもかまいません。私たちはこれを「チェックイン」と呼んでいますが、会議を活性化させるウオーミングアップとして有効です。

 また、発言内容のみで人となりをただちに判断するのでなく、先に述べた氷山のイラストを思い浮かべながら、発言にいたった背景を確認することが大切です。ただ、ソーシャルメディアでは、これとは真逆の現象が定着してしまっています。

 例えば、昨年開催された東京五輪・パラリンピックをめぐっては、日本国内の世論が開催賛成派と反対派に二分されました。本来焦点を当てるべきは「出場選手の努力の成果が発揮されるべき」とか「新型コロナウイルス感染症対策を優先するべき」といった、双方の価値観です。しかし、実際に発生していたのは、投稿内容という表層だけを根拠にした、ののしり合いに近い状況でした。

価値基準が手がかり

 発言を掘り下げ、価値観までたどり着くには、傾聴力と問いかけのスキルが求められます。もちろん、相手の話を聴く姿勢やリアクションといった技術も大事ですが、未知の話題に対してマインドが開かれているか、好奇心とともに聴けているかを自らに問うべきです。近年、職場の心理的安全性の確保が叫ばれるようになりました。しかし、マネジメントがうまくいかない原因を心理的安全性の欠如に求め、1on1ミーティングなどで部下に「何でもいいから話して」とただ伝えるだけでは、氷山の水位を下げられません。

 そもそも人はなぜ話を聴くかというと、相手のことがわからないからです。先の五輪開催をめぐる議論でいえば、開催に賛成あるいは反対しているのはどんな理由かわからないから、話をもっと聴こうとなるはず。自分の考えと異なる意見を許容しないという閉ざされたマインドでは、価値観まで掘り下げられず、議論は深まらないでしょう。

 誰かと会話する際、特に耳を傾けたいのが、物事の評価に関する発言です。

 「このウェブサイトはきれい」
 「あの政治家のスピーチは不誠実だった」

 日常会話で耳にするこのような発言には、価値観を探るヒントが詰まっています。なぜなら物事を評価する背後には、その人なりの価値基準が潜んでいるからです。物事の善しあしや、美しいか醜いか、正しいか間違っているかといった発言は、最高の情報源といえます。相手の意見にやみくもに同調するのでなく、どの点をきれいに感じたのか、スピーチのどの箇所が不誠実に思ったのか深掘りすれば、観点や価値観を浮き彫りにできます。

 相手の発言に耳を傾けた後は、問いかけを発することになります。問いかけとは、相手に質問を投げかけ、反応を促進することをいいます。問いかけの基本定石として強調したいのが「相手の個性を引き出し、こだわりを尊重すること」。一例を挙げると、期待していた内容と異なる企画書を部下が提出してきたとします。

 人は想定外の意見やパフォーマンスに接すると、反射的に正そうとするため、「言ったとおりになぜやらないの?」などと問い詰めてしまいがちです。仮にそうした企画書を提出した部下にそれなりの意図があったとしても、至らなさに焦点を当てる問いかけを発してしまえば、部下は謝罪するしかありません。

経営理念を再定義する

 人の個性やこだわりは、水面の奥深いところに沈んでいるものです。この例でいえば、作成した企画書で特に大切にしたかった点などを質問すれば、部下は何らかの意図を打ち明けたかもしれません。頭ごなしに問い詰めるだけでは、部下は指示された事柄しか行わなくなり、物事にチャレンジする気概を失い、組織が活力を失う要因となります。たとえ指示していた内容とずれていると感じても、まずは部下の話を最後まで聴くべきです。

 物事を評価する発言に加えて、会話で頻繁に使用されるものの、明確に定義されていない言葉に気を配るのも大事です。

 職場内の会話では、繰り返し登場する専門用語や固有名詞、独特の言い回しがあるものです。着目するべきは、これらのワードがどのような定義で使用されているか。未定義の頻出ワードのひとつに、経営理念があります。

 例えば「健康的な美を追求する」という理念を掲げている化粧品メーカーなら、健康的で美しいとはどのような状態を指すのか、社員によってとらえ方は異なるはずです。社内で飛び交っている言葉の意味するところを議論して定義しなおすのも、お互いを深く理解するきっかけになります。

 ちなみに、私が代表を務めるMIMIGURIでは「創造性の土壌を耕す」という、抽象的でわかりづらい経営理念をあえて掲げています。この言葉は社内に浸透しているため、社員の会話に耳を傾けると「耕す」というワードが頻繁に使用されていることがわかります。

 しかし、共通言語はチームの結束力を高めますが、誤って解釈されたり、金科玉条のようにとらえられたりするおそれもあります。その打ち手として当社で実施しているのが、全社ミーティング時に開催しているワークショップです。以前は対面形式でおこなっていましたが、コロナを機にオンライン形式に移行しました。

 ワークショップでは、四半期をひとつのスパンととらえ、1カ月目はメンバー同士が「個人」の目標やこだわりについて発表し、共有します。2カ月目は、主語を「チーム」に変更し、チームとして取り組んだプロジェクトとその成果を討議。そして3カ月目で「組織」を主語にして、四半期の業務を振りかえりつつ、創造性の土壌をいかに耕すことができたかを語り合います。このイベントは社員が経営理念を自分事として認識するための重要な契機になっています。

 部下と対話する際は、先にふれた氷山を頭に思い浮かべながら、水位を下げることをまずは心がけてください。

(インタビュー・構成/本誌・小林淳一)

掲載:『戦略経営者』2022年6月号