低価格競争に巻き込まれることなく生産性向上が求められる中小企業において、ブランディングの重要性がますます高まっている。既存業務をこなしつつ自社ブランド化も積極的に進める企業などを取材した。

プロフィール
せきの・よしき●London International School of Acting卒。卒業後はイマジネコミュニカツオネに入社し、サムソナイトなど多くのコマーシャル、映画製作を手がける。その後、投資部門出向、アジア統括マネージャーなどを歴任。経営において企業ブランディングの必要性を痛感し、株式会社イマジナを設立。アウター・インナーを結びつけたブランドコンサルティングで2,700社以上の実績を挙げている。
ブランドのつくり方

 中小企業は、ヒト、モノ、カネに使える経営資源にどうしても限りがある。ではどうすれば顧客に選ばれるようになれるだろうか。これまでは低価格の追求と柔軟な対応という2つの方法が評価の軸となることが多かった。しかし今後はそれだけでは生き残っていけない可能性が高い。ブランディングをしっかりと行い、付加価値づくりに励む必要があるのである。そのためには、なぜ自分たちが社会に存在しなくてはいけないのか、自分たちは何を強みとし、何を期待されているのか、自分たちらしさとは何かといったことを社員も理解し、それを外部にしっかり伝えることが重要である。

 ブランディングはインナーブランディングとアウターブランディングの2つに分けて考えることができる。インナーブランディングは社内における取り組みのことで、企業の想いを社員に理解・共感してもらい、社員一人ひとりがブランドの体現者となるように促すことを指す。アウターブランディングはPRやプロモーションなど社外の人にいかに魅力を感じてもらうかという取り組みである。この2つをうまく連動させることで企業の価値を最大化させるような体制をとることが重要である。

 外に発信するアウターブランディングも大切だが、より重要なのが、自社が社会で何を成し遂げていくのかという未来へのロードマップをしっかり描くインナーブランディングだ。ここが強い企業は経営の本質を心得ているので、コロナ禍でもダメージを最小限に食い止め、景気に左右されにくい体制を作ることができる。

未来の姿を可視化する

 AI導入や機械化の加速で、比較的安泰と見なされている業界でも、今後は大きな事業環境の変化に見舞われる可能性がある。そうした不透明な時代に、これまで築き上げてきたネットワークや目に見えない無形資産をどのように生かし、何ができるのかをまず社内向けに発信していくことが重要である。「ミッション」「ビジョン」「バリュー」「パーパス」をしっかり再構築して、企業が未来にあるべき姿を明確にし、その姿が共感してもらえるものになっているかどうかを見直す必要がある。

 ポイントは、未来のあるべき姿に多くの人が共感し、その企業と将来関わりを持ちたいと思ってもらえるようなものにすること。特に現在は先行きに明るさを感じることが難しく、ネガティブなニュースばかりが耳に入る。コロナによる経済活動の停滞がいつになったら終わるのかも先が見通せない。そうした不安ばかリの社会で最も重要なのは未来のビジョンである。

 当社がブランディングの支援を行うにあたり、「ビジョンマップ」をつくることがある。これは全社員を対象にしたヒアリングを行い、「自社ではこんなことができる」「こんな可能性がある」といったことを聞き出してそれらを外に発信するワークショップである。10年後などの未来の姿について出してもらった意見を1枚のイラストや絵に落とし込んで可視化していく。これまでの事業内の取り組みや社会提供価値、過去と現在から見通す未来の社会提供価値などのヒアリング(『戦略経営者』2022年9月号 P12図表参照)をしっかりと行い、会社のビジョンを導きだすのである。それを一目で確認できるマップにまとめ全社員で共有し、自分達の可能性を再認識させビジョンを実現するための行動を促す事ができるのである。

 ブランド戦略も重要である。マーケットの中でどのようなポジションを取っていくのか、どのようなブランドにしていきたいのかを決める。そのためには市場分析や競合分析が不可欠となる。分析や戦略が固まってはじめてブランド名やブランドカラーを決めることができるからだ。しかし企業経営や戦略のノウハウがない企業がクリエイティブという観点だけで社名変更やロゴ変更などに携わると、一過性のプロジェクトで終わってしまう可能性がある。

 米国国旗のデザインが高い象徴性を獲得しているのは、国民に対し建国の理念や愛国心についての教育がきちんとなされているからである。企業ロゴやブランドロゴも同様で、数年でコロコロ変えるものではない。クリエイティブはもちろん大切だが、それ以上にストーリー性と社内教育の徹底が重要なのである。これらが充実してはじめてブランドに価値が生まれる。ブランディングをする際にこの教育の部分を忘れ、アートやデザインだけに注目してしまうと失敗するケースが出てくるのである。従って一口にブランディングといっても、社内教育も含む5年、10年という長期間にわたる取り組みを覚悟すべきである。

「守り」と「攻め」の戦略

 かつて4大マスメディアと呼ばれていた新聞、テレビ、ラジオ、雑誌すべてのマーケットをインターネットが上回っている現代。アウターブランディングはデジタルにおけるブランド戦略も必要不可欠だ。このブランド戦略には守りと攻めの両面があり、守りではネット上の口コミやレビューにも重点を置くべきである。よく転職サイトで悪い評判を書き込む人がいる。どの会社にも至らない面はあるだろうが、良い面もある。しかしそうした心ない人は、決してその会社の良い部分については語らない。こうしたフェアではない書き込みに対して既存の社員が影響を受けるおそれもあるので、しかるべき対応はとったほうがよいだろう。これが守りの部分で、いわゆるブランドプロテクションと呼ばれる。

 攻めの部分は、自社の魅力を対外的に発信することで、インターネットでの検索結果や自社サイトでの想いの伝え方をよりよくしていく努力である。会社や製品・サービスの価値を感じてもらったり、共感してもらえたりできるかがポイントだ。最もリソースをさくべきはグーグル対策で、具体的にはウェブやネットでの知名度の可視化である。ビッグデータの活用により、どれだけの人が社名を検索しているのか、商品名を探しているのか、興味を持っているかなどを可視化する精度が以前より圧倒的に高くなった。

 この可視化の作業と並行し、社内では理念の浸透度を図る調査を定期的に行いたい。調査をもとに改善点を検討し、社内講習の実施などを検討する。必要に応じてアンバサダーの育成や管理職トレーニングを実施することもあるだろう。やはり経営幹部をはじめ上級職がしっかりと理念を理解し、さらにそれを他者に正確に説明ができるほどまでに落とし込みをしていないと行動がブレてしまうからである。

 ちなみにブランドデザイン、消費者調査、採用などを別々の会社に外注して進めるケースがあるがこれは無駄なコストを払う源になる。医者は患者の症状を詳しく聞き取り、検査を行い、病名を確定し、正確な診断に基づき治療を行う。その過程の一貫性があってはじめて病気を治すことができるのだ。確かに各分野で優れたツールはたくさんあるが、ツール自体が問題を解決するわけではない。トータルでのブランド戦略に沿った形で経営を一気通貫で行うべきだろう。

 私たちが支援させていただいた企業で奈良県の株式会社イムラという工務店がある。この企業は国産材ブランドの一つとして有名な川上村の吉野杉を使用したこだわりの家づくりを行っている。家づくりにとどまらず、職人の育成などを通じ、林業で若い担い手が不足しているといった社会課題の解決にも積極的に取り組んでいる。地元の組合と共に高級嗜好(しこう)品とされる吉野杉を手頃な価格で合理的に供給する流通システムを15年前に構築。官民一体となって林業再生と森林環境保全を目指す事業システムが高く評価され、事業の社会貢献性の高さが多くの人に着目されつつある。同社の社会貢献性や新しい地域循環のあり方にチャレンジする姿に、多くの人が共感しているからである。首尾一貫したブランディングが企業価値を高めている好事例である。

 いずれにせよブランディングにおいて重要なのは本質的な取り組みである。表面的に「SDGs」をアピールしたり、必ずしもその企業でなくてもいいような事柄を前面に押し出したりすることは禁物である。その企業だからこそ、ボランティアではなく事業として実現可能な付加価値のある取り組みでなければならないのである。

(本誌・植松啓介)

掲載:『戦略経営者』2022年9月号