少子高齢化の進展と労働人口の減少は待ったなしだ。改正高齢者雇用安定法が施行されて一年半。中小企業は、その優れた機動力を発揮して、シニアの戦力化にまい進すべきである。

プロフィール
さきやま・みゆき●産業ジェロントロジー(老年学)の第一人者。元静岡大学大学院客員教授。大学院での研究に基づいた、中高年期になっても伸びる「結晶性能力」の伸ばし方を、全国の自治体・上場企業などで指導している。人生100年時代における、雇用延長対策・年上部下の指導方法などが主たるテーマ。産業ジェロントロジーアドバイザー養成においては、企業人事・キャリアコンサルタントを中心に、全国で資格取得者150名以上を育成。

シニアの能力を十全に引き出すには、制度改正や金銭的なケアだけでは不十分。「ジェロントロジー」の視点が必要だという﨑山みゆき氏に、失敗しないシニア人材マネジメントについて聞いた。

──ジェロントロジー(老年学)とは?

シニアを戦力に!

﨑山 人間の「老化」について、教育、就労、健康、経済などさまざまな分野から研究する学際的な学問をジェロントロジーと言います。加齢変化は中年世代から現れます。老人性難聴は、人によっては30代から始まると言われ、何回もの「聞き返し」や「聞きまちがい」から顧客とのトラブルになることもあります。
 若年層は、ジェロントロジーを学ぶことにより、加齢変化によっておこる心理的、身体的変化を理解することで、シニアへの理解度が深まるとともに、自らのキャリアプランを長期的に考えることができるようになります。
 ジェロントロジーの研究成果を企業の人材マネジメントに生かすものを「産業ジェロントロジー」と言います。総務部や人事部が年齢による能力差を理解すれば、労務の割り当てや人材教育、労災対策などが的確にできるので、シニア人材マネジメントに苦労することはなくなります。

──現在、行われているような企業内の制度改定だけでは、十分な対応とはいえないと?

﨑山 シニアは心理、身体、キャリア、ライフスタイルの面で若年層とまったく違います。OJTの際にも、時間配分や言葉遣いなど若年層とシニアでは変えるべきです。シニア人材そのものを理解するというアプローチが必要です。

「結晶性能力」は衰えない

──加齢による心理的、身体的な変化にはどうしてもマイナスイメージがあります。

﨑山 機能的な衰えという意味では仕方がありません。記憶力は衰え、動作は緩慢になります。しかし、「結晶性能力」についてはその限りではありません。

──「結晶性能力」ですか。

﨑山 はい。人の能力は「流動性能力」と「結晶性能力」に分けることができます。流動性能力は新たなものを記憶するなど過去の経験の影響を受けないもの。結晶性能力は知識や判断力、理解力など過去に修得した知識や経験をベースにしたものです。前者は30代をピークに落ちていきますが、後者は一般的に高齢者の方が若年層よりも高いと言われています。シニアの結晶性能力を生かすマネジメントを行えば、企業活動としてプラスの効果が期待できます。

──例えば?

﨑山 高齢者は説明能力が高く、落ち着いているので相手に安心感を与えます。営業には適しているのではないでしょうか。たとえば、最初の訪問は機敏な若年層で行い、途中からシニアに折衝を任せて成約にまで持っていくというやり方も考えられます。
 また、保険などの営業は、人生経験のあるシニア世代の方が説得力のある会話ができるかもしれません。前職や雇用形態にもよりますが、単純作業だけを任せるのではなく、役職を付けるなど、しかるべき権限を与えることも有効です。良いパフォーマンスを引き出すことができます。

──プライドを担保するには若年層の接し方も大事ですね。

﨑山 はい。そのために管理する側の若年層への教育が必要です。今の若年層は、祖父母との同居の経験がなく、地域コミュニティーにおける高齢者との交流もない人が増えています。そうした人たちは、職場でシニアとどう接していいか分からず、それが組織としてのパフォーマンスを落とす要因となっています。そうならないためには、高齢者を正しく理解するための教育が大切です。
 ただ、若年層といっても20代前半の層は、比較的違和感なくシニア層とコミュニケーションがとれている印象があります。問題なのは40~50代のミドル層。マネジメントにかかわるこの層をしっかり教育することが求められています。企業においては、ミドルとシニアがともに学び行動しなければ大きな効果は期待できません。

「エイジズム」を排除する

──どのような教育が必要ですか。

﨑山 まず、高齢者ならではのライフイベントを理解させること。最近では60代、70代が介護をしながら働くというケースが増えています。デイケアへの送り出しや介護施設とのやりとりには多くの時間を割かなければなりません。もちろん、自身の健康不安による通院が必要な人も増えてきます。結果として出勤が遅くなったり、早退したりといったことも頻繁に起こるようになります。若・中年層が、これらの事情を理解しないと、「高齢者はわがまま」「さぼっている」などというマイナスイメージを抱いてしまいます。

──高齢者に対する「エイジズム」の排除が必要ですね。

﨑山 その通りです。エイジズムは年齢による差別を意味し、「年をとっているという理由で高齢者をひとつの形にはめて差別すること」とされています。
 よく高齢者施設などで「おばあちゃん、時間だからおねんねしましょうね」などと幼児言葉を使う職員がいますが、これもエイジズムの典型的な例。組織でも「無理してやらなくてもいいですよ」「ゆっくりでかまいません」などと高齢者を扱う人がいますが、これは「高齢者は劣っている」というイメージの上での発言で、好ましくありません。

──確かに。無意識のうちに言ってしまう発言です。

﨑山 高齢者向けサービスのパンフレットなどで、やはりエイジズムに根差した言い回しやイラストが使われていることがあります。今のシニアはとてもおしゃれで活動的です。良かれと思って使用した表現が、逆効果になってしまう例はとても多く見受けられます。

──プライドが傷つくということですね。

﨑山 高齢者の記憶力は平均すると若年層よりも劣っています。しかし確かに時間はかかるものの学習そのものは十分可能です。また、あまりなじみのない新しい領域についての学習は不得意ですが、これまでに経験した領域に関しては若年層とそん色ないことが分かっています。そうした特色を踏まえた上で教育を行うことが大事です。具体策としては、シニアを受け入れる職場の管理職を集めて1時間程度の研修を行うことから始めるとよいでしょう。それほど時間をかける必要はありません。ウェブ会議システムを活用すれば難しいことではないと思います。もしよろしければ、『シニア人材マネジメントの教科書』(﨑山みゆき著、日本経済新聞出版社)を参考にしてみてください。

アサーション教育がお勧め

──もうすこし具体的に教育の内容について教えてください。

﨑山 高齢者に必要なものは「適応能力」「健康管理」そして「アサーション」の3つです。アサーションとは、相手の意見を受け入れ尊重した上で、自分の意見をしっかりと主張するコミュニケーションの手法のこと。
 かみくだいて言うと①自己主張する②相手に断る権利があることを認める③自分の言ったことに対して責任をとる……の3段階があります。シニアに特に必要なのは②③です。私はこの2点に重きをおいた「シニア版アサーション」を行っています。現在の学校教育ではアサーションが導入されていますが、もちろんシニア層はそうした教育を受けていません。そのため、「自己表現をしっかりと行いながら相手の意見を尊重する」といった繊細なコミュニケーションについては概して不得意です。年功序列の縦割り社会で育ってきたため、役職や年齢が下のものが自分の意見を主張し指示を拒否することができないという固定観念を持っています。

──ストレスがたまりますね。

﨑山 そうした人たちが、たとえば退職した後の再雇用で若年層から指示を受ける立場に立たされたらどうなるでしょうか。立場が逆転したストレスは大変大きなものになるでしょう。先般、東京都のシニアを対象とした仕事でキャリア塾を開催したのですが、そのアンケート結果を見ると参加者約200名のうち8割以上の方がアサーションを取り入れた内容を「効果がある。ほかの人にも受けさせたい」と答えました。なかには「家庭でのけんかが劇的に減った」という方もおられました(笑)。

──企業経営者にメッセージを。

﨑山 シニア活用については、大企業よりも中小企業の方がうまく進めているという印象を持っています。制度的なものを臨機応変に変更することができるし、近隣から採用しやすいためです。
 また、今回はあまり言及しませんでしたが、制度面の整備にはぜひ取り組んでください。高齢者は精神的にも身体的にも疲れやすいので、それを踏まえた労務管理が必要です。就業時間に柔軟性を持たせ、働きやすい環境を提供してください。もちろん、運動能力が衰えた高齢者がケガをしないような整理整頓も大切です。瞬発力やとっさの判断力は、加齢とともに衰えます。
 高齢者社会において、シニア人材を活かすためには、ジェロントロジーの視点を活かした戦略が必要です。激動の時代を生き抜くために、人生100年時代の企業づくりを行いましょう。

(取材協力・山下明宏税理士/本誌・高根文隆)

掲載:『戦略経営者』2022年11月号