ひっ迫した電力需給とエネルギー価格の高騰が続いている。例年より気温が低いと予想される今冬、企業がとることのできる対策とは何か。電力需給の見通しや節電計画のつくり方、取り組み方などを取材した。

プロフィール
しばた・しんじ●米国公認会計士・公認内部監査人・修士(人間・環境学)。京都大学総合人間学部卒業、京都大学大学院人間・環境学研究科博士前期課程修了。専門は経営管理態勢、リスクマネジメント態勢、リスク計測・事業性評価。大手日系金融機関におけるポートフォリオマネジメント業務等を経て現職。
冬の電力不足に備える

 電力需給が厳しいと言われていた今年の夏は、国民の節電への協力もあり、なんとか乗り切ることができた。その要因の一つは電力の供給力確保が追加的に行われたことにある。例えば夏に再稼動した千葉県市原市にある姉崎火力発電所である。燃料の調達面でもウクライナ戦争の影響が心配されたが、日本に燃料が回ってこないという事態に陥ることもなかった。

 冬の需給について言えば、供給力(kW)および燃料確保(kWh)の2つの観点から整理したい。簡単にいえば、供給力の観点とは需要に対して「供給力(発電設備等の電源)」が充足するかという点を指し、燃料確保の観点とは燃料が充足するか、という点を指す。

 まず供給力の点については、経済産業省が6月30日に公表した時点では東北・東京エリアの供給予備率が1月で1.5%、2月で1.6%とされていたが、9月に見直しがされた結果、供給力の追加を踏まえて、1月は3.4%、2月で4.1%と改善した。電力供給が安定的に行われるには供給予備率が最低限3%は必要とされているので、供給能力はギリギリで担保できている状況といえる。東北電力の火力発電所である「新地発電所」や関西電力の原子力発電所である「高浜発電所」の修繕工事が計画を前倒して終えることができたのもポジティブなニュースである。

 一方でリスクもある。再稼動した休止火力発電所(姉崎発電所や愛知県の知多発電所等)は建設から40年以上経過したいわゆる「経年火力」と呼ばれる発電所で安定稼働に懸念がある。各種計器類もアナログなものが多く、運転状況をリアルタイムで把握できる最新の設備とは全く逆の世界である。発電所は蒸気でタービンを回して電力を生み出すが、経年火力で利用されている設備では蒸気に不純物が混ざると故障につながってしまうようなこともある。こうした古い設備ではいつトラブルが起きてもおかしくはなく、あらかじめ計画した期間以外の発電停止(計画外停止)が起きれば一気に厳しい需給環境が訪れるだろう。

 2つ目のリスクは、需要の予測が2018年ごろから結構外れていることである。この理由の背景には①気温が想定を超える変動をみせるようになった②太陽光パネルの普及により天候によって需要がかなり変動するようになった③コロナ禍以降、生活様式の変化が起きたなどの理由が考えられる。気温と需要の関係についての過去のデータを用いた予測モデルで需要を予測するが、在宅勤務の拡大などコロナ以降の行動様式の変化などでその予測モデルをそのまま当てはめることが難しくなってきているのかもしれない。今冬は平年よりも寒くなると予想されており、需要予測とのズレも相まって設備容量を需要が上回る可能性は十分ありそうだ。

ロシアからのLNGがリスク

 続いて燃料確保の観点である。日本の火力発電所の燃料は、天然ガスを液化した液化天然ガス(LNG)が多くの割合を占めている。しかしそのLNGの需給が、ロシアのウクライナ侵攻によって非常にタイトになっているのが不安要素である。これは欧州がロシア以外の国からのLNG調達を増やしているためだが、ポジティブな要因もある。

 ガスの需要は石油の需要と同様、景気にも左右される。世界経済には今リセッションの足音が聞こえてきていて、欧州・米国は製造業中心に景況感が悪化している。こうした状況および欧州のガス備蓄の進捗(しんちょく)を受け、ガス価格は高水準を維持しているものの若干下落しつつある。グローバルな需給はリセッションが強まればさらに緩和してくるだろう。

 ポジティブな要因はもう一つある。LNGの契約形態は、長期に渡って購入者と供給者が相互に一定量の購入・引き渡しの義務を負う長期契約と、その都度相対で購入するスポット契約の2つががあるが、日本は長期契約での調達割合が高くおよそ7~8割を占めていることである。これは燃料をほぼ全量輸入に依存せざるを得ない日本固有の事情によるところが大きいが、スポット取引に比べ安定的に調達が可能になっている。

 リスク要因はやはりロシア関係だ。サハリン2からの供給が万が一途絶した場合、2つの観点で影響が大きい。1つ目はボリューム。ロシアへのLNG依存度は去年の段階で全体の8・8%、650万トンにのぼった。ほぼ全量サハリン2によるもので、仮にここが途絶するとその分をスポットで調達してこなければならない。仮にリセッションで需給が緩んだとしてもそれだけの量を調達するのはかなり大変である。

 2点目は地理的な距離である。サハリン2から日本までLNGタンカーは大体2~3日で到着するが、代替先として考えられるオーストラリアからは20~30日くらい、マレーシアからでも1週間以上かかるという点だ。一方国内のLNG貯蔵キャパシティーには限りがあり、発電に使用するLNGは約2週間程度しか貯蔵できないという。在庫切れという可能性もゼロではないのである。

 運搬にかかる時間は、グローバルサプライチェーンにおいて極めて重要である。地理的に一番近い供給源を失うのは、サプライチェーンの冗長性を大きく損なってしまうことにつながる。ましてやLNGは、日本海近海でもしばしば天候の悪化などによりタンカーの到着が遅れることがある。上流のガス田などでもトラブルは頻繁に発生している。需給がタイト化した環境下において、かつ日本のガス在庫が少ない中で、調達面でのリスク要因は無視できないだろう。

稼働設備の優先順位を決める

 では冬季に電力需給が厳しくなった場合、政府からどのような要請が来ることが想定されるだろうか。節電要請のあり方にはいくつか類型があり、夏季(7月~9月)は「数値目標のない節電要請」がなされた。冬季もおそらく、数値目標のない節電要請が同様に出される可能性は高いものの、定められた電力カットを達成できなければ罰金が課される「電気使用制限令」の発令までに至る可能性は現時点では低いと考える。また需給逼迫(ひっぱく)警報や注意報が出され、それに伴って業界団体や職能団体、電力子会社経由で節電要請が来る可能性もある。エネルギー価格、電力価格の値段は当面の間は高水準という前提に立ち、設備の更新を検討する余地は十分あるだろう。エネルギー使用の高効率化はゼロエミッションにも貢献する。

 また電力需給ひっ迫注意報/警報が出た時にどのように備えているかも問われるだろう。国が実施したアンケート調査では、電力ひっ迫時になんらかの対策をしているかという質問に対し「はい」と答えた企業は18%にとどまった。状況が一層厳しくなった場合を想定し、段階的な節電対応を計画・準備しておくことが望ましいだろう。具体的には大きく2段階の水準、すなわち「経済活動・事業活動に支障のない範囲での節電対応」と「経済活動・事業活動への影響を最小化しつつ数値目標・義務を順守するための節電対応」である。1段階目の節電対応は、可能な範囲での照明の間引きや長期間離席時などにOA機器の電源を切る、エアコンの設定温度を変える──などが当てはまり、すでに実施している企業は多いと思われる。

 この段階を超え、本当に電力が足りず電力需給ひっ迫警報が出される可能性が高くなると2段階目の対応が必要になる。自分達の事業活動を守るという観点からも、業務の効率性や生産を犠牲にする節電計画を別途作成しておいた方が安心だ。例えば、業務を行う上で重要度の高い機械や設備の優先順位をあらかじめ決めておくと良いだろう。また一部の工程を停止するにも計画的に行う必要がある。あらかじめ停止手順のマニュアル化をきちんと整備しておくことが大切だ。また自家発電設備を保有している企業は焚(た)き増しを要請されることも考えられる。前もって操作方法などを再確認しておくとよいだろう。

 初の電力需給ひっ迫警報が出されたのが22年3月22日。警報が公表された前日の午後9時の段階で知っていた人が5割いたことがアンケートで判明している。この割合は意外に高いと感じたが、そもそもひっ迫警報が出ているということを社内で情報共有する仕組みを整えておくことも必要だろう。

(インタビュー・構成/本誌・植松啓介)

掲載:『戦略経営者』2022年11月号