コロナ禍に引き続き、円安、エネルギー高、物価高といった相次ぐ荒波にさらされている日本。そうしたなか、2023年度税制改正大綱が明らかになった。新税制は中小企業にどのような影響を及ぼすのか。今仲清税理士に聞いた。

プロフィール
いまなか・きよし●1951年生まれ。84年税理士事務所開業。88年経営サポートシステムズ設立、代表取締役に就任。2013年税理士法人今仲清事務所に移行。約280社の中小企業の税務監査、経営計画の策定、経営助言を行う。また、不動産有効活用、相続対策の実践活動を指揮しつつ、講演は年間約80回にのぼる。資産運用の総合対策計画策定のサポートも多数手がける。

──2023年度税制改正大綱の印象は?

今仲 もしかすると、外形標準課税の見直しや防衛費の財源確保のための施策が出てくるのではと思われていましたが、結果的には中小企業経営者に影響を与える大きな改正や制度の新設などはありませんでしたね。

使い勝手の良い設備投資減税

──とはいえ、注目すべき改正はいくつかあります。まずは法人税から解説していただけますか。

今仲清 氏

今仲清 氏

今仲 中小企業向け経営力向上等設備投資減税の2年間の延長(『戦略経営者』2023年2月号 P43 図表1)は大きいと思います。この制度は、計画を策定して事前に認定を受けると、ソフトウエアや機械装置、器具備品・工具、建物付属設備などの取得価額が一括で損金計上できる、あるいは10%(資本金3,000万円超1億円以下の法人の場合は7%)の税額控除が受けられるというものです。非常に多くの中小企業が利用している使い勝手のよい制度だと思います。

──製造業向けですか。

今仲 製造業に限りません。私の顧問先では、この制度を使って設備投資をされているお医者さんもおられます。規模の大小、業種を問わず使われているという印象です。とくに、経営成績が良く、利益を設備投資につぎ込む意欲のある「前向きな」事業者にはもってこいの制度です。ぜひ活用すべきだと思います。

──オープンイノベーション促進税制が拡充されました。

今仲 この制度は、新しい資本主義を標榜する岸田政権が強調したいところでしょう。簡単に言うと、新技術を開発、新分野に進出するなどのスタートアップへ投資した金額の25%を損金として落としてよいというもの。普通、投資する際には、購入した有価証券を資産計上して経費化できません。それを経費として認めることで投資しやすくしてスタートアップを増やし、日本の競争力を上げていきたいというのが経産省のもくろみなのですが、なかなか思い通りにはいかなかった。そこで今回の拡充ということになったわけです。

──具体的には?

今仲 図表2(『戦略経営者』2023年2月号 P43)を見てください。現行では新規発行株式に限られていましたが、これを発行済み株式の取得も対象(50%超取得時)にできるよう拡充。この場合、所得控除の上限が50億円(現行は25億円)とし、株式取得の下限を1件当たり5億円としました。ただ、この拡充部分は下限の金額が大きいので中小企業にはハードルが高いかもしれまれません。

────研究開発投資減税にも改正がありました。

今仲 中小法人の税額控除額の計算式が変わりました。現行では試験研究費の増減割合が9.4%超の場合、時限措置として、その増減割合に応じて控除率の上乗せ部分が恒久措置の12%から17%まで引き上げられますが、今回の改正ではその基準となる増減割合が12%となります(『戦略経営者』2023年2月号 P43 図表3X部分)。増減割合の面ではやや厳しくなりますが、試験研究費を使って競争力を上げていく努力を続けていけば、税額控除が増えるとの方向性は変わりません。

外形標準課税に留意すべし

──ほかに法人税の分野で注目すべきポイントは?

今仲 外形標準課税のあり方については今後、注意が必要になってくるでしょう。総務省は今回の税制改正で、なんとか外形標準課税の改正をしたかったようです。図表4(『戦略経営者』2023年2月号 P43)をご覧ください。外形標準課税が適用されるのは資本金1億円超の普通法人なのですが、このグラフを見てもらえば分かる通り、対象法人数は減少の一途をたどっています。ピークの平成18年と令和2年を比べると、なんと約1万社が減少していますが、これは明らかに減資による「外形標準課税逃れ」と言えます。

──外形標準課税逃れを防ぐための施策は、今回は先送りされたというわけですね。

今仲 はい。総務省の審議会に出された案では、現行の「資本金1億円超」という適用基準を「資本準備金を加えた金額」「従業員数」「総資産額」などに変更したらどうかとの諮問があったようですが、結局ペンディングになったようです。しかし、近い将来、これらの案が採用される可能性は高く、注視しておくべきです。

──防衛費の増額にかかわる税改正も大綱には記述されています。

今仲 4兆円の増額のうち、3兆円は支出を減らすことでねん出し、あとの1兆円を法人税、所得税、たばこ税の引き上げでまかなうという大枠は決まっています。法人税では復興特別税のように別枠で課税所得に税率(4~4.5%)をかけて徴収する案が有力です。その場合、課税所得1億円の企業のケースでは、400~450万円の増税になります。ところが、中小企業には500万円の税額控除を行うことが決まっていて、そうすると、1億円程度の申告所得の企業だと増税になりません。実施時期は確定していませんが、申告所得1億円超の企業は増税を覚悟しておく必要があります。

インボイス絡みの改正

──消費税はいかがでしょう。やはり今年10月にスタートするインボイス制度関連のものが多いようですが。

今仲 課税売上高が1,000万円に満たない免税事業者は、インボイス制度の導入によって、取引から排除されるリスクがあります。そのリスクを避けるためには、適格請求書発行事業者になることが必要ですが、そうするとこれまで免除されてきた消費税を払わなくてはならなくなる。これは免税事業者にとって大きな痛手です。そのため今回の大綱では、免税事業者は当初3年間、売上税額の2割だけ納税すればよいという激変緩和措置が講ぜられました(『戦略経営者』2023年2月号 P44 図表5)。

──インボイス制度については仕入税額控除を行う際の事務負担が懸案でした。

今仲 その事務負担を軽減すべく、いくつかの対策が打ち出されています。現在、鉄道やタクシーの運賃、出張旅費、自動販売機での購入などの3万円未満の課税仕入れは、請求書等がなくても仕入税額控除が可能です。ところが、インボイス制度がスタートすると、それ以外の3万円未満の仕入れ税額控除にはインボイスが必要となります。

──大変なことになりますね。

今仲 そもそも、インボイスがなくても、最初の3年は8割、次の3年は5割を仕入税額控除できるとの経過措置が打ち出されています。それとは別に2029年9月末までの間、課税売上高が1億円以下の事業者については、1万円未満の課税仕入れに対してインボイスなしで仕入税額控除ができるという特例措置が設けられました。ちなみに、国税庁の統計によると、課税売上高が1億円以下の事業者は、全事業者の90.7%にあたり、また、課税事業者のみを分母にとったとしても76.1%が対象となります。

──事務負担の軽減という切り口の施策はほかにありますか。

今仲「少額な返還インボイスの交付義務の見直し」(『戦略経営者』2023年2月号 P44 図表5)は大きいと思います。商取引では日常的に少額な値引きが行われています。その代表的なものが振込手数料です。振込手数料を売り手側が負担する場合、「売上値引き」として処理をするのが原則です。その場合、売り手側が振込手数料に対する「返還インボイス」を発行する必要がありますが、これは実務上とても無理。そこで、今回の大綱では、値引き等が1万円未満である場合、返還インボイスの交付を不要とする措置が設けられました。振込手数料を「支払手数料」として処理してしまっては買い手側のインボイスが必要になります。このような処理を行っているところは、「売上値引き」の処理に替えてください。

──適格請求発行事業者への登録申請期限も延長されました。

今仲 インボイス制度スタート時に、適格請求書発行事業者となるには、原則23年3月末までの登録申請が必要でしたが、23年4月以降9月15日まで可能になります。また、23年10月以降に登録申請する場合、提出期限は登録希望日の15日前までに緩和(現行は1カ月前まで)されました。

NISAの抜本改正

──所得税については?

今仲 一つだけ挙げておきます。マスコミなどにも取り上げられていた「1億円の壁」の問題です。「1億円の壁」とは、所得税の負担割合が所得1億円をピークに下がる現象のことです。給与や事業で得た収入は累進課税(最高45%)が採用されますが、株や投資信託の金融所得や、不動産譲渡所得などは15%の分離課税です。課税所得が1億円を超える高額所得者は、これらの所得の割合が増えるので所得が増えれば増えるほど累進が効かなくなります。こうした状況は負担の公平性の確保という意味で問題があるということで、所得金額が30億円を超えたら追加で課税される仕組みが打ち出されたわけです。金額が金額なので、一般の人には縁遠い話かもしれません。

──金融・証券税制では、NISAの拡充が話題です。

今仲 これが新しい資本主義を掲げる岸田政権の目玉かもしれません。国民が投資で所得を増やしていく状況をつくりたいということでしょう。
 NISAとは、株式や投資信託などへの投資による利息、配当、譲渡益を非課税にする制度です。現行では「つみたてNISA」で年間40万円(非課税保有期間20年間、非課税限度額800万円)、「一般NISA」で120万円(非課税保有期間5年間、非課税限度額600万円)。それを今回の改正案では、「つみたて投資枠」「成長投資枠」と名称を改変し、それぞれ年間120万円、240万円の投資枠で非課税保有期間は「無期限」、非課税保有限度額は1,800万円と拡充されました(『戦略経営者』2023年2月号 P46 図表7)。

──抜本的な見直しですね。

今仲 そもそも、NISAは令和6年にリニューアルされる予定でしたが、それを廃案にして今回の抜本的な改正を施したという経緯があります。岸田政権の強い意欲を感じますが、投資にはリスクがつきものです。そのリスクをきちんと理解しているかどうかが肝心なところ。国債にしても金利が上がると取引価額は下がりますからね。とくに若年層には、そのリスクを周知する慎重な姿勢が求められるのではないでしょうか。

相続・贈与一体化への動き

──相続・贈与税制にも動きがありました。

今仲 相続税と贈与税の一体化への方向性が令和3年の税制改正大綱で打ち出されましたが、今回の改正では、その一体化に一歩近づいた改正がなされました。
 贈与税には相続時課税制度と暦年課税制度があります。暦年課税制度で110万円の基礎控除をうけながら、毎年配偶者と子どもに贈与していたとします。この場合、贈与していた人が亡くなり相続が発生した際には、相続又は遺贈によって財産を取得した人については、現行では「過去3年間」に贈与した財産を足して相続税を計算することになります。これを「過去7年間」にするというのが1つ目の改正点です(『戦略経営者』2023年2月号 P46 図表8)。

──2つ目は?

今仲 一方で、相続時精算課税制度を採用すると、累計で2,500万円に達するまでは贈与税が控除される代わりに、相続が発生した際には、相続時精算課税を選択した後に贈与したすべてを相続財産に加算することになります。これは財産を渡しやすくするための制度なのですが、採用する人が少ないのが現状。この制度を採用すると暦年課税制度が使えなくなることも理由の一つです。そこで、今回の改正では、相続時精算課税においても110万円の基礎控除が設定されました(『戦略経営者』2023年2月号 P46 図表9)。毎年の贈与額の110万円までは相続時には加算されなくなるのです。つまり、110万円の範囲で贈与するなら相続時精算課税の方が明らかに得になります。ちなみに、暦年贈与課税の場合、相続発生時に、7年間の基礎控除分も相続財産に加算されます。

──どちらが得なのでしょうか。

今仲 富裕層にとっては依然として暦年課税の方が得でしょう。なぜなら、暦年課税では加算されるのはさかのぼって7年間。相続時精算課税では110万円×7年の770万円は得しますが、何十億という資産を移転する人にとっては大きな額とは言えません。

──納税環境整備等では何か?

今仲 ひとつ目は「優良な電子帳簿の範囲の見直し」です。訂正・削除等の履歴が保存されるなどの要件を満たすことが「優良な電子帳簿」の条件ですが、その帳簿の範囲が明確になりました。2つ目がスキャナ保存制度の見直しです。現行ではスキャナ保存には複数の厳しい要件がありましたが、これが緩和されます。入力者情報の確認が不要になり、また、保存する情報の解像度や諧調、大きさなどの要件がなくなりました。さらには画像と帳簿との関連性も重要書類以外は不必要となります。

──電子取引情報の電子保存についても言及されています。

今仲 保存の要件が緩和されました。宥恕期間(23年12月末日まで)が終了し、システム対応が間に合わなかった企業に対しては、税務署長が認めた場合、税務職員から提出を求められた際に送付・受領した領収書等をデータで提出できるようにしておくとともに、出力書面の提示または提出に応じることができればよいことになります。また、売上高5,000万円以下の企業に対しては、領収書等をデータで提出できるようにしておくことを前提に、検索機能確保要件を不要とする措置が実施されます。

(インタビュー・構成/本誌・高根文隆)

掲載:『戦略経営者』2023年2月号