国土の7割を森林が占める日本だが、林業は補助金依存で赤字体質を脱却できない現状が続いている。
そんな林業の現状を打破する新たな経営手法として注目されているのが、「自伐型林業」である。
NPO法人自伐型林業推進協会の中嶋健造代表理事に話を聞いた。

プロフィール
なかじま・けんぞう●1962年、高知生まれ。愛媛大学大学院農学研究科(生物資源学専攻)修了。IT会社、経営コンサルタント、自然環境コンサルタント会社を経て、2003年にNPO法人「土佐の森・救援隊」設立に参画。山の現場で自伐林業に驚き興味を持ち、地域に根ざした脱温暖化・環境共生型林業が自伐林業であることを確信し、2014年に全国の自伐型林業展開を支援するNPO法人自伐型林業推進協会を立ち上げる。

──日本の林業は「もうからない業界」のような存在になってしまっています。

中嶋健造 氏

中嶋健造 氏

中嶋 現在行われている一般的な林業は、短伐期皆伐施業と呼ばれる方法です。これはスギやヒノキを植林した後、1~2回の間伐を経て約50年後にすべて伐採し、再造林するというやり方です。この方法では単価の安い合板や集成材などの原料としての「B材」やチップなどの燃料として使用する「C材」の生産が主体となり、不採算性を克服することができません。このやり方は2011年に林野庁が公表した「森林・林業再生プラン」で生産量向上を目的とした間伐に対する補助金制度が創設され、さらに加速しました。間伐の量に応じて補助金が支給されるため生産事業者は間伐を増やすのですが、後にA材として販売できる木材もB材やC材として生産してしまうのです。

──補助金のおかげで事業が成り立っているということですね。

中嶋 一度に多くの木を間伐するため重機や作業道の大型化が進められ設備投資は拡大しましたが、コスト増に見合った売り上げ増は実現せず、全国の山林所有者の赤字状態は改善されていません。国有林・各県の県行造林・民有林の赤字合計額は約10兆円にのぼるといわれています。日本では林業が政府予算より市場規模が小さい産業になってしまっており、森林組合の売り上げに占める補助金の比率はなんと8割に達しています。永続的な高額補助金を必要とする非自立的な林業が展開されているのです。

経済と環境を高次元で両立

──なぜ赤字体質を脱却できないのでしょうか。

中嶋 まず現行の林業形態は、初期投資に莫大な金額がかかります。作業道の整備や大型林業機械の購入など設備投資にまず約1億円程度はかかるといわれています。数名の雇用のために高額な初期投資をし、年間1,000万円ほどの修繕費を負担し、さらに1日200~400リットルもの燃料を消費する──という高投資・高コスト型になっているのです。一方でそれに見合った収入はなく、持続可能な森林経営ができる状況にはありません。皆伐収入が1ヘクタールあたり約50万円だと仮定すると、再造林費用は1ヘクタールあたり100万円で、植林後はさらに下草刈り等の費用が加算されます。50万円の原資に対して、再造林には200万円以上の費用が必要になり、再造林すればするほど赤字がふくらむ構造になっているのです。

──高コスト構造が背景にあるということですね。

中嶋 その通りです。さらに日本の林業の決定的な弱点となっているのが、木材の搬出コストが高いことです。北欧やロシア、カナダなど世界的な木材の産地はいずれも寒冷な気候の森林で、柔らかいモミ系のB材がメインですが、日本の森林と決定的に違うのはほぼ平地といってよいところにあること。そうした地形では、広い道路を通し高性能な林業機械を導入することによって低コスト化が実現できます。
 しかし複雑で急傾斜の多い日本の山林でその手法を導入しても、投資に見合った木材の生産はできません。私の試算では、欧州における搬出コストは日本に比べ20分の1程度。日本への輸送コストを加えても日本のB材よりも安価なため、国内の合板メーカーや集成材メーカーは輸入材ばかりを使っているのが現状です。採算が合わないほど搬出コストが高いうえに需要も低迷している産業が黒字になるはずがありません。

──こうした課題を解決するとして提唱されている「自伐型林業」とはどのような手法でしょうか。

中嶋 自伐型林業は、100年から150年以上の長期間にわたり繰り返し間伐を行い、良材を残していく多間伐型の林業です。皆伐型とは異なり、樹勢の弱い木から選択して間伐していきます。仮に50年で皆伐したら400立方メートルの木材がとれる山があるとしましょう。自伐型林業は良材を残していくので、確かに間伐などで切る木材の本数はトータルで減りますが、その分立派な良材の蓄積量(総体積)は増え、100年後には1000立法メートル以上になるといわれています。付加価値の高い良材をしっかりと育て、加えて間伐したB材とC材を定期的に生産するこのやり方は、短伐期皆伐型の従来手法に比べ山の価値は5倍以上になると試算されています。

──少しずつ丁寧に森の手入れをしていくイメージですね。

中嶋 健全な森を育てるためには間伐が必要ですが、間伐のし過ぎはよくありません。風を入れすぎると倒木の原因になりますし、光が入りすぎると土壌が乾燥し生育不足や木材が枯れる原因になります。明治神宮の森が高く評価されているのは、ちょうどよく樹木が込み合っていて土壌の水分が保たれているからです。また自伐型林業の大きな特徴の一つに、できるだけ森の環境に影響を与えず、なおかつ作業性を確保できる壊れない作業道づくりを推進していることにあります。
 これらの工夫は小規模な砂防施設をつくるのと同じ効果があり、過去の紀伊半島豪雨、西日本豪雨などにおいても、自伐型林業者の山林ではほとんど被害が見られませんでした。樹木が適度に込み合っていると雨水が地面に直接落ちる量を減らすことができ、土の流出とそれに起因する斜面崩壊などを防ぐことができるのです。生態系をできるだけ維持したまま森を更新していくこのようなやり方は、伝統的に林業が盛んな地域ではよく知られていました。例えば吉野杉で有名な奈良県吉野の森では、森の2割以上の面積を間伐してはいけないという掟が存在していたようです。

──人工林でも豊かな森にできるわけですね。

中嶋 はい。環境省は現在、「保護地域以外で生物多様性保全に資する地域」(OECM)を指定する検討を進めていますが、「自然共生サイト」として国際データベースに登録する区域の一つとして徳島県那賀町の自伐型林業の地「橋本山林」を「経済性と環境性を高い次元で両立させる 自伐林業による多間伐施業の森」として選考しました。地元徳島大学からも生態系が維持されている素晴らしい森としてお墨付きを得られており、例え人工林でも、自伐型林業による手入れを行えば経済的にも環境的にも高い価値を持つことができるという極めて良い事例になっていると思います。

出発点は中山間地振興

──ご経歴をお聞かせください。

中嶋 社会人としての最初の勤務先は、マーケティングのコンサルティング会社でした。東京や大阪で勤務していましたが、バブル崩壊で企業がマーケティングを内製化するようになって仕事がなくなり高知県にUターン。私は中山間地の出身だったのですが、久しぶりに帰ったふるさとがすさまじく衰退してしまっていたのを目の当たりにし、地域振興に関わる仕事がしたいと思ったのです。地元の会社務めをしながら、プライベートの時間に当時流行したグリーンツーリズムのボランティアなどをしていたのですが、なかなか脱サラして起業を決断できるような見込みが立ちませんでした。

──なぜでしょう?

中嶋 当時グリーンツーリズムが掲げていたテーマは都市と農村の交流で、メインのコンテンツは棚田や焼き畑農業でした。ところが高知県の森林率は日本1位の84%で、私のふるさとに至っては9割を越えます。地域振興の資源は農地ではなく森林である、それなら林業を本格的に学んでみようと独自に調べ始めたのが林業に関わるようになったきっかけです。ですから初めから林業を変えたいと思ったのではなく、出発点は中山間地の再生をするにはどうしたらよいか、土地のほとんどを占める森林を資源とした就業を生み出さないと話にならないのではないか、という問題意識でした。

──自伐型林業に行き当たるまでの道のりは?

中嶋 大学院に通い勉強したり、各地の林業の現場に実際に足を運んだりするなかで、日本で戦後に行われてきた林業が問題だらけだということが分かりました。森林組合の経営はどうあがいても黒字にならず、補助金による赤字補塡が前提。これでは就業者を増やすことなどできません。ところがさまざまな林業家の経営手法をみていくうちに、きちんともうけを出しているところもあることが分かってきました。そうした経営的に自立した林業家の施業の手法の共通点が、伝統的な林業を上手にアップデートしている自伐型林業だったのです。

50万人の雇用生む可能性も

──経済価値の話に戻します。現状の林業は初期投資が高額になるとのことでしたが、自伐型林業ではどうでしょうか。

中嶋 作業道の幅は2.5メートルほどなので、敷設作業には3トンクラスのミニバックホーがあれば事足ります。従って作業道づくりを含め、伐倒用のチェーンソー、木材搬出用の林内作業車として軽トラックあるいは2トントラック程度があれば自伐型林業に参入することができます。高性能林業機械などは不要なので、初期費用は300~500万円程度で済むのではないでしょうか。新規参入のハードルは低く、はじめは自治体による作業道工事の補助金などを活用するとしても、2、3回目の間伐から補助金がなくても採算がとれるようになります。

──行政の支援策はありますか。

中嶋 自伐型林業に対する行政の支援は、国よりも市町村などの自治体が先行しています。森林環境税制度がスタートし、市町村が自主的な財源を持てるようになった影響が大きいと思います。北海道ニセコ町、群馬県みなかみ町、高知県佐川町、鳥取県智頭町など全国で30近い自治体や自治団体が補助制度を予算化するなど積極的に取り組んでおり、なかには50人の新規雇用を実現した自治体もあります。長期的に安定した収入を見込める雇用の創出と移住人口の増加が期待できる手法として全国的に注目を集めつつあります。

──林業における就業者数の増加も期待できますね。

中嶋 国勢調査によると全国の林業従事者は4万6,000人で、最盛期の1~2割に減少しています。大規模な補助金をつぎ込んでもこの傾向には歯止めをかけられませんでした。しかもこの4万6,000という数字のうち半分は、どうやら実際はシイタケ農家のようなので、実質的に山に入って林業に従事している方は2万数千人と推定されています。自伐型林業の実践家は全国で2,000人以上まで増加したので、全体の1割程度に達したとみています。将来的に自伐林業がメインになれば、50万人以上の雇用を生む可能性があると考えています。

──個人の方が始めるケースが多いのでしょうか。

中嶋 高知県四万十川でSUP(スタンドアップパドルボード)のインストラクター事業をしていたある夫婦は、仕事がなくなる冬季の仕事として自伐型林業に取り組み、売上高を倍に増やしました。現在は個人事業主や副業としての参入がメインですが、大規模な設備投資が不要なので今後は中小企業や小規模事業者の参入も目立ってくるかもしれません。林業は本来、冬季に作業が集中する季節労働なので、例えば夏期に顧客が集中する観光業が新規事業として取り組んだりするのもよいでしょう。

(インタビュー・構成/本誌・植松啓介)

掲載:『戦略経営者』2023年4月号