富士山の麓を周回する国道沿いに、創業者の林兼義氏が店舗を構えたのは1968年。国道の両脇に数百メートルにわたり見事な桜の木が並んでいたことに由来する”櫻道ふとん店”は、その異色の商品戦略で全国的にも名の知られつつある”街の布団屋さん”である。

 高度成長期以降のライフスタイルの変化により、長期低迷傾向が続く布団業界。とくに、インターネットの普及や婚礼布団、綿の打ち直しニーズの縮小などで、地域密着型の"街の布団屋さん"は苦境が続いている。

 そうしたなか、富士山の麓の御殿場市に店舗を構える櫻道ふとん店の「健闘」に注目が集まっている。上質な天然素材と、独自の研究から生まれた新素材を使い、伝統の職人技で1枚1枚製品化する姿勢が、全国のユーザーからの支持を集めているのだ。

「健康布団」に活路を見いだす

林義浩社長

林義浩社長

 創業は1968年。先代の林兼義氏と妻の愛子さんによって自宅に併設されたわずか3坪の店舗でスタートした。20歳の頃、大阪で布団づくりを学んだ愛子さんは国家検定の「寝具製作1級技能士」の資格を持つ。創業当時、小学校1年生だったという現社長・林義浩氏は言う。

「当時は呉服屋や担ぎ屋さん(訪問販売)などの下請けで、布団の仕立てを行っていました。チラシもうたないし、僕が20歳くらいで修行から帰ってくるまでは特徴のある店ではなかったですね」

 林社長は18歳の時、「東京蒲団技術学院」(現在は閉校)に入学。同時に布団の仕立屋の親方の元にいわゆる丁稚奉公に入り2年間修行をした。この時に学んだ技術が、その後の職人としてのベースとなったのだという。ちなみに、林社長は、母親と同じく寝具製作1級技能士で、全国ふとん技能グランプリ銀賞、厚労省認定ものづくりマイスターと輝かしい肩書を持つ。再び林社長の話。

「修行から帰ってきて、10坪の店舗(2階が仕立て工場)に移ったのを契機に、手書きのチラシをまくようになりました。バイクで朝5時くらいから夕方5時くらいまで配ったことも……。最初はあまり反応がなかったのですが、なぜか3年目に入ったころから急に売れはじめました」

 当初は1,000万円程度だった年商が、3年目に2,000万円、4年目に3,000万円と跳ね上がっていく。時は1980〜90年のバブル真っ盛り。2階の仕立て工場を利用して展示会も頻繁に開催した。

中央は創業者の林兼義氏

中央は創業者の林兼義氏

「婚礼の噂をききつけて、当事者の家に花束を持って"おめでとうございます"と訪問したりもしました」という林社長。こうした精力的な営業活動によって年商は5,000万円まで上昇する。

 が、バブルは崩壊し、婚礼ブームにも終焉が訪れる。臨機応変な姿勢をモットーとする林社長が、次に取り組んだのが「健康布団」の製作。きっかけは林社長の「腰痛ぐせ」だった。

「腸が弱く、ぎっくり腰に悩んでいたのですが、ある人の進言でトルマリンをしみ込ませた寝具を試してみました。すると、それまでは何をやってもダメだったものが、きれいさっぱり治ったのです。驚きました」

 トルマリンは、遠赤外線を発する天然鉱石であり、これを粉状にして繊維にしみ込ませることで人体への保温効果やリラックス効果が期待できる。その効果を体感した林社長は、さっそく、製品開発にとりかかる。

「人がぐっすり眠ることができる温度は摂氏32〜33度、湿度は55〜60%です。この条件を保つため、トルマリンを織り込んだ敷布団と掛布団を実際に使用して数値をはかりながら検証し、オリジナルの布団を開発しました」

 林社長はさらに工夫を施した。

「人は仰向けで寝た方が疲れがとれることが脳波の研究で分かっています。仰向けで気持ちよく寝るには、体圧を点で分散することが理想。腰痛の緩和にも効果があります。当社では信州大学繊維学部と共同研究を行い、自動車や飛行機のシートに使用される素材を使った『超高反発凹凸ウレタン』を開発。波型の凹凸層が点で体を支える敷布団・マットレスを製作しました」

 ウレタンの凹凸構造によって点でささえる布団は、大手からも出ているが、同社の製品は、より硬い素材を使用し凹凸の山の大きさも信州大学と共同研究した成果を形にした。加えてトルマリンによる保温効果が見込めるので、腰痛への効果はもちろん、冷えや肩こり、不眠の解消にも効果があるという。

多彩な商品ラインアップ

新店舗

新店舗

 同社の販売商品のなかで敷布団の次に売り上げ規模が大きいのが羽毛布団。価格も2万9,800円の既製品から数百万円のものまで、とにかくラインアップが豊富である。地元ユーザーの要求に応え、冬はマイナス10度にもなる御殿場の気候に耐えうる商品を追求するため、羽毛布団の開発にはより一層力を入れてきた。

 同店の羽毛布団は、流通経路が明確な羽毛だけを使用し、産地や品質の異なるもののブレンドはせず、100%「生一本」で仕立てられている。製作方法にも特徴がある。

「通常の羽毛布団は、縫い目で区切られたマス(キルト)に羽毛を入れていくのですが、そうすると、縫い目、とくに十文字になるところは薄くなってします。当店の場合、縫い目を肌側と外側でずらすことで、2枚の羽毛布団を重ね合わせたような状態にする"デュアルキルト"という技法で薄くなる部分を解消するよう工夫しています」(林社長)

 また、襟元にも1本キルトが入っており、寝床に入ったときに感じがちな襟元の寒さを防いでくれる。さらに、通常の羽毛布団は1キロ、多くても1.2キロ入りだが、同店の場合、1.5キロ入りの商品も製作している。「これは世界中探しても当店だけ」だという。

 綿の掛布団の評価も高い。

 前述したトルマリンをしみ込ませた"温泉綿"を使用し、特殊素材のマイクロフリースを使用して布団に入った時のひんやり感を解消。また、羽毛布団と同じく独自のキルト構造で、襟元と足もとに隙間をつくらない構造にもなっている。

 さらに、同店の強みは「手作りであること」だ。

「まず生地を広げ、その上に1枚300グラムの綿を乗せ、それを15枚以上も重ねながら形を整え、凹凸を消し、綿のしわを伸ばし、生地のすみずみまでびっしり綿が入るように作り上げていきます」(林社長)

「中高式」と呼ばれる敷布団には、腰の部分にたくさん綿を入れるが、ただ単に一部だけ綿を多くするのではなく、なめらかな曲線を描きながら腰の部分が分厚くなるような微妙な職人技を駆使して製作される。

 多くの布団工場では機械でただ綿を流し込むだけなので、端の部分にまで綿が入らず、型崩れを起こしてしまう。また、中高式のような技法も使えず、腰の部分がすぐにへたってしまうのだという。同店には寝具製作1級技能士が林社長と母の愛子さん、2級技能士が娘夫婦と従業員1人の計3名が在籍する。「国家資格技能士が計5名いるところは多分ほかにはない」(林社長)という人的体制も強みである。

 もちろん、手作りだけに、ユーザーの要望に合わせてオーダーメードが可能。顧客は同店のコンサルティングを受けながら自分に合った布団を作り上げることができる。

左から 綿入れを待つ綿、富士山頂小屋の手作り布団も製作、林社長の手作業による綿入れ、店の2階にある広々とした工房

左から 綿入れを待つ綿、富士山頂小屋の手作り布団も製作、林社長の手作業による綿入れ、店の2階にある広々とした工房

ネット販売で全国にファンが

 現在、櫻道ふとん店の年商は約3億円。40年前の1,000万円の時代を考えると隔世の感があるが、こうした成長の理由のひとつにネット販売への注力がある。

 10年前、林社長は自社サイトでの販売を志し、それなりのコストもかけたが、すぐには結果は出なかった。が、店舗で顧客ニーズをすくいあげながら、性別、年齢、体格、既往症など属性に分けてどのような布団が求められているかをリサーチし、そのデータに基づいて商品の見せ方やキーワードの変更を施すなど工夫を行った結果、次第に売り上げが上昇。全国から注文が舞い込むようになり、いまでは年商の3分の2がネットでの販売となっている。

 さらに各種敷布団の「3週間無料お試しレンタル」制度も好評だ。これは「健康のための敷布団を使用して身体や心に現れる変化を実感するには、少なくとも3週間が必要」との考えから実施されているサービス。それだけ自社製品に自信があるということだろう。

荒木康仁税理士

荒木康仁税理士

 ネット販売のスタートとほぼ同時期に税務顧問となった荒木康仁税理士(税理士法人やるきコンサルティング)の存在も大きかった。荒木税理士は顧問に就任してすぐに「この会社には大きな可能性がある」と感じ、自計化(会計ソフトを導入して自社で財務管理を行うこと)体制を構築。月次巡回監査、月次決算、経営計画の策定を実施した。

 これまでのどんぶり勘定から、リアルタイムの業績が確認できるようになった林社長も「毎月、自分の感覚と実際の業績が合っているのかどうかが確認できるのがありがたいですね。荒木先生には経理面の指導をしっかりやっていただけているので信頼しています」という。

 昨年、大型の新店舗をオープンした櫻道ふとん店。近い将来、林社長は製造部門を分社化する予定だが、その際には財務管理の形態変更を考えていると荒木税理士は言う。

「製造・卸、店舗販売、ネット販売、貸布団の4部門くらいで部門別管理をきっちり行い、それぞれの部門がどれくらい儲けに貢献しているのかを一目で分かるようにしたいと思っています」

 製造部門が分社化されれば、卸し先の新規獲得、取引先の多様化にもつながる。また、薬剤師の林社長夫人は別会社で医薬品卸業を営んでおり、そちらとコラボレーションしながら「眠り」をテーマにした医薬品と布団店の垣根を取り払った戦略的な商品展開も十分考えられる。櫻道ふとん店の先行きは明るい。

(取材協力・荒木康仁税理士/本誌・高根文隆)

会社概要
名称 櫻道ふとん店
業種 布団製造・卸・販売
創業 1968年4月
所在地 静岡県御殿場市萩原992-23
年商 約3億円
従業員数 25名
URL https://www.sakuramichi3776.co.jp
顧問税理士 税理士法人やるきコンサルティング
代表社員 荒木康仁
千葉県市川市八幡3-8-17(本八幡事務所)
千葉県船橋市丸山5-30-3(船橋事務所)
URL: https://www.yaruki-consulting.jp

掲載:『戦略経営者』2023年6月号