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“もしトラ”が現実になった2025年。第2次トランプ政権による朝令暮改をいとわない通商政策により、不確実性が高まっている。矢継ぎ早に打ち出される施策に、経営者はいかに向き合うべきか。本誌連載でおなじみの前嶋和弘氏を直撃した。

プロフィール
まえしま・かずひろ●1965生まれ。アメリカ学会前会長。上智大学外国語学部卒。ジョージタウン大学大学院政治学部修士課程修了(MA)、メリーランド大学大学院政治学部博士課程修了(Ph.D.)。主な著書は『キャンセルカルチャー:アメリカ、貶めあう社会』(小学館)、『アメリカ政治』(共著、有斐閣)、『混迷のアメリカを読みとく10の論点』(共著、慶応義塾大学出版会)など。
前嶋和弘氏

前嶋和弘氏

──本誌2024年1月号のインタビューで「もしトランプ氏が大統領に再び就任すれば、タガが外れるというか、自身に権限を集中するなどして民主主義のプロセスを変え、政策を思うまま実行する可能性がある」と述べられていました。その予測が現実のものとなっています。

前嶋 トランプ氏は昨年の大統領選挙で、不法移民対策や輸入品への関税、一部省庁の削減といった公約を掲げていました。第2次政権が発足して4カ月が経過しましたが、トランプ氏は公約をまさに思いどおりに実行しています。
 ただ、岩盤支持層はいるけれども、政権基盤が脆弱なのも事実です。第1次政権時、共和党と民主党の議席数の差は、下院で40ほどでした。いまは5しかありません。上院も僅差ですから、議会には頼れない。トランプ氏は今回、要職をイエスマンで固めました。さらに米国の政治状況が大きく変わり、共和党が“トランプ党”になった。周囲が公約以上に強硬な政策をトランプ氏に具申しているため、より先鋭化されたかたちで実行されています。

──トランプ氏は就任後100日間で、142本の大統領令に署名しました。本誌連載で「大統領令は張りぼて」と表されています。

前嶋 これも執筆しましたが、大統領には国民と議会を説得して、立法を促す役割があります。多くの大統領令に署名しても、議会での立法が進んでいないため、迂回戦術といえ、予算が付きません。その意味で張りぼてと記しました。
 1960年代、70年代の法律を根拠にしている大統領令もあり、司法の場で争うと敗北する可能性があります。とはいえ、予算が付かなくても、関税をめぐる大統領令で明らかになったように、世界各国は米国と交渉せざるを得ない。トランプ氏周辺はそうした点も織り込み済みであり、世界は壮大なハッタリのストーリーに絡めとられているのです。

日本の信頼度向上は追い風

──石破茂首相は、7月の参院選をひとつのめどに、交渉合意を目指しているようですが……。

前嶋 赤沢亮正経済再生相が訪米し協議した際、グリア米通商代表部(USTR)代表が日本の非関税障壁リストを読み上げ、赤沢氏が優先順位をつけるよう要望したといいます。米国側は、コメや肉、ジャガイモなどの輸入拡大を求めた。米国産ジャガイモの日本への輸出は、現在のところ加工用にかぎられています。というのも、生のジャガイモにはジャガイモシストセンチュウという病害虫が潜んでいる危険性があるためです。食品の安全性を確保する上で、生のジャガイモの輸入は認めるべきではありません。
 日本にとって利益になるなら受け入れ、そうでないものにはノーとはっきり言う。それから、関税自体が米国経済に恩恵をもたらさない点も訴えるべきです。例えば、日本製の工作機械が米国の製造業を強くする上で不可欠である点などを発信する必要があります。関税をかけられたからかけ返す、報復関税のような施策は愚の骨頂といえます。

──したたかな交渉が求められると……。

前嶋 日本は少し高みに立って、自由貿易を基軸とする国際秩序を守るべく、欧州をはじめ各国と連携して交渉に臨んでほしいですね。CPTPP(包括的・先進的環太平洋経済連携協定)などの自由貿易の枠組みが、世界経済にいかに貢献しているかを強調してもらいたい。問題は日本のリーダーシップですが、幸い、各種世論調査結果をみると、日本は近年信頼できる国として評価が高まっています。

──なぜでしょう?

前嶋 かつて、アジアにとっての脅威は日本の軍国主義の復活である、といった説が流布していた時期がありました。いまそのような話は聞かれません。日本はルールを守る国であり、交渉においてはコンセンサスを積み上げていく国であるとの評価が定着しています。
 例えば、外務省が今年4月に公表した、米国における対日世論調査結果によると「米国の友邦として今日の日本は信頼できるか」との問いに対して、77%の人々が「信頼できる」と回答しています(一般の部。有識者の部は97%)。国際社会において日本の信頼度が増している現状は、企業にとってプラスの要素といえるでしょう。

自由貿易体制は続く

──日銀短観をはじめ、経営者の景況感は足元で悪化しています。トランプ政権の通商政策に対して、中小企業経営者はどのような方針で臨めばよいでしょうか。

前嶋 連邦議会における共和党と民主党の議席数の差に象徴されるように、米国は未曽有の分断と拮抗のただ中にあります。将来の政権交代により、気候変動対策やDEI(多様性、公平性、包括性)政策などの方針が180度転換する可能性もある。経営者の方は、政策の振れ幅の大きさに右往左往せざるを得ないところがあるかと思いますが、中長期の視野で戦略を練るべきです。
 気候変動対策を例にとると、カリフォルニア州やニューヨーク州は、35年までにガソリン車の新車販売を禁止する方針を掲げています。日本の自動車メーカーや部品製造会社に影響が見込まれる一方、気候変動対策ニーズは残る。米国内でも、トランプ氏が発動した関税措置に賛成する国民ばかりでなく、景気への影響に対する懸念が広がりはじめています。トランプ関税によって自由貿易体制が終焉するわけではありません。その点を念頭に置きながら、サプライチェーンの多様化などを慎重に検討するべきだと思います。

──今年は戦後80年ですが、日米同盟の行く末を危惧する声も聞かれます。

前嶋 米国第一主義を掲げるトランプ氏は、東アジアの安全保障へのコミットメントをできるかぎり減らしたいと考えています。在日米軍駐留経費の日本側負担率は80%を上回っていますが、これを100%にすべきと言い出している。日本に防衛費のいっそうの増額を迫る局面が近い将来やってくるかもしれません。ただ、日本側の負担率をこれ以上増やすと、在日米軍が日本の傭兵になってしまいます。
 また、トランプ氏には、北朝鮮の金正恩総書記と首脳会談を再度行う腹積もりがあるようです。北朝鮮を「核保有国」と呼び、核保有を認めていなかった歴代の米政権の方針を覆しました。そうしたなか懸念されるのが、韓国が核武装にかじを切ること。韓国は核保有に対する忌避感が少なく、世論調査では核武装に賛成するとの回答が60%を上回ります。
 ロシア、中国にも、北朝鮮、韓国にも核兵器が存在するとなったとき、日本はどうすればよいのか。米国の一部のシンクタンクのレポートでは、日本の核武装容認論が散見されるようになっています。良しあしは別として、日本国内でも核保有など安全保障をめぐる議論は避けられないでしょう。

強固なドル安志向

──ビジネスへの影響は?

前嶋 米国では中小企業を含め、さまざまな企業が軍需産業に関わっています。日本の場合、大手企業が中心となって、国防を名目に武器を生産してきました。こうした体制は将来変化するかもしれません。武器製造の是非については議論の余地がありますが、軍需産業はトランプリスクをチャンスに変えられる領域といえるのではないでしょうか。

──トランプ政権の今後の経済政策をどのように占われますか。

前嶋 トランプ氏は自国の輸出産業に有利な状況をつくるべく、「ドル安」に誘導しようとしています。米国の歴代政権をウオッチしてきたなかで、これほど弱いドルを志向している大統領はいません。一方で、関税により物価が上昇し、インフレをもたらす可能性がある。さらに、インフレが過熱すれば利上げが必要になり、ドル高につながります。いわば暖房と冷房を同時につけているような状況です。ただ、トランプ氏はドル安に導き、輸出を促進させ貿易赤字を削減することを最優先にしているとみてよさそうです。
 洪水のように繰りだされている関税政策については、米国内で訴訟が増えていき、判決次第では中断されるものも出てくるはずです。OECD(経済協力開発機構)は25年の米国経済の実質GDP伸び率の見通しを下方修正しました。関税が米国経済に及ぼすマイナスの影響が徐々に明らかになれば、トランプ氏に再考を促す要素になるでしょう。

──3期目の可能性はありますか。

前嶋 合衆国憲法修正22条において「何人も大統領職に2回をこえて選出されない」と規定されています。3選を目指す場合、この条文を改定する必要がありますが、改憲案の発議には上下両院の3分の2の賛成が必須であるため、現実的ではありません。
 まことしやかにささやかれているのが、28年の大統領選にバンス副大統領が大統領候補、トランプ氏が副大統領候補として出馬するという奇策。ロシアのプーチン氏とメドベージェフ氏のように、大統領と首相が入れ替わった例もありますが、現時点では実現の可能性は低いとみています。

(インタビュー・構成/本誌・小林淳一)

掲載:『戦略経営者』2025年6月号