2023年1月号Vol.129

【特集】「行政のデジタル化」を考える――システム標準化・行政手続きデジタル化の未来

デジタル庁統括官(デジタル社会共通機能担当) 楠 正憲氏
インタビュアー 本誌編集人 飛鷹 聡

デジタル社会の実現へ
いま自治体はかつてない大変革の真っ直中に置かれている。
求められるのは、組織や業務、サービスのデジタル改革だ。
新年を迎えるにあたり、改めて行政のデジタル化を考えるべく
デジタル庁統括官(デジタル社会共通機能担当)の楠正憲氏に話を聞く。

──デジタル社会の実現に向け、いま自治体においてもDX(デジタル・トランスフォーメーション)の推進が不可避となっています。改めてデジタル庁が担う役割を教えてください。

楠正憲(くすのき・まさのり)

楠正憲(くすのき・まさのり)
マイクロソフト、ヤフーなどを経て、2011年内閣官房番号制度推進管理補佐官、2012年政府CIO補佐官、2017年内閣府情報化参与CIO補佐官として、マイナンバー制度を支える情報システム基盤構築に携わる。2021年9月から現職。東京都デジタルトランスフォーメーションフェロー、福岡市政策アドバイザーなども務める。

 自治体のデジタル化は、総務省を中心として以前から進められてきたことです。ただ、これからのデジタル社会においては官民を問わず国全体で未来志向のDXを大胆に推進することが必要で、デジタル庁はその役割を担う政府機関として創設されました。
 国・地方の情報システムの整備方針を立てる役割も担っていることから、各府省と『デジタル田園都市国家構想』の実現に取り組むほか、情報システムの標準化・共通化では「ガバメントクラウド」の活用推進で自治体の皆さんをご支援しています。
 また、DX推進に目を向けると、これを担うデジタル人材の不足という大きな問題もあります。これは地方ほど顕著で、人材の底上げや専門性の向上を図るとともに、専門人材の育成・確保を同時に進めることが必要でしょう。これについても所管府省と協力して取り組んでいく考えです。

なぜ、システムを標準化するのか

──自治体にとってシステムの標準化は、歴史の転換点ともいえる大きな環境変化です。

 そうですね。そもそも標準化の議論は2040年問題への課題認識から始まりました。一つの転機となったのが総務省の「自治体戦略2040構想研究会」で、最終報告書では従来の半分の職員でも自治体が本来担うべき機能を発揮できるよう〈スマート自治体への転換〉と、これに向けた〈情報システムや申請様式の標準化・共通化の推進〉が提言されました。この議論は、その後、私も参加した「地方自治体における業務プロセス・システムの標準化及びAI・ロボティクスの活用に関する研究会」に引き継がれました。
 議論を一段と加速させたのが、新型コロナウイルス感染症の流行です。各種給付金の支給で行政のデジタル化の遅れが顕在化し、日本社会全体でDXを進める必要性が広く認識されることとなりました。そして、デジタル庁の「マイナンバー制度及び国と地方のデジタル基盤抜本改善ワーキンググループ」が発足し、国・地方を通じたデジタル基盤構築へ自治体の情報システムとデータ形式、APIの標準化・共通化など議論が深まりました。
 ほかにも総務省「自治体システム等標準化検討会」が住民記録・税務システムなどの標準化を検討するなど、さまざまな動きがある中で、経済財政諮問会議(19年12月)が『経済・財政再生計画改革工程表』の主要分野に〈次世代型行政サービスの早期実現〉を盛り込み、いまの20業務システムの標準化につながってきたわけです。

本誌編集委員 飛鷹 聡

本誌編集委員 飛鷹 聡

──自治体にとって、システム標準化の意義とは何なのでしょうか。

 システムの標準化とは、あくまでもDXのための土台づくりです。その意味で25年度末は〝ゴール〟ではなく、未来への〝スタートライン〟に過ぎません。タイトなスケジュールに加え、規程類や業務フローの見直しなど自治体の皆さんは大変な苦労をされていると思いますが、これを乗り越えた先には新たな世界が広がっています。
 その意味で、標準化の意義の一つに「スケールメリットの発揮」が挙げられます。自治体の足並みが揃うことで運用管理コストの最適化が図られるほか、新たな機能や業務プロセスなどの〝ベストプラクティス〟の全国展開が可能となります。その結果、業務が効率化され、必要な部分にリソースを集中できるようになり、行政サービスの質を向上することも期待されます。また、eラーニングを共同で活用して人材を育成することもできるでしょう。
 そして、最終的には新たな市場競争やイノベーションが起こる世界をつくり出し、システムベンダーなども巻き込んで地域が抱えるさまざまな社会課題の解決に資するサービスを創出していく──そんなデジタル社会となることが理想だと考えています。

時代とともに変わる
行政サービス

──標準化と並行して、ガバメントクラウドの構築も進められています。これについてはいかがでしょうか。

 ガバメントクラウドとは、国・地方が利用する共通クラウド基盤です。国・地方、利用者(住民、事業者)それぞれが〝便利〟な行政サービスのデジタル化推進を目指して、クラウドサービスの利点を最大限に活用し、最新の技術水準を維持しつつコスト効率の高い環境を整備します。
 ガバメントクラウドには現在、4社のパブリッククラウド(サーバーやソフトウエア、回線などのリソースをユーザーが共有して利用するオープンな環境)が選定されています。日々進化するデジタル技術へ柔軟に対応しながら、利用者に新たなサービスを迅速に届ける──その一つの答えがパブリッククラウドだということです。
 ITの世界では、よくコンシューマライゼーションといわれますが、かつて情報システムは企業等に向けて高機能・高性能な製品が開発され、それを簡略化したものが消費者に提供されてきました。しかし、いまや最先端のものはまず消費者に提供され、行政や企業がこれを後追いしている状況です。行政サービスでも、その時点で最もポピュラーなものを積極的に活用するという意識改革が欠かせません。
 また、パブリッククラウドは必要に応じてメモリ容量やデータ保存容量などを容易に増減できるシステムの拡張性や、運用管理の自動化によるコスト削減効果という点でも優れています。さらに、データ保護など高い情報セキュリティレベルの確保が一層重要となる中で、専門人材の確保・育成が追い付かないという現実的な課題もあります。この点でも、常に多くのユーザーに鍛えられているパブリッククラウドが一つの選択肢になると考えます。

──国・地方のデジタル化が目指す姿として「公共サービスメッシュ」があります。行政サービスのデジタル化でも今後、中核的な役割を担うと想定されます。

 公共サービスメッシュとは、行政機関間でのデータ連携基盤のことです。これにより、利用者の負担軽減や行政のコスト削減・正確性向上を目指します。25年度の実装を目標として現在、制度・技術的検討が進められています。
 これ自体は非常に大掛かりな計画ですが、ここで目指す行政機関間のデータ連携による利便性の高いデジタルサービスの実現ということでは、現行の取り組みの中でも少しずつ成果が出てきています。その一つが「ワクチン接種記録システム」です。これにより、国が標準システムを提供して、自治体がデータを管理するという新しいモデルを構築。さらに利用者には「ワクチンパスポート(新型コロナワクチン接種証明書)アプリ」を提供し、スマートフォンから接種証明書を取得・活用できる仕組みを実現しました。

出典:『デジタル社会の実現に向けた重点計画』(デジタル庁)

デジタル社会の主役は自治体だ!

──デジタル社会の実現へ、自治体に求められるものは何でしょうか。

 デジタル社会の実現で重要なことは、それぞれの地方で実際に住民等と接している自治体こそが主役だということです。
 DXの意義は〈デジタル化を前提とした変革〉であり、単なる作業のデジタル化ではありません。最も大事なのは「X:トランスフォーメーション」で、それをできるのは自治体自身です。国ができることはせいぜいリソースの配分や横展開、ルールづくりなどに限られ、自治体の皆さんには「自分たちこそが主役だ。国はそれをサポートする役割だ」という意識で取り組んでいただければと考えています。
 現在、私は東京都と福岡市のアドバイザーを務めていますが、これはデジタル庁だけにいると自治体に本当に必要なことが分からないと考えたためです。われわれもまだ手探りで進めている状況です。「こんなことをやりたいが、そのためにここを改善してほしい」など、皆さんから声を上げてもらうことが大切です。ぜひ、「デジタル改革共創プラットフォーム」などを通じて積極的に現場の知見を共有していただきたいですね。

──今後の計画などお聞かせください。

 詳細は『デジタル社会の実現に向けた重点計画』をご覧いただければと思います。私が今後数年間における重要課題と考えているのは、「デジタル化の一層の推進」と「マイナンバー関連システムの見直し」の二つです。
 一つ目は、これまで紙で当たり前にできていたことをデジタル化し、真のDXを推進するということです。現状ではデジタル化しようとした途端に本人認証やデータ連携などの壁にぶつかります。これについては、各府省庁等と緊密に連携してシステム・制度施策などの追加・見直しを検討し、これまで以上にスピード感をもって取り組むことが必要でしょう。
 もう一つは、昨今、民間企業でもシステムの運用・保守に手間がかかるといったオープンレガシーの問題が発生していますが、マイナンバー関連システムも同様です。マイナンバーでいろいろなシステムがつながるようになったことで、この数年で「あれもできる」「これもできる」とメリットを追い続けてきた結果、システムが複雑化し、DX実現の妨げとなっています。これをどう解消するか。また、さまざまなシステムがつながることを前提とした品質担保のあり方などのルール化の検討も急がれると考えています。

──おっしゃるとおりですね。

 世界各国に比べ、日本社会のデジタル化は大きく遅れています。要因はさまざまですが、根本では産業構造や労働慣行の問題も密接に関わっています。日本社会ではかつての〈人や現場主義〉による成功体験が根強く、〈デジタルの力〉を過小評価してきました。加えて、人材不足やコスト削減のためITリソースの外部化を積極的に進めたことも挙げられます。その結果、官民を問わずユーザーからDX推進に必要なスキルが失われてしまった──いわば自治体はこの問題に真っ先に直面しているわけです。
 いま、標準化を通じて自治体の基幹業務システムを長年のくびきから解き放つ努力をしていますが、われわれ自身もこの数年間の活動を振り返り改善すべき点は改善する時期になったと感じています。その意味では、自治体の皆さんとともに、利用者目線で行政サービスへ新たな価値を創出するDXを率先垂範していく決意が問われているといえるのではないでしょうか。

出典:『デジタル社会の実現に向けた重点計画』(デジタル庁)

出典:『デジタル社会の実現に向けた重点計画』(デジタル庁)

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