健康寿命の延伸により職業生活が長期化する中、ビジネスパーソンが主体的に知識や技能の習得を目指す「リカレント教育(学び直し)」に注目が集まっている。大学など教育機関や社内制度を設けて学び直しに力を注ぐ企業の取り組みを通して、人生100年時代における学び直しの在り方を探る。

プロフィール
かざま・はるか●2008年みずほ総合研究所入社。みずほ総合研究所金融調査部、経済調査部、欧米調査部などを経て、2018年5月より現職。現在、働き方改革に関する調査・分析を担当。最近発刊した主なレポートに「ミドル・シニア人材の学び直し~適した学び方により、新しいスキル獲得は十分可能」(みずほインサイト2018年11月)、「働き方改革2.0~改革実現に向けて真に必要な取組は何か?」(緊急レポート2019年3月)等がある。
大学で学び直す

 AIやRPA、フィンテックなどの台頭により、人間が担ってきた仕事に機械化の波が押し寄せています。最近では、経験や判断が必要とされてきた頭脳労働の分野での機械化も目立つようになってきており、この動きはさらに加速することが予想されます。

 一方で、少子高齢化や日本人の健康寿命(日常生活に制限のない期間)が伸びていることを背景に、定年の延長や廃止が議論されるようになり、労働環境は目まぐるしいスピードで変貌を遂げようとしています。

 このような状況において、個人のパフォーマンスを最大限に発揮するには、ビジネスパーソン自身が変化のスピードに対応するための知識やスキルを獲得することが必要です。そこで注目を浴びているのが、自らすすんで学び直しや自己啓発に取り組む「リカレント教育」です。

「平成30年度年次経済財政白書」(内閣府)は、ビジネスパーソンが大学や専門学校などの教育機関での学習、講演会・セミナーへの参加、テレビや書籍からの学びといった自己啓発を行うことで、将来的な年収の増加や生産性向上といった効果が得られることを明らかにしています。

日本は学び直し後進国

 文部科学省が、大学等教育機関で学び直しを行っている社会人を対象にした調査によると、その目的として、「専門的知識を得たい」という回答が最も多く挙がっています。以下、「論理的思考能力」「問題設定・解決能力」「情報分析能力」「プレゼンテーション能力」(を得たい)と続くことから、AIやロボットに代替されにくい、高い創造性を発揮するためのスキルを獲得したいという意欲が感じられます。

 一方で、大学等教育機関を利用して学び直しを行っている社会人学生の割合は、他国と比べて少ないという現状があります。

 図1(『戦略経営者』2019年8月号9頁参照)は25~64歳のうち、大学等教育機関で教育を受けている社会人学生の割合を比較したものですが、諸外国と比べて日本の割合は低いことが分かります。実際に数字を見ると、英国16%、米国14%に対し、日本は2.4%でOECD平均である11%を下回っています。

 年代別に見ると、年齢を重ねるとともに学びへの意欲が弱まる傾向にあることが分かります。文部科学省が16年に実施した「学習意欲の低下度合い」に関する調査によれば、「大学、大学院、短期大学、専門学校等の学校において学習したことはなく、今後も学習したいと思わない」との質問に、最も多く「YES」と回答したのは60歳以上のビジネスパーソンでした。50代、40代、30代、30歳未満と年齢が若くなるにつれて学び直しの意欲は上昇傾向になりますが、それでも30歳未満の40%弱は「学習したいと思わない」と回答しています。

 ビジネスパーソンが学び直しに消極的である理由として、次のような要因が考えられます。

 一つは「費用」です。受講料やテキスト代など、学び直しには一定の費用が発生します。特に、教育機関に通学する場合であれば、セミナーや読書といった他の自己啓発手段に比べてコストが高くなります。人によっては、子どもの養育費や住宅ローンの支払いを優先する必要があり、これ以上の出費を避けたいと二の足を踏むケースが考えられます。

 もう一つは「時間」です。特に、勤務時間が長く、学び直しに費やせる時間を確保できないと考えるビジネスパーソンが多いようです。

 他にも、学び直しの必要性を感じない、関心がないといった「意識」の問題や、自分の要求に適した教育課程がない、受講場所が遠いなどの物理的なハードルがあり、ビジネスパーソンにとって、学び直しがいかに困難であるかがうかがえます。

 学び直しが浸透するには、ビジネスパーソンが気軽に学べるための制度設計や、働き方改革によって余暇時間を生み出す取り組みを促すために、社会全体や企業、個人の意識を根本から変える必要があるでしょう。

ミドル・シニアこそ学び直しを

 人間の認知能力(創造力、記憶力、適応力、処理能力を含む能力)や生産性は年齢とともに低下していきます。図2(『戦略経営者』2019年8月号10頁参照)は年齢と認知能力の関係を示したグラフですが、とりわけ30代後半から40代半ば以降で低下ペースが速くなっていることが分かります。認知能力の低下により、新しい問題の解決やなじみのない業務遂行が困難になり、その結果、生産性の低下につながります。

 一方、少子高齢化が進む日本社会において、労働力人口の年齢構成割合は、ミドル・シニア層(45歳以上のビジネスパーソン)が中心となってきています。2020年には、45~54歳の団塊ジュニア世代(1971~74年生まれ)が最大のボリューム層になると言われており、さらに45歳以上の労働者が労働力人口全体の半分強を占めることから、ミドル・シニア人材の能力開発に向けた取り組みが、企業のパフォーマンスや業績に直結すると言っても過言ではありません。

 しかし、日本企業の約4割がミドル・シニアの学び直しについて具体的な施策を打ち出せていません。背景には、学び直しのための投資を行ったとしても、若手従業員と比べて新しい知識やスキルの吸収が遅く、残りの就業期間が短いため、コストを十分に回収できないという思い込みが根強く存在すると考えられます。しかし、この認識は誤りで、正しい学び直しの方法さえ理解しておけば、ミドル・シニア層であっても能力向上は可能です。

 それでは、ミドル・シニア層が学び直しを効果的に行うためには、どのようなポイントを押さえておく必要があるのでしょうか。

 ミドル・シニア層に適した学び直しのアプローチとして効果的なのは、過去に従事していた、もしくは現在従事している業務との関連が深い学習を提供することです。人間は年齢を重ねても、蓄積した知識や経験あるいは現在の業務の課題解決に関連付けて学ぶことで、習得スピードが格段に上がるという研究結果があります。

 例えば、文書作成ソフトウエアのトレーニングと習熟度テストを、文書作成・編集の未経験者と経験者の二つのグループに分けて実施したところ、未経験者グループでは、点数が高い順に若年層(20代半ば)、ミドル層(40代半ば)、シニア層(60代半ば)と並びましたが、経験者グループでは年齢層による差がほとんどみられませんでした。このように、ミドル・シニア層に関しては、自らの経験や知識に直結したり、応用できるスキルを中心に学ぶことで、効果が十分に期待できます。

 企業は従業員の自己啓発を促進すると同時に、ミドル・シニア層における能力開発の機会を積極的に設ける必要があると言えます。

キャリアプランを練る

 企業が従業員に対して学ぶ機会を提供する際には、大学等教育機関でのリカレント教育にかかる費用を負担するだけではなく、機動的な人材配置や柔軟な勤務制度の整備、より高度な業務を割り当てるなど、包括的に「学ぶ」体制を整えるように心がけてください。また、全従業員に対して画一的に学び直しを行わせる制度を設けることは現実的ではないので、意欲のある人や、必要な人に機会を提供するというアプローチが望ましいでしょう。

 そのためには、企業側が従業員のニーズをくみ上げ、社内規定等のルールを整備し施策へと反映するとともに、一人ひとりが自らのキャリアプランをしっかり考えるよう指導することが重要です。

 企業内で学び直しの機会を提供するのが難しい場合は、副業や兼業を推奨し、企業の外にスキル向上の機会をつくり出すことも、方法の一つとして考えられます。あくまでも、収入を得るためではなく、別の仕事で得た経験を本業に生かすことを目的として考えれば、副業や兼業も学び直しの手段としては効果的と考えられます。

 学び直しを柔軟に捉えて、年齢によらないスキル向上の機会を提供することが肝要と言えます。

(インタビュー・構成/本誌・中井修平)

掲載:『戦略経営者』2019年8月号