70歳までの就業機会確保を努力義務とする、改正高年齢者雇用安定法の施行が目前にせまっている。企業には、第二の人生に移行する社員を支援する施策が求められる今回の法改正。コロナ後を見据え、体制づくりに早期に着手しておきたい。

プロフィール
こまつ・たかし●代表取締役社長。野村総合研究所にて、産業分野の企業向けのITコンサルティングに従事した後、2018年より現職。「地方創生×シニア就労×デジタル」をテーマに、新規事業企画や、高齢化社会に関する情報発信・社会提言に取り組む。
たかだ・のぶあき●シニアコンサルタント。専門は高齢化社会、地方創生・地域経済、産業政策。『2015年の日本』(東洋経済新報社)、『中国第三の波濱海新区とTEDAの衝撃』(日経BP社)などの著書がある。

──日本における高齢者就労の実情について教えてください。

ベテランを生かす経営

高田 当社では55~79歳のシニア世代を対象としたアンケート調査を毎年行っています。昨年3月に実施した調査では2,500人から回答を得ましたが、就労している人の割合は36.8%でした。このうち正社員が約4割を占め、パートや嘱託などが31.8%、自営業が13.8%、フリーランス・個人事業主が11.3%という結果になりました。
 海外諸国と比較すると、日本は65歳以上の労働力率(人口に対する労働力の割合)で、シンガポールと並んで男女ともトップクラスの水準にあります。アジア諸国の労働力率は欧米各国よりも高い傾向にあり、年金制度をはじめとする社会福祉の充実度や労働に対する価値観の違いなどが背景にあると考えられます。
 労働力率と健康寿命の間に明確な関係は見いだせませんが、日本やシンガポールなど東アジア先進国では、いずれの数値も高くなっています。日本の健康寿命は男性72.14歳、女性74.79歳(いずれも2016年)であり、主要先進国ではシンガポールにつぐ高さとなっています。労働は取りも直さず頭と体力を使うため、認知症やフレイル(要介護にいたる前段階)予防に役立つことを示唆しています。

──改正高年齢者雇用安定法(以下、高齢法)が4月に施行されますが、その認知度は?

高田 先のアンケート調査で法改正の認知度を尋ねたところ、「内容をよく知っている」と回答した人は2割にとどまりました。男女とも年齢が上昇するほど認知度は高まるものの、「聞いたことはあるが、内容はよく知らない」と回答した人が大半でした。

兼業・副業に高い関心

──改正高齢法で設けられた、働き方の新たな枠組みを教えてください。

小松 高齢法は2013年に行われた改正で、希望者の65歳までの雇用が義務化され、①定年の廃止②定年の引き上げ③継続雇用制度の導入という3つの選択肢が設けられました。そして今回の改正により、70歳まで働く機会の確保が「努力義務化」されました。努力義務の選択肢として追加されるのは④フリーランス契約⑤社会貢献活動支援の2項目で、いずれも「雇用」以外の内容となっている点が特徴といえます(『戦略経営者』2021年3月号P29図表1参照)。
 昨今、特に報道される頻度が増えているのが④の事例です。例えばある大手広告代理店では、中高年社員の一部と業務委託契約を結び、個人事業主として働くことのできる制度を導入しました。以前にも健康機器メーカーが同様の制度を設けて話題になりましたが、働き方のひとつとして導入を検討する企業は今後増えていくのではないでしょうか。

──改正法の施行で企業経営にどのような影響がおよぶと予想されますか。

小松 そもそも今回の法改正の趣旨は、高齢者にさまざまな働き方の選択肢を設けることにありますが、施行が与える影響はシニア社員にとどまりません。定年後の人事制度設計の問題だけでなく、若手からミドル層までの現役世代の人材育成や人事評価体系なども見直す必要があります。シニア社員が活躍できる仕事をつくり出し、成果を正しく評価する力が企業には求められます。これは「ジョブ型雇用」の考え方です。そして、シニア社員を大切にする経営姿勢は、求職者にとってひとつの評価軸となります。企業がシニアを生かす力、すなわち「シニア活用リテラシー」は、企業の成長と存続に大きく影響を及ぼすでしょう。
 とりわけ製造業をはじめとする、技術やノウハウの伝承が重視される業種では、シニア社員の果たす役割は大きいといえます。あるいは対人関係を円滑に構築する能力などの、パーソナルスキルも見直されるでしょう。シニア社員を大切にする経営姿勢は中堅、若手社員のやる気やロイヤルティー向上にもにプラスに働くはずです。

──実際、高齢者は雇用延長制度を利用して、どのような働き方を希望しているのでしょうか。

小松 改正高齢法の選択肢として含まれていませんが、アンケート調査の結果、「兼業で別の仕事にも取り組みたい」との回答が多数にのぼりました。第二の人生に踏み出すには、60歳より前のなるべく早い時期から働き方を変えていく必要があります。意識変革を促すには、若手中堅層が兼業、副業を活用できる環境づくりが有効です。副業は、いまミドル層を中心に注目されていますが、仕事に対して多様な価値観を持つシニアこそ活用すべきであり、「シニア版マルチワーカー」がいずれ主流になると思います。

伸びしろのあるスマホ保有率

──兼業・副業が〝シニア活用〟を促すカギになると。

小松 やる気や能力はあるものの、仕事量やポジションに不満を感じているシニア社員は少なくないはずです。兼業や副業の実践を通して社外に身を置いてみると、自身の市場価値に気づくことができる。地域貢献活動に参加したり、スキルシェアサービスを活用して単発の仕事を請け負ったりするのも手です。

──快適な職場環境づくりも求められます。

高田 ある人材会社の調査によると、シニア人材の活用が進んでいる業種として、警備業、流通業、外食産業、そして物流業が挙げられていました。これらの業種で共通するのは、高齢者が従事できる業務を比較的容易に切り分けられるところ。製造業や農業などの現場では、アシストスーツを用いて作業負担を軽減している例もあります。一方、コンビニエンスストアの店員のように、接客や商品陳列、店内調理といった多能工的な役割が求められる業種は、ハードルが高いかもしれません。

──ホワイトカラーの職場における環境整備は?

小松 ソフト面のサポートは以前なら職場の雰囲気など、オフィスを中心にした発想でよかった。しかし、コロナ禍でテレワークが推奨され、オフィスの位置づけは様変わりしました。とはいえ、毎日在宅で働くのは高齢者にとって望ましいのかどうか。健康維持の観点から悩ましい問題です。
 ハード面での環境づくりでは、デジタルツールの活用が重要です。日本の高齢者のスマートフォン保有率は毎年上昇しており、昨年には75~79歳の層で50%をこえました。もっとも、50歳以上の保有率は44%と海外諸国と比べると低い数値にとどまっており、急速な高齢化の進展が見込まれる韓国では、この世代での保有率は9割をこえています。日本では世代間のギャップも顕著で、50歳以上と35~49歳の世代の保有率には49ポイントもの差があります。こうした世代間格差の解消を図っていく必要もあるでしょう。

女性シニア層に可能性

──アンケート調査では、女性シニア層に高い求職意識が見受けられたそうですね。

高田 女性の就労状況を年代別に調べたところ、55~69歳の世代に潜在的求職者が集中していることがわかりました。
 この世代は、男女雇用機会均等法が定着する以前の、男女間で不平等な就労慣行が残る時期に20~34歳だった人々です。当時は、就労意欲はあっても結婚、出産、育児期を経て働きつづけるのは難しい時代でした。そうした世代の人々が育児を終えて自分の時間が生まれ、社会参加を希望していることが読み取れます。
 ただ、求職活動までいたらない人々も少なからずいて、「健康の不安がある」、「家族を介護しなければならない」、「仕事の探し方がわからない」といった理由が挙がりました。結婚や出産を機に離職して専業主婦になったり、非正規雇用として働いていたりした女性が50代なかばを過ぎて職を探そうとしたとき、何ができるか自信を持てずためらってしまう場合もあると思います。

──女性シニア層の就労を促すにはどのような施策が有効ですか。

小松 女性の働きたい理由を詳しく分析すると、「生きがい、自己実現」を最も重視していることがわかりました。育児を終えた専業主婦などは、自身の存在意義を実感できる職に就きたいとの願望があるのです。こうした世代の女性に対して、やりたい仕事に気づいてもらえる場や、学び直しによりスキルを習得できる機会を設けるなどして、求職活動に対して躊躇(ちゅうちょ)している女性を後押しする施策が求められます。
 今回の法改正では70歳までの就業機会確保は努力義務にとどまっていますが、将来的には義務化も予想されます。将来を見据え、シニア人材活用に向けた社内制度や環境づくりに着手しておくことが肝要です。

(インタビュー・構成/本誌・小林淳一)

掲載:『戦略経営者』2021年3月号