ドローンを使った撮影や画像解析を手がけるDRONE PILOT AGENCYの代表であり、グロービス経営大学院の公認団体「グロービスMBAマンガ研究会」の立ち上げメンバーである上野豪氏は「漫画は経営を学ぶ最強の武器」と語る。上野氏に会社経営やビジネスに効く漫画作品を聞いた。

プロフィール
うえの・つよし●DRONE PILOT AGENCY代表取締役。グロービス経営大学院修了(MBA)。MBAマンガアナリスト。『スタンドUPスタート』監修。2017年にDRONE PILOT AGENCYを設立。ドローンと画像処理・解析による構造物などの劣化診断を中心に事業拡大中。著書に『神マンガのストーリーで学ぶMBA入門』(かんき出版)など。好きな漫画は『うしおととら』。

──グロービスMBAマンガ研究会とはどのような組織ですか。

上野豪 氏

上野豪 氏

上野「身近な漫画作品からビジネスに必要な知識やノウハウを学ぶ」をテーマに発足したグロービス経営大学院の公認クラブです。所属会員は700人ほどで、ビジネスに効く作品を紹介するビブリオバトルや漫画編集者を招いてのトークイベント等を通して、ビジネスリーダーに欠かせないスキルやマインドの醸成を図っています。
 最近の活動としては、『週刊ヤングジャンプ』(集英社)の春日井宏往副編集長や講談社の元漫画編集者で現在はコルクという会社の代表を務めている佐渡島庸平さんを招き、魅力あるコンテンツづくりのポイントや出版業界の特徴と未来についてお話いただきました。

──漫画作品に影響を受けたビジネスパーソンも多いと聞きます。

上野 MBA時代に経営者・経営幹部300~400人に「ビジネスに影響を与えた漫画はありますか」というアンケートを取ったところ、8割以上が「ある」と答えました。例えば、ある大手企業の幹部の方は『こちら葛飾区亀有公園前派出所』(原作・秋本治、集英社)と『スラムダンク』(同・井上雄彦、集英社)を愛読書に挙げており、なかでも『スラムダンク』に登場する安西先生の格言が座右の銘で、このことばを書いたメモを常に持ち歩き、困難や逆境に直面するたびに読み返しては気持ちを奮い立たせているそうです。

──愛読作品は?

上野 いろいろありますが、折に触れて読み返すのは『うしおととら』(同・藤田和日郎、小学館)、『マスターキートン』(同・浦沢直樹、小学館)、『ドラえもん』(同・藤子・F・不二雄、小学館)の3作品ですね。『うしおととら』は主人公のうしおと相棒のとらが敵に敢然と立ち向かう姿にいつも勇気をもらっています。『マスターキートン』は未知なる世界の一端をのぞかせてくれる作品で、好奇心や知識欲が刺激されます。『ドラえもん』は改めて説明するまでもありませんが、藤子先生が描く"すこしふしぎ"な世界観がたまらなく好きで、読み返すたびに「未来の世界」を想像する力がかき立てられます。

社員を"信じて託す"

──今回は「マネジメント」「経営戦略」「会計データの活用」の3つの観点から参考になる漫画作品をそれぞれ挙げていただきます。まず「マネジメント」の観点で学べる作品を教えてください。

上野『ビッグコミックスピリッツ』で連載中の『アオアシ』(同・小林有吾、小学館)は組織マネジメントやチームビルディングに大きな示唆を与えている作品です。青井葦人という少年がJリーグのユースチームで監督を務める福田達也に才能を見込まれ、サッカー選手への道のりを歩み始めるというストーリーですが、ビジネスの視点で注目すべきは福田監督の育成手法です。

──詳しく教えてください。

上野 彼はユースチームの監督ですから、常に「将来有望な選手を育てる」ことを念頭に置いています。と同時に当然ながらチームの勝利も要求される。育成と勝利の両立は容易ではありませんが、福田監督の一挙手一投足を見ていると両者のバランスが非常に優れていることが分かります。
 例えば、福田監督はチームの選手に対して熱心に指導します。時には厳しい口調でダメ出しするものの、ひとたび試合が始まると選手の動きに口出しすることなく自らが気づくように、ティーチングではなくコーチングを行います。自分で考えてたどり着いた結論こそが、選手たちのモノとなるからです。技術面には積極的に口出しする一方、試合中はたとえミスをしても、失点を防げなくても、挽回するのを信じて待つ。このスタンスは組織を率いるリーダーにとって得るものが多いと思います。

──時に熱心に、時に厳しく指導しつつも、最終的には選手を信じて託す監督の姿勢がビジネスリーダーのあるべき姿と重なるわけですね。

上野 成果を出し続ける"強い組織"をつくるにはリーダーが率先して動くことも大切ですが、スキルが未熟な社員を的確に指導しつつ、現場経験をたくさん積ませて、結果を残すまで信じて待つことも重要です。積極的に指導しつつ、最終的には選手を信じる福田監督は、まさにビジネスリーダーの理想を体現したキャラクターと言えるでしょう。
 このほかにも、福田監督はミスをした選手を前向きな言葉で鼓舞したり、ハングリー精神の強い選手にはあえて厳しい言葉で突き放したりと、選手の個性に合わせた指導が上手です。一方で、常に「この判断は正しかったのか」と自問自答するなど"弱さ"も抱えている。育成と勝利の板ばさみに苦しみながらも己の信念を貫こうとする福田監督に、自分自身を投影するビジネスパーソンは少なくないようです。

「勝ちパターン」を構造化せよ

──続いて、「経営戦略」を策定することの重要性が学べる作品を教えてください。

上野 そもそも経営戦略とは、市場において持続的な競争優位性を確保するためのアクションプランを言います。要するに「自社が競合他社との競争に勝ち続けるために構造化されたプラン」のことです。明確な戦略を掲げていない企業もありますが、事業の存続と発展を促すには自社にとっての「勝ちパターン」、すなわち経営戦略の策定が欠かせません。
 その意味で言うと、『バクマン。』(原作・大場つぐみ、作画・小畑健、集英社)に登場する真城最高と高木秋人の2人が漫画雑誌の人気ランキングで1位を取るために綿密な計画を立て、話題作を生み出す姿からは、経営戦略を策定することの大切さが伝わってきます。

──というと?

上野『バクマン。』は類いまれな画力を持つ真城最高と抜きんでた発想力と文才を持つ高木秋人の2人が、プロの漫画家として成長していく過程を描いた作品です。
 作中で2人はさまざまな作品を発表するのですが、単に「人気が出そうだから」「今のトレンドだから」といった理由だけで物語を考えることはしません。「人気ランキングでトップを取る」ことを念頭に置きながら、話題作の作風や読者による人気投票の結果を研究し、「どのようなストーリー展開ならトップを狙えるか」「自分たちの強みを発揮できるか」を明確にしたうえで作品を練り上げるのです。例えば王道バトルものが誌上を席巻していれば、ミステリーテイストの物語で対抗し、読者を引き込もうと試みました。こういった試行錯誤を積み重ねるなかで、2人の作品も一躍、話題作の仲間入りを果たすわけです。
 ビジネスも同じです。先ほど述べたように、経営戦略を立てずに収益を生み出すことは可能かもしれませんが、収益を生み出し〝続ける〟ことは難しいでしょう。最高と秋人の2人が「人気作品ランキングでトップを取る」という目標に向けて競争相手や読者の分析を徹底したように、競合他社や顧客を研究し、自社の勝ちパターンを構造化して初めて市場での競争優位性を確保できるのです。

──市場における競争を勝ち抜くためにも「勝ちパターン」を構造化する必要があり、『バクマン。』では一連の重要性が示唆されているわけですね。

上野 そのとおりです。

「数字」から打ち手を導く

──最後に、会計データを活用することの大切さが学べる作品を教えてください。

上野 ボートレースをテーマにした『モンキーターン』(同・河合克敏、小学館)は会計を経営に生かすことの重要さが理解できる作品です。

──ボートレースと会計、一見するとまったく関係がないように思えますが……。

上野『モンキーターン』は主人公の波多野憲二がボートレーサーとして周りの選手たちと切磋琢磨しながらレースに挑んでいく作品ですが、ビジネス的視点から読み進めると「数字」をうまく活用している描写が目に留まります。

──具体的に言うと?

上野 ボートレースではモーターの性能や選手の体重などさまざまな数字が勝負の行方を左右するので、選手はモーターを調整したり減量することでレースに臨みます。例えば、勝率の低いモーターを引き当てた選手はレースまでにモーターの調整に没頭し、性能を引き上げたことでレースに勝利します。ある選手は体重を絞ったことで結果を残します。このように数値データから今の状態を把握し打ち手を考えて行動に移すさまは、経営者が最新業績をもとに今後の対策を検討することと重なります。

──なるほど。

上野「会計」と聞くと経費精算や会計ソフトに仕訳を入力することをイメージしがちですが、会計の本質は最新業績をもとに自社の立ち位置を把握したり、具体的な戦略を導くための参考にするところにあります。繰り返しになりますが、『モンキーターン』のキャラクターたちが勝利のために現状を数字に換算して分析し、行動に移す姿は、会計情報を活用することの大切さを示唆しているのです。

「全ての漫画が教科書になる」

──上野さんは『週刊ヤングジャンプ』で連載中の『スタンドUPスタート』(同・福田秀、集英社)の監修を務めておられます。どのような作品ですか。

上野「人間投資家」を名乗る三星大陽がメガバンクで左遷されたベテラン社員、就活で挫折した青年、専業主婦などさまざまな"ワケあり人材"に投資してスタートアップを促すという作品です。ストーリー柄、ビジネスパーソンの方に多くお読みいただいており、単行本も7巻まで発売されるなど反響も大きいです。

──監修を務めるに至ったいきさつを教えてください。

上野 ある医療漫画の監修を務めていたグロービス生の紹介で、『ヤングジャンプ』でビジネスマンガを企画していた編集者の大熊八甲さん、漫画家の福田秀先生とお会いしたところ、「一緒に作品をつくってほしい」とオファーされて……。漫画好きからすれば願ってもない話でしたので、二つ返事でOKしました。

──最後に中小企業経営者にメッセージをお願いします。

上野 最初にお話ししたように、多くのビジネスパーソンは漫画に影響を受けており、ジャンルを見てもバトルものからコメディー作品までとても幅広い。そういう意味でも、すべての漫画がビジネスの教科書になるのです。ぜひ身近な作品を「ビジネスに生かす」という視点で読み進めてください。今までは気づかなかった発見が多く得られることでしょう。

(インタビュー・構成/本誌・中井修平)

掲載:『戦略経営者』2022年7月号