コロナ収束を見据え回復が期待されている日本の観光業。相対的に物価が安く、歴史や自然、文化コンテンツの潜在力から海外からの注目も衰えていない。持続可能な成熟した観光ビジネスのあり方を探る。

プロフィール
みやざき・としや●株式会社三菱総合研究所スマート・リージョン本部国土・地域政策グループ観光立国実現支援チームリーダー。得意分野は持続可能な観光・地域や富裕旅行市場の見える化、観光統計・ビッグデータの分析など。
観光サバイバル2

 一口に観光業といっても、事業所数や従業者数を特定することは容易ではない。その規模が把握できているかというと、実はあいまいなのだ。産業分類でも観光という区分はなく、宿泊業、飲食業、運輸業、小売業に分類される。観光客向けのみでビジネスを行っている会社は意外に少なく、その全体像はなかなかつかまえにくいのである。 

 観光業の課題を正確に把握するため、国連世界観光機関(UNWTO)は国民経済計算から観光部分を取り出したTSA(ツーリズム・サテライト・アカウント、観光サテライト勘定)に関する基準を公表している。世界約80か国がこの基準に基づきそれぞれの国独自のTSAを作成しており、日本でも観光庁によって2005年から作成・公表され正確な実態にせまろうとしているが、それでもやはり限界があるのが現状である。

 こうしたなか、12年に実施された観光地域経済調査は、経済センサスと連携して観光分野に特化した貴重な統計である。この調査で、飲食店に観光客と地元客の割合を尋ねたものがあった。対象とした観光産業104万事業所のうち、売り上げの半分以上が観光客による事業所は1割未満であった。

 またほとんどの事業所で帳簿や宿帳の電子化や事業計画の作成がされていないことも明らかになっている。当然といえば当然だが、これらを電子化してきっちり管理している企業とそうではない企業には、現在業績面で大きな差がついてしまっていると思われる。実際コロナ禍における自粛期間でも観光業に属するすべての事業者が大きく業績を落としたわけではない。GoToトラベル事業では、いちはやくDXに取り組んでいた比較的客単価の高い旅館やホテルの宿泊者数が伸びた。

 そもそも国内の観光旅行消費額のピークは2003年である。以降は右肩下がりで落ち続け、倒産する企業が出始めるだろうというタイミングでインバウンド人気が到来した。旅行代理店にまかせておけばどんどん観光客を連れてきてくれるという側面もあったので、抜本的な改革をせずに生き延びた会社も多かったはずである。その後すぐにコロナ禍に見舞われたが、今度は各種給付金や補助金が大量につぎ込まれ、2度目の延命措置になった。しかしコロナ融資もこれから本格的な返済をしなければならないタイミングに入る。生産性の低い事業者にもう猶予は与えられないだろう。緊急事態への対応を目的としたさまざまな支援策が終了すれば、もともと経営基盤の弱い会社はその弱さが顕在化し、強みを持つ会社はさらにその強みを発揮していくと考えている。

旅行以外の目的が先

 このようにコロナ禍前のインバウンド急伸の時期を除いて、長期低迷傾向にあった観光産業だが、ここ数年の実績をみると国内旅行の数字はわずかに改善してきている。安倍晋三元首相がかつて2030年にインバウンド6,000万人、経済効果5兆円という大きな目標を掲げたが、その前提として国内旅行は横ばいから微増となる設定だった。途中経過はどうか。コロナ禍の影響もあり、インバウンド関連の目標達成が難しくなる一方で、国内旅行は当初の目標を達成している。しかも客単価も上がっている。

 しかし実態をよく見てみると、「旅行をしたい」から旅行をするという人は必ずしも増えていないということが分かる。旅行以外の目的がまずあり、それをするために遠方に出かけ宿泊する人が増えているのである。

「旅行をしましたか」という質問と「趣味で泊まりに行きましたか」という質問の答えが一致せず、後者の数字が大きくなるという実態が認識されつつある。ダイビングのため、鉄道写真の撮影のため、ボランティア活動参加のため……などの明確な目的意識がまず存在するのである。そうした人たちは、旅行サイトで検索して宿を選ぶのではなく、SNSの口コミ情報をもとに宿泊先を選ぶだろう。「温泉情緒」や「癒しの旅行」といったキャッチコピーの有効性が小さくなりつつあると言い換えてもよい。

 観光産業復活の一つの鍵は、UNWTOをはじめとした国際機関、政府、民間団体が提案する「持続可能な観光(サステイナブル・ツーリズム)」が握っている。今「持続可能」という言葉でよく知られているのはSDGsだが、国際的な観光の分野ではそれより前からこの言葉がよく使われていた。もともとは途上国で観光産業の開発をする際に、観光地が受け入れられるキャパシティーを超えて観光客が押し寄せるオーバーツーリズムや、環境にダメージを与えたりする状態を回避する手段として用いられた概念である。経済的な収益よりも、無理のない観光客の呼び込みを通じ旅行先や地域の社会・文化・環境をバランスよく維持することを第一優先とする事業コンセプトが求められている。

ゴールは「持続可能な地域」

 消滅する可能性のある市町村のランキングが公表されるなど、いま地域は人口減少が大きな悩みの種になっている。地域が消滅してしまったら当然観光業も成り立たなくなる。そうした観点からまずは定住人口の拡大に取り組む自治体が増えてきた。最終的なゴールは観光業の振興ではなく、「持続可能な地域」なのである。詳しい考え方については、運輸総合研究所、観光庁、UNWTO駐日事務所が公表した「観光を活用した持続可能な地域経営の手引き」が非常によくまとまっているので、ぜひ参考にしてほしい。

 持続可能な観光の事例として国際的に知られる地域を紹介しよう。国際機関「グリーン・デスティネイションズ」 (オランダ) による、「世界の持続可能な観光地」のトップ100選を2年連続で受賞した、北海道のニセコ町である。町長のリーダーシップのもと、景観条例の策定や環境・水資源の保全、生ごみリサイクル、それらの施策についての情報公開制度の充実などの先進的な取り組みが知られ、農業と観光業の連携による経済循環の仕組の構築を目指している。

 行政がいくら旗振り役として頑張っていても住民や事業者と歩調が合わなければ実効性がない。そこでニセコ町は観光業に関連する町内の200事業所にアンケート調査を実施し、環境負荷低減などで各事業者がそれぞれどんな取り組みを行っているか情報をまとめ、公表した。事業者は他の事業者がどんな取り組みを行っているか知ることができるので、他社の事例を取り入れる会社が出てくる。こうしていい意味での競争が促進される雰囲気があるのは素晴らしいことである。

 2021年11月4日、観光における気候変動対策に関するグラスゴー宣言が、国連気候変動枠組条約第26回締約国会議(COP26)で発表された。この宣言は、今後10年間で観光部門における二酸化炭素排出量を半減させ、50年までの「ネット・ゼロエミッション」達成を掲げたものだが、日本ではまだニセコ町を含む3つの組織が署名しているにすぎない。他の先進国などに比べると圧倒的に少なく、この宣言にコミットする自治体が今後増えることを期待したい。

科学的分析による指標活用を

 世界の富裕層に知られる観光地となったカナダのフォーゴ島の事例も非常に参考になる。この島はかつてタラ漁で栄えた島だったが、漁が下火になりさびれてしまった。島の漁師を父に持つ女性が里帰りをして観光を軸にした島の再生を実施。著名な建築家の手によるホテルを建設し、食事は伝統的な料理を提供。室内には島の職人が作った家具を置いた。

 さらに特徴的なのは、宿泊料金が島内でどのように分配されるかを表した「エコノミック・ニュートリション」を公表していること。食品中の栄養素の割合を示す栄養成分表示のように、宿泊料金に占める人件費、食材やサプライ用品にかかる費用、オペレーション費用、営業・マーケティン費用などの割合をホームページ上で明らかにしているのである。またそのベネフィットが島自体にどれくらい還流されるか、カナダとニューファンドランド州にどれくらい分配されているかも示している。都会に本社のある大企業に大半の利益が吸い上げられていないということ、地域の環境や社会、文化のために使われていることが分かれば、人は少々高くても泊まってみたいと思うものだ。

 国内では東日本大震災で壊滅的な打撃を受けた気仙沼の復興が参考になるだろう。東京からの移住者などの協力により観光マップなどを手作りで作成、会員制で商店街での買い物で割引がきく「気仙沼クルーカード」を発行、造船所や食品加工会社などでの工場見学ツアーの開催など、身の丈に合った取り組みを町全体で実践。インバウンドブームにもあえてのらず地道な活動を積み重ねていた結果、足腰の強い観光地として見事に復活した。物語の舞台になったNHK朝の連続テレビ小説『おかえりモネ』が放映されたこともあり、ますます注目が高まっている。

 さて、これら成功しているケースには以下の4つの共通点がある。

  1. ①観光が地域に不可欠との認識を住民らが共有
  2. ②最多でも数万人単位からのスモールスタート
  3. ③地域の利害関係者が郷土愛に沿って自ら投資
  4. ④ボランティアや専門家、観光客らの外力を活用

 危機意識の共有はもちろんのこと、2番目のスモールスタートも重要だ。新しく始める取り組みは課題が途中で変わったりするので、最初から手広くすると途中で路線変更がしづらくなる。3番目も重要で、「地域を良くしたい」と本気で思い自らの生活をかけて腹をくくって投資を行う事業者の存在が必要不可欠だ。投資の判断をするためにも科学的分析に基づく指標のさらなる活用が求められるだろう。

(インタビュー・構成/本誌・植松啓介)

掲載:『戦略経営者』2022年7月号