寄稿

TKC全国会方式の書面添付とは(2)

TKC全国会会長 粟飯原一雄

TKC全国会会長
粟飯原一雄

 TKC全国会方式の書面添付制度(以下「TKC書面添付制度」)とは何かとの会員の質問に対して、前月号で、それは会計事務所の法的防衛を図り、巡回監査の徹底を前提としており、高レベルの申告是認率を実現して、国家と国民からの絶対の信頼を勝ち得ることがその目的であると説明いたしました。

適正な職務遂行を釈明する権利

 租税法研究者である増田英敏博士(専修大学教授)は、「TKCタックスフォーラム2010」(平成22年6月)のパネルディスカッションで、書面添付は税理士による釈明権の行使であると述べています。

 

「書面添付は言うまでもなく税理士の権利です。では、どんな権利なのでしょうか。

 その定義を考えてみると、税理士が適正な職務を遂行したことを課税庁、そして納税者に対して説明できる権利であると私は考えています。言い換えれば、書面添付制度は、申告の適正性を証明する税理士の釈明権の行使であるといえるでしょう。

 国民主権の納税制度である申告納税制度は、納税者自らが税法を解釈・適用し、適正な申告を行っているかぎり保護される制度です。ところが一般的に税法の規定は難解とされていて、容易に、そして適正に法解釈を行うことが難しい。そこで納税者の代理人として、また税務の専門家として、この申告納税制度をサポートしていくのが税理士であるということになります。」

 

 増田教授は、税理士による釈明権の行使を有効にするには、巡回監査によって確かめられた会計帳簿の証拠能力が必要であると指摘しています。

 

「そもそも適正・適法に作成された会計帳簿の存在なしには、書面添付制度は成り立ちません。また税理士は納税者を守るためにも、また課税庁との紛争を予防するためにも、会計帳簿の証拠能力を強固にすることが求められています。

 その有効な手法は現場で帳簿上の疑問点や問題点を突き止めていく『Field Audit』(実地調査)であるといえるでしょう。TKC全国会初代会長の飯塚毅先生は、この言葉を『巡回監査』と訳されました。定期的に現場に出向いて証憑書類や帳簿等を点検していく巡回監査が完璧に実施されていることによって、帳簿の適時性と正確性が担保され、証拠能力が高まると私は理解しています。ですから、巡回監査なき会計帳簿は証拠能力が低いと言わざるを得ない。

 つまり、巡回監査による会計帳簿の証拠能力の裏付けと、リーガルマインドに裏打ちされた書面添付によって釈明権の行使が有効に作用し、紛争予防が実現できると考えています。」

 

 増田教授の見解は、書面添付制度が社会的に評価され、定着する前提は、「会計帳簿の証拠能力を確保する」ことであり、そのためには、綿密なる月次巡回監査が重要であるとの考えです。

 高レベルの申告是認率を実現するには、巡回監査によって会計帳簿の証拠能力を確保する必要があり、そこにTKC書面添付制度の源流があります。

「会計帳簿の証拠能力」を確かなものとする

 TKC全国会坂本孝司副会長は、その著書『会計制度の解明』(中央経済社、平成23年、480頁以下)の中で、会計帳簿の証拠力について次のように述べています。

 

「税理士は、商業帳簿の持つ本質的な機能を引き出すためにも、月次巡回監査を実践しなければならない。税理士が会計専門家(税理士法2条2項)として活動する領域は、特に商法および会社法にかかわる領域である。とすれば、商法商業帳簿規定の本来的機能である、『証拠力の定立』と『自己報告による健全経営の遂行』という視座に立脚した業務遂行が望まれる。商法19条2項は『適時かつ正確な』商業帳簿の作成を求めるが、これは特に『商業帳簿の証拠力』に関係しており、『商業帳簿の証拠力』は、『商業帳簿(会計帳簿と計算書類)の信頼性』と言い換えることができる。

 さらに、重要なのは、租税法における帳簿の証拠力の問題である。ドイツ租税法においては、『正規の簿記だけが証拠力を享受する』とのテーゼのもとで、帳簿の証拠力が認められている。私見では、わが国の青色申告制度も、ドイツ租税法のそれと同様の位置づけにあると考えられる。

 以上のような、商業帳簿および租税法上の帳簿の証拠力の基となる会計帳簿(帳簿)を税理士の立場から確証するために、税理士は、月次巡回監査を実施しなければならない。」(『会計制度の解明』中央経済社)

 

 商業帳簿と租税法上の帳簿、その両面において会計帳簿の証拠力を確保するために巡回監査が重要であると指摘しています。

なぜTKCシステムの利用を条件としているのか

 TKC書面添付制度では、TKCシステムの利用が条件とされています。その理由も「会計帳簿の証拠力の確保」が関係しています。

 TKCシステムが無原則な会計取引の遡及処理を認めてこなかった理由は、まさに「会計帳簿の証拠能力確保」のためでした。大変厳しい自己規制の下にTKCシステムは開発されてきたのです。

 

「TKCシステムの設計を陣頭指揮していた飯塚毅博士は、(中略)TKCシステムは、税理士の申告是認率99.99%を実現するためのツールでなければならぬと宣言された。そのため毎月の『巡回監査』と『月次決算』の実践を必要条件とし、さらにシステム開発と運用に当たっては、あくまで『帳簿の証拠力』を確保するために会計法令ならびにドイツ流の『正規の簿記の諸原則』を順守することを十分条件としたのである。この十分条件の中に『遡及的な加除・訂正処理の禁止』も含まれていた。」(TKC飯塚真玄会長・社内報『とこしえ』平成26年10月号)

 

 TKCの事業目的の一つは「会計事務所の職域防衛と運命打開のため受託する計算センターの経営」とされています。すなわちシステム開発の根本思想は、「会計事務所の職域防衛と運命打開」の支援におかれています。これに対して、市販の会計ソフトの開発目的は、会計事務所による適正な指導を媒介することなく、事業者が直接、記帳義務を履行することにあります。

 TKCシステムが当初から取引記帳の遡及的な加除・訂正処理の禁止をしたことや、巡回監査を適正かつ効率的に実施するための「巡回監査支援システム」等の開発、関与先企業による記帳の適時性や決算申告書が会計帳簿と完全に一致していることなどを証明する「記帳適時性証明書」の発行等に取り組んできたことは、会計帳簿の証拠力をシステム面から、確保することが目的でした。

 TKC方式の書面添付がTKCシステムの利用を条件としている背景はここにあるのです。

「基本約定書」、「完全性宣言書」等の背景

 TKC書面添付制度では会計事務所の法的防衛の観点から、関与先企業と「基本約定書」や「完全性宣言書」等の文書を取り交わしていることを前回ご説明しましたが、その背景について『TKC基本講座』(第4版)では次のように記述しています。

 

「日本の法律は破産法を別にして、経営者が真実ではない記帳、つまり『不実記帳』をしても、あるいは会計又は税務の監査人の不実の会計資料を提出し、監査人の誤解を誘導しても、その者に対する刑罰規定は設けられていません。つまり、真実の会計資料を残らず提出するかどうかは、経営者の胸三寸にかかっているのです。

 そこで飯塚毅初代会長はその著作『正規の簿記の諸原則(改定版)』(森山書店・絶版)の第9章『正規の簿記の諸原則に関連する諸問題』において、ミュンスター大学のレフソン教授の見解を引用し、『帳簿に記載されていない事項は監査人の監査できない領域である。そこには監査可能性の中に一つの間隙が存在している』とし、その間隙を埋めるために、『完全性宣言書』等、一連の書面を経営者から徴求することの必要性を訴えています。

『飯塚毅会計事務所の管理文書(第3版)』を開くと、以下の『基本約定書』『完全性宣言書』『書類範囲証明書』『棚卸資産証明書』『負債証明書』が事務所開設の初期から飯塚会計事務所で開発し活用されていたことがうかがえます。これらの書面は、飯塚毅初代会長が事務所の法的防衛のために『職業会計人としての血涙の体験を踏まえて、衆知をあつめて開発されたもの』です。」(『TKC基本講座』第3部第1章200頁以下)

 会計事務所の法的防衛を図るための各文書の詳細については『TKC基本講座』(第4版)を参照してください。

巡回監査は損得計算(銭勘定)の問題ではない

 TKC書面添付制度の眼目は、「会計帳簿の証拠力」を「巡回監査」によって確保することにあり、巡回監査の実行は、会計人にとって、「やるかやらぬか」という選択の問題ではなく、必然であると飯塚毅初代会長は断言しています。

 

「税理士法第45条の『真正の事実』なる文言は、なお厳として存在している。これに反すると税理士は懲戒処分の対象とされるのである。ただ、真正の事実とは何か、に関する有権解釈規定は見当たらない。解釈による以外は無いようである。だが、真正の事実とは、すっぽんぽんで素っ裸の、何ら人為的な造作を加えない、単純にあからさまの、事実、という意味でないことは自明である。例えば、顧客が明らかに脱税していても、その事実をそのまま認めて、税務の処理をせよ、と法が期待していないことは明白だろう。税理士は産業廃棄物処理業者ではない。従って『税理士は顧客から与えられた資料をいかに汚れていてもそのまま受けとめて税務の処理をしていれば良い職業だ』とはいえない。(中略)

 真正の事実とは『真実の正しい事実だ』となる。そうなると税理士は、顧客から提供された生(なま)の資料のうち、違法不正の資料部分が見つかったときは、これを訂正させて、正しい資料に直させて、その上で税法上の処理を行う義務がある、ということになる。それは伝票や証憑書の一枚一枚を巡回監査によって検証してみなければ分からない。(中略)

 真正の事実ではないと知りつつ業務を行った場合が故意であり、知らずにやったときは相当注意義務違反となる。行政処分は刑事処分とは全く別であり、一枚の始末書で、税理士の資格剥奪が可能なのである(憲法第38条第3項参照)。巡回監査は絶対に無理しても断行すべきものであり、損得計算、銭勘定の対象領域ではないのである。」(『TKC会報』平成4年5月号「巻頭言」)

 

 会計人にとって、TKC方式の書面添付実践もまた、損得計算(銭勘定)の問題ではないことが、ご理解いただけたでしょうか。

(会報『TKC』平成26年12月号より転載)