対談・講演

ドイツ税理士による決算書の作成証明業務の現状を語る

ドイツでは、税理士や経済監査士による企業の決算証明書(ベシャイニグング)作成業務が広く定着しており、中小企業金融の基盤となっている。この分野に詳しいエアランゲン・ニュルンベルク大学教授のクラウス・ヘンゼルマン博士(Prof. Dr. Klaus Henselmann)が、中小企業会計学会(会長:河﨑照行甲南大学名誉教授)に招かれて来日。9月1日に開催された第6回全国大会で基調講演の講師を務めた。講演を終えたヘンゼルマン博士を囲んで、TKC全国会坂本孝司会長、TKC飯塚真玄名誉会長が、ドイツの中小企業金融における税理士の役割や現状などを聞いた。

とき:平成30年9月1日(土) ところ:東洋大学白山キャンパス
通訳:片岡治代

巻頭鼎談

中小企業会計学会の招へいに応じてヘンゼルマン博士が来日した経緯

 坂本 この度は、クラウス・ヘンゼルマン博士(Prof. Dr. Klaus Henselmann)におかれましては、はるばるドイツからお越しいただきまして誠にありがとうございます。また、中小企業会計学会の基調講演で「ドイツにおける税理士による中小企業会計指導の重要性」のテーマで貴重なお話をお聞かせいただきました。われわれ日本の税理士にとって、歴史的な1日になったと思います。

クラウス・ヘンゼルマン博士

クラウス・ヘンゼルマン博士
(Prof. Dr. Klaus Henselmann)

 ヘンゼルマン こちらこそ日本にお招きいただきまして感謝いたします。今回、私にとって初めての来日であり、多くの日本の会計学者や税理士の皆さまの前で、ドイツの会計制度の現状や、ドイツにおける中小企業金融と税理士の役割についてお話をする機会を設けていただいたことは、この上ない喜びであり光栄に思っています。

 坂本 今回のヘンゼルマン博士の来日は、いまからほぼ1年前に、中小企業会計学会の会長でTKC全国会最高顧問でもいらっしゃる、河﨑照行先生から次のようなご提案があったのがきっかけとなっています。
 一つ目は、ドイツの中小企業会計制度がわが国の中小企業会計制度に非常に類似しているということ。二つ目は、税理士制度がドイツと日本に共通する仕組みであるということ。三つ目は、イギリスのEU離脱が今後の会計の動向にどのように影響するのかということについて関心がある。ついては、中小企業会計学会の全国大会において、これらのテーマを取り上げてみたいので、基調講演の講師としてドイツ会計学の権威ある先生をどなたかお呼びできないか、ということでした。
 そこで40年以上の間、ドイツの会計人専門の計算センターDATEVと親交が深い株式会社TKCの飯塚真玄名誉会長にご相談したところ、すぐにDATEV前理事長のディーター・ケンプ教授(Prof. Dieter Kempf)に連絡を取ってくださいました。
 ちなみにケンプ教授は、現在、ドイツ産業連盟(BDI)の会長をされています。BDIとは、日本の経団連(一般社団法人日本経済団体連合会)に相当する組織です。

 飯塚 坂本先生からのご相談を受けてケンプ教授にお聞きしたところ、ケンプ教授が籍を置くエアランゲン・ニュルンベルク大学(Friedrich-Alexander-Univer-sität Erlangen-Nürnberg)に適任者がいらっしゃるというご返事でした。
 そうしたご縁で来日いただいたのが、ヘンゼルマン博士です。

 坂本 ヘンゼルマン博士を日本にお迎えするにあたって、河﨑先生と事前にいくつかの質問項目を用意して、それを飯塚名誉会長にお願いしてヘンゼルマン博士に見ていただきました。さらに、本年4月の中旬に、ニュルンベルクで開かれたDATEVとTKCの定例ミーティングに同行したとき、初めてヘンゼルマン博士と面会することもできました。本日の基調講演において、私どもの質問事項について詳細にご回答いただけて、あらためてお礼申し上げます。とてもインパクトがございました。

 ヘンゼルマン ありがとうございます。私のお話が皆さまの参考になれば幸いです。

 坂本 ヘンゼルマン博士に来日いただけたのは、日本の中小企業の会計制度が発展してほしいと期待される飯塚名誉会長の支援のおかげです。

ドイツの金融機関にとってベシャイニグングは非常に有効な仕組み

 ヘンゼルマン よく言われていることですが、ドイツは日本と似ている点が多いと私も感じています。国民性はもとより、経済面においても日本と同じように中小企業が大半の雇用を支えるなど重要な役割を担っています。ドイツの中小企業は規模があまり大きくないので、何か問題が生じたときには、まず税理士に相談していることも似ているようです。それは税金のことだけではありません。特に、事業承継や経営計画策定などを含めた経営面や金融面をサポートできる税理士が多くの中小企業の支持を集めており、経営コンサルタント的な役割も担っています。

TKC全国会会長 坂本孝司

TKC全国会会長 坂本孝司

 坂本 ドイツでは、商法監査とは別に、税理士や経済監査士(公認会計士)が、決算証明書(ベシャイニグング:Bescheinigung)の作成を行っています。これが一般化され、ドイツにおける金融規律の健全性のバックボーンになっています。ご講演の中で、ヘンゼルマン博士は、このベシャイニグングについて、具体的に説明してくださいました。私は、そのベシャイニグングに関する日本で唯一の研究者でもあります。これまでいろいろ調べてきて、何冊か本も書いています(『ドイツにおける中小企業金融と税理士の役割』中央経済社刊、『ドイツ税理士による決算書の作成証明業務』TKC出版刊など)。
 なぜドイツでは、中小企業金融においてベシャイニグングが広く定着しているのか、日本の税理士はその背景を知って今後の業務に生かすべきだと私は考えています。その経緯を一つずつ遡りますと、まずドイツでは1961年、信用制度法(Kreditwesengesetz)が制定されました。これは日本の銀行法や信用金庫法にあたりますが、この第18条で、金融機関が一定の無担保・無保証融資をする場合には、相手から年度決算書を徴求することが義務づけられました。

 ヘンゼルマン 実は、私は1963年生まれですので、信用制度法が制定されたとき、まだ生まれておりませんでした(笑)。そのころからドイツでは、取引先企業の経営状態に関して、開示をさせる義務が金融機関にはあります。

 坂本 また、1964年に、日本の金融庁にあたる連邦金融制度監督局が、年度決算書の品質を定義づける通達を公表しました。信用制度法では、年度決算書の信頼性にまでは言及されていなかったためです。これにより、融資の際には年度決算書と一緒に、税理士や経済監査士によるベシャイニグングの提出が必要とされることとなりました。
 さらに、2002年には、貯蓄銀行(Sparkassen)をはじめとしたドイツ全土の金融機関が、「帳簿記帳に基づく数字がそれ自体として蓋然性(※)があることの説明を、作成された年度決算書に付すように」という要望書を一斉に出したのです。これによって、無担保・無保証融資でなくとも、年度決算書の蓋然性評価が必要とされるようになりました。
 それまでも経済監査士協会と連邦税理士会は、連携してベシャイニグングの基準書を作成してきましたが、最終的に、経済監査士協会の『年度決算書の作成に関する諸原則』(2009年)を踏まえて、連邦税理士会が『年度決算書の作成に関する諸原則についての連邦税理士会の声明』を2010年に公表しました。このことにより、税理士が中小企業金融における決算書の信頼性を確保する担い手となることがより明確になったわけですね。

※蓋然性:真実と認められる確からしさの度合い。

 ヘンゼルマン 私はドイツで運用されているベシャイニグングは、中小企業金融において非常に有効な仕組みだと考えています。と申しますのも、金融機関が税理士と連携すれば、それほど大きな手間やコストをかけなくとも、年度決算書の信頼性を確保できるからです。
 融資する金融機関の側としては、将来、貸したお金がしっかり戻ってくるのかどうか、当然のことながら知りたいわけです。そのための取引先企業の現状や、過去の状況がどうであったのかという情報は、顧問税理士の協力を得ることによってかなり正確に知ることができます。
 また、ドイツの金融機関にとって重要な信用格付けの業務につなげることも可能になります。

 坂本 そのように、政治と行政、そして会計人業界とが一体となって、決算書の信頼性を確保する環境を整備してこられたことに深く敬意を表します。現在、私どもTKC全国会では、税理士業界が社会に貢献しその納得を得るために、決算書の信頼性確保に向けた取り組みを行っていますが、そのよいお手本がドイツにしっかり根付いているということは、非常に心強く思います。

ベシャイニグングがない年度決算書は金融機関から懐疑的な判断を下される

 ヘンゼルマン そもそも坂本会長が、ドイツのベシャイニグングに興味を持たれるようになったきっかけは何だったのですか。

 坂本 よくぞ聞いてくださいました(笑)。もう10年くらい前になるでしょうか、ディーター・ケンプ教授がDATEVの社長として来日されたときのことです。東京の帝国ホテルの一室で、ケンプ教授と飯塚名誉会長と私とで語り合っていて、日独税理士の将来のことや中小企業金融に関する話題になったところで、ケンプ教授が突如、「ドイツにはベシャイニグングという決算証明書の作成業務があり、税理士はその書類に署名している」と言われました。その瞬間まで、ドイツにそのような仕組みがあることをだれも知りませんでした。ドイツの極めてドメスティックな慣行だったからです。
 それからというもの、私はドイツ語で「ベシャイニグング」の綴りをパソコンに何度も打ち込んでネットで検索していろいろ調べました。疑問点については飯塚名誉会長の助けをお借りして、ドイツ側から確かな情報を取っていただいたことも多々あり、これまで研究を重ねてきました。

TKC名誉会長 飯塚真玄

TKC名誉会長 飯塚真玄

 飯塚 ケンプ教授は、ベシャイニグングをする税理士には、重い責任が伴うとおっしゃっていましたね。

 坂本 それでもベシャイニグングが中小企業の年度決算書の大半に普及していて、逆にそれがない決算書は、金融機関から懐疑的な判断を下されるという状況が作られています。そこに、ドイツの税理士の気概を感じます。

 ヘンゼルマン 責任の重さについては講演でも述べたように、明らかにその企業の経営の継続の妨げになるような事実があるにもかかわらず、税理士が検証を怠った場合、税理士は、瑕疵のある年度決算書を信頼したことによって第三者(金融機関など)が被った被害に対して、賠償責任の対象になる可能性があります。

 飯塚 賠償責任が生じた場合、日本にあるような職業保険は適用されるのですか。

 ヘンゼルマン 適用されます。ただし、明らかに税理士が注意義務を怠ったような場合には、保険金が保険会社からおりないケースもあります。それは、連邦通常裁判所(BGH)が昨年1月に下した判決が影響しています。その内容は「税理士は、その委任の種類にかかわらず、つまり『評価を伴わない作成』の委任であっても、提供された証拠書類と自らが知る事実から、企業の継続を妨げる実際上または法律上の状況が生じるかどうか、検証しなければならない」というものです。

ドイツの先進的事例を手本にして書面添付推進に全力を注ごう

 飯塚 ヘンゼルマン教授は、「完全性宣言書(Vollständigkeitserklärung)」の取得についても言及されていました。

 坂本 連邦税理士会が定める委任の種類の違い(評価を伴わない作成、蓋然性評価を伴う作成、包括的評価を伴う作成など)は、税理士がどの程度依頼者の証拠書類や情報を信頼するのか、あるいはその正しさを検証するのかに拠っていて、依頼者から「完全性宣言書」を受け取ることを推奨している、というお話でしたね。

 ヘンゼルマン その通りです。「完全性宣言書」の書式のひな形は、連邦税理士会のホームページにも掲載されています。連邦税理士会が「完全性宣言書」の取得を推奨すると言っていることに対して、経済監査士協会のほうは、常に「完全性宣言書」を受け取ることを義務づけています。このような微妙なニュアンスの違いが二つの団体の間には存在しているのです。

 坂本 TKC全国会においても、会員は、税理士法第33条の2の書面添付を実施するしないにかかわらず、関与先から「完全性宣言書」を取得すべきとされています。そのひな形は、もともとはTKC全国会初代会長の飯塚毅博士が、ドイツ経済監査士協会で使用していた「完全性宣言書」を参考にして日本流に作り直したものです。
 この「完全性宣言書」の必要性について、TKC全国会では『TKC会計人の行動基準書』(第4版)の中で、次のように規定しています。
3-2-8⑦《完全性宣言書》 会員は、決算巡回監査を実施する場合には、関与先が会員事務所に対し、一切の取引について帳簿に、完全網羅的に、真実を適時にかつ整然明瞭に記載し提示したこと、特定の重要事項で報告しなかったものはないこと、また仮装隠蔽の事実や民法・商法・会社法上の形成可能性の濫用を行った事実は全くないことなどを総合的に宣言する文書を代表者、担当取締役、経理責任者及び経理担当者から入手しなければならない。」
 いずれにしても、冒頭、ヘンゼルマン博士が言ってくださったように、日本とドイツは類似点が多いわけですから、学ぶべきところは大いに参考にすべきだと思います。日本の近代化の歴史を振り返ってみましても、1889年公布の明治憲法や1890年制定の商法などは、ドイツの影響を色濃く反映していました。ところが最近の日本は、ドイツの文化や制度等に学ぶことが少し欠けているように感じています。
 私どもTKC全国会においては、日本の税理士業界がより社会から認められ、より輝く職業になるよう、ヘンゼルマン教授に教えていただいたドイツの先進的な事例をよき手本にして、書面添付推進などの運動に全力を注いでまいります。

 ヘンゼルマン 繰り返しになりますが、今回の私の講演を皆さまが熱心に聴講してくださったことにお礼を申し上げます。日本の税理士の皆さまのご活躍を期待しております。

(構成/TKC出版 古市 学)

クラウス・ヘンゼルマン博士(Prof. Dr. Klaus Henselmann)

1963年生まれ。独バイロイト大学と英国アストン大学で経営学を学ぶ。1997年、バイロイト大学で博士号(Ph.D)を取得。2006年以降、エアランゲン・ニュルンベルク大学で会計学・監査論講座の教授を務める。主な研究分野は企業評価、会計および公開開示分析、監査論。

(会報『TKC』平成30年10月号より転載)