対談・講演

中小企業のガバナンス強化の専門家として社会の期待に応えてほしい

坂本孝司 TKC全国会会長 × 中里 実 政府税制調査会会長・東京大学大学院教授

内閣総理大臣の諮問機関である政府税制調査会は現在、国際課税改革・納税手続簡素化・所得税改革を3大テーマとして中長期的な観点から議論を進めている。2019年の年頭にあたり「目の前の問題に対して一歩一歩着実に」をモットーに政府税調会長として税制改革に取り組む中里実東京大学大学院教授とTKC全国会坂本孝司会長が、税制改革の方向性を踏まえて税理士の役割を中心に対談した。

司会:会報「TKC」編集長 石岡正行
とき:平成30年11月28日(水) ところ:帝国ホテル

巻頭対談

米国の租税回避の判決に興味を持ち金子宏東大名誉教授に師事

 ──本日は新しい2019年のスタートにふさわしく、東京大学大学院教授で政府税制調査会(以下、政府税調)会長としてご活躍されている中里実先生と、TKC全国会坂本孝司会長に巻頭対談をお願いしました。税制改革の方向性を踏まえて税理士の役割などについて率直にお話しいただければと思います。

 坂本 中里先生は、租税法、財政法、法と経済学など、とても幅広い研究分野を専門とされています。われわれ税理士も多方面にまたがる学際的な役割が社会から求められており、今回の対談をとても楽しみにしておりました。

中里 実氏

中里 実氏

 中里 こちらこそどうぞよろしくお願いします。

 坂本 はじめに現在のような研究者の道を目指そうと思われたきっかけからお聞かせくださいますか。

 中里 税制に興味を持つようになったのは、中学生のときに税務署と納税貯蓄組合主催の作文コンクールで表彰されたことがきっかけです。
 また、高校生のときに1年間アメリカに留学していたのですが、そのころには将来はIMF(国際通貨基金)や世界銀行などに行けたらいいなとあこがれていました。ですから大学でも財政と金融が結びついたような世界に進みたいと思ってはじめに役所に就職することを決めていました。役所に入るには、行政と密接な関係を持つ租税や財政のことを勉強しておかなければならないので、大学4年の秋に金子宏先生の租税法の授業とゼミを取らせていただいたのです。
 そのときに自分から申し出て、金子先生の講義レジュメを作成する東大出版会のアルバイトもしました。授業では、わからないことやもっと調べたいことがいろいろ出てくるものですから、金子先生の研究室にはよく質問にうかがっていました。そうこうしているうちに、アメリカで起きた組織再編規制を利用した租税回避の「グレゴリー事件」に関する連邦最高裁判決(1935年)を学ぶ機会があり、非常に興味を持ったのです。それで内定の出ていた役所に行くのをあきらめ、年越しした1月になって金子先生に「研究室に残してください」とお願いしました。

 坂本 東大法学部助手として租税法の大家でいらっしゃる金子宏名誉教授に師事されたのにはそういう経緯があったのですね。

 中里 私が助手時代の論文に選んだテーマは、会計と法人税の関係についてでして、アメリカやドイツ、フランスではそれがどうなっているのかを調べて法学協会雑誌に発表しました。精神的なタフさを強いられながら苦労して書き上げたものでしたが、そのころTKCの飯塚毅先生もドイツの「正規の簿記の諸原則」概念を研究テーマにされていましたね。

 坂本 そうです。飯塚毅先生が書かれた『正規の簿記の諸原則』(1983年初版・森山書店)はその概念について、商法学や税法学はもちろん、会計学や経済学、政治学等にまたがる国内外の大量の文献を渉猟して徹底的に論究されたものです。「正規に記帳された帳簿には租税法上、証拠力が付与される」との論理をわが国で初めて導き出されました。このご著書は私どもTKC全国会運動の理論的支柱になっております。私は最近、TKC出版から発行された『飯塚毅博士生誕百年記念論文集』において、「飯塚毅博士の『正規の簿記の諸原則』論──その歴史的位置づけと現代への提言」というテーマで論文を書いたのですが、その中で中里先生の1983年の助手論文(「企業課税における課税所得算定の法的構造」)の一説を引用させていただきました。中里先生が当時から学際的で融合型の考え方を持っていらっしゃったのは見事なことだと思っています。

 中里 いえいえ、興味本位で動いていただけです(笑)。

 ──中里先生は、一橋大学でも教鞭を執られていましたね。

 中里 ええ。一橋大学には租税法講座の初代の専任者として呼ばれたわけですが、法律の解釈も判例の分析もあまりせずに、ひたすら海外の課税逃れの手口の研究ばかりしていました。というのもアメリカの連邦議会などが出している課税逃れの実態に関する報告書を取り寄せて読んで衝撃を受けたからです。租税法をやるにしても納税者の行動など取引の実態を知ったうえで課税の限界を明らかにすることは、一生をかけて研究すべきテーマだと思いました。しかしそのような情報は国内にはないので海外とのネットワークを作り、場合によっては現地を視察するということもしていました。
 それでも一橋大学は何も言わずに研究を自由にさせてくれました。おかげさまでのびのびと仕事ができました。東大との併任を入れると14年お世話になったわけですが、その間にずいぶん幅が広がりました。租税法、会計学、経済学、経営学、ファイナンス理論などを取り込んだ形で研究を少しずつ前進させることができて、よかったと思っています。

国のBEPS対応が重要になる中で2013年から政府税調会長に就任

 ──その後、中里先生は、東京大学大学院法学政治学研究科の教授になられ、2013年6月に政府税調会長に就任されました。政府税調とのもともとの関わりを教えてください。

 中里 租税政策については昔から興味を持っていました。一橋大学の学長をお務めだった石弘光先生が政府税調の会長に就任された2000年に私はその特別委員になりました。法学者の水野忠恒先生と経済学者の田近栄治先生と私は比較的近い世代でしたので、3人で石先生のお手伝いをしていました。といいましても3人の中で私が年少だったので、下働きをしていたという感じでしたが(笑)。
 その後、本間正明先生(大阪大学大学院教授)や香西泰先生(日本経済研究センター元会長)が政府税調会長をお務めのときも、民主党政権になって政治家による税制調査会のもとに専門家委員会が設置されたときも、さまざまな形で税制改正のお手伝いをしました。
 そして、第2次安倍内閣が発足して新しく政府税調ができることになりました。私が58歳のときでした。

TKC全国会会長 坂本孝司

TKC全国会会長 坂本孝司

 坂本 当時のご感想はいかがでしたか。

 中里 会長というのはありえないと思いました。もっとふさわしい方がいらっしゃったはずです。ただ、税制改正において何を重視するのかという主張は、それぞれの論者により、ほぼ「財政再建」「福祉充実」「経済活力」の三つに分かれると思うのですが、そのうちのどれもおろそかにできないという状況で、回りを見回してみたら私がただ一人、課税逃れの研究をしていたわけです(笑)。
 そして、ちょうどそのころ、OECD(経済協力開発機構)がBEPS(税源浸食と利益移転)プロジェクトを立ち上げて、国際的に協調してBEPSに有効に対処していくための対応策について議論が行われることになりました。日本においても国の重要なテーマとしてBEPSに取り組もうとしているときに、その実態を研究している方が他にいなかったということなのでしょうか。正直、よくわかりません。ただ、とても荷が重く、真剣に悩みました。

 坂本 BEPSの実態をあまりご存じない方が政府税調会長になっていたら苦労していたのではないですか。

 中里 どうでしょうか。ただ、何と表現したらよいのか、この世界は複雑怪奇であり、勉強したからといってすぐにわかるというものではないので、結果的にはとても勉強になっています。

 坂本 TKC全国会では、租税正義の実現に向けて政治運動を行うTKC全国政経研究会を組織しており私が両方の会長を兼任しています。税制改正については、そこで税の実態や運用等を踏まえて実務家の立場から意見集約して各政党のヒアリングに応じたり、提言をさせていただいたりしています。そうした中で、政府税調の役割が年々重くなっているように感じています。
 ところで中里先生とはご縁がありまして、2018年4月にドイツのニュルンベルクで行われたTKC・DATEVミーティングでご一緒させていただきました。確かこのときは日本で大法人の電子申告が義務化されるのを受けて、ドイツの申告のテクニカルな部分を知りたいという視察目的で参加されたわけですが、われわれ実務家の一行に日本の政府税調会長が同行していることに、DATEVの幹部もとても驚いていました。ミーティングでのプレゼンテーションの中で、中里先生がドイツ語を交えて笑いを誘われる場面もあって、非常に和気藹々とした雰囲気でしたね。

 中里 その節はお世話になりました。坂本会長をはじめTKCの関係者の方々やドイツの税理士の皆さんともいろいろな話をすることができて、とても有意義な時間を過ごすことができました。

税制改正で重視しているのは執行を担う税理士の意見と協力

会報「TKC」編集長 石岡正行

会報「TKC」編集長 石岡正行

 ──政府税調会長として6年目を迎えているわけですが、日ごろから心がけていらっしゃることは何ですか。

 中里 他の考え方もあると思うのですが、政府税調会長として何か大きなスローガンを掲げて「こうすれば日本はよくなる」というようなことは、性格上、とてもできませんでした。たとえば「財政再建」と唱えれば財政がよくなるのかというとそんなことはないように、すべては小さくて細かな改革の積み重ねが一定の方向性を導いて結果にもつながると考えています。したがって、目の前にある事業承継や移転価格税制、連結納税などの問題について、専門家の方々のご意見を伺いながら一つずつ具体的にクリアしていくしかないと思っています。

 ──中里先生は2年前のTKCタックスフォーラムで講師を務められ「税制改正は利害対立の調整である」と言われて、それが印象に残っています。

 中里 たしかに税制改革というのは利害対立の調整そのものであり、基本的に政治の世界です。政治家の方々がまさに命懸けで自分の信念に従って方向性を出し合う場だと言えます。政府が国民の皆さんを説得されるときに理論が必要な場合もありますから、そういうものを提供したり外国で実際に起こっている問題点を整理したりして、いくつかの解決方法を提示してその中から選んでもらえるようにするのが政府税調の役割だと考えています。
 また、税制改正で重視しているのは執行を担う税理士の皆さんのような実務家の本音をお聞きして協力していただくことです。いくら理屈が通っていても現場が混乱するような制度は意味がありません。国税当局・納税者・税理士の皆さんの現場でそっぽを向かれない落としどころを探って大きな不安が残らないような税制にすることが必要です。

 坂本 そのような柔軟な考え方をお持ちだからこそ変化の激しい時代にも対応できる税制を作っていただけるのですね。今年度の税制改正では、特に事業承継税制を拡充していただきました。来年度の税制改正はどうなりますか。

 中里 いろいろありますが、まず連結納税制度について、もう少し簡便にできないかという議論があります。制度導入から15年あまりが経過し、実態にそぐわないところも出てきました。たとえば、100社もあるようなグループの話ではなく、2社が連結しているような場合もあるので、なるべく手間を掛けずに対応できるような制度にすべきではないかということがあります。
 もう一つよく議論しているのは、国際課税において海外への所得移転を防止するための移転価格税制の見直しなのですが、これについてはもう少し時間がかかりそうです。
 所得税改革を含めて執行面では、納税実務のICT化について適正な申告を実現するための一定の方向性を出せると思っています。

日本全国に存在し社会的インフラである税理士は中小企業のガバナンス強化の要

 ──税の執行の一端を担う私ども税理士の役割も時代の変化とともに大きく変わってきています。坂本会長からTKC全国会がいま力を入れている取り組みをお話しいただけますか。

 坂本 私がTKC全国会会長として強調しているのは、税理士には正しい会計帳簿をベースとする次のような4大業務があるということです。
 一つ目はもちろん税務です。税務に関する唯一の専門家として与えられた法の中でしっかりと適正申告のお手伝いをしていきます。
 二つ目は会計業務です。TKC全国会は昭和46年の創設以来、税理士は会計の専門家でもあるという立場から「職業会計人集団」を標榜してきました。
 三つ目は保証業務です。私どもの関与先である中小企業には会計監査が義務づけられていませんので、税理士法に規定されている書面添付制度を活用した税務申告書に関する保証業務にも力を入れてきました。確定決算主義のもとで書面添付が行われれば、間接的には決算書にも信頼性が付与されるという一般的な理解のもと、この制度を中小企業金融にも活用していただいています。
 そして四つ目は、経営助言業務です。経営革新等支援機関による早期経営改善計画策定支援などを含めた経営助言への税理士の期待も高まっています。
 2019年は、特に中小企業金融における税理士の役割を果たせるかどうかの勝負の年になりますので、いま申し上げた4大業務の保証に該当する書面添付制度の推進に徹底的に取り組みます。

 中里 私は税理士の皆さんは、企業・個人のガバナンスの強化に貢献する専門家ではないかと思います。もちろん上場企業や大企業には、公認会計士による法定監査がありますが、それは基本的には投資家保護という視点からきているものです。また弁護士は、法的な視点からのガバナンスを専門としています。一方で税理士の皆さんは、法的にも会計的にも税や国との関係も含めて企業・個人のガバナンス強化の要としてトータルでコミットなさっていると思います。
 ですから坂本会長がいま言われたように、自己限定せずにさらに大きな視点で企業が健全に経営できるようなさまざまな助言やガバナンスの強化に貢献していかれることが重要だと思います。そのような特質を存分に活かしていけば、税理士の皆さんの活躍の場はさらに広がるのではないでしょうか。

 坂本 ありがとうございます。

 中里 しかも税理士の皆さんは、日本全国に存在されており、法律・税務・会計などの専門家として企業や個人のさまざまな問題に身近な立場で対応されています。そうした社会的インフラが整っているというのは世界に誇るべきことであり、日本の優れた文化財の一つではないかと感じています。
 ちょっと日本人には信じられないかもしれませんが、世界に目を向ければ脱税を悪いことと思っていない人たちもいます。その点、われわれ日本人は基本的には真面目ですから、二重帳簿を作るような人でも心のどこかで悪いことをしているという自覚を持っているのではないでしょうか。税理士の皆さんがガバナンスの専門家という立場で企業・個人に深く関わっていければ、日本の社会はもっとよくなるような気がします。

 坂本 私は静岡県浜松市ですでに40年近く会計事務所を経営していますが、税理士は「魂だけは売ってはならない」との覚悟でこれまでやってきました。したがって、租税正義の実現に向けた取り組みにどうしても賛同していただけない社長さんには、顧問契約をお断りするなどの対応をしてきました。そのような長年の積み重ねがあるので、いまいる関与先の皆さんとは非常に心地よい信頼関係で結ばれています。それこそ本音のおつきあいができるので、仕事にやりがいがあり、税理士というのは本当に素晴らしい魅力ある職業だなと感じています。税理士を目指そうという若い方々がもっと増えることを願っています。

 中里 中小企業を取り巻く環境はまだまだ厳しい状況です。孤独な立場でもある経営者の方々に、税理士の皆さんから心のこもった優しいアドバイスがあればやる気が全然違ってくるのではないでしょうか。

 坂本 そのようなエールをいただけるのは、実務家として光栄です。

 中里 私のモットーは1歩ずつ弛みなくということです。これは簡単なようで難しいことですね。税理士の皆さんのお仕事も地道な記帳指導が基本ということですからこれに相通じる部分があるように思います。物事を着実に進めれば大きな変化は後からついてきます。税理士の皆さんのご活躍を期待しております。

 坂本 税への対応はもちろんのこと、税を納められる経営体質になっていただくことも私どもの重要な仕事です。そうした中小企業支援を通じて、地域再生、日本経済活性化にさらに貢献できるよう、一歩一歩前進してまいります。

(構成/TKC出版 古市 学)

中里 実(なかざと・みのる)氏

昭和53年東京大学法学部卒。平成9年1月1日より東京大学大学院法学政治学研究科教授。平成16年8月から平成17年3月まで米国ハーバード大学ロースクール客員教授。政府税制調査会専門委員、同会特別委員、同会専門家委員会委員を経て、平成25年6月に政府税制調査会会長。主な著書に『国際取引と課税』(有斐閣)『金融取引と課税』(同)など。

(会報『TKC』平成31年1月号より転載)